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ジョコ・ウィドド政権下で進むインドネシアの言論統制

Increasing Control over Free Speech in Joko Widodo’s Indonesia

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052903

2022年1月

(6,481字)

狭まる言論空間、進む民主主義の質の低下

インドネシアのジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権は2期目の折返し点を迎えようとしているが、大統領に対する支持率は依然として高い水準で推移している。図にあるように各種世論調査の数字を見ても、2021年12月の段階で大統領の支持率は約70%を維持している。新型コロナウイルスのデルタ株による感染が急拡大して多大な犠牲者を出したことや、それに伴う社会活動制限が経済を圧迫したことで2021年中ごろに支持率の数値は一時的に低下したが、それでも政権運営を揺るがすほどまでに落ち込むことはなかった。

図 ジョコウィ大統領に対する支持率

図 ジョコウィ大統領に対する支持率

(注)ここでは「ジョコウィ大統領の業績に満足していますか」との質問に対して
「非常に満足している」「まあ満足している」と回答した人の割合を支持率としている。
(出所)世論調査機関Saiful Mujani Research & Consulting(SMRC)社と
Indikator Politik Indonesia社による世論調査より筆者作成。

一方で、この世論調査結果に注意を喚起する見方も存在する。国家研究イノベーション庁(BRIN)の政治学者フィルマン・ヌルは、「市民は声を上げるのを恐れている。世論調査はこの現状を捉え切れていない」と解説する。同様に、ジャカルタのアル・アズハル大学の政治学者ウジャン・コマルディンも、「政治情勢が抑圧的になっており、市民は(政治について)話すことを躊躇している」と話す。2021年4月にジャカルタのシンクタンクである経済社会教育情報研究所(LP3ES)が実施したサーベイでは、「市民の自由に対する脅威が拡大している」という見方に回答者の52.1%が賛同した。アムネスティ・インターナショナルによる2020年の報告書でも、政府や国家機構による言論統制が最も懸念されており、学生、学者、人権活動家やジャーナリストに対する脅迫が具体的な例として挙げられている。

このように現在のインドネシアでは、現政権が高い支持率を維持している一方で、言論・表現の自由をはじめとする市民的自由が狭まっている状況が見て取れる。1998年の民主化以降、新興民主主義国の「優等生」としての地位を確立してきたインドネシアでは、活発な市民社会運動の存在と、政府や政策に対する批判を可能にする自由な言論空間が改革の流れを下支えしてきた。しかし、この市民社会や言論空間に対する圧力が近年に入り高まりを見せており、一般市民を含めた多くの人々が政権や政策を批判することはますます難しくなってきている。

このような言論統制の強まりを反映して、インドネシアでは民主主義の質が低下しつつあるとの評価が増える傾向にある。その傾向は各種民主主義指標にも反映されており、フリーダムハウスの自由度調査ではここ4年連続でスコアが低下している。英国エコノミスト誌のDemocracy Indexが公表した最新の調査結果でも、2006年に測定を開始して以来の最低値を記録した。したがって、現在のインドネシア政治情勢を考えるうえで、言論統制とそれに伴う民主主義の質の低下は避けて通れない問題となりつつある。このような現状を踏まえ、本稿では、現政権が市民社会、特に政府批判に対してとっている抑圧的なアプローチとはどのようなものなのか、それを可能にする法体制は何なのか、そして実際に活動家に対して圧力がかけられた事例にどのようなものがあるのかを見ていきたい。

政府批判――歓迎か、アレルギーか?

政府や政策を自由に批判するうえで不可欠な言論・表現の自由などの市民的自由度がインドネシア社会において低下していることに市民社会が懸念を表明している一方で、ジョコウィ政権はこれまで一貫して政府批判を「歓迎」する姿勢を示し続けてきた。プラモノ・アヌン内閣官房長官は、政府批判を「ジャムウ(インドネシアの伝統的漢方薬)」であると例えて、政策を改善するための「苦い薬」として受け入れていると主張している。また、マフッド政治・法務・治安担当調整大臣は2021年3月、アルコール産業への外国投資を可能にする法改正案がイスラーム団体の反発を受けて撤回された際には、政府がいかに批判に対してレスポンシブであるかを自画自賛した。ジョコウィ自身も、政権運営を改善していくうえでの政府批判の重要性を認め、「批判を一層活性化させるよう」市民に要請している。

しかし、閣僚や大統領自身によるこれらの発言は、実際の政策と大きく矛盾しているとして市民団体から度々批判を受けている。アムネスティの調査によると、2021年1月から10月までの期間、人権活動家に対する政府または非政府組織による不当逮捕、暴力、脅迫を含む攻撃が282件確認されている。代表的な市民団体である「行方不明者と暴力被害者のための委員会(KontraS)」1の代表ファティア・マウリディヤンティは、ジョコウィが批判に対して「アレルギー」を持ち続けていると指摘している。

こうした指摘の背景には、政府批判を犯罪として罰するための法整備が行われつつある現状がある。例えば、現在国会で優先法案として審議されている刑法の改正案には、大統領に対する名誉棄損や政府に対する侮辱を犯罪とする条項が含まれている。刑法改正案は2019年に成立直前までいったが、学生を中心とした大規模な世論の反対で成立が見送られた。しかし、政府はあくまでこの刑法改正案を成立させるつもりである。ヤソナ・ラオリ法務・人権大臣は、2021年6月に行われた国会の審議で、政策に対する批判は法的に問題ないが、大統領に対する中傷を認めるのは「行き過ぎた自由主義」であるとして法案の内容を擁護したうえで、ジョコウィに対する批判の大半は中傷であることが大きな問題であると述べた。マフッドも刑法の改正案について、最優先法案のひとつであるとして度々言及している。

言論統制のツールとしての電子情報取引法(ITE法)

刑法に関してはまだ審議の段階にあるが、言論統制のツールとしてすでに頻繁に利用されている法律が電子情報取引法(ITE法)である。ITE法は、情報技術の発展が経済成長と公共の福祉に寄与し、国民の結束力を高めるよう、また同時に情報技術の濫用を防ぐ目的で、2008年に制定された。しかし、この法律には解釈に曖昧さが残る条文が複数含まれていることが問題点として指摘されている。

特に問題視されているのが第27条と第28条である。第27条3項では、軽蔑的・侮辱的な内容を含む電子情報や文書を送信することが禁じられている。また、第28条2項では、民族・宗教・人種・集団間の嫌悪や敵対心に繋がる情報を拡散することが禁じられている。しかし、何をもって軽蔑的・侮辱的または集団間対立に繋がる内容と捉えるかは、申告する側や捜査機関の判断に任されている。さらに、対象となる情報は公的な場で拡散されたものに限定されず、プライベートなメッセージや録画も罰則の対象になる。

これまでも、プライベートなソーシャルメディアのグループ内で国立大学の運営方針を批判した学者が懲役刑を受けた例や、独立運動が続く西パプアでの軍や警察による暴力行為を拡散したジャーナリストが「民族対立を煽った」として拘束された例がある。アムネスティの調査でも、2020年にITE法を用いた言論の自由の侵害にあたるケースが119件起きており、これは過去6年で最多であった。そのためITE法の改正は、インドネシアの民主的規範を守るための最重要課題のひとつとして市民社会がかねてから要求してきた。

高まる市民社会からの圧力を受け、2021年2月にジョコウィは「(ITE法の)施行が不正義感を生み出してはならない」とし、1月に新しく就任した国家警察長官リスティオ・シギットに対して、ITE法の濫用が行われないよう市民からの告発に対して慎重に捜査を行うためのガイドラインを作成するよう命じるとともに、国会に対しても曖昧な条文を改正するよう要請した。リスティオ警察長官はジョコウィの要請にすぐに応じ、捜査の対象をヘイトスピーチや過激主義、分離独立運動に限定するなどの内容を含めた回状を公布した。

しかし、3月に国会が発表した2021年度の優先審議法案のリストにITE法は含まれず、この政府による対応も一過性のものであったとして批判を浴びた。それから9カ月後の12月中旬に、ジョコウィはITE法を優先法案として審議するよう求める大統領令を発布したが、国会審議の政府代表には、刑法改正案の議論にも携わり政府批判に対し強い抵抗を示してきたヤソナ法務・人権大臣が含まれており、市民社会の要求に応えられるのか疑問である。

一方で、リスティオ警察長官が作成したITE法に関するガイドラインには、新しく「バーチャル警察」という部署が設置され、ソーシャルメディアを含むウェブ空間のモニタリングを行い、必要とあれば直接ユーザーに対してダイレクトメールで「警告」を行うことが定められた。この警告には、問題となる投稿内容、日時、そして投稿を削除するか編集するかの選択肢が示されるとのことであり、警告に従わなかった場合、刑事告訴が可能になる。KontraSは、これがジョコウィの発言と矛盾しており、「ITE法違反で罪に問われることを人々が恐れているなかで、バーチャル警察の存在は皮肉なことである」と強く非難した。政府批判を歓迎する姿勢を一方で見せながら、言論統制に向けて少しずつ体制の整備を行っていくジョコウィ政権のアプローチがここにも表れたといえるだろう。

主要閣僚による市民活動家に対する圧力

それでは、政府批判に対する圧力を示す具体的な事例にはどのようなものがあるのだろうか。2021年に起きたケースのなかでも特に目立ったのは、主要閣僚自身による公然とした批判の抑え込みである。8月にはムルドコ大統領首席補佐官が、そして9月にはジョコウィ大統領の右腕的存在であるルフット・パンジャイタン海事・投資担当調整大臣が、それぞれの背後に巨大な経済的利権があることを指摘した市民団体のメンバーをITE法違反の疑いで刑事告訴した。

ムルドコのケースは、新型コロナウイルスの感染拡大と密接な関係がある。インドネシアでは2021年7月から8月にかけて、デルタ株の流入などが原因で急速な感染者数の増加が起き、政府発表で累計の死者数が14万3000人にのぼるなど世界最悪レベルの感染状況に陥った。その際、供給不足や忌避によるワクチン接種率の伸び悩みが広く問題化した一方、イベルメクチンなどの効用が公式には認められていない薬剤への需要が高まった。この時、NGOのインドネシア汚職ウォッチ(ICW)が、ムルドコがイベルメクチンの流通を担う製薬会社との利害関係を持っており、コロナ対策を担う政治家として利益相反の問題を抱えているとの報告書をウェブ上で公開した。これに対しムルドコは、名誉毀損を行ったとしてICWの研究員2人をITE法違反の容疑で告訴した。

ルフットの場合、分離独立運動と国軍の軍事衝突が度々発生している西パプアに関するものである。KontraSの元代表で現在は市民団体Lokataruの代表でもあるハリス・アズハルとKontraSの現代表ファティア・マウリディヤンティが、動画配信サービスの自身の動画で、ルフットが所有する企業による金鉱採掘事業とパプア州における軍部隊の増派との関連性を指摘した。これに対してルフットは、この2人の活動家をフェイクニュースの発信と名誉毀損の罪で告訴した。

この2つのケースとも、政治家に対する批判を「中傷」と解釈している点が特徴的である。政府批判を刑事罰の対象にすることで市民社会全体を萎縮させる狙いがここには見てとれる。ITE法改正を訴える市民連合は、主要閣僚による活動家に対する実力行使ともいえるこれらの対応を「民主主義に対する深刻な脅威」であるとして非難した。一方でルフットは、「未登録の国際NGOがインドネシア国内でいくつも活動している」として、「透明性を確保する」ために政府がNGOの監査を行う必要があると主張しており、市民団体に対する監視の目を今後もさらに広げていく意向を示している。

NGOのメンバーを刑事告訴したルフット・パンジャイタン海事・投資担当調整大臣

NGOのメンバーを刑事告訴したルフット・パンジャイタン海事・投資担当調整大臣
多面化する政府批判の取締まり

政府批判に対する取締まりは、ITE法によるものだけにとどまらない。例えば、2021年6月に国立インドネシア大学の学生委員会(BEM UI)が「Jokowi The King of Lip Service(ジョコウィはリップサービスの王である)」というテキストとともに、ジョコウィの顔写真の画像を大手ソーシャルメディアに投稿した。これに対して、ジョコウィ支持者らは、「国の象徴としての大統領」を侮辱するものだとして強く反発した。これを受けて、同大学の理事はBEM UIの学生を召喚し、学内の表現規定に抵触するとして画像の削除を命じた。BEM UIの学生らはその要求を拒絶したが、その後幾人もの学生のソーシャルメディアアカウントがハッキング等のサイバー攻撃を受け、アクセス不能となった。この事例は、政治家による直接的な批判の抑え込みだけでなく、大学の役員自身による学問・思想の自由の侵害、ハッカーや「ブザー」2など出自の特定が困難な勢力による荒らし行為など、言論の自由に対する脅威が多面的に存在していることを示している。

オンライン上の言論空間が狭まると同時に、ITE法やサイバー攻撃が適用されない「オフライン」の言説に対する取締まりも強化されている。デルタ株による感染拡大のピーク時には、政府がロックダウン(都市封鎖)並みの緊急社会活動制限措置(PPKM Darurat)を課したことで、インフォーマルセクターの労働者をはじめとして市民の生活が困窮した。政府に対する不満が募るなか、ジャカルタ近郊各地の路肩に、コロナ対策が機能していないことを訴えるグラフィティ・アートがいくつも制作された。警察はこれらのアートを見つけると直ちに除去していった。また、ジョコウィを連想させる顔が描かれたアートの存在に対し、ムルドコは「ジョコウィは我々すべての親である。どのような不敬も許されない」として取締まりを正当化した。この事例は、パンデミックによる混乱の最中においてでさえ、政府批判の抑え込みが現政権にとっての最優先事項であったことを如実に示している。

言論統制の行き着く先

インドネシアの言論統制は今後もさらに強化されていくだろう。その行き着く先は、政治権力の監視と抑制という民主制の根幹を成すメカニズムがまともに機能しなくなる状態である。わずか20年ほど前にスハルト独裁体制を倒して民主化を勝ち取ったインドネシア社会にとっては憂慮すべき方向に進みつつあると言わざるをえない。一部の与党議員やジョコウィ支持者の間からは、民主化後に制定された大統領の三選を禁ずる法的制限を撤廃し「ジョコウィ3期目」を実現させようという声も出ており、これまで積み上げてきた制度改革が後退する可能性が現実味を帯びつつある。それだけに、政治について市民が熟議できる環境がこれ以上になく求められているのだが、それを可能にする言論空間はますます狭まっている。この先、政府・政策批判が困難な状況に便乗する形で、民主化の精神に反するような法改正や制度改正が実施されていくのか、今後の行方を注視していく必要がある。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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参考文献
著者プロフィール

水野祐地(みずのゆうじ) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアI研究グループ研究員。修士(地域研究)。専門はインドネシア政治研究、イスラーム地域研究。最近の著作に、”Politics of Halal certification: the collapse of the MUI’s long-held monopoly,” New Mandala, 2021、”The Entanglement Between Anti-Liberalism and Conservatism: The INSISTS and MIUMI Effect Within the 212 Movement in Indonesia,”(共著)Journal of Indonesian Islam, Vol.14, Issue 1, 2020など。


  1. KontraSは、2004年に暗殺された著名な人権活動家ムニル・サイド・タリブが設立したNGOであり、1998年の民主化移行期から市民的・政治的権利の拡大に向けて活動を行ってきた。
  2. 特定の政治的利権や政治家による資金的バックアップを受けて、ソーシャルメディアで政治的な工作活動を行う匿名ユーザーのこと。
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