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論考

ベトナムの国有企業改革の新局面――どこまで到達したか、何が新しいのか――

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2019年5月

(15,764字)

はじめに

ベトナムは、1986年に市場経済化を主な柱とするドイモイ路線を採択してからも、国有企業の迅速かつ大規模な民営化は回避する方針を貫いてきた。初期の赤字国有企業の整理の後、改革の中心は株式会社への転換(以下、株式化)へと移行した。だが、その進展は漸進的であり、主要産業の担い手として総公司や国家経済集団1と呼ばれる大規模国有企業グループが設立されるなど、国有企業強化の動きもみられた。大規模国有企業グループの多くは国の手厚い支援にもかかわらず競争力を向上できず、2010年頃からはいくつかの企業で深刻な経営上の問題2が露呈するに至る。これを契機として、大規模国有企業グループの改革の必要性が叫ばれるも、進捗は大幅に遅れていた。

ところが近年、国有企業改革が加速の兆しをみせている。2016年1月の第12回党大会以降、党・政府は国有企業の再編加速の方針と施策を相次いで打ち出した。そこでは、多数の国有企業の具体的な再編ロードマップや、株式化済みの企業における国家資本売却の意欲的な計画が示された。実施面でも、2017年のサイゴン・ビール・アルコール飲料総公司(Sabeco)における国家株式のタイ飲料大手企業の傘下企業への売却など、相次ぐ大型案件が注目を集めている。1990年代初頭におよそ1万2000社あったとされる国有企業は、2018年には500社程度に減少し、2020年までに約100社となるとの政府関係者の見通しも報じられている3

写真:多数の国有企業の株式のオークションが行われるホーチミン証券取引所

多数の国有企業の株式のオークションが行われるホーチミン証券取引所

こうした動きや報道は、あたかもベトナムが大規模な民営化に舵を切り、国有企業改革は終盤にさしかかったかのような印象を与える。だが、そう結論付けるのは早計である。いくつかの成功事例が大々的に報じられる一方で、再編の実績や残された国有企業の特徴の体系的な把握はほとんどなされていない。また、近年、国有企業に関する情報量は増加したが、出所や基準が異なるデータが乱立し、情報の取り扱いは容易ではなくなってきている。新たな改革の展開がどのように位置づけられるかを理解するうえでは、データの丁寧な分析が不可欠である。

本稿では、こうしたデータの丁寧な吟味、および政策の分析を通じて、ドイモイ開始から30年超を経て国有企業改革がどこまで到達したのかを明らかにし、近年の新たな展開の意義を考察する。これまでに実質的に民営化された企業はすでに数千社にのぼるとみられる一方で、国有企業の数の急減を強調する近年の論調はミスリーディングであり、株式化の数値目標達成を偏重する近年の流れが新たな問題をもたらしていることを論じる。

データからみる国有企業の変化と現状
国有企業とは何を指すのか

ベトナムの国有企業はいくつあるのか。この一見シンプルな問いに答えることは簡単ではない。国有企業についてのデータは乏しく、正確性や一貫性をめぐる問題がある(UNDP 2006)ことに加え、文脈によって国有企業の定義が異なるためである。

国有企業の再編やグループ化が進んだことにより、現在のベトナムには多様な国有企業が存在している。図1が示すように、中央省庁や地方政府など国家機関が所有する独立企業としては、株式化されておらず100%国家所有の一人有限会社4(A)、および株式化され国家が部分的に所有する株式会社(B)がある。さらに、国家機関が100%ないし部分的に所有する企業グループ(C、E)、およびこれらの親会社が100%ないし部分的に所有する子会社(D、F)がある。

図1 国有企業の種類

図1 国有企業の種類

(出所)筆者作成

まず、企業法5上の国有企業の定義をみたい。従来、国有企業は「国家が定款資本の50%超を所有する企業」と定義されていた6。これには、国家機関が50%超を直接所有する独立企業や企業グループの親会社(図1のA、B、C、E)のみならず、国家機関が50%超を所有する企業グループ親会社の50%超出資子会社(図1のD、F)も含まれた。図1のすべての企業が国有企業とみなされていたのである。

だが、2014年企業法では、「国家が定款資本の100%を所有する企業」へと定義が改められた。国有企業政策を担う財務省企業財務局によれば、この定義に含まれるのは、国家機関が直接100%所有する独立企業や企業グループの親会社(図1のAとC)のみであり、国家機関が100%所有する企業グループ親会社の100%出資子会社(図1のD)は対象外である7。図1の企業のうち、国有企業はハイライトされた2つのタイプのみとなり、国有企業の範囲が大幅に狭められたのである。

次に、国家による監察活動の対象となる国有企業の定義をみよう。ベトナムでは、国有企業に投資された国家資本に関する監察活動の一環として、毎年の国会で政府の報告に基づく審議が行われる。近年、政府報告は国有企業についての情報源としてメディアでも頻繁に言及されるようになった。「企業の生産経営に投資される国家資本の使用と管理に関する法」によれば、こうした監察活動の対象は国家機関が定款資本の100%を所有する企業8である。2014年企業法と同様、図1でハイライトされた2つのタイプ(AとC)のみが該当することになる。

最後に統計上の定義であるが、国家が所有者資本の50%超を所有する企業9が国有企業とみなされる。図1のすべての企業が国有企業として扱われるのである。なお、統計上の定義には、2014年企業法施行の前後で変更はない。  

このように、従来は、企業法上と統計上の国有企業の定義は統一されていたのに対し、2014年企業法の施行以降、両者の間に齟齬が生じることとなった。なお、ベトナムが参加する環太平洋パートナーシップのための包括的協定(CPTPP)には国有企業についての規定が含まれる。CPTPPは、国が議決権の過半数を支配する企業などを国有企業に含めており10、2014年企業法の定義と比べ対象範囲が広い。

国有企業はいくつあるのか

どの定義をとるかによって、国有企業の数は大きく違ったものとなる。近年、メディアに頻出するのは、国会での政府報告に依拠したデータである。上述のように、この政府報告の対象は国家機関が直接100%所有する企業(図1のAとC)である。2017年春の国会での政府報告によれば、2016年末時点でこの定義の国有企業は583社あり、内訳は表1の右側に示したとおりである。

表1 国有企業の数(2016年末時点)

表1 国有企業の数(2016年末時点)

(出所)GSO (2017)、2016年の全国の企業における国家資本の投資・管理・使用活動についての政府報告441/BC-CP
(2017年10月16日付)より筆者作成。

このデータは、国有企業が500~600社に減少したことの根拠としてしばしば言及される。だが、統計からはこれとは異なる実態が浮かび上がる。表1の左側に示したように、企業統計によれば2016年末時点で国家が100%所有する企業は1276社である。企業統計と国会での政府報告は、調査方法などが異なるため厳密な比較はできないものの、両者の数字に倍以上の開きがあるのは、両者が採用している定義の相違、すなわち国家が間接的に100%所有する企業(図1のD)を含めるか否かの違いに起因する部分が大きいとみられる。さらに、国家が直接・間接に50%超100%未満を所有する企業(図1のB、EおよびF)が1386社存在していた。これらを合計した2662社が、統計上の定義による国有企業である。

国有企業再編の成果

2016年末時点で2662社という国有企業の数は、株式化を柱とした国有企業の再編の成果とみることもできる。データの制約のため推計に頼らざるをえない部分も多いが、利用可能な統計や資料に基づき2000年末と2016年末における国有企業の数、およびこの期間の再編状況を整理したものが図2である。

図2 2001~2016年の国有企業の再編状況

図2 2001~2016年の国有企業の再編状況

(注)*の付いた数字は推定値。2000年末および2016年末時点の企業の数を企業統計から取得したうえで、再編された企業の数を各種資料に基づき推定し、さらに2001年~2016年の新設国有企業の数と2016年時点での「その他の形態」の企業数を推定した。
(出所)GSO (2002, 2017), Nguyen Quang Thuan (2014), UNDP (2006), 企業刷新発展指導委員会報告443/BC-BDMDN(2016年12月28日付)、財務省および計画投資省ウェブサイトなどに基づき作成。

2000年末時点で100%国有企業は5531社あった。2016年末時点では1276社であるから、16年間で4255社の純減である。だが、この間には国有企業の新設も行われたため、株式化などで再編された国有企業の数は純減数を大きく上回る。国有企業の主要な再編形態は株式化だが、売却、譲渡、合併・統合、経営委託契約、リース、ないし解体・破産による再編もある。さまざまな資料を吟味した結果、16年間に再編された国有企業は5400社以上、このうち株式化された企業は7割超にあたる約3950社、株式化以外の形態によって再編された企業が約1460社と推定された。

図2には、企業の2016年末時点でのステータスも示した。16年間に株式化された約3950社のうち、2016年末時点で国有企業として存続しているのは1386社にすぎず、民間企業となったが 50%以下の国家の出資がある「国家資本のある株式会社」も1295社にとどまる。したがって、「国家資本のない株式会社」など上記2種類以外の形態となった(すなわち、完全に民営化された)企業は1200社以上にのぼると推測される。また、株式化以外の形態で再編された企業の一部は、売却や譲渡、合併などの相手先に応じて国有、国内民間、外資セクターのいずれかに資産などが受け継がれていると考えられるが、詳細は不明である。

図3には、国有企業再編の柱であった株式化について、およそ5年ごとの件数の推移を示した。株式化は2000年代前半に急増した。2000年代に入り民間企業の経営環境が改善されたことによって、比較的小規模な企業の株式化が増えたこと、および、2007年のベトナムの世界貿易機関(WTO)加盟前には証券市場が急成長し、証券市場への上場によって成長が期待できる経営状態が良好な企業が積極的に株式化を行ったことが背景にある。図3のデータによれば、2001年~2016年の株式化件数のうち2006年半ばまでの実施件数がおよそ62%を占める。

図3 国有企業の株式化件数の推移

図3 国有企業の株式化件数の推移

(出所)図2に同じ。

2008年以降はベトナムのマクロ経済の混乱に伴い証券市場も低迷したため、株式化の件数は急減した。さらに2010年代に入ると、株式化の主対象は大企業へと移行した。株式化のプロセスは格段に複雑化し、企業内部や企業にかかわる諸機関への影響も大きなものとなったことが、株式化の停滞をもたらしているとみられる。

国有企業の特徴と経済に占める位置づけ

以上のような再編プロセスを経て、国有企業のベトナム経済における位置づけはどのように変化したのだろうか。統計資料に基づき確認しよう。

まず、所有形態別・企業規模別の企業数をみたい(表2)。2000年から2015年にかけて国有企業の数は半減したが、非国有企業は13倍、外資企業も約8倍となった。国有企業の規模別構成をみると、規模の小さな企業は急減したが、大規模な企業、とくに資本金でみた大企業の数は増加した。これは、多数の小規模国有企業が実質的に民営化されるなかで、国有企業が大企業を中心とする資本集約的な分野に集約されてきたことを反映している。非国有企業と外資企業については、規模別構成比では規模の小さな企業が圧倒的だが、企業数でみると大規模な企業の増加も著しい。こうした変化を背景として、ベトナムの大企業に占める国有企業のプレゼンスは低下傾向にある。2000年時点では、従業員5000人以上の企業34社のうち23社、資本金5000億ドン以上の企業198社のうち82社を国有企業が占めていたが、2015年時点ではそれぞれ176社中の36社、3945社中の714社にすぎない。

表2 所有形態別・規模別の企業数

表2 所有形態別・規模別の企業数

(出所)TCTK (2017)より筆者作成。

次いで、企業セクターの純売上高、固定資産・長期投資、税引前利益に占める国有企業の比率をみよう(図4)。2006年から2016年にかけて、すべての指標で国有企業比率は低下した。ただし、減少幅が最も大きいのは売上高で、固定資産・長期投資と税引前利益の減少幅は比較的小さい。これは、国有企業が資本集約的な産業に限られるようになってきたことの反映であるとともに、安定的な利益をもたらす産業に従事する傾向が強いことを示唆していると考えられる。また、納税額では2015年時点でも36%を占めており(TCTK 2017)、国家財政への貢献は依然として大きい。

なお、国有企業にかわってシェアを拡大したのは、主に有限会社と「国家資本のある株式会社」、すなわち純粋民間企業である。「国家資本のある株式会社」、すなわち国家出資比率が50%以下となった元国有企業はいずれの指標でも微増にとどまり、全体に占めるシェアも数%にすぎない。

図4 企業セクターの企業形態別構成

図4 企業セクターの企業形態別構成_純売上高

図4 企業セクターの企業形態別構成_固定資産・長期投資

図4 企業セクターの企業形態別構成_税引前利益

(出所)GSO (2013, 2017)より筆者作成。
2016年以降の政策の展開

以上のような到達点を踏まえ、ベトナムの国有企業改革はどのような方向に向かおうとしているのだろうか。2016年の第12回党大会後以降に打ち出された方針や政策の考察から探っていくこととしたい。

国有企業の位置づけ

ドイモイ下のベトナムは、民間セクターを含むさまざまなセクターからなる多所有経済を標榜しつつも、国有企業を含む国家セクターに対して特別な位置づけを与えてきた。民間企業や外資企業に対する規制は緩和され、2001年の憲法改正では、各経済セクターの平等についての規定が盛り込まれた。だが、2013年に採択された憲法も、国家セクターはベトナム経済における主導的役割を果たすとの規定を維持している。

しかしながら、近年では変化もうかがわれる。2017年5月の第12期党中央委員会第5回総会で採択された3つの決議(民間経済の発展についての決議10号、社会主義志向市場経済についての決議11号、および、国有企業の再編などについての決議12号11)を中心に、近年の党の文書をみてみよう。

国有企業については、基本的に従来の方針が継承されている。決議11号は「国有企業は国家経済において重要な位置を維持する」とし、決議12号は2030年までの目標として「経済の重要セクターや分野において、大規模で効率的に活動し、地域的および国際的に競争力のあるいくつかの国家経済集団を強化・発展させる」と大型国有企業グループ強化の方針を掲げている。既存路線からの大きな変化は認められない。

ただし、決議12号は、国有企業再編の方針を強調している。具体的には、国有企業は重要で不可欠な分野、国防や安全保障上重要な地域、他のセクターの企業が投資をしない分野に集中し、国家の出資や支配的出資が必要でない企業については株式化などを行うとともに100%国家によって所有されるべき企業については適切なメカニズムや政策で再編すると述べている。

さらに、民間セクターに対する方針に目を向けると、変化が浮き彫りとなる。民間セクターは、1986年に初めて所有セクターの一つとして認められて以来、段階的に位置付けを高めてきた。決議11号は、「民間経済は経済を発展させる重要な動力の一つである」とし、民間セクターに従来よりも重要な位置づけを与えた12。さらに決議10号は、「大規模で多角化し……競争力のあるいくつかの民間経済集団が形成された」と評価しつつ、「地域およびグローバルな生産ネットワークや価値連鎖に参加できる多所有民間経済集団の形成、および国家経済集団への民間投資を奨励する」と、民間企業の発展を積極的に促進する方針を打ち出している。

以上からは、民間企業に対してより重要な位置づけが与えられた結果、国有企業の相対的な位置付けが低下傾向にあることがうかがわれる。では、具体的な政策はどのように変化しているのだろうか。以下、三つのポイントに分けてみていきたい。

国家所有の対象の絞り込み

一つめのポイントは、国有企業の分類の改訂を通じて、国家所有の対象が絞り込まれたことである。国家が全面的ないし支配的所有を行うべき企業の対象は、1990年代末から規定されるようになり、以後、幾度もの改訂を通じて狭められてきた。だが従来は、国家所有の対象の拡大解釈を可能にするような曖昧な規定もみられた。たとえば、2014年の規定において100%国有の対象とされた「国家経済集団の事業や戦略において重要な役割を果たすメンバー企業」13が挙げられる。

2016年以降は、国家所有対象の絞り込みが進んだ。2016年12月の首相決定58号によれば、100%国有の対象は爆発物の生産・販売、郵政、印刷、貨幣鋳造などの11分野のみであり、2014年規定に含まれていた曖昧な項目は削除された(表3)。ただし、国家が65%超、および50%超所有すべき対象には、国防・安全保障、戦略的に重要な地域における社会の安定化、マクロ経済の安定化、重要産業の発展などを担う分野が依然として含まれている。

表3 100%国有の対象業種(2016年首相決定58号)

表3 100%国有の対象業種(2016年首相決定58号)

(出所)首相決定58号より筆者作成。

首相決定58号においても国家の支配的所有の対象とされた分野は、CPTPPの国有企業章のベトナムの適用例外項目とほぼ対応しており、国際公約を踏まえて国有を維持すべき対象を絞り込んだ結果だと考えられる。

再編ロードマップの提示

二つめのポイントは、首相決定58号の基準に従って国有企業再編の具体的なロードマップが示されたことである。従来の規定は、国家の全面的ないし支配的所有の対象業種などを示すにとどまり、具体的にどの国有企業がどのカテゴリーに該当するのかは明らかにしてこなかった。よって、再編が必要なのはどの企業なのかは明確ではなく、進捗のモニタリングも行われてこなかった。

これに対し、首相決定58号は、国家が100%所有する240社の具体名を挙げた企業リストを示し、(1)100%国有を維持する、(2)株式化を行い、国有比率65%超とする、(3)株式化を行い、国有比率50%超とする、(4)株式化を行い、国有比率50%以下とする、の4種類に分類した。さらに、2017年7月10日付の首相公文991号は、上記(2)、(3)、(4)に該当する計137社のうち127社について、2017年~2020年の株式化実施スケジュールを示した。首相決定58号の対象240社には、国防・安全保障、農林水産業などの企業は含まれない。だが、2016年時点で国家が直接100%所有する583社のうち240社について、再編の具体的な方針とスケジュールが示されたことは画期的だといえよう。

表4には、国有企業のなかでもとくに規模が大きい国家経済集団8社の再編スケジュールを示した。首相決定58号の対象は6社あるが、このうち5社については国家の支配的所有、とくにベトナム石油・ガス集団(PetroVietnam)とベトナム電力集団(EVN)の2社については100%国有が維持される方針となっている。

表4 国家経済集団8社の再編計画

表4 国家経済集団8社の再編計画

(出所)首相決定58号より筆者作成。Viettelの再編計画については2018年1月5日付政府議定05号より。

また、首相決定58号の施行に伴い、すでに株式化された企業についても国家資本の売却の必要性が生じている。2017年8月の首相決定1232号は、株式化済みの企業372社について2017年から2020年までの具体的な国家資本売却計画を示した。

「企業における国家資本管理委員会」の設立

三つめのポイントとしては、国有企業のガバナンス改善に向けた取り組みとしての「企業における国家資本管理委員会」の設立があげられる。従来、企業における国家資本の代表者としての機能は、中央省庁や地方政府などさまざまな国家機関に分散していた。この仕組みの下では、当該機関が国家資本の代表者としての機能と当該セクターの規制主体としての機能の両方を担う事態がしばしば生じ、国有企業と民間企業の間の競争条件が歪められるという問題点が指摘されていた。新委員会の設立は、国家資本の代表者としての機能のみを中央省庁や地方政府から切り離し、政府直属の機関に担わせることで、国有企業のガバナンスを改善することを狙った取り組みである。

2018年に同委員会を設立することについては上述の党中央委員会決議12号も言及していたが、2018年に入ってから、同委員会設立についての政府決議09号、および新委員会の機能、任務、権限、および組織についての政府議定131号の公布を経て、2018年9月30日付で活動開始に至った。政府議定131号には、同委員会が国家資本の所有主となる企業として、国家経済集団および大型総公司19社が明記された。国家経済集団としては、PetroVietnam、EVN、ベトナム化学集団(Vinachem)、ベトナムゴム集団(VRG)、ベトナム石炭・鉱業集団(Vinacomin)、ベトナム郵政・通信集団(VNPT)の6社が対象である。

実は、ベトナムでは過去にも類似の取り組みがあった。国有企業における国家資本の管理と投資を行うため、2005年に財務省傘下の総公司として設立された国家資本投資経営総公司(SCIC)である。だが、国有企業からSCICへの資本の移管は進まなかった。自らの管轄下にある国有企業の利権を手放すことへの省庁や地方政府の抵抗があったといわれている(JICA 2015: 59)。

SCICの経験を踏まえ、新委員会は省庁の上位に位置する政府直属の委員会として設立され、初代会長にはグエン・ホアン・アイン元カオバン省党書記が就任した。2018年11月半ばまでに、商工省、交通運輸省、財務省、情報通信省、農業農村発展省などの管轄下の国有企業19社(上述の国家経済集団6社を含む)における国家資本が新委員会に移管され、総額2300兆ドンという膨大な総資産を有する「スーパー委員会」の発足となった。

こうした国有企業改革の加速の背景として、Le Hong Hiep(2017)は、大型国有企業グループの深刻な経営上の問題や汚職への対応が急務となったこと、財政状況の悪化により国有企業における国家資本売却の必要性が高まったこと、CPTPPをはじめとする国際公約の順守の必要性、株式市場の回復という4つの要因をあげている。これらのほか、民間企業の成長や経済に占める国有企業の相対的な役割の低下(図4参照)も一つの背景となっていると考えられる。

政策実施の進捗と残された課題

これら一連の政策は採択されてから間もないものの、実施のなかですでにいくつかの問題が露呈しつつある。以下では、実施の進捗と課題をみていこう。

再編の実施に伴う問題

再編ロードマップの実施が大幅に遅れていることは、すでに明白である。対象企業の多くは大企業であるため、管轄機関にとっての重要度は高く、資産評価などの手続きも複雑化する傾向にある。ロードマップに設定された再編実施期限は、こうした事情を十分に反映しているとは言い難く、2017年や2018年までの株式化の対象とされつつも、株式化を終えていない企業は多い14

企業ごとに再編の期限を設定し、目標の迅速な達成を優先する傾向が強まったことによって、再編の質が犠牲になるのでないかという懸念もある。一つの問題は、株式化後も高い国有比率を維持する企業が増えていることである。ベトナムは、外国企業を含む有力企業による国有企業への出資、とりわけ長期的な提携関係を前提とする「戦略投資家」としての出資を促進することで、国有企業の競争力を強化しようとしている。だが、有力な戦略投資家による出資受け入れに成功する国有企業は少ないどころか、そもそも外部投資家への株式の売却が進んでいない。2018年6月の国会における2011~2016年の国有企業再編をめぐる議論によれば、近年株式化された総公司の多くは定款資本の1~2%しか外部に売却できていないという。この期間に新規株式公開(IPO)を行った企業における国家資本比率は80%を超える一方で、戦略投資家への売却は7.3%にすぎなかった15

国家株式の外部への売却が進まないのはなぜか。そもそも外部への売却比率がきわめて低水準に設定され、そのことが投資家、とりわけ海外投資家の投資意欲を減退させているとの指摘がある(Le Hong Hiep 2017: 4)。だがより本質的には、当該企業の財務状況の改善や組織の改編が十分に行われないままに株式化が実施されていること、不適切な株価評価、情報開示の不十分さ、株式の売却をめぐる制度の不備といった問題がある(Duy Anh 2018)。こうした事情を背景に、国家資本の外部への売却が試みられたものの買い手がつかず、売却ができない事例が多発している。

もう一つの問題は、国家資本の不適切な売却である。国家監察院が2011~2016年における国家資本の売却571件について監察を行った結果、売却に先立ち企業経営者が意図的に自社のパフォーマンスを悪化させることで企業価値を下げ、低い価格で株式を取得できた投資家からコミッションを受け取る事例、株式化から得られた収入を自社の資金として用いていた事例など、数々の不正が発覚した16。とくに土地をめぐる不正は数多く、好立地の土地など潜在的に高い価値のある国有企業の資産が適正に評価されず、国家資産の損失という深刻な問題をもたらしているとされる17

こうした問題は、拙速な株式化に起因している部分も少なくない。再編目標の達成を急ぐよりも、政策の問題点の是正を図るとともに、当該企業や証券市場の状況を踏まえたより柔軟なロードマップに調整することが求められるといえよう。

再編ロードマップにかかわる課題

再編ロードマップそのものにかかわる課題もある。以下では、ロードマップから漏れている企業、およびロードマップ対象企業のそれぞれについて課題を論じたい。

まず前者については、2016年末時点で国家が直接100%所有する企業583社のうち首相決定58号に再編方針が示されたのは240社にすぎない。農林水産業や軍・公安関係の企業など、残る340社ほどについては包括的な再編計画は存在しない。国家機関が定款資本の100%を間接的に所有する企業についても同様である。国家経済集団や総公司の子会社であるこれらの企業については、親会社が再編計画を作成することとなる。株式化済みの企業の国家資本売却計画については、首相決定1232号に372社分が網羅されている。だが、財務省企業財務局での聞き取りによれば、これは国家資本の売却が必要な企業の一部にすぎないという18。ロードマップから漏れているこうした企業についても、首相決定58号の基準に沿って再編計画の策定と実施を着実に行っていくことが課題となる。

次いで再編ロードマップの対象企業であるが、ここでは二種類の企業群に注目したい。一つは国家経済集団である。表5にみられるように数は少ないが、圧倒的に規模が大きく19、資源開発や電力などの基幹産業に従事し、多数の子会社を有するこれらの企業は、国有企業再編の焦点とされてきた。表4でみたように、8社のうち少なくとも5社では国家の支配的所有が維持されることとなっており、6社については「企業における国家資本管理委員会」への国家資本の移管も完了した。新委員会を実質的に機能させ、ガバナンスの改善につなげていくことが今後の重点課題となる。

表5 再編ロードマップに含まれる企業の内訳

表5 再編ロードマップに含まれる企業の内訳

(出所)GSO (2017)、首相決定58号および1232号に基づき筆者作成。

もう一つの企業群は、地方政府傘下の企業である。中央省庁の管轄企業と比べ小規模なものが多いことなどから、あまり注目されず、実態もほとんど知られていない。だが表5からは、企業数でみると再編対象となっている国有企業のかなりの比率をこれらが占めることがわかる。100%国有が維持される企業は宝くじと出版の企業が圧倒的多数を占めるが、株式化の対象となる企業の業種は、水道などの公益サービスから製造業、建設、商業、観光まで多岐にわたる。サイゴン商業総公司(Satra)、ハノイ商業総公司(Hapro)、サイゴン観光総公司(サイゴンツーリスト)などの大手企業も含まれ、地方の経済や社会にとって重要な役割を担う企業も多いと推察される。全国に分散する地方政府の管轄下にあるこれらの企業については、株式化の推進と進捗管理をいかに効果的に行うかが課題となるであろう。

おわりに

2016年以降の国有企業改革の進展は、従来の政策が踏み込めなかった大型国有企業グループなどの再編について具体的な計画を打ち出すとともに、それらのガバナンスの改善に向けた取り組みの要としての新委員会を発足させ、主要国有企業グループから委員会への資本の移管まで実現させたという点において、一定の意義があった。

だが、株式化の進展によって国有企業の数はすでに急減し、数年内にわずかとなるとの見通しを根拠に、あたかもベトナムの国有企業改革は終盤にさしかかっているとの印象を与えるような近年の一部の議論はミスリーディングである。2014年企業法の定義による国有企業は確かに600社弱まで減少したが、国家が直接・間接に支配的所有を行う企業は依然として2600社程度ある。このなかには包括的再編計画から漏れている企業も多数存在する。また、2014年企業法の定義によれば、株式化を行った企業は国有企業ではなくなるが、近年の株式化案件では国家資本の外部への売却がわずか数パーセントにとどまる事例も多く含まれる。株式化さえ実施できれば改革は終了したとはいえず、株式化が当該企業の経営やガバナンスにどのようなインパクトをもたらしているのかまで見極める必要がある。

そこで求められるのが国有企業および株式化済み企業の実態把握だが、この点についてはまだ道半ばといわざるを得ない。本稿では、実質的に民営化された企業がすでに数千社にのぼるとみられることや、現存の国有企業において地方政府傘下の国有企業がかなりの割合を占めることなど、これまで見過ごされてきたいくつかの重要な事実を明らかにした。だが、民営化された企業の経営やパフォーマンスはどのような状況にあるのかなど、依然として解明されていない点も多い。近年株式化された企業における国有比率の高さや株式化をめぐる不正についても、本論では断片的なデータやエピソードを提示するにとどまっているが、さらに踏み込んだ全体像の把握や体系的な分析が求められるところである。今後の課題としていきたい。

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参考文献
  • 行政法人国際協力機構(JICA) (2015)「ベトナム国 ベトナム国営企業改革実施に向けた企業金融管理能力向上プロジェクト(国家資本投資会社(SCIC)業務改善支援)プロジェクト業務完了報告書」、株式会社日本総合研究所。
  • Duy Anh (2018) "Make or Break: The SOE Equitization process has yielded mixed results over recent months", Vietnam Economic Times, March, pp.26-7.
  • General Statistics Office (GSO) (2002) The results of the Enterprise Census at 1st April 2001. Ha Noi: Statistical Publishing House.
  • General Statistics Office (GSO) (2013) Development of Vietnam Enterprises in the Period of 2006-2011. Ha Noi: Statistical Publishing House.
  • General Statistics Office (GSO) (2017) Statistical Yearbook. Ha Noi: Statistical Publishing House.
  • Le Hong Hiep (2017) "Vietnam’s New Wave of SOE Equitization: Drivers and Implications", ISEAS Perspective No.57, Singapore: Institute of Southeast Asian Studies.
  • United Nations Development Programme (UNDP) (2006) "The State as Investor: Equitisation, Privatisation and the Transformation of SOEs in Viet Nam", UNDP Viet Nam Policy Dialogue Paper, Ha Noi: UNDP.
  • Nguyen Quang Thuan (2014) Cai cach doanh nghiep nha nuoc o Viet Nam sau gan 30 nam doi moi: Thuc trang va giai phap. Ha Noi: NXB khoa hoc xa hoi.
  • Tong cuc thong ke (TCTK) (2017) Doanh nghiep Viet Nam 15 nam dau the ky 21 (2000-2014). Ha Noi: NXB thong ke.
著者プロフィール

藤田麻衣(ふじたまい) 。アジア経済研究所地域研究センター東南アジアII研究グループ長。博士(開発学)。専門はベトナム地域研究、産業・企業研究。最近の著作に、「ベトナム大企業経営者の属性と出世過程―ホーチミン証券取引所上場企業の経営者の考察―」(荒神衣美編『多層化するベトナム社会』、研究双書No.633、アジア経済研究所、2018年)、"Vietnamese State-owned Enterprises under International Economic Integration", RIETI Discussion Paper Series 17-E-121, 2017など。


  1. 総公司は、相互に関係を有するメンバー企業から構成される国有企業グループとして1994年頃から設立された。国家経済集団は、国家経済の重要な分野において設立される、より大規模な国有企業グループである。2005年以降、主に既存の総公司を改組することで試験的に設立されてきた。
  2. 代表的なものは2010年、国際シンジケートローンの債務不履行に陥ったベトナム造船集団(Vinashin)である。
  3. Tap chi dien tu Tai chinh, 2018年11月6日付。
  4. 一つの組織あるいは一人の個人が所有者となる有限会社を指す。
  5. ベトナムの国有企業は、企業形態上はすでに有限会社ないし株式会社の形態へ転換され、所有構造を問わずすべての企業を対象とする共通の企業法が適用されている。だが、国有企業については、民間の有限会社や株式会社とは異なる固有の規定が存在することから、企業法上に国有企業の定義が明示されている。
  6. 2005年企業法。
  7. 筆者による聞き取り(2019年2月28日)。
  8. 具体的には次の形態を含むとされる。(a)国家経済集団の親会社、または総公司の親会社、または親子会社グループにおける親会社である一人有限会社、(b)独立企業である一人有限会社。
  9. 次の3種類が含まれる。(a)中央政府および地方政府の管理下で活動する100%国家資本企業、(b)中央政府および地方政府の管理下の国家有限会社、(c)国家が定款資本の50%超を所有する国内の株式会社(GSO 2017: 273)。
  10. 主に商業的活動に従事し、かつ国が(a)50%を超える株式を直接所有するか、(b)議決権の過半数を支配するか、または(c)取締役会等の構成員の過半数の任命権を保有する企業、と規定されている。
  11. 正式な名称は、民間経済の社会主義志向市場経済の一つの重要な動力としての発展についての決議10号、社会主義志向市場経済の制度の完成についての決議11号、および、国有企業の再編、刷新、効率の向上の継続についての決議12号。
  12. 2011年の2011~2020年10カ年戦略における「民間経済が経済の一つの動力となるため、民間経済を強力に発展させるメカニズムや政策を完全なものとする」との記述と比較すると、民間企業の位置づけの違いが明らかである。
  13. 国有企業の分類基準およびリストに関する首相決定37号(2014年6月18日付)。
  14. たとえば、ベトナムタバコ総公司(Vinataba)とモビフォン通信総公司はそれぞれ2017年と2018年の株式化対象であるが、いずれも2019年5月時点で株式化は未実施である。
  15. 2018年5月28日の国会におけるブー・ティエン・ロック議員(タイビン省)およびチャン・バン・ミン議員(クアンニン省)の発表。
  16. Vnexpress, 2018年5月29日付
  17. Nhan Dan, 2018年6月3日付。
  18. 筆者による聞き取り(2019年2月28日)。
  19. 2017年の国会報告によれば、国家が定款資本の100%を直接所有する583社のうち7社しかない国家経済集団が、583社の2016年の総売上高合計額の62%、税引前利益合計額の56%、国家財政納入額合計の57%を占める。
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