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ラオスの首相交代劇――頂点が見え始めた新首相のロングロード

The dramatic change of the Prime Minister in Laos: long road nearing its summit

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053565

2023年1月

(4,035字)

致命傷となった愛人スキャンダル

2022年12月30日、第9期第4回国会の最終日にパンカム首相が突如辞任し、ソーンサイ副首相(経済担当)が新首相に就任した。当初の「公式」議事日程に人事案件は含まれていなかった。本人からの書面による正式な辞任申し出は12月15日であり、ラオス人民革命党の最高意思決定機関である政治局が承認したのは12月21日だった(Pasaxon, January 3, 2023)。本人は辞任を渋っていたといわれ、事態が急展開したことを物語っている。

経済面での失政や健康問題などが辞任の理由と指摘されているが(翁長 2022)、今回の「事実上の更迭」は「愛人問題」の影響が大きい(井上 2022)。2022年9月28日、メコン川のタイ側でスーツケースに詰められた身元不明の女性の死体が発見された(Pattanapong 2022a)。他殺とみられている。その後、女性が裕福な企業家のラオス人であることが判明すると(Pattanapong 2022b; Petch 2022)、SNSで同女性は首相の愛人であり、2人のあいだには子どももいるとの噂が瞬く間に広がった。そして「家族」3人が一緒に映っているビデオなどが拡散されていった。事件の真相や首相と女性の関係などの真偽は不明であり、今後も明らかになることはないだろう。とはいえこのようなスキャンダルは、「誠実」を売りとし、経済低迷で苦境に立たされていた首相にとって致命傷となった。愛人スキャンダルを理由に「辞任」した首相は、2010年のブアソーン前首相に続いて2人目である1

以下ではまず、パンカム前首相が就任時から抱えていた問題を整理し、今回の首相交代劇は「不運」の連鎖が要因であったことを示す。そのうえで、新首相に就任したソーンサイの略歴や直面する課題について論じる。

首相に就任したソーンサイ・シーパンドーン(2019年12月)

首相に就任したソーンサイ・シーパンドーン(2019年12月)
「不運」だったパンカム前首相

2021年3月22日に首相に就任して以降、パンカムには「不運」が続いた。2000年代中盤から年平均約7~8%成長を遂げてきた経済は、2014年から下降トレンドに入り、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大により大打撃を受けた。2020年と2021年の経済成長率はそれぞれ約3.3%、3.5%(Lao Statistical Bureau 2022)、2021年の失業率は労働・社会福祉省によると18.5%であった2。コロナ禍での入国制限により観光者数も激減し、サービス産業も大きく低迷した。対外債務返済リスクの高まりも指摘されるようになり(Reed 2020)、2020年から大手格付け機関はラオスの格付けを軒並み引き下げ始めた3。さらに、長年の懸案である党・国家幹部の汚職や予算漏洩問題なども改善が見られず、党への信頼も揺らいでいた。

このような状況で首相に就任したパンカムに対して、国民の当初の期待は高かった。ラオス人民革命党のかつての活動拠点であったサムヌア出身という地縁や有力者とのネットワークなども有利に働いたが、パンカムは実力で党内を登ってきた。首相府勤務時代に行政改革を担当し、教育大臣在任時には高等教育改革を行うなど、党長老だけでなく中堅や若手もその実力を認めている。パンカム自身、難局を乗り切れる自信があったのだろう。就任時の国会演説や答弁では、経済問題は政府に原因があることを認め、雇用の分配や所得向上による格差の是正が重要との考えを示すとともに、国民が政府に対して率直に意見をぶつけ、政府も批判を受け入れると国民に強いメッセージを送った4。その後も首相は比較的強気な発言を続けた。だからこそ国民も期待したのだろう。

パンカムも積極的に経済問題の解決に着手した。2021年5月には外国で博士号を取得した研究者などを含む首相補佐委員会が(Nanyok lathamonti 2021a)、6月にはビジネスマン7人からなる同様の委員会が設立された(Nanyok latthamonti 2021b)。これらの委員会の役割は重要戦略について首相に提言を行うことであり、特に「国家的議題」である経済・財政や麻薬問題の解決が喫緊の課題となった。「国家的議題」とは、8月の特別国会で決まった国家全体で取り組み緊急に解決すべき問題であり、政府は2023年末までに目に見える結果を示すとした(Paxason, August 5, 2021)。「国家的議題」が定められたのは建国後初めてのことであり、問題の深刻さをうかがわせる。

自らをトップに専門家や企業家の意見を踏まえ、スピード感をもってトップダウンで問題解決にあたる姿勢は一定の評価を得たが5、結果が伴わなかった。国有企業改革や財政改革が思ったように進まないなか、ロシアのウクライナ侵攻による食料・エネルギー価格の高騰、主要先進国における金融引き締めや多額の債務に起因する通貨の下落圧力が高まるなど、状況は悪化の一途をたどった。2021年5月にはガソリン不足が発生し、国民生活に大きな影響が出た(山田健一郎 2022)。通貨キープはパンカムの首相就任から約2年間で約80%下落し6、インフレ率も前年同月比で12.81%(5月)、23.61%(6月)、25.62%(7月)、30.01%(8月)、34.05%(9月)、36.75%(10月)、38.46%(11月)、39.27%(12月)と高まっていった(Somsack 2023)。そして政府総債務残高の対GDP比は、59%(2019年)、82.7%(2020年)、93.5%(2021年)、107.1%(2022年)と上昇する一方で7、外貨準備高は10~14億ドル台と逼迫が続き、常にデフォルトの危機にさらされた。パンカムの肝いりで認可した鉱物資源プロジェクトも結果が出なかった。まさに何重もの苦に直面したのである。

おそらく誰が首相になろうとも状況は同じであり、その意味で2021年3月のタイミングで首相に就任したパンカムは「不運」であった。また国民の期待の高さと自身の強気な発言も、結果が出せない首相に対する国民の不満を一層高めた。本来ならば、「国家的議題」の評価を行う2023年末以降に首相の進退を判断してもよかったはずだ。むしろそのほうが自然な流れである。今回の突然の「辞任」は、やはり衝撃的な形で発覚した愛人スキャンダル問題が大きく影響したと考えられる。

どうなる新首相?

新首相に就任したのは1990年代から絶大な権力を有し、現在もなお人事に影響力を及ぼすカムタイ元党書記長8の長男、ソーンサイ・シーパンドーンである。

これまでの経歴をみると、あたかも国のトップ(党書記長)に登るための道のりだったといえる。ソーンサイは1966年1月26日生まれの56歳(本稿執筆時点)であり、父の地元であるチャンパーサック県で官房長、副知事、知事を務め、中央では政府官房大臣(現首相府官房大臣)9、計画・投資大臣などを歴任してきた10。入党は1985年9月23日11、党中央執行委員会には2006年の第8回党大会で選出され、2016年の第10回党大会で政治局入りを果たした。父親が敷いたレールを進んできたサラブレッドである。

遅かれ早かれソーンサイが首相になることは既定路線であったが、今回の首相就任は彼にとって決して都合の良いタイミングではないだろう。多くの人々は、ソーンサイが2026年に開催予定である第12回党大会後に首相に就任すると予想していた。彼にとっては2026年に60歳となり、首相を1~2期(5~10年間)務め12、その後に党書記長に就任し70歳代中盤で引退というのが理想の流れである。加えて、3年後は現在よりも経済状況が改善されている可能性が高い。その時点での首相就任がソーンサイにとって最適なタイミングだった。したがって今回の首相就任は、予定が数年早まったことを意味する13

とはいえソーンサイにとって幸運な面もある。ソーンサイは経済担当副首相であり、首相とともに一連の経済問題の責任を問われてもおかしくなかった。しかし、パンカムが「辞任」という形で責任を一手に背負ったことで、ソーンサイに矛先が向かうことはなくなった。世界銀行はラオスの経済成長率を2023年に3.8%、2024年には4.2%と予測している(The World Bank 2023)。経済は回復基調にあり、パンカムほどタイミングが悪いわけではない。また、親族のほか、父カムタイが育てた部下や弟子たちが党中央執行委員会に数多くおり、そのネットワークが彼を支えると考えられる。カムタイは98歳と高齢であり先はそう長くないが、カムタイ家を中心にネットワークを維持することは彼らのグループにとって共通の利益である。つまりソーンサイは「守られる」立場にある。

一方で、ソーンサイにとっていばらの道が続くことに変わりはない。「国家的議題」はパンカムのイニシアチブとはいえ、2023年末までには政府として何らかの結果を示す必要がある。つまり、現在の経済状況を国民の目に見える形で改善しなければならない。いくら経済が回復基調にあるとはいえ、現在の国際情勢下ではインフレ率や通貨安の抑制はそう簡単ではない。2023年から2026年にかけて、年間平均約13億ドルの債務返済も待ち受けている(Souksakhone 2023)。そして党内にはソーンサイの能力を疑問視する人々も少なからずいる。ソーンサイは自らイニシアチブをとり政策を実施するようなタイプではないため、周囲の支えが欠かせない。したがって父が築き上げたネットワークの活用だけでなく、党内で求心力を高めていけるかどうかが、難局を乗り越える鍵となる。またいくらカムタイの息子とはいえ、問題やスキャンダルを起こせば必ず守ってもらえるわけではないだろう。党書記長への長い道のりの頂点はもうすぐである。そこまでたどり着けるかどうか、その手腕が試される。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 山田健一郎氏 撮影
参考文献
著者プロフィール

山田紀彦(やまだのりひこ) アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ長。専門はラオス地域研究、権威主義体制研究。主な著作は『ラオスの基礎知識』めこん(2018年)、『独裁体制における議会と正当性──中国、ラオス、ベトナム、カンボジア』(編著)アジア経済研究所(2015年)、『ラオス人民革命党第11回党大会──転換期を迎える国家建設』(編著)アジア経済研究所(2021年)等。


  1. ブアソーン首相の辞任は愛人問題だけが理由ではなく、翌年に党大会を控えて起きた主要人事をめぐる党内での争い、政府の不正支出問題など、いくつかの要因が複雑に絡み合っていた。詳細は山田紀彦(2011)を参照。
  2. この数値は2022年12月9日の国会でバイカム労働・社会福祉大臣が行った報告に基づいている。ただし統計局の数値は2.4%となっている。数値が異なる理由は、前者の統計に「自家使用生産労働(own-use production work)」や家業の手伝いなどが含まれているためである(Paxason Setthakit-Sangkho, December 9, 2022)。国際労働機関(ILO)によると、「自家使用生産労働」とは、「最終的に自家消費を目的として行う何らかの財の生産あるいはサービス提供の活動」を指す。
  3. 2020年以降のラオスの信用格付けについてTrading Economicsのウェブサイトがわかりやすい。
  4. 2021年3月22日の就任演説はラオス国営放送チャンネル1のYouTubeチャンネル、3月26日の答弁はBS ASMRのYouTubeチャンネルから視聴できる。
  5. 一部では企業家の委員会に対しては首相の友達を集めただけとの批判もあった。
  6. 通貨の下落率はラオス銀行が発表した2021年1月から2022年12月までの基準相場を基に筆者が算出した。
  7. 数値はIMFのデータに基づく。
  8. 党書記長の名称は1991年の第5回党大会で党中央執行委員会委員長に改称され、2006年の第8回党大会で再び党書記長に戻された。カムタイは1992年から2006年まで党中央執行員会委員長を務めたが、本稿では現在の名称である「党書記長」に統一して使用する。
  9. 2011年に首相府官房から政府官房に改称されたが、現在は再び首相府官房に名称が戻されている。
  10. ソーンサイの経歴については山田健一郎・山田浩平(2023)を参照。
  11. 入党日は中国国際放送局のウェブサイトに依拠した。
  12. 首相の任期は5年である。
  13. 予定が早まったため、ソーンサイはパンカムが務めるはずであった3年間首相を務めた後、もう1期首相を続け、65歳で党書記長に就任する可能性がでてきた。
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