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エルドアンとデモ──イスタンブル市長逮捕の衝撃
Erdogan and Protests: The Impact of the Arrest of the Istanbul Mayor
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001381
2025年4月
(4,151字)
2025年3月19日にイスタンブル広域市長のエクレム・イマモールが汚職やテロ組織との繋がりなどの容疑で、関係者約100名とともに拘束され、その後逮捕された。エルドアン政権では近年、政府批判勢力の言動が大きく制約されてきたが、イマモールの逮捕を受けて発生した抗議運動は予想に反して急速に広がりつつある。その理由は何か。また、今後はどのように展開するのか。本稿は、過去の抗議運動とも対比しつつ、今回の抗議運動をその戦略と政権の対応から分析し、今後のトルコ政治に及ぼす影響を展望する。
なぜ今、逮捕なのか
イマモールは、野党第1党である共和人民党(CHP)の次期大統領選挙の有力候補として広く認知されていた。2024年3月の統一地方選挙ではCHPが勝利し、その後の世論調査でもイマモールへの支持率はエルドアンのそれを概ね上回っていた(図1)。トルコの政治体制は近年強権化し、フリーダムハウスによれば2018年以降は「自由でない(Not Free)」とされているものの1、最大野党有力者の被選挙権を剥奪する試みは初めてである2。
図1 次期大統領選挙での投票先 イマモール対エルドアン(%)
(注)次期大統領選挙で候補者がイマモールとエルドアンだった場合、どちらに投票するかを聞いた各社全国アンケート結果の月別平均。2024年12月にシリアでアサド政権に代わりトルコと繋がりのあるシャーム解放機構(HTS)主導の政権が誕生した。シリアでのトルコの影響力やシリア難民問題解決への期待は一時的に高まった。そのためエルドアン支持も12月に一時的に上昇した。
(出所)“Bir sonraki Türkiye cumhurbaşkanlığı seçimi için yapılan anketler,” Vikipediのデータより筆者作成
ただし次期大統領選挙が予定されているのは2028年である。現政権は対抗馬をなぜ今逮捕したのか。その理由は2つある。第1に、次期大統領選挙出馬を目指すイマモールが、自らに対する政治的迫害の試みを察知し、イスタンブル市主催の会議の壇上でそれを暴露した3 。そして自党CHPの大統領候補を予備選挙で決めることを求め、しかもそれを早期に実現させた4 。政権は、いちど大統領候補になった人物を選挙から排除すると世論の反発を買ってしまう。そのため2025年3月23日予定のCHP予備選挙前にイマモールを拘束・逮捕したのである5 。
第2に、このような強硬措置に対して欧米からはあまり反発がないことを6、政権は見込んでいた。トランプ政権は人権侵害に対して寛容である。欧州は米国が北大西洋条約機構(NATO)への関与を弱めることで、ロシアからの安全保障上の脅威が増すことを恐れていた。欧州諸国では、NATOの第2の兵力を保有するトルコの政権と良好な関係を保つ動機が強まっていた。
抗議運動の広がり
3月19日にイマモールが拘束されるとCHP党首オズギュル・オゼルはこれを「次期大統領に対するクーデター未遂」と非難し、イスタンブル市庁舎に市民の結集を呼びかけると支持者が集まった。首都アンカラでもCHP本部前や中東工科大学で抗議活動が起き、警察は催涙ガスなどで対応した。
3月20日になると抗議活動はイスタンブル、アンカラ、イズミルをはじめ、トルコ国内の多数の主要都市に拡大し、多くの大学で学生による抗議デモや授業ボイコットが発生した。警察は催涙ガス、放水など実力行使で介入した。3月21日~22日にはイマモールの拘束継続を受け、抗議活動はさらに拡大し、労働組合、NGOも参加した。
3月23日には放送規制当局RTÜKが、デモを報道するテレビ局(SZC TV、Halk TVなど)に放送停止命令などの可能性を警告し、該当局は生中継を中止した。同日イマモールは正式に逮捕となり、裁判所は公判までの勾留を決定した。ただし汚職疑惑が中心で、テロ容疑は認めなかった7。
他方、CHPは同日に同党大統領候補予備選挙を実施し、イマモールを次期大統領選候補と発表した。また、親政権のメディアや小売企業に対するボイコットを市民に呼びかけた。CHPは3月25日にイスタンブル市庁舎での立てこもりを終えたが、3月29日にイスタンブルのマルテペで大規模集会を開催し、参加者を220万人と発表した。
3月30日以降、イスラム歴のバイラム(祝祭)期間に入り、街頭での抗議活動はやや沈静化している。しかしCHPは定期的な集会の実施を発表し、抗議運動の継続化を試みた。また大学生らが授業ボイコットを「経済ボイコット」に拡大する動きを見せ、4月2日の不買運動を呼びかけた。著名人もソーシャル・メディアで支持した。
イスタンブル広域市長舎に集まった人々
抗議戦略の進化
今回の抗議運動では、エルドアン政権でこれまで起きた最大規模の抗議運動である2013年ゲジ公園抗議と比較して、特徴や戦略に違いが見られる8。ゲジ公園抗議は、当初、イスタンブルのゲジ公園の再開発計画という環境問題に端を発した。組織面では、比較的自発的で、明確な指導者や組織を持たない傾向があった。その運動は警察の弾圧に反発して過激化し、公共施設や車両を損壊させる行為も発生した9。
これに対し、今回の抗議運動は、次期大統領選挙での有力候補者の不当な排除という明確な政治的事件に触発された。組織的には、最大野党であるCHPが積極的に関与し、より組織化された対応を見せている。そのため抗議運動は非暴力的に続いている10。
その抗議運動を主導したCHP党首オゼルの今回の戦略も、先手取りと費用対効果を重視している。第1に、イスタンブル市庁舎敷地内で集会を1週間連続して行った。オゼルは、市長のイマモールが逮捕拘束された後のイスタンブル市政に政府が管財人を任命する計画を察知し、市庁舎内での集会と自らの立てこもりにより、それを物理的に阻止したのである。
また抗議支持者を市庁舎敷地内に集めることで、警官との直接対峙を避けるとともに11、警官に危害を与えずに行動するように呼びかけた12。これは抗議運動に潜入する政権側の扇動者への警戒でもあった。実際、抗議運動に潜入していた私服警官が制服警官により拘束されかかると素性を明かした場面も録画され公開されている13。
第2に、CHPの前回の党大会に不正があったとの理由で同党に管財人を任命する企てに対しては、臨時党大会の4月6日開催を決定し、これを防いだ。新たな党大会で執行部が選出されるので、管財人任命の口実はなくなるからである。
第3に、3月23日に実施されたCHPの次期大統領選挙候補の予備選挙では14、党員は通常の投票箱に、党員ではない市民は「連帯投票箱」を通じて投票した。同党の発表によると、総計1480万人がイマモールに投票し、その内訳は連帯投票箱が1320万票、CHP党員による投票が160万票に上った。これはトルコの有権者6400万人の約4分の1を動員したことになる。
第4に、親政権のメディアや小売企業に対するボイコット運動を「消費の力を用いた抗議」として展開した。親政権メディアに対しても番組スポンサー企業がボイコットの対象となった。これに対し政権が、閣僚や与党党員らが自ら親政権企業での購買を行ったこともボイコットの一定の費用対効果を裏付けた。
第5に、イマモール釈放と繰り上げ総選挙を求める請願書に2023年大統領選挙でのエルドアンの得票数と同じ2700万の署名を集める運動を開始した。これをうけて毎週末トルコ全81県のうち1つの県で、毎水曜日イスタンブルの全39郡のうち1つの郡で、それぞれ抗議集会が行われる予定である。
政権の対応
政権の対応は、権威主義化の度合いに加え、抗議運動側の性格と戦略をも反映している。約5500人が拘束されたゲジ公園抗議では、抗議運動が破壊行為を伴ったことから、暴動鎮圧車両の投入のみならず、殺傷可能性がある警察力が行使された。たとえば催涙ガスのカプセル弾を抗議者に向けて発射することで死傷者を発生させている15。今回の抗議運動では、暴動鎮圧車両投入やカプセル弾発射などは起きていないが、非暴力的な抗議に対応した措置が取られている。
イマモール逮捕直後、イスタンブルでは公共集会とデモが5日間禁止され、その後、アンカラやイズミルなど他の都市にも同様の規制が拡大された。警察は、催涙ガス、放水銃、唐辛子スプレーなどを使用して抗議者を鎮圧している。3月19日以降、約2000人が拘束、そのうち300人が逮捕された。禁固刑が求刑された逮捕者もいる。
ソーシャル・メディアへのアクセスが一時制限され、情報流通を遮断する試みも行われた。また、メディアに対する締め付けも強化されており、ジャーナリストの逮捕、放送禁止、批判的な報道機関への罰金などが報告されている。エルドアン大統領は、野党が経済を悪化させていると非難し、イマモール氏の逮捕は政治的な動機によるものだという批判を否定し、司法の独立性を主張している。
イマモール拘束は国内金融市場に大きな動揺をもたらし、イスタンブル証券取引所の取引一時停止や中央銀行による大量のドル売り為替介入を余儀なくされた16。その前月、体制の強権化や腐敗を批判したトルコ実業家連盟の役員が一時拘束されたとき、市場の反応はほとんど見られなかった。しかしイマモール拘束は、市場に政治的混乱への危惧を生んだ。2023年5月大統領・国会選挙以降のトルコの証券・為替市場の回復は、高金利に引かれた短期資本の流入に大きく依存していた。政治的混乱により経済政策の継続性が疑われれば、短期資本流出が加速し、トルコリラ為替相場下落と外貨危機の可能性が高まることになる。
今後の展望
2013年のイスタンブルでの公園再開発計画を契機とする抗議運動以降、現政権は政権批判的な行動や言論を厳しく取り締まってきた。近年では政権の弾圧を恐れ、一般市民の間で公然の政権批判は稀となっていた。しかし今回、集会デモ5日間禁止令にもかかわらず若者を中心とする抗議運動が広がった背景には、トルコが完全な権威主義国家に移行しつつあるという深刻な危機意識がある17。他方、政権はボイコットの呼びかけや支持をソーシャル・メディアで表明した人々さえ逮捕しており、政権に態度を軟化させる兆しは見えない。
それでも合法的手法で先手を打つという抗議戦略は、その低い費用に見合う程度の効果はあげている。すなわち政権による弾圧は当初の思惑どおりには進んでいない。またエルドアン大統領3選のための国会での支持を固めるため18、政権は第2野党で親クルドの人民平等民主党(DEM)と関係構築を続けていた19。しかし同党がイマモール拘束・逮捕を非難したことで、同党が国会で政権に協力する可能性は今のところ弱まったように見える。さらに、イマモール逮捕後の市場の不信感が長引けば、選挙前までにインフレ収束という政権の戦略が狂うことにもなろう。
(4月8日脱稿)
写真の出典
- Atomotantik, own work(CC BY 4.0)
著者プロフィール
間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター中東・南アジア研究グループ主任研究員。博士(政治学)。最近の著作に、“From activism to resilience: the Turkish constitutional court in comparative perspective,” in P. Kubicek, Reflections on the Centenary of the Republic of Turkey. Routledge(2023)、『エルドアンが変えたトルコ──長期政権の力学』作品社(2023年)、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)など。
注
- “Turkey: Freedom in the World 2018 Country Report ,” Freedom House.
- 起訴状は、匿名証人の証言のみに依拠し、具体的証拠を提示していない。これはエルドアン政権下で2016年までギュレン派が支配していた司法府が世俗主義派を「陰謀訴訟(kumpas davaları)」で逮捕拘束するのに用いたのと同じ手法である。
- Burak Ütücü, “Ekrem İmamoğlu hakkında başsavcı Akın Gürlek'e yönelik sözleri nedeniyle soruşturma açıldı,” Euronews, 20 January 2025.
- 他の政党と同様、CHPもこれまで大統領候補を党大会で決定し、党員による予備選挙は実施していなかった。
- トルコの大統領の任期は5年2期で、エルドアン大統領はすでに2期目にある。ただし、以下の2つのどちらかの条件を満たせば次期の大統領選挙に出馬できる。第1に、2期目の大統領は国会が繰上げ総選挙を決議した場合には次期大統領選挙に立候補できるという憲法規定を使う。第2に、憲法改正を行い、大統領3選を可能にする。いずれの条件も国会定員の5分の3の賛成が必要だが、政権与党の議席はこれに満たない。そのため政権は、多数派工作を試みている(注19参照)。
- 米国大統領官邸報道官はイマモール拘束についての質問に対し、トルコに対して人権尊重を示すよう呼びかける一方で、他国の意思決定過程について解釈は行わないと述べている。“ ABD, İmamoğlu'nun gözaltına alınması nedeniyle Türkiye'ye 'insan hakları' çağrısı yaptı,” Euronews, 24 March 2025. 欧州委員会の報道官はイマモールの正式逮捕後、トルコが民主主義を遵守するかという疑問を抱かせると述べたが、明確な非難を行うには至らなかった。Jorge Liboreiro, “Brussels questions arrest of Istanbul mayor, without condemning it,” Euronews, 24 March 2025.
- 裁判所はこのように検察に比してある程度独自の判断を下すが、政権の意向に沿わない判事が差し替えられる場合も多々ある。例えば2022年6月、イマモールの(公務員侮辱容疑による)政治的活動禁止訴訟の審理を行う予定だった軽罪裁判所(単独審)の判事は、(政権の強い影響下にある)裁判官・検察委員会(HSK)によって交代させられた。 “İmamoğlu'nun yargılandığı davanın hakiminin görev yeri değiştirildi,” Sol, 9 Temmuz 2022. この判事は無罪判決の意向を周囲に漏らしていた。Barış Terkoğlu, “Bir garip İmamoğlu belgesi,” Cumhuriyet, 2 Aralık 2024.
- これ以外の反政府抗議運動としては、1997年の市民社会組織による1分間消灯運動、2017年にCHP党首が行ったアンカラからイスタンブルまでの「正義の行進」もあったが、いずれも1カ月以内に終わった。
- “Gezi Parkı eylemleri: Gün gün neler yaşandı?” BBC News Türkçe, 31 Mayıs 2023.
-
BBCの報道や人権団体アムネスティ・インターナショナルも、これまでの抗議運動を平和的と形容している。
“İçişleri Bakanı Yerlikaya: Altı günlük eylemlerde 1418 gözaltı,” BBC News Türkçe, 24 Mart 2025.
“Türkiye: Unlawful and indiscriminate attacks on peaceful protesters must end and protest bans must be lifted immediately,” Amnesty International, 24 March 2025. - それは帰宅する支持者を警察が催涙スプレーで攻撃したり逮捕連行したりすることを防いだわけではなかった。
- Anka Haber Ajansı, Özgür Özel: “Polise zarar vermeden yıkın geçin” #shorts.
- NOW HABERのX(旧ツイッター)。
- トルコ全土(81の州と973の地区)で実施された。予備選挙の候補者はイマモールのみだった。
- Türkiye İnsan Hakları Kurumu, “Gezi Parkı Olayları Raporu,” 30 Ekim 2014.
- 3月19日からの1週間で中央銀行の外貨準備は270億ドル減少した。Jonathan Spicer, Marc Jones and Libby George, “Turkey's Simsek seeks to calm investors, says market strains will be managed, sources say,” Reuters, 26 March 2025.
- 3月24~26日にアンカラでのクズライ広場に集まった抗議参加者208名に対面で実施されたアンケート調査によると、参加者の70%が18~24歳で、55%が高校・大学生、トルコで解決が必要な最も重要な問題としては54%が「法による正義」(「経済」は14%)、抗議運動参加の理由(複数回答)については60%が「将来への危惧」、52%が「政府の非民主的措置」と答えている。Yağmur Uzunırmak, “Kim Bu Gençler Imamoglu Protestoları Katılımcı Analizi(Ankara Örneği)”, Toplum Çalışmaları Enstitüsü, 28 Mart 2025.
- 注5参照。
- エルドアン政権を支える民族主義行動党(MHP)党首のデヴレット・バフチェリは2024年10月、DEMとつながりのある非合法武装組織、クルディスタン労働者党(PKK)の解散と引き換えに、PKK指導者で無期懲役刑に服しているアブドゥラー・オジャランの釈放検討を提案した。DEMの代表団が服役中のオジャランと面会を繰り返した後、オジャランは2025年2月、PKKの解散を求めるメッセージをDEMに伝えた。他方、野党は、政権がDEMと憲法規定に関わる取り引きを秘密裏に行っていると批判してきた。 “MHP lideri Devlet Bahçeli: İmralı'da kaleme alınan açıklama baştan sona değerli ve önemlidir,” BBC Türkçe, 28 Şubat 2025.
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