IDEスクエア
ベトナム共産党第13回大会に寄せて(2)中長期発展目標と方向性
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051947
2021年1月
(7,326字)
2021年1月25日から2月2日までベトナム共産党第13回大会が開催される予定である。5年に1度開催される党大会の見どころを紹介する前編では、政治路線と人事の見どころについて論じた。後編にあたる本稿では、中長期発展目標と方向性を取り上げる。
これまでの経緯
ベトナムは1986年の第6回党大会において、ドイモイ(刷新)を正式に採択した。深刻な経済的困窮に陥っていたベトナムは、ドイモイ初期の改革によって安定化を達成し、1990年代初頭には高成長を実現する。1996年の第8回党大会では、「工業化・近代化」というスローガン、および「2020年までに基本的に工業国となるよう努力する」という目標の採択に至った。
以後、ベトナムは浮沈を経つつも発展水準を向上させ、低開発状態を脱却して中所得国入りを果たした。おおむね高い経済成長、社会主義指向市場経済の形成に向けた進展、人々の生活の変化、対外関係の拡大と深化などはドイモイの経済・社会面の成果として認知され、ドイモイ路線の正当性や歴史的意義が確認されてきた。
もっとも、工業国入りに向けた歩みは紆余曲折に満ちたものであった。そもそも「工業国」が何を意味するのかについては、目標が設定された当時から曖昧であった。1990年代後半には、農業・農村の工業化・近代化、消費財や輸出品の生産の発展に加え、選択的な重工業の構築が指向されていた。2001年の第9回党大会では、目標は「近代的指向の工業国」へと改められ、以後、国際生産分業体制への参加を通じた産業発展が加速するなど、工業の実態も大きく変貌していくこととなる。2010年代に入り「工業国」の指標が設けられるようになったものの、2016年の第12回党大会では、2020年までには多くの指標に到達しないとの見通しが示され、2020年までの工業国入りを実現するための基礎を作り上げることができなかったことを認めた1。
発展目標からみた第13回党大会の位置づけ
こうした経緯を経て、2021年1月、ベトナムは第13回党大会を開催する。2019年1月に開催された第13回党大会文献小委員会の第1回会合以来、今党大会は2021~2026年の5年間の方向性と任務を示すのみならず、党設立100周年となる2030年までの目標、さらには建国100周年にあたる2045年までのビジョンを策定するという認識の下に文献の準備が進められてきた(Báo điện tử - Đảng cộng sản Việt Nam, January 7, 2019)。ベトナムにとって重要な意味をもつ2030年と2045年までを見据えての目標およびビジョンの提示が予定されている今党大会は、今後数十年にわたるベトナムの発展を方向付ける重要な節目となるものと想定される。
党大会文献草案の公表された2020年10月頃から、文献草案にみられる「新しい点」など今党大会の特色をめぐる報道がなされている。これらにおいてしばしば取り上げられるのが、「発展の渇望(khát vọng phát triển)」という文言である。フン・ヒュー・フー党中央理論委員会副委員長は、この文言を、文献草案および今党大会のハイライトのひとつと位置づける。そしてそれは、同じ国家・民族に属するコミュニティ、人々の上昇しようとする渇望の共鳴を意味し、大きな内生的エネルギー、生命力、そして比類のない力を創出するという(Phùng Hữu Phú 2020)。
国を挙げてさらなる発展へと向かう機運の高まりが示唆される今党大会では、どのような中長期的な発展の目標とビジョン、および方向性が提示されることになるのだろうか。それらの内容については、党大会での討論を経て採択される各文献の公表、およびそれらを精査する作業を待つこととなる。以下では、2016年の前回党大会から現在までの経済・社会状況に照らしつつ、とくに注目される点を整理したい。
発展目標とビジョン
言うまでもなく、今大会の焦点のひとつは、2030年、および2045年までを見据えて、どのような目標およびビジョンが示されるかである。
工業国入りの目標が設定された1996年から現在まで、ベトナム内外の状況は大きく変貌した。ベトナムの国際的統合の度合いが格段に高まり、国際情勢が複雑化と流動化の様相を増していることを踏まえれば、今後の数十年はベトナムにとっていっそう不確実性の高い時代になるであろう。こうしたなか、ベトナムはどのような目標を掲げるのか。前回党大会では、近代的指向の工業国入りについては早期に実現するよう努力するという方針が掲げられたが、この目標がどのように位置づけられるかも注目される。
目標の水準に関していえば、21世紀半ばに向けた発展のビジョンは、高所得の先進国入りを見据えたものになると見込まれている。いまだ下位中所得国2に分類されるベトナムにとって、数十年先の目標であるとしても、十分に野心的だということになろう。
党大会に先立つ時期の経済状況は、少なくとも表向きは良好である。2016年以降、ベトナムは回復基調にあった経済を成長軌道に導き、2018~2019年には7%超の高成長を達成した。国有企業、金融セクター、財政の構造再編も一定の進捗をみせた。2020年には新型コロナウイルス感染症の拡大による経済への影響が危ぶまれたものの、ベトナムは迅速かつ包括的な対策によって封じ込めに成功し、国内の経済活動の早期再開へと動くとともに、公共投資の執行強化で景気の下支えを図った。世界的な貿易・投資の縮小も、対外部門への依存度が高いベトナムにとって大きな懸念材料となったが、米中間の対立が激化するなかで中国からベトナムへの生産移転が加速し、輸出拡大に貢献した。2020年の成長率は2.91%にも達し、新型コロナウイルス感染症への迅速な対応と好調な経済は国際社会におけるベトナムへの注目度や評価を大きく高めた。英エコノミスト誌が発表した、世界で最も成功している新興国16カ国のなかにベトナムが含まれることが、国内でも報道されている3。
こうした現下の状況は、高い発展目標を掲げるに相応しいタイミングといえる。しかし、楽観的な展望を許すほど実態は明るいともいえない。上述のように、工業国入りの目標は未達である。また、表向きは良好にみえる経済指標のなかには、留意が必要なものもある。党大会を約1年後に控えた2019年12月、2021年からの5カ年発展計画および10カ年発展戦略策定の基礎とするため、国際通貨基金(IMF)などの支援の下でGDPの再評価が行われ、2010~2017年の数値について平均25.4%の上方修正がなされたことが発表された4。この修正は、経済規模や一人当たりGDPを押し上げると同時に、財政の健全性を示す公的債務の対GDP比率などを改善する効果をもつ。国際基準に沿っての計算方法の改訂は統計の質の向上につながるとの期待から歓迎されるものの、修正が行われたタイミングや修正幅の大きさにかんがみ、信頼性という観点からの疑問も呈されている(Pesek 2019)。
どのように成長を促進するのか
目標の実現に向け、今後の中期的発展の方向性の重点はどこに置かれることになるであろうか。2011年の第11回党大会では、品質や生産性の向上を優先する「経済成長モデルの刷新」が提唱された。以後、全要素生産性は上昇傾向にあり、外国投資や民間企業投資などが主な要因とされている(IMF 2018, 8)。だが、同大会において、近代的指向の工業国入りへの「戦略的突破口」としてあげられた人的資本の形成や科学技術の発展・応用については、これまでのところ具体的な施策に乏しく、指標の提示や進捗評価もあまり行われていない。
今後は、経済全体の生産性のさらなる改善と並んで、人的資本の形成、科学技術の発展・応用やイノベーションの促進の重要性が高まると考えられる。ベトナムの対外開放が進み、グローバル経済との結びつきが強まったことを踏まえると、海外企業との連携や海外市場とのつながりを活かしながらの取り組みが求められよう。
デジタル技術への対応も注目される。2019年には第4次産業革命への参加についての政治局決議52号が採択され、成長モデルの刷新に向けデジタル技術を積極的に推進する方針がすでに鮮明となっている。
誰が発展を主導するのか
科学技術の発展・応用やイノベーション、人的資本の形成を主導するのは誰か。この点に関しては、国家セクターと民間セクターの役割に関心が集まる。ベトナムでは、国家経済が主導的役割を維持するものと憲法に規定され、また現実に、重要産業に従事する企業を中心に大企業の多くは国有企業であった(London 2017; Cheshier and Penrose 2007)。だが、こうした構図は徐々に変化しつつある。
経営やガバナンスの改善が課題となっていた国有企業については、再編の加速に向けた動きがあったものの(藤田2019)、目立った効果をあげるにはいたっていない5。これとは対照的に、民間企業の変化は著しい。2016年から2019年まで、民間企業を中心に毎年10万社以上の企業が新たに設立され、売上高、利益額、固定資産・長期投資のいずれの指標でみても民間企業のシェアは国有企業を上回るようになった(GSO 2020)。注目されるのは、大規模な民間企業の台頭である。不動産業を中核とするビングループは、自社ブランド自動車やスマートフォンの生産への参入、さらに人工知能(AI)やビッグデータの研究所の設立へと、迅速かつ柔軟な事業展開をみせた。国内航空市場では、ベトジェット航空が国有ベトナム航空を上回るシェアを獲得し、さらなる参入も相次ぐ(Vietnam Investment Review, January 14, 2020)。
こうした現象をどのようにとらえるべきであろうか。国有企業をどのように改革し、発展の担い手としてどのように位置づけていくのか、また、民間企業は、国の発展においてどのような役割を果たしていくのかが注目される。
外国投資セクターは、輸出の約7割を担うなど大きな役割を果たすようになった。外資企業への過度な依存にはリスクを伴うとして一部の識者からは懸念も示される(VnEconomy, December 31, 2020)。だが、成長への貢献が大きい外資企業に対する方針が逆行する可能性は小さいであろう。ベトナムの積極的な自由貿易協定への参加、中国からの生産移転、好調な国内経済などを追い風に、外国投資の促進に向けたワーキンググループの設立など、さらなる投資誘致のための機動的対応も始まっている。ただし、今後の中長期的発展を見据えるならば、労働集約的な活動への集中、技術水準の低さ、国内企業とのリンケージの乏しさといった課題への対処を通じ、投資の質の向上を図っていくことが肝要であろう。
持続的な成長は可能か
経済成長は、体制への支持獲得を通じた政治や社会の安定という観点からも重要であるが、それが実現するためには成長が人々の生活水準の向上につながることが前提となる。公刊統計からはあまり明確に確認されないとはいえ、経済格差が拡大傾向にあるとの認識はドイモイ期を通じて広く共有され、統計データの問題点もあいまって信憑性を高めているという(Kojin and Coxhead 2020, 267-8)。経済格差是正への配慮は欠かせない。ベトナムではすでに高齢化が急速に進んでおり、今後はさらなる進展が見込まれる(Vietnam Economic Times, July 22, 2019)。社会保障の整備・拡充も求められる。
成長の持続可能性への配慮も必要である。近年、外資企業および国内企業の投資プロジェクトにかかわる環境汚染問題、大都市における大気や水質汚染などが報じられ、深刻な実態が明らかになっている。再生可能エネルギーの振興に向けた政策の採択など、一部の分野では新たな動きもみられるものの、全般として施策の具体化や実施は大幅に遅れており、迅速な対応が急務となっている。
ベトナムが直面する経済・社会発展の課題は、いっそう多面的かつ複雑になってきている。次の5年ないし10年は、下位中所得国から上位中所得国へ、そして、さらにその先へとベトナムが発展段階を高めていくうえで基礎をなす重要な時期であり、バランスのとれた着実な対応が求められる。どのような目標、方向性、および任務が定められ、実施に移されていくのか、注視していきたい。
なお、党大会の結果については、党大会後に本ウェブサイトで報告を行う予定である。
写真の出典
- Nguyen Khac Hung氏撮影(2021年1月)。
参考文献
- 坂田正三2017.「ベトナムの2016~2020年経済・社会発展の方向性」石塚二葉編『ベトナムの「第2のドイモイ」――第12回共産党大会の結果と展望――』アジア経済研究所.
- 藤田麻衣2019.「ベトナムの国有企業改革の新局面――どこまで到達したか、何が新しいのか――」『IDEスクエア』.
- Cheshier, Scott and Jago Penrose 2007. "The Top 200: Industrial Strategies of Vietnam’s Largest Firms." United Nations Development Programme(UNDP)Policy Dialogue Paper 2007/4. Ha Noi: UNDP.
- General Statistics Office(GSO)2020. Statistical Yearbook of Viet Nam 2019. Ha Noi: Statistical Publishing House.
- International Monetary Fund(IMF)2018. "Vietnam: Selected Issues." Country Report No. 18/216. Washington DC, IMF.
- Kojin, Emi and Ian Coxhead 2020. "Introduction to the Special Issue on Pathways to Prosperity in Vietnam: Structural and Transitional Inequality in the Distribution of Opportunity." The Developing Economies 58(4): 267-275.
- London, Jonathan 2017. "Varieties of States, Varieties of Political Economy." In Asia after the Developmental State, edited by Toby Carroll and Darryl S. L. Jarvis. Cambridge: Cambridge University Press.
- Pesek, William 2019. "Vietnam's surprise GDP revision risks damaging economic credibility." Nikkei Asia. September 2, 2019.
- Phùng Hữu Phú 2020. "Khát vọng phát triển đất nước và đổi mới sáng tạo - Điểm nhấn của Đại hội lần thứ XIII của Đảng." [国の発展の渇望と刷新・創造-第13回党大会のハイライト] Tạp chí Cộng sản điện tử [共産雑誌電子版]. November 19, 2020.
著者プロフィール
藤田麻衣(ふじたまい) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアII研究グループ長。博士(開発学)。専門はベトナム地域研究、産業・企業研究。最近の著作に "Top Corporate Leaders in Vietnam's Transitional Economy: Origins and Career Pathways." The Developing Economies 58(4): 301-331、「国際経済参入の新たな段階――WTO加盟から「新世代の自由貿易協定」参加へ――」石塚二葉編『ベトナムの「第2のドイモイ」――第12回共産党大会の結果と展望――』アジア経済研究所、2017年など。
注
- 経緯については、坂田(2017)を参照。
- 世界銀行は、アトラス方式で計算された一人当たり国民総所得(GNI)に基づき、世界の国々を4つの所得グループに分類している。2021年度の基準は、2019年のGNIでみて1035ドル以下が低所得国、1036~4045ドルが低位中所得国、4046~1万2535ドルが高位中所得国、1万2536ドル以上が高所得国である(The World Bank)。
- Nhan Dan, August 22, 2020. 元記事はThe Economist, August 15, 2020。
- GSO(2019)参照。再評価の実施についての発表は2019年8月であった(Báo điện tử Chính phủ nước Cộng hòa xã hội chủ nghĩa Việt Nam, August 16, 2019)。
- 2016年から2020年11月までの間に株式化(株式会社への転換)計画が承認された国有企業は178社にのぼり、計画を達成したほか、国による所有株式売却額は2011~2015年の5年間の実績に比べ11%増えた。ただし、この時期に政府が株式化を計画していた128社に含まれる企業は37社のみで、140社は計画外の企業の株式化であったという(Thời báo Tài chính Việt Nam online, December 2, 2020)。実際に株式化を完了できた企業が何社あったのかは不明である。
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