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選挙と野合――トルコにおける野党合意の力学

Elections and Alliances: The Dynamics of Opposition Coordination in Turkey

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053066

2022年6月

(6,590字)

トルコでは2023年6月までに大統領・議会の同時選挙が予定されている。この同時選挙はこれまでにも増して大きな重要性を持つ。もし野党が勝利すれば20年続いたエルドアン政権が終わるのみならず、野党合意に従って現在の集権的大統領制が議院内閣制に移行する見込みだからである。現時点で大統領選挙の候補者は与野党とも発表されていないが、2022年の世論調査では野党連合の支持率が与党連合の支持率を上回る状態が続いている。野党合意はこの世論支持を統一候補の得票に転化できるのか、それとも単なる野合に終わるのか。本稿では選挙の仕組みと争点、与野党の戦略、選挙後のシナリオについて論じる。

同時選挙の仕組みと争点

2017年改正憲法下では大統領と議会の任期は5年で、大統領は2期まで務められる。繰り上げ選挙も可能で、大統領または議会が決定できる。大統領が繰り上げ選挙を決定すると大統領は残りの任期を失う。議会が(5分の3多数で)繰り上げ選挙を決議した場合も大統領は残りの任期を失うが、2期目の場合には、もう一度立候補することができる。そのためエルドアンにとっては議会による決定の方が好ましい。そもそも野党は繰り上げ選挙を要求しているため与党が望めば繰り上げ同時選挙が実現する1

投票行動の最大の決定要因である経済状況について、2022年4月のMetropoll社の世論調査でも国民の8割近くが「経済運営が悪い」と答え、6割以上が現状の経済の責任が政府にあると考えている(memurlar.net)。このような経済状況に至った背景には2018年に完全導入された集権的大統領制の機能不全、とくに経済専門家の排除、大統領顧問重用がある(「トルコの利下げと選挙――エルドアンの選択」IDEスクエア、2021年12月)。

トルコ経済は2018年夏以降の通貨下落に歯止めがかからず、輸入インフレの影響で2022年4月に前年同期比の消費者物価上昇率は公式発表で70%、経済学者の推計ではこの倍以上に達している。2022年第1四半期の経済成長率は年率で7%となったが、投資ではなく家計貯蓄取り崩しによる消費に依存している。さらにその「成長」もドル換算にすると、為替相場下落の影響を受けてマイナス5%であった。

本来は中央銀行が政策金利を引き上げてインフレ引き下げと外貨流入を促進すべきところであるが、エルドアン大統領が「金利を下げればインフレが下がる」との自説にこだわり中央銀行総裁を2019年7月以来3人続けて解任してまで、政策金利を21%から段階的に14%に下げさせてきた。現在の実質政策金利はマイナス56%である。

他方、賃金上昇率はインフレ率以下にとどまっている。賃金のGDPに占める比率は、2020年が39%であったが、2021年に36%、2022年に入ると32%へと低下している。1990年代にもインフレ率が70~80%になった時期があったが、そのときは賃上げ率がインフレに連動していた(いわゆるインデクセーション)。現在はそのような仕組みがないため給与所得・年金受給者はインフレの打撃をより直接的に受けている。

野党の戦略

野党は、2002年からの公正発展党(AKP)政権期で最も広範で持続的な、6野党の協力体制を構築した。それは野党第1党の共和人民党(CHP)と第2党の善良党(İYİ Parti)の連合に他の4野党が協力する形である。そもそも2野党連合だけで与党連合に世論支持率で拮抗していたため、仮に他の4野党のどれかあるいはすべて離脱しても野党陣営として大きな後退にはならない(図 1)。世論支持率は2野党連合だけで与党連合を5%程度上回るまでに至った(図 2)。

6野党合意文書調印式(2022年2月28日)

6野党合意文書調印式(2022年2月28日)

図 1 政党別支持率(2018年7月~2022年4月)(%)

図 1 政党別支持率(2018年7月~2022年4月)(%)

(注)「今日(または今度の日曜日に)選挙があればどの党に投票しますか」 との問いに対する回答の集計結果。
未定・無回答は、各党支持率に比例して、または何らかの推計方法を用いて各党支持率に上乗せされている結果と、
上乗せされていない結果があるため、きわめて大まかな傾向しかつかめない。
与党連合は AKPとMHP、野党連合はCHPとİYİ Parti。 野党協力はSP、DEVA、GP。
なお4野党(CHP、İYİ Parti、SP、DP)による「国民連合」は2018年6月総選挙後に法的には解散されたが、
2019年3月統一地方選挙でCHPとİYİ Partiが選挙協力した。
SPとDPのそれぞれの支持率は1%に満たない。なおDP党首は国民連合にとどまっていると述べている。
(出所)Vikipediで集約されている世論調査各社の公表されたアンケート結果をもとに筆者作成。

図 2 2与党連合と2野党連合の支持率格差(2018年7月~2022年4月)(%)

図 2 2与党連合と2野党連合の支持率格差(2018年7月~2022年4月)(%)

(出所)図1に同じ。

6野党協力が単なる「野合」に終わることはないのか。実際、たとえばハンガリーでは2022年4月の総選挙では6野党連合が期待に反してオルバン与党に大敗している。しかし、トルコとハンガリーの6野党には2つの違いがある。

第1に、ハンガリーでは野党連合が比較的最近誕生し、しかも極右派を含んでいたため、緩やかな政策合意しかなかった。トルコの野党協力では、2017年以降の5年にわたる野党間の信頼醸成があるうえ、中道(左右)派のみが参加しているため、後述のような極めて具体的な法改正案で合意できている。

第2に、ハンガリーでは首相・国会議員候補は6党参加の予備選で決定された。予備選で敗退した政党は敗北選挙区での選挙協力に消極的だった。トルコでは大統領候補を6党合意で決定する。また国会議員候補も選挙区別アンケートをもとに調整する。そのため政党間競争による軋轢を抑えられる。

さらに、トルコでは野党のなかでクルド系政党である人民の民主党(HDP)が約10%の支持率を維持している。与党には与しないものの6野党協力にも参加せず、クルド人の権利の拡大のための交渉力を維持している。HDPは大統領選挙の大統領選の第1回目投票で独自候補を立てず野党協力候補を支持することでキングメーカーになる可能性も残されている。

しかし、トルコの野党協力にも批判される点はある。まずは野党の出足の鈍さである。世論調査での与党支持低迷を頼りに、有権者に対して経済立て直しのための具体的な提案を明示していない、大統領候補が未だに決まっていないというものである。ただし、6野党合意の法律改正提案のなかに重要な経済改革が含まれている。大統領候補を決めないことで本命候補を与党による誹謗中傷から守れるとの反論もあり得る。

より重要なのは、世論調査の支持率でエルドアンを上回る3人の候補(いずれも野党第1党のCHPに所属)のうち誰を擁立するかである。2022年世論調査の平均支持率でみると、エルドアンとの支持率の差は、ヤヴァシュ・アンカラ市長が10%以上、イマモール・イスタンブル市長が10%程度、クルチダロールCHP党首が5%程度である。ヤヴァシュ、イマモールはクルチダロールより(民族主義、宗教性の点で)保守的であるため、平均的なトルコ有権者の価値観に訴える候補であると考えられる。

当初の野党の想定では、世論調査で最も勝利が確実な候補を擁立するはずであった。しかしこれまで野党協力を献身的にまとめてきたクルチダロールが体制移行期に求められる中立的な大統領の資質を備えているとの期待の声もあり、その声を背景に、同氏が立候補に意欲を示すような言動が続いている。

クルチダロールはエルドアンの介入が続いている中央銀行、インフレを過小に見積っている統計局、公務員統一試験での与党支持者優遇が疑われている文部省、シリア難民の有権者登録に関わっていると伝えられる移民局、選挙過程介入が懸念される民間軍事顧問会社などへの「訪問」を行い、国の重要問題に対応できると行動で示してきた。

ただしこのような行動がクルチダロールのエルドアンとの支持率の差を拡大させる兆候は見られない。またクルチダロールはムスリムであるものの少数派のアレヴィ派(国内人口比は約2割で世俗主義的)で、歴史的には多数派のスンナ派(8割弱)から異端と見なされてきた。クルチダロールが候補となった場合、与党から宗派主義的攻撃を受け、保守的な有権者から集めていた支持の一部を失いかねないとの見方もある。

与党の戦略

与党の喫緊の課題は経済の立て直しである。中央銀行が政策金利を2021年9月から12月の間に4カ月連続で計5ポイント引き下げ14ポイントとすると、リラが急落し、12月のうちに1ドル12リラから一時は18リラにまで下落した。

政府が窮余の策として為替差損保護定期預金(KKM)を同月に導入すると為替相場は12リラにまで「回復」したが、その裏では数10億ドルの外貨準備を費やした(中央銀行による国営銀行を仲介とした)為替介入が行われていた。

その後も為替介入は続き、純外貨準備残高は通貨スワップ(短期のドル資金調達方法)を差し引くとマイナス600億ドルにも膨らみ(図 3)、為替相場急落が起きた2020年11月や2021年12月の水準にまで落ち込んでいる。そのため為替介入のこれ以上の継続は困難を極めている。またKKMは為替差損の補償に税金が投入されるため、財政赤字(現在GDPの5%)の拡大に繋がる。

図 3 純外貨準備(2016年11月~2022年5月)

図 3 純外貨準備(2016年11月~2022年5月)

(注)純外貨準備=対外資産-外貨債務。
通貨スワップのデータは2019年5月-2022年3月のみ公開されている。
(出所)トルコ中央銀行ウェブサイトのデータより筆者作成。

2022年5月にはインフレによる家賃急上昇の国民の不満に対応する目的で、住宅購入のための超低利(一次取得者には月利0.99%など)融資を導入すると、市場原理に従い家賃がさらに上昇し、政権の経済礎知識の欠如がまたも露呈した。

このように経済面での進展が見られないなかでは、与党の戦略はもっぱら争点逸らしになる。第1に、経済問題から眼を逸らさせるため価値観対立をあおり、与党が宗教の守護者であることを強調し、支持基盤のイスラム教団の活動を支援するなどして支持者離反を食い止めようとしている。

第2に、外交の内政利用である。ウクライナ紛争ではエルドアンがNATO加盟を望むスウェーデンとフィンランドにPKK(クルディスタン労働者党)支持撤回やトルコへの武器禁輸解除などを迫り、強い指導者イメージ作りに腐心している。エルドアンはまた、ロシアの影響力が低下した北シリアにおけるPKKの姉妹組織に対する軍事作戦を準備させている。

エルドアンのこのような2022年5月以降の対外強硬姿勢は、米国のみならずトルコと対立関係にあったUAE、サウジアラビア、エジプト、イスラエルに対して2021年以降関係改善を進めてきた動きに矛盾する2。エルドアンはフィンランド大統領によれば、4月には同国のNATO加盟を支持していた(Twitter, 4 April 2022)にもかかわらず、である。このようなエルドアンの5月以降の対外強硬姿勢への「Uターン」は、与党連合の世論支持低下の進行(前掲図 2)への焦りの現れとも考えられる。

第3に、その効果は限定的ながら、選挙制度変更である。県・郡選挙委員長の選出方法を、同委員の「最年長者」でなく与党による不正が可能な「くじ引き」に変更し、野党の監視が弱い地域で与党の選挙介入の可能性を広げた。また、議席獲得のための足切り得票率をそれまでの10%から7%に引き下げた。これは第2与党民族主義者行動党(MHP)の要求を反映すると同時に、小規模野党を野党協力から引き剥がす狙いもあったが、野党協力勢力は上述のような選挙区別候補者調整により対応している。

体制移行後の内政・経済

6野党は、選挙に勝利すれば憲法改正を経て議院内閣制へ移行(復帰)すると2022年2月の6党合意で公約している。その新たな議院内閣制では、現在の集権的大統領制はもとより過去の議院内閣制よりも三権分立を強化する一方で、政治的安定を維持するための機能をも加える。行政権は首相が握り、大統領は(政治的中立のため)無党派が求められ、三権の調整役として7年1期のみを務める。また、6野党が公約する新たな制度には、内閣不信任案の提出者が代替の内閣名簿への国会過半数支持を得る必要があること(建設的不信任)、憲法裁判所判決を国家組織が履行する義務を負うことなどといったものもある。

現在のトルコの最大の問題は経済状況であるが、6野党からは具体的な経済政策の提案がないとの批判も野党支持勢力からは聞かれる。しかし中央銀行元副総裁のファティヒ・オザタイが述べるように(Yetkin Report, 6 May 2022)、経済構造改革の根幹は市場経済を正しく機能させるための制度改革であることは、トルコ出身の世界的経済学者であるダロン・アセモグルやダニ・ロドリックが指摘するところである。

6党合意の法改正提案には、まさにそのような志向の制度改革が盛り込まれている。たとえば、(1)中央銀行をはじめとする独立経済機関の長は2期を上限とし、内閣が指名するが、解任されない。中央銀行を通貨政策の唯一の決定機関とする。(2)公共入札法での例外規定を撤廃する。欧州評議会の汚職対策国家グループ(GRECO)勧告決議に国内法を調和する。(3)司法府人事機関である判事検事委員会を判事・検事両委員会に分割し、判事委員会から司法相、司法次官を除外、国会の特定多数決で任命する。(4)違憲審査で公法人にも個人的審査請求権を付与し、立法・行政・司法府、政府機関、政党などが府・機関の違憲行為を訴えることを可能にする。(5)メディアの独占を防ぐために公正取引委員会に監督権を付与し、ラジオ・テレビ高等委員会は国会の特定多数決で選出する、などである。

今後の展望

インフレ率が毎月上昇し、純外貨準備残高が近過去の通貨急落時の水準にまで落ち込んでいるため、与党は金利を引き上げるか選挙を繰り上げるかの選択を近いうちに迫られよう(いずれも選択されない場合は最悪の事態が予想される)。2022年秋に繰り上げ選挙の可能性も憶測されている。政権がそれまで渋ってきた最低賃金・公務員給与・年金の実質引き上げに動けば、選挙は近いと言える。

野党勢力は世論調査の支持率では若干有利であるとはいえ、投票・開票過程への政権による介入の可能性をも考慮すると、10%以上の差での勝利が必要となる。そのため、協力野党は投票所監視強化のための準備を行っている。政権交代をすればその経済政策は、6野党合意に従い、経済制度の独立性回復による経済安定化がめざされよう。協力野党党首のなかでも経済政策で傾聴される元経済担当副首相のアリ・ババジャン民主主義進歩党(DEVA)党首は、インフレを1桁に下げるのに政権交代から2年後を見込んでいる。経済立て直しが実現して初めて、議院内閣制への移行が可能となろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Yıldız Yazıcıoğlu, VOA.(Public Domain)
著者プロフィール

間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ主任研究員。博士(政治学)。最近の著作に、“Conservatives, Nationalists, and Incumbent Support in Turkey,” Turkish Studies, Volume 22, Issue 5, 2021、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)、「外圧の消滅と内圧への反発 ――トルコにおける民主主義の後退」(川中豪編『後退する民主主義・強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)など。


  1. 2021年12月の拙稿では「憲法では(議会・大統領同時)選挙の繰り上げは残り任期1年未満では実施できないことが定められている(2017年改正106条)」と述べたがこれは、失職した現職大統領に代わった副大統領についての規定で、現職大統領にはこのような制約はない。任期終了1日前でも繰り上げ選挙は可能となる。お詫びして訂正します。
  2. 4月までの対外関係改善の背景には、枯渇した対外準備補填のための外資呼び込みの意図もある。トルコはUAEを 2016年のトルコにおけるクーデタ未遂の資金提供国と見なしてきたが、2021年末以降、同国からトルコへの直接投資や50億ドルの通貨スワップなどの一連の経済協定が結ばれている。サウジアラビアとは、同国皇太子が命じたとされる新聞記者ジェマル・カショギの同国在イスタンブル領事館での2018年の暗殺後、関係が悪化していたが、トルコ司法が2022年4月に同事件の裁判を中止して証拠文書を同国へ引き渡した直後、対トルコ経済制裁が解除された。トルコはこれにより輸出急回復を見込んでいる。
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