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エルドアンの巻き返し――選挙前トルコの政治経済

Erdogan strikes back: Turkey’s politics and economy in the run up to the elections

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053558

2023年1月

(4,756字)

トルコでは、2023年6月までに実施される大統領・議会同時選挙でエルドアン政権が敗北しその20年の歴史に幕が引かれる可能性が取り沙汰されていた。しかし2022年秋以降、エルドアン大統領の世論支持率は持ち直す方向にある。なぜ支持率が持ち直したのか、そしてエルドアンは今後どのような方法で劣勢をさらに巻き返そうとしているのか。本稿では、何でもありの総力戦の中身を紹介する。主な柱は、為替介入と所得政策、硬軟両様の対外政策、有力候補の排除である。そして最後に野党の対応を展望する。

為替・所得政策

2021年12月にトルコリラ為替相場が1ドル12リラから一時は18リラにまで下落した。エルドアンはそれまで為替相場下落を「リラ切り下げによる輸出拡大」という理屈で正当化していたが、通貨危機の再発を恐れて為替相場維持に転じた。

政府が窮余の策として為替相場下落分が補填されるトルコリラ定期預金(「為替保護預金」)を導入すると為替相場は同月末までに12リラにまで「回復」した。ただしその裏では、中央銀行が国営銀行を仲介として数十億ドルの外貨準備を費やして為替介入していた。

エルドアンはまた、インフレに伴う実質所得低下にも遅ればせながら対応した。最低賃金手取額のドル換算値は、2020年初に420ドルだったが、2021年末の急速なインフレで同年12月に228ドルにまで落ち込んだ。それを2022年1月に50%、7月に30%の、異例の年2回引き上げを実施した1。それでも7月の328ドルという値は、2020年初に比べてまだ92ドル少ない。

9月にはエルドアンは「社会住宅プロジェクト」を発表し、約100万世帯に安価な住宅を20年の分割払いで提供すると約束した。また低所得世帯の生活手当2の受給対象条件と金額を拡大した。約500万人への年金未支給問題についても、彼はこれまで対応を拒否していたが、年末までに解決策を発表すると約束した3

これらの経済措置の実施や発表に加え、夏の外国人観光客回帰による経済活性化も消費者信頼指標の若干の改善に貢献した(図1)。すると7月以降、それまで低迷していた与党連合の支持率(図2)やエルドアン大統領の業績に対する信任率(図3)は若干ながら持ち直してきた。

図1 消費者信頼指数(0↔200)

図1 消費者信頼指数(0↔200)

(出所)トルコ中央銀行のウェブページのデータより筆者作成。

図2 政党連合支持率(2018年6月~2022年11月、%)

図2 政党連合支持率(2018年6月~2022年11月、%)

(注)「今日(または今度の日曜日に)選挙があればどの党に投票しますか」との問いに対する回答。
毎月の世論調査数は平均して10件程度。与党連合はAKPとMHP、6野党協力はCHP、İYİ Parti、DEVA、SP、GP、DP。
(出所)Vikipediで集約されている世論調査各社の公表されたアンケート結果の月別平均値をもとに筆者作成。

図3 エルドアン大統領信任率(%)

図3 エルドアン大統領信任率(%)

(出所)メトロポール社世論調査のツイッター公開データより筆者作成。

ただし図3からは、経済措置のエルドアン支持押し上げの効果は3カ月程度続くものの、年末に消滅するかに見える。その場合、エルドアンは2023年初めにもう一度、大幅な最低賃金引き上げなどにより支持率浮揚を狙う可能性が高い。

賃金引き上げは製品価格への転嫁を通じてインフレに拍車を掛ける可能性も大きい。ただし、公表インフレ率が3桁に達していない大きな理由は、これまでの賃金上昇率がインフレ率を大きく下回っていることである4。すなわちエルドアンにとって、賃金を大幅に引き上げてもそれが3桁インフレをもたらすまでに若干の時間的猶予がある。

サウジアラビア筋の情報によれば、エルドアン政権は次期選挙の2023年4月への繰り上げを予定しているという5。1月開始の大幅財政出動の効果も3カ月で尽きるとすると、4月選挙説に納得がいく。

硬軟両様の対外関係

エルドアンは2022年11月13日にイスタンブルの繁華街で起きた爆弾テロ事件をも利用した。彼は事件をクルディスタン労働者党(PKK)による犯行と断定し6、北シリアにおけるPKK系組織の拠点に対して報復の空爆を行ったうえで、地上戦を予告した。PKKはトルコにおけるテロ組織だが、トルコ軍の攻撃を避けられる北シリアにクルド民主統一党(PYD)という名のPKK系組織を作り、勢力を拡大してきた(図4)。そのためPYDへの軍事作戦は国内世論の支持を得やすい。

図4 シリア勢力図(2021年9月現在)

図4 シリア勢力図(2021年9月現在)

(注)薄緑=トルコ軍・親トルコ勢力、黄色=PYD(PKKの在シリア組織)、
オレンジ=緩衝地帯、白(イドリブ県)=イスラム過激派勢力。
(出所)Ermanarich, Own work, derived from the Template:Syrian Civil War detailed map.(CC BY-SA 4.0)に筆者加筆。

欧米はこれまでトルコのPYDへの軍事作戦を批判してきたが、エルドアンはスウェーデンとフィンランドのNATO加盟手続きでトルコ国会の承認を先延ばしにして、今後の北シリア軍事作戦に対する米国の反対を抑えようとしている。

対外強硬姿勢や仲介外交などによる国威発揚は、支持率を通常3ポイント程度上げるが、その支持率浮揚効果は1カ月くらいしか続かない(図3)。北シリアのPYDを目標とした地上戦が実施される場合、繰り上げ選挙前1カ月以内、たとえば3月頃になるのかもしれない。

エルドアンはウクライナに侵攻したロシアの窓口役として影響力を増すと、欧米に対しては強い態度に出ている。他方、険悪な関係に陥っていた中東のUAE、サウジアラビア、エジプト、イスラエルなどとは2021年末以降関係改善を進めている。その大きな理由はトルコ経済の立て直しである。外資呼び込みや貿易拡大に加え、為替介入資金と選挙資金の調達が必要だからである。

最近でも2022年11月にエルドアンがカタールで、エジプトのシシ大統領と初めて対面して握手を交わすと、両国の関係改善を求めていたサウジアラビアから50億ドルがトルコ中央銀行の外貨預金口座に振り込まれ7、両国の仲介をしていたカタールから100億ドルがスワップないし外貨預金として、そのうち約30億ドルが12月末までにトルコに供与されることが決まった8

このような外貨借入れが必要になった原因は、常識に反するエルドアン流経済運営である。エルドアン経済学(エルドアノミックス)によれば、金利を引き下げるとインフレが低下することになっている。しかし実際には、金利引き下げは為替相場下落によりインフレを上昇させる(図5)9。そこで経済専門家ではない大統領顧問たちがエルドアンの面子を保つため、本来必要な金利引き上げではなく、外貨準備を用いた為替介入を継続しているのである。

図5 トルコのインフレと実質金利

図5 トルコのインフレと実質金利

(出所)トルコ中央銀行の公開データより筆者作成。
有力候補の排除

大統領選挙候補世論調査でエルドアンの支持率を上回る野党政治家は3名いる(「選挙と野合――トルコにおける野党合意の力学」IDEスクエア、2022年6月)。そのうち人気第2位であるイマモールに12月14日、イスタンブルの地方裁判所で2年7カ月の禁固刑判決が下された。イマモールが2019年6月イスタンブル広域市長再選挙後に行った発言が最高選挙委員会を中傷したとの理由で、検察が起こしていた訴訟の最初の判決である。

今後、高等裁判所と最高裁判所への控訴が可能であるが、1年以上の禁固刑が確定すれば、イマモールは政治活動が禁じられて大統領候補資格を失い、イスタンブル広域市長の職も失う。

現在の司法府は政権の影響下にあるため、選挙までに判決が早急に確定する可能性はある。代わりの広域市長は議会決議で決まるが、現在のイスタンブル広域市の議会は与党が多数であるため、イスタンブル広域市政を与党が取り戻すことになる。

今回のイマモールに対する政治的訴訟は、大統領選挙での有力候補の排除を意図していたであろうが、与党が選挙で失ったイスタンブル広域市政を選挙以外の方法で取り戻そうとするこれまでの執拗な試みの結果でもある。イスタンブル広域市は与党の選挙資金調達や支持基盤の宗教勢力への財源分配などで重要な役割を果たしてきたからである。

有力候補を政界から一時的に追放することがその候補者への有権者の支持をかえって高めることは、かつて不当な判決によりイスタンブル広域市長の職を追われたエルドアン自身が2003年に首相に就任したことで体現した10。イマモールも2019年3月統一地方選挙でイスタンブル広域市長選挙結果が無効とされ、6月のやり直し選挙で対抗馬との差を広げて大勝した。

政権はこの反発効果を充分承知しているはずである。この政治的訴訟が仮に「権利を剥奪された」イマモールの支持率を上げる結果になっても、少なくとも次期選挙でイマモールが大統領候補にならず、イスタンブル広域市が与党の支配下にあればよいとの魂胆であろう。

6野党協力は、判決後、イマモールへの支持で結束を強めた。今後の戦略は3つありうる。第1に、国民の支持の高まりを期待できるイマモールを候補として政権に勝負を挑むことである。1年以上の有罪判決が、選挙直前または最中に下る可能性は高い。するとイマモールの候補または当選結果が無効となるうえ、代わりの候補を擁立できないという危険はある11

野党が候補を擁立できない場合、エルドアンを単独候補として賛否を問う投票がおこなわれることになる。しかし、当選には賛成票が有効投票数の過半数に達することが必要である(トルコ憲法101条)。野党の正式候補を不正な方法で排除したと見なされれば、エルドアンが国民の51%の支持を得ることは難しい。その場合、再選挙となり野党も新たな候補を擁立できる。この強気勝負は、見かけほど非現実的ではない。

鍵を握るクルド政党

第2の戦略は、人気1位のヤヴァシュ擁立である。しかしこれは熟慮を要する。実は、通常引用されている世論調査は、大統領選挙2回目の投票を想定した質問への回答結果である。実際の選挙では、1回目の投票で野党協力に含まれていないクルド政党である人民の民主党(HDP)が候補を擁立するかが、世論調査結果と選挙結果の間で大きな違いを生む。

世論調査は、当然ながら有権者の自由意志を反映する。これに対し、選挙ではHDPは候補を擁立する場合は第2回目の投票で、擁立しない場合は第1回目の投票で、党として誰を支持するかを宣言するはずである。HDP支持者の政党帰属意識は非常に強いので、有権者の1割を占める支持者はまとまってどちらかの候補を支持することになる。

ヤヴァシュは、現在は共和人民党(CHP)所属ながら元は民族主義政党出身で、クルド民族の権利自由を擁護する態度を示していない。そのため、クルド系の有権者一般の一部は支持してもHDPが政党として支持する可能性は低い。これに対し、クルチダロールCHP党首は、自身がクルド系であることを別としても、これまでクルド地域でCHPの住民との対話を促進して同地域での支持率上昇を実現した。

現在、HDPを含めたクルド政治勢力でクルド有権者の支持が多いのは、HDP元党首のセラハッティン・デミルタシュである。彼は政治的裁判の結果、2016年以来投獄されているが、獄中からクルチダロールへの支持を、メディアを通じて2022年9月に暗示した。12月のイマモール有罪判決後も、その姿勢を維持している。HDP現指導部もデミルタシュの意向を配慮せざるを得ないであろう。

そこで第3として、クルチダロール擁立の可能性は充分ありうる。クルチダロールがエルドアンに勝利する条件は、HDPの支持を獲得するとともに、イマモールへの不正への抗議を続けることで世論の信任を高めることであろう。

実はエルドアンも最近、HDPの取り込みを試みている。それまでエルドアンがテロリスト呼ばわりしていたHDP議員団に11月、司法相が憲法改正の提案を理由に国会で面会した。また、獄中のデミルタシュが同月、クルド地方の病院に入院中の父親に面会するため特別機で送迎された。ただしHDPとの接触はかえってエルドアン支持者の反発を買い、彼の信任率を引き下げた(図3)。

しかしエルドアンはその後、HDPの取り込みをあきらめたように見える。また、この間も憲法裁判所で、HDPの強制解党訴訟は続いていた。エルドアンが解党判決への圧力を強めるとの観測もある。HDPを解党させればエルドアンとしては、トルコ民族主義有権者からの支持拡大、HDP支持者の自主投票、6野党のHDPに対する足並みの乱れ、などが期待できるかもしれない。しかし逆効果もある。クルド有権者はエルドアンに強く反発するだろう。獄中のデミルタシュのクルド有権者への影響力はむしろ強まる。「何でもあり」の巻き返しは、巻き戻る可能性もある。

ウクライナのリヴィウを訪問したエルドアン大統領

ゼレンスキー・ウクライナ大統領、グテレス国連事務総長との三者会談のため、
ウクライナのリヴィウを訪問したエルドアン大統領(2022年8月18日)
※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ。博士(政治学)。最近の著作に、”Conservatives, Nationalists, and Incumbent Support in Turkey,” Turkish Studies, Volume 22, 2021 - Issue 5、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)、「外圧の消滅と内圧への反発――トルコにおける民主主義の後退」(川中豪編『後退する民主主義・強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)など。


  1. 最低賃金が引き上げられると、公務員の所得税控除額も連動して引き上げられる。また、公務員給与や年金支給額の引き上げ要求が強まる。
  2. 世帯の一人当たり所得が最低賃金(税引き後)の3分の1未満であることが条件である。
  3. 1999年と2008年の年金改革における移行措置の不備により、旧制度で年金受給資格を得ても新制度で導入された定年にならないと年金が支給されない事態が続いていた。年金支給開始年齢は、2008年に男性60歳、女性58歳となったが、段階的引き上げにより2048年までに男女65歳になる。
  4. その裏返しとして、国民所得の労働分配比率は低下している。GDPに占める賃金の比率をインフレによる実質賃金目減りを考慮して四半期別に比較すると、第1四半期では2020年の39.1%から2021年の35.5%、2022年の31.5%、第2四半期でも2020年の36.8%から2021年の32.6%、2022年の25.4%へと低下した(Türkiye İstatistik Kurumu)。最低賃金が年初に引き上げられるがその後のインフレで実質賃金が目減りするため、年の初めに近いほど労働分配比率は高い。
  5. Cumhuriyet, “Suudi Arabistan basını Türk yetkililerle görüşüp tarih verdi: Seçim nisanda,” 9 Aralık 2022.
  6. PKKは犯行を否定している。また実行犯が外国人(シリア人)であること、テロ行為の訓練を受けていなかったことなど、PKKのこれまでの市街テロの特徴とは異なる。実行犯が北シリアでトルコが実効支配しているアフリンの検問所からトルコに入国したこともわかっている。これらはトルコ政府による関与を想起させるかもしれない。しかし他方、9月末にトルコ南部の都市メルシンでPKKによる警察署襲撃事件後の調査でPKKが市街テロを計画していることが明らかになり、治安当局は関係部署に警戒を求めてもいる。アフリンもトルコ政府実効支配下とはいえ、同地ではイスラム過激派の勢力も最近強まりトルコによる治安維持が弱くなっていたこと、またアフリン検問所は欧州への密航者や麻薬密売者が賄賂を使って行き来しており管理が甘くなっていたとも言われている(Deutsche Welle, “Mersin saldırısını PKK üstlendi,” September 29, 2022)。
  7. Reuters, “Saudi Arabia says it is close to making $5 billion deposit with Turkey,” November 23, 2022. 外貨預金はスワップに比べ、資金をより自由に利用できる。これに先立ちサウジアラビアとは、同国皇太子が命じたとされる新聞記者ジェマル・カショギの同国在イスタンブル領事館での2018年の暗殺の裁判をトルコ司法が2022年4月に中止して証拠文書を同国へ引き渡した。その直後、対トルコ経済制裁が解除された。
  8. Coskun, O. and N. Devranoglu, “Turkey in final stage talks for up to $10 bln funding from Qatar -sources,” Reuters, November 25, 2022.
  9. 2021年12月のトルコリラ為替相場急落以降は中央銀行金利引き下げを凍結したが、8月以降は毎月引き下げを実施し、11月には同金利は9ポイントにまで低下した。84%のインフレ率を差し引くと実質金利はマイナス75ポイントである(図5)。
  10. 1994年3月にイスタンブル広域市長に当選したエルドアンは、清掃ゴミ回収や陳情対応などの行政サービス向上を実現して人気を高めたが、世俗主義を至上とする軍部や司法府の国家エリートから警戒されていた。そして1997年に政治集会でイスラム教徒を兵士に例えたズィヤ・ギョカルプの詩を朗読すると、国民の分断を煽動した罪で禁固1年の有罪判決を受けて(4カ月服役)、被選挙権も剥奪された。しかし公正発展党が2002年総選挙で勝利すると、被選挙権回復のための憲法改正成立後、2003年に首相に就任した。
  11. 選挙後であれば大統領には不逮捕特権が適用されるため、刑の執行は大統領任期終了後となる。
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