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立ち上がるタイの若者たち――「法の支配」の実現を目指して

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051862

2020年10月

(8,034字)

「人民党2020」

政治的混乱が続くタイで、プラユット政権の退陣と憲法改正、王室改革を訴え、デモが活発化している。2020年初頭に始まった反政府集会は、8月頃から王室を含む政治体制改革を掲げて規模を拡大し、9月には学生や市民数万人が結集してプラユット政権の退陣と憲法改正を要求するに至った。彼らが求めるのは、特権階級による「法の下の不平等」を廃し、新たな憲法の下で「法による支配」を貫徹することである。

10月16日、バンコク中心部パトゥムワン交差点に集まった反政府デモ集会「人民党2020」1に対し、ついに警察が強制排除を行った2。デモ隊はいったん解散したものの、その後も場所をバンコク都内に分散して集会を継続しており、他の地域でもデモの主張に賛同する人々が「人民党2020」の名で抗議集会を行っている。集会の名称である「人民党」(Khana ratsadon)とは、1932年に絶対王政を廃して立憲革命を実現した政治結社「人民党」にちなんだ名前であり、政権を倒し人民の手に権力を取り戻すという反政府勢力の強い決意を示している。

退陣を迫るデモ隊に対し、政府は極めて厳しい態度で臨んでいる。プラユット首相は15日早朝に「重大な非常事態宣言」を発令して集会を制限し、デモ会場に集まった主要な活動家を相次いで逮捕させた。さらに同日の記者会見では、退陣を否定すると同時に、事態悪化の場合は戒厳令の発令もありうることを示唆した。解決の糸口はみつからず、2010年の国軍によるタクシン派反政府デモ鎮圧で100名近い死傷者を出した事件以来の暴力を伴う政治争乱も危惧されている。

現在起きているタイの政治対立とは、誰による何をめぐる対立であり、2006年以来続いてきた従来の政治混乱と何が違うのか。本稿では、2020年の政治対立を理解するための問題整理を試みる。

写真: バンコク都内のラートプラオ交差点での反政府運動(2020年10月17日)

バンコク都内のラートプラオ交差点での反政府運動(2020年10月17日)。
「3本指」は、2014年以降に軍事政権と特権階級による支配への抗議のサインとして広まった。
「タクシン派」「赤シャツ」ではない

2006年から続くタイの政治対立は、当時のタクシン首相が軍事クーデタで追放されたことを契機として始まり、タクシン政治の是非を軸に展開してきた。タクシンは選挙で低所得層や新興中間層が直接裨益する政策を訴え、それを政権獲得後に実行することで高い支持を得た。しかし、1980年代の経済成長で台頭し、90年代の民主化を担った旧中間層やマスコミ、知識人らは、タクシンの政策を「買票による政治」、すなわち汚職とみなして批判し、軍によるクーデタを支持した。タクシン政府を支持する人々、あるいはタクシンは支持しないものの、軍事クーデタを非民主的として嫌う人々は、自分たちが選挙で選んだ代表の正当性を主張し、クーデタ政権を批判して対抗した(重冨 2020)。

彼らの中から、タイ国旗の中で人民を表す赤をシンボルマークとし、国軍と官僚を中心としたエリート層による支配を批判して、選挙民主主義の順守を訴える政治運動を展開するグループが現れた。いわゆる「赤シャツ」として知られる反独裁民主戦線(United Front of Democracy Against Dictatorship: UDD)である。UDDは、クーデタを支持する「黄シャツ」こと民主主義国民連合と対抗し、2010年にはバンコク中心部の道路を占拠してデモを行うなど大きな存在感を示してきた。

しかしながら、2020年の政治対立では「タクシン」は争点となっておらず、UDDが中心となって呼びかけた主要な反政府運動も管見の限りみられない。今回の反政府運動は、「タクシン」「赤シャツ」に象徴される従来の政治対立を越えて、より広い人々の間で、より大きい問題を提起しながら展開している。

若者によるリーダー不在の「フラッシュ・モブ」型デモ
2020年の反政府政動は、参加者もその運動手法も従来と大きく異なる。最大の特徴は、UDDのように特定の政党や政治団体が主導するのではなく、大学生や中高生といった若年層が中心となり、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を使って、緩やかでありながら即応性の高いネットワークを形成して活動する点にある。図1は、2020年の一連の政治対立の主な参加者・団体を示したものである。

図1 2020年政治対立の主な参加者・団体

図1 2020年政治対立の主な参加者・団体
(出所)新聞などより、筆者作成。

「人民党2020」デモを糾合した「解放青年団」(英語名Free Youth)やその拡大組織である「解放人民団」(Free People)3、タイ学生連盟といった学生のネットワークのほか、バンコクのタマサート大学やチュラロンコーン大学、あるいはチェンマイやコーンケーンといった地方の大学や専門大学でも、学生有志が同時多発的に抗議活動を続けてきた。運動には、労働組合や既存のNGOのほか、反プラユット政権の立場をとり、昨年憲法裁判所から解党処分を受けた新未来党(Future Forward Party)の元党員や、「赤シャツ」として活動した人々も参加している。しかし、その立場はあくまで「デモの主張に賛同し、若者を応援する」というものであり、指導的な役割を果たしている様子はみられない。

また大学生に加え、日本の中学・高校にあたる中等学校の生徒らも、活発な抗議活動を展開している。教師による強制的な指導や、2014年以降に強化された愛国教育を批判する「悪い生徒」(Bad Students)と称するグループのほか、各地の学校でも有志らが個別に集会を設け、教育改革を含む政府批判をおこなっている(玉田 2020)。

これらの大学生や中高生らは、SNSを使って集会の告知を行い、抗議活動を行ったあと短時間のうちに解散する、いわゆる「フラッシュ・モブ」型の政治運動を展開してきた。また集会では非暴力を徹底し、当局が排除に乗り出すと抵抗せずにその場で解散するというパターンを繰り返している。道路封鎖や長期の座り込みなどの手段を使わないのは、治安当局に強制排除の口実を与えず、一般市民の生活を混乱させ反感を買うのを避けるためである。集会は主にバンコク都内で行われてきたが、都内での集会に合わせ、北部や東北部、中部など他の地方でも、教育機関を中心に学生らが同様の集会を行っており、全国的な運動になりつつある。

これらの学生・中高生グループにはそれぞれ活発な活動家がいるものの、ネットワーク全体を統括するリーダーは存在しない。10月14日の「1973年学生革命記念日」(10月14日事件)に合わせて行われた「人民党2020」デモでは、解放青年団など参加諸団体の中心的活動家が多数逮捕・拘束された。それにもかかわらず、各団体は同日中にSNS上でデモ継続を呼びかけ、18日の夕方にはバンコク市内の高架鉄道の各駅にそれぞれ数百人から数千人規模の学生や市民が結集し、抗議活動を継続したのである。

体制改革要求と王制批判が目指す「法の支配」

学生たちの主張は、単にプラユット政権の退陣にとどまらず、選挙民主主義に基づく新たな体制の構築と、王室に代表される特権階級による支配への批判にまで及んでいる。

2020年7月18日、解放青年団による民主記念塔での集会で、学生たちは、「政府批判に対する脅迫の停止」「国会解散」「新憲法の制定」という「3項目の要求」を掲げた4。国会解散と新憲法制定を要求するのは、2017年に制定された現行憲法(2017年憲法)とそれに基づく現在の政治体制が、2014年にクーデタでタクシン派の民選政権を倒して成立したプラユット軍事政権によって制定・構築されたものであり、国軍や官僚、高所得層、王族といった特権階級による支配の基盤となっているためである。

2019年3月に行われた下院選挙は、2017年憲法規定に基づき、軍事政権がその受け皿政党にとって有利になるよう設計した選挙制度のもとで行われた。最終的には軍事政権の狙い通り、親軍派によって議会内で多数派が形成され、軍事政権の首領であったプラユットが首相に選出された(青木 2020)。

タイの政治は、軍事クーデタにより民選政府が倒された後、クーデタ政権によって憲法が制定され、その憲法の下で国会選挙を行い、議会政治が再開され、汚職などによる政治混乱が起きると再びクーデタが起きる「悪しき循環」をたどって来た。2019年の下院選挙は、プラユット軍事政権が受け皿政党を通じて選挙に勝利し「民主的政権」に衣替えすることでこの「悪しき循環」を止め、特権階級支配を永続化することを目指すものであった。

「人民党2020」デモに参加する学生たちは、前回の下院選挙(2011年)以降に選挙権を得た若い有権者である5。彼らは、初めて経験する選挙であった2019年の下院選挙で、国軍改革を掲げ民主主義と古い政治からの脱却を謳う新未来党を支持した。同党は新党ながら下院第3党に躍進したものの、選挙後にタナートン党首が選挙法違反の容疑で憲法裁判所に提訴され、2020年2月21日に解党のうえ党首を含む幹部16人が公民権停止の判決を受けた。

判決は、新未来党を支持する学生らの間で激しい反発を招いた。タイの法学者によるNPO「iLaw」の発表によれば、新未来党解党判決以降半年の間に全国の中等学校、大学などで開かれた抗議集会は90回以上に及ぶ6。学生たちは、単に解党判決への不満にとどまらず、「この国における不正義への抗議」(Chayut 2020)として活動に参加した7

2020年以前から、タイでは国軍・エリート支配に反対するタクシン派への法の不平等な適用が問題視されていた。タクシン派の政党や首相は、憲法裁判所の判決による解党、失職を繰り返しており、タクシン派やリベラルな法律専門家等はこれを「法のダブルスタンダード」として強く批判してきた。新未来党の解党判決は、学生たちに自分たちもまた「ダブルスタンダード」のもとにあることを自覚させ、不正義を生み出す体制の改革に向かわせたのである。

8月以降新たに掲げられた王室改革に関する要求も、こうした「法律による不平等」の是正を求める動きの延長として理解することができよう。8月3日、タマサート大学における集会で登壇したアーノン・ナムパー弁護士が王室改革を訴え、10日にはタマサート学生有志が王室改革の「10項目要求」を提示8、解放人民団も16日の集会で「一つの夢」として王室を憲法下に置くことを掲げた。さらに9月19日に王宮前広場で開催された集会では、数万人の参加者が見守るなか、学生らの代表が王室改革を求める国王宛ての陳情書を当局に提出したのである9

王室や国王を露骨に揶揄する投稿は、すでに2000年代からインターネット上で流布していた。しかし今回の王室批判はそれとは異なり、2017年憲法第6条(王室批判の禁止)や刑法第112条(不敬罪)の廃止、王室財産や関連組織の見直しに加え、王室の政治関与をなくすことを公に主張した前例のない改革要求である10

こうした要求が出てきた背景には、学生たちがインターネット上で王室や過去の情報に触れ、実際の政治の経緯を見聞する中で、1970年代以来繰り返されてきたクーデタを国王が事後承認する形で政治に影響を及ぼしてきたことを疑問視するようになった経緯がある。学生たちは、現行の法律が与えた国王の特権を廃止し、王室を他の国家機関同様に憲法による法の支配の下に置くことで、先述した政治の「悪しき循環」を支える体制そのものを変えようとしているのである。

しかしながら、王室改革にまで主張を拡大したことで、学生らの運動は王室支持派の強い反発を惹起した。8月末には、王室支持者の団体「タイ忠誠」グループ(Thai phakdi)約1,200名が集会を開き、「王室への攻撃」から「国を救う」ことを訴えた(Juarawee 2020)。また、「人民党2020」参加者の間でも、「10項目要求」については見解の相違があるといわれる(Hataikan 2020)。

表1 2020年に行われた主な反政府運動(2020年10月16日現在)

表1 2020年に行われた主な反政府運動(2020年10月16日現在)
(出所)新聞報道、各団体フェイスブックページなどより、筆者作成。
出口の見えない対立

10月16日の強制排除と主要活動家の逮捕、非常事態宣言による集会制限を経ても、「人民党2020」集会は拡大の一途をたどっている。政府はデモ会場の封鎖や都内を走る高架鉄道の運休に加え、主要な反政府団体のSNSを閉鎖するなどの措置を講じているが、反政府勢力はアカウントや媒体を変えて人々に参加を呼びかけ、複数の場所で同時にデモを開催するなどの方法で抗議を続けている。同様の抗議集会はバンコクに留まらず、首都近郊のノンタブリーや北部のチェンマイなど、地方でも行われている。16日の強制排除の後は、これまで沈黙していた市民の中でもSNS上で非難を投稿する者が現れるなど、抗議は各世代に広がりつつある。

学生たちによる「人民党2020」デモは、かつてない規模での政治体制改革を要求している。しかし、1950年代末に成立したサリット陸軍司令官による軍事政権以来、国軍は国王の権威を高めると同時に、その権威を自らの権力強化と維持に活用してきた。この経緯を踏まえれば、事実上の軍事政権である現在のプラユット政権にとって、学生らの要求はとうてい受け入れがたいものであることは容易に想像がつくだろう。

プラユット首相は拡大するデモを受け、10月18日に「政府はすべての国民が抱える問題に耳を傾け、解決に向け努力する」との声明を発表した11。しかし、具体的な解決の目途はたっていない。学生らの主張する新憲法制定について、首相は8月初旬に憲法改正に前向きな姿勢を示し、与野党は9月1日までにそれぞれの憲法改正草案を下院議長に提出していた(ナオルンロート 2020a)。しかし、9月24日に予定されていた憲法改正法案の採決は、それに先立って上下両院が憲法改正の是非などを検討する委員会を設置することで合意したことから、国会が開会される11月に先延ばしとなった(ナオルンロート 2020b)。延期を知った解放人民団や学生団体は、24日夜半に国会前に集まり、帰途に就く議員に向かい罵声を浴びせて抗議した。それ以来、現在も憲法改正プロセスは停止したままである。

今後さらに「人民党2020」デモが長引けば、後に引けない政府はデモ隊排除のためより強硬な手段に出る可能性もある。また、リーダー不在のデモが、現場の小競り合いから暴力的な行動に発展することもありうる。そうなった場合、治安当局は「治安維持」の名のもとにデモ隊に武力を行使し、「事態収拾」を名目とした軍事クーデタ決行に繋がる可能性も否定できない。

現在のタイの政治対立は、新憲法による「法の支配」に繋がるのか、これまで繰り返されてきた「悪しき循環」の一部として終わるのか。予断を許さない状況が続いている。

写真の出典
参考文献
著者プロフィール

青木まき(あおきまき) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアI研究グループ。専門は国際関係、タイ外交とメコン地域協力。主な著作に、青木まき編著『タイ2019年総選挙――軍事政権の統括と新政権の展望――』(アジア経済研究所、2020年3月)、青木(岡部)まき「メコン広域開発協力をめぐる国際関係の重層的展開」(『アジア経済』第56巻2号、2015年6月)。

  1. タイ語での名称は仏歴に合わせ「Khana ratsadon 2563」となっているが、本稿では日本語訳に合わせ「人民党2020」と表記する。なお10月16日以降は「人民党」を名乗っているが、本稿では「人民党2020」で統一する。
  2. 事件直後のSNSでは、ゴム弾が使用されたというツイートがあった。しかし、同日行われた警察発表では、催涙弾およびゴム弾は使用せず、催涙ガスの薬品を混ぜた水を放射したとしている。
  3. これらの2団体は、タイ語の名称では「free(自由)」ではなく「liberation(解放)」を意味する語を用いていることから、本稿では「解放青年団」「解放人民団」の名称を使う。
  4. "‘Yaowachon plodeak’ peud thalaengkan khoriekrong chabap teum"(解放青年団、全要求を開示), Krungthep trakij, 18 July, 2000.
  5. 2014年にも選挙が行われたが、憲法裁判所により無効と判断されたため、2019年以前の公式な下院選挙は2011年となる。
  6. "‘ailo’ peuifaikhwammankhongchaiwithisaraphad rupbaepphuea sakad mi ob nakseuksa" (iLaw、治安当局が学生デモ妨害のため様々な手段を使っていると発表), Neawna, 15 August, 2020.
  7. これは、タイ学生連盟会長ジュタティップ・シリカンの言葉である。
  8. "‘Thammasat maithon’ yuenkhoriakrong 10 kho ke panha waduaisathabankasat nadchumnum ikkhrang 12 S.K," (タマサート学生グループ、王制に関する10項目要求を提示し12日に再び集会を約束), BBC News Thai, 10 August, 2020.
  9. 当初陳情書は枢密院に提出する予定だったが、警察に阻止されたため警察担当者に渡された。
  10. 注8に同じ。
  11. "Prayut softens tone as rallies spread nationwide," Bangkok Post, 18 October, 2020.

(2020年10月26日修正)

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