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論考

流動化する東南アジアの選挙政治

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051443

川中 豪

2019年7月

(17,320字)

はじめに

世界各国で選挙政治が流動化している。そこには、特定の政治指導者個人に依存する政治のパーソナライゼーション、そして特定の社会の亀裂が強調される分極化という二つの流れが、既存の政治秩序に挑戦するという現象がみられる。東南アジアも例外ではない。

政治が特定の政治家個人をめぐって動く代表例としては、強硬な手段を使って麻薬撲滅を進めるフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が挙げられるだろう。マレーシアでは長い間政権を掌握してきた国民戦線が選挙で敗北し、マハティール首相が再登場した。インドネシアの大統領選も現職のジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領とライバルのプラボウォ・スビアントの一騎打ちが展開され、この二人のパーソナリティに注目が注がれた。軍政下で選挙が実施されたタイでは依然として国外にいるタクシン・チナワット元首相の存在が意識されているとともに、若くて清新なイメージを持つタナトーン・ジュンルンルアンキットの登場が注目され、2019年の選挙での投票行動に大きな影響を与えた。

写真1 ジャカルタでのジョコウィ陣営支持者によるパレード

写真1 ジャカルタでのジョコウィ陣営支持者によるパレード(2019年4月13日)

こうした政治のパーソナライゼーションと対になってしばしば指摘されるのが、社会の亀裂が大きく影響する分極化の進行である。タイではタクシン政権期には社会階層間の対立が強調され、インドネシアでは2017年のジャカルタ州知事選挙で顕著に現れたように宗教(イスラーム)をめぐる亀裂が大きな対立点として浮上した。フィリピンでは1990年代終わりから社会階層間の対立、汚職取締と争点が大きく転換し、2016年の選挙以降は犯罪取締と法の支配をめぐる対立が際立ってきた。マレーシアでは既存の民族集団間の亀裂とナジブ政権の汚職疑惑によって注目されるようになった政治の公正性(汚職への対応)という二つの異なる対立次元が注目され、いずれが支配的な政治争点となるかという競争が見られた。  

政治のパーソナライゼーションと分極化には、政治家個人と単一争点を軸に形成される社会運動型の政治動員が重要な役割を果たしている。この社会運動型の動員を支えるのが、SNSをはじめとする情報技術の革新だろう。新聞やテレビ、ラジオに比べて情報の拡散のスピードと規模の大きさ、虚偽情報の存在などが、この新しい政治動員の形を推し進めていることは間違いない。

社会運動という組織化されない手段による政治動員は、政党を通じた伝統的な組織的政治動員を凌駕している。これによって組織基盤を持たない政治家個人が政治動員をかけて権力を獲得することが可能になった。こうした政治家は自分にとって有利な社会的な亀裂をことさら強調する。政治家が争点設定で自分の優位性を獲得しようとする競争が、結果として社会の分極化を進めることにつながる。パーソナライゼーションと分極化はセットであり、社会運動がそれを支えるのである。  

ここで忘れてならないのは、こうした状況がとりもなおさず、政治制度の能力低下と相まって発生している点である。一つには、政党システムの制度化が阻害されている。政党には、社会に存在する様々な利益の調整をはかり、その調整結果を政策に反映させるという機能が期待されるが、この機能が大きく低下している。もう一つには、異議申し立てを公式の政治制度を通じて行うというより、街頭行動やメディアでの運動などを通じて進める傾向が一層強まっている。これが政治秩序の不安定化を生んでいる。そして、今のところ政治制度が強化される目途はたっていない。  

以下では、政治制度、特に政党システムが民主主義にとってどのように重要な意味を持つのかを確認し、政治制度の能力が低下するプロセスを整理したうえで、東南アジアにおける選挙政治の流動化を政治動員の変容と政治制度の脆弱化という視点から説明したい。

政党システムの制度化と民主主義の安定

いまや古典となっているHuntington (1968)は、20世紀のアジア、アフリカ、ラテンアメリカの政治を分析する際に、近代化と社会動員の拡大のスピードが速いなか、政治の制度化はそこで噴出する要求に対応できるほど発達していないと指摘した。そして、要求と対応のズレが政治の不安定化を進めると主張した。

政治制度は、社会の諸利益から要求を集約し、異なる集団間でそれを調整し、その調整によって導き出された妥協のなかで政策を策定、実施していく機能を期待されている。議会や執政府をめぐる制度など政治制度に含まれるものは多岐にわたるが、そのなかでも、社会の諸利益を集約する政治制度として中心的な役割を果たすのは政党である。実際の政党には様々な類型が存在するが、理念形として想定される政党は、社会の特定の集団に支持基盤を持ち、そうした社会集団の利益を政策に反映させるために政策を策定し、選挙による権力競争に参加して権力獲得を目指す、というものであろう。  

政党がうまく機能し、民主主義が安定するためには、政党システムが制度化されることが必要だとされる。政党システムとは個々の政党の特徴のみならず、そうした政党間の関係の総体を指す。この政党システムが制度化されるとは、論者によってさまざまな定義があるが(Casal Bértoa 2018)、Mainwaring and Scully (1995)が提示する定義は標準的なもののひとつと考えてよい。そこでは制度化の柱として、(1)政党間の競争が安定的であること、(2)主要な政党が社会に安定的な支持基盤を持つこと、(3)民主主義的な政党システムにおいては主要な政治主体が選挙と政党に正統性を見出すこと、(4)政党組織が特定の指導者の利益に従属しないこと、が挙げられる。なかでも(1)と(2)が重要な意味を持つ (Mainwaring and Torcal 2006)。政党システムが制度化されていれば、安定的な競争によって政党間の調整という形で諸利益の調整が可能になる。また、社会の支持基盤とのつながりがあれば社会に存在する利益が安定的に表出されることになる。こうした安定的な利益調整と競争が、民主主義の定着を促進すると期待することは自然であろう。また、選挙に際して、政党システムが制度化されていれば、有権者は、各政党の政策選好を認識しやすくなり、政党が擁立する候補者の政策選好についての情報も多く得ることができる。政党や候補者に関する重要な情報が明らかにされたうえで選挙が実施されることが、有権者にとって有益であることも確かである。さらに、政党の政策や統治における責任の明確化が図られ、統治の質の改善にも資すると考えられている。実証的にその効果を示す研究もある(Schleiter and Voznaya 2016)。  

もっとも政党システムの制度化は民主主義に限って見られる現象でもない。上記の定義のうち、(3)の定義から「民主主義的な政党システムにおいては」という用語を抜いてみれば、東南アジアにおいては、むしろ政党に基盤を置く権威主義体制(例えば、シンガポールやマレーシア)に、より制度化された政党システムを見出すことができる(Hicken and Kuhonta 2011, 2015)。権威主義体制における政党は、諸勢力を取り込むための利益分配と支配を効果的に行うために必要な情報の取集など、権威主義体制を強化する機能を持っていると言われる(Haber 2006)。政党中心の競争的権威主義(Levitsky and Way 2010)が持つ特徴を考慮に入れれば、政党システムの制度化はより広く政治秩序の安定を支える条件と考えることができよう。

社会の変容、政治動員の技術革新、低下する政党システムの制度化

こうした政治秩序の安定と密接に関わる政党システムであるが、制度化が進んだと見られる西ヨーロッパを含め世界の多くの国で、そして、本稿の対象とする東南アジアで、制度化の度合いが低下する傾向が見られる1

政党システム、あるいはより広く政治制度の形態の決定は、社会経済的構造に大きく依拠している。政党システムを規定する要因としてしばしば指摘されるのは、選挙システムの在り方(小選挙区制か比例代表制かといった違い)とともに、社会の亀裂の在り方である(Lipset and Rokkan 1967)。社会経済構造が大きく変化すれば、政党システムはそれに合わせて変化を余儀なくされる。しかし、政党システムは制度として一度確立されると変更するのに時間がかかる。社会経済構造の変化のスピードが速くなればなるほど、政党システムとのズレが生じる。社会経済構造の変化と政党システムという政治制度のズレが、政党システムの弱体化を引き起こす一つの要因となる。東南アジアの状況で言えば、最も重要な社会経済的変化は急速な経済成長によって引き起こされた新中間層の増加、都市の拡大、階層間格差の深化などであろう。これに加えてグローバル化の進行にともなう人の移動なども重要である。こうした社会経済構造の変化は、これまでの政党を通じて行われてきた政治動員を難しいものにする。政党の動員の仕組みから外れた人々が増加し、こうした人々が動員される新たな方法が見つかったとき、既存の政党は無力化される。

写真2 クアラルンプールでスマートフォンを利用するイスラーム教徒女性

写真2 クアラルンプールでスマートフォンを利用するイスラーム教徒女性
ここで大きな意味を持つのが情報技術の革新である。政党が政治動員の手段として優位な立場にある限り、政党の役割は大きく、そうした状況があれば、政党システムは安定的になっていくはずである。しかし、政党以外の政治動員の方法が力を持つことになれば、政党を通じた政治動員、利益の集約の機能は低下せざるを得ない(Mainwaring and Zoco 2007)。現代において、インターネット、SNSといった情報技術は、政党の枠を超えて情報を流布するのに大きな威力を発揮する。そしてこうした技術は特定の争点に焦点を当てた社会運動を強化していく効果を持っている。社会運動は短期的な人々の集合体であり、そこには安定的な組織は見られない。しかし、情報技術の発達によって政党に依存しない社会運動型の選挙が可能となる。そして、そこにはパッケージとしての政策を提示する政党を基盤とする候補者よりも、単一の争点について明確なメッセージを提供する候補者が乗りやすい。この争点の単純化はその争点を軸とした社会の分極化を推し進めていく。政治のパーソナライゼーションと分極化が生まれるのである。
東南アジアにおける変化

政党システムが制度化される条件について政党間の競争の安定性に注目して実証的に検証したMainwaring and Zoco (2007) は、どの時代に民主化がもたらされたかが政党支持の安定性に影響することを示した。1970年代以前までに民主主義を獲得していった国々では政党が参政権を拡大し、新たな有権者を掘り起こし動員したため、新しく政治に参加した人々の間で政党への帰属意識が強かったが、1970年代以降民主化した国では、一気に政治参加が拡大したため、政党が重要な役割を担わず、社会に深く根を下ろすことができないと主張した。これに対し、Hicken and Kuhonta (2011, 2015)は、アジアの文脈では、国家の統治が確立される際に政党が果たした役割を重視すべきと主張する。政党が中心となって独立を進め、かつ、独立後も政党を中心とした統治システムの確立が進められ、他の政治勢力を制限しつつ国家の統治を確立させた国では政党システムは制度化され、そうでないところでは制度化されなかったと考える。この二つの考え方のいずれにしても、より大きな視点で言えば、政治秩序の構築と定着において政党が果たした役割の大きさが政党システムの制度化を決定すると考えることができる。  

東南アジア、特に東南アジア諸国連合(ASEAN)の原加盟国5カ国を見ると、もともと政党システムの制度化についてはバラツキがある2。民主主義国のなかでは、フィリピンの政党システムが最も制度化の度合いが低いと見られている。選挙ごとに離合集散が発生し、政治家の党籍変更も頻繁に起こっている(Teehankee 2013)。タイも同様に、特にタクシン政権誕生までは、政党システムの不安定性が指摘されてきた。基本的にはフィリピンのようにパトロン・クライアント関係に依存した集団が政党を構成しているという見方である(Ufen 2008b, Kuhonta 2015)。この2カ国に対して、インドネシアは比較的制度化された政党システムを持っていると見られてきた。アリラン(aliran)と呼ばれる世俗と宗教の軸によって生まれる社会の亀裂が深く存在し、政党はこの亀裂にそって存在してきた。(Ufen 2008b, 2012)。一方、制限された枠のなかで政治的競争が許容されている競争的権威主義とみなされるシンガポール、マレーシアでは、強力な与党とある程度確立された野党との競争が安定的に繰り返されてきた。政党システムの制度化の度合いは高いと見てよい。

こうした政党システムの在り方は、政治的競争が開始された際の社会経済的構造を反映したものだった。当時の社会経済構造の在り方において競争するための戦略、あるいは権力を維持するための制度として効果的な政党システムが確立されていったのである。しかし、この地域の経済成長とそれに伴う社会経済構造の変化は政治的に意味を持つ社会の亀裂の在り方を変え、情報技術の進展は既存の政党システムの効果を低下させていった。

図1 東南アジア5カ国の都市人口の割合の推移(1970-2017年。単位:パーセント)

図1 東南アジア5カ国の都市人口の割合の推移

(出所)United Nations (2018)より筆者作成。

社会経済構造の変化として、都市化の進行度合いを見てみると(図1)、そもそも都市国家のシンガポールに変化は見られないが、1970年代には都市に住む人口が全人口の30パーセント強だったマレーシアは70パーセントを超え、同じレベルだったフィリピンでも10ポイントほど都市化が進んでいる。さらにインドネシア、タイでも20パーセントほどだった都市人口の割合が、50パーセント前後までになった。都市化の動きは、フィリピンで1990年代に入って滞っているものの、マレーシア、インドネシア、タイでは2000年代に入っても依然として進行している。

平均的な教育年数でも同様に大きく増加が見られる。1990年時点と2017年時点での比較では、シンガポールが5.8年から11.5年、マレーシアが6.5年から10.2年と増加し、続いてフィリピンの6.6年から9.3年、インドネシアの3.3年から8年、タイの4.6年から7.6年と増加が見られる(United Nations Develpment Programme 2019)。

都市化の進行や教育の拡大は、既存の社会経済構造を変化させる。そこで大きな存在として出現するのは都市中間層である。都市中間層はパトロネージ分配や既存の亀裂に沿った利益集約から自由な存在であり、これまで存在してきた政党による動員の対象となりにくい。また、情報技術に対する理解も高く、社会運動型の動員に反応しやすい。加えて、都市での行動、例えば街頭行動は、その地理的な環境から大規模化するのが容易であり、また特にそれが首都であれば、権力者に対し大きな圧力を加えることができる。こうした都市中間層の行動と政治秩序に対する影響は、権威主義体制においてであろうと民主主義体制においてであろうと同様であり、民主化を進める担い手ともなり得るし、民主主義を後退させることもあり得る。

図2 東南アジア5カ国のインターネット利用者数の人口比(2000-2017年。単位:パーセント)

図2 東南アジア5カ国のインターネット利用者数の人口比

(出所)International Telecommunication Unionのデータから筆者作成。

そして、こうした変化を政治に結びつける情報技術の普及は東南アジアで進んでいる。図2は東南アジア5カ国のインターネット個人利用者数の人口比の推移を国際電気通信連合(ITU)の統計に基づいて図示したものである。シンガポール、マレーシアは2000年代前半から人口の半数がインターネットを利用し、現在はほとんどの人々が利用する状況となっている。フィリピン、タイも2010年以降急速に利用者が増加し、インドネシアがそれを追って増えている。

図3 東南アジア5カ国の携帯電話契約数の人口比(2000-2017年。単位:パーセント)

図3 東南アジア5カ国の携帯電話契約数の人口比

(出所)International Telecommunication Unionのデータから筆者作成。

図3は同じく東南アジア5カ国の携帯電話契約数の人口比の推移である。一人で複数の契約や法人契約もあるため、人口数より多い契約数があり得るが、東南アジア5カ国いずれでもかなり多くの契約数があり、それは2000年代に急増したことが見て取れる。SNSについては、Pew Research Centerが実施した2017年の調査で、フィリピンでは49パーセント、インドネシアでは26パーセントの人々が利用していることが示されている。また、スマートフォンの所有はフィリピンで44パーセント、インドネシアでは27パーセントとなっている(Poushter, Bishop, and Chwe 2018)3。この調査では、より高い教育を受けた層、また若年層でインターネット、携帯電話、SNSの利用率が高いことも示されている。

こうしたなか、近年、政党システムの制度化の度合いにも、顕著な変化が観察されるようになってきた。これまで比較的制度化の度合いが高いと言われてきたインドネシアでは、より短期的な私的財(パトロネージ)の分配に依存する動員が見られる一方で、選挙で政党が果たす役割が低下しつつある。2014年、ジョコウィの大統領当選には候補者のパーソナリティへの注目と彼を推す社会運動型の選挙活動が目についた(Ufen 2008a, Tomsa and Setijadi 2018)。それはとりもなおさず、政党に注目して大統領選挙が展開されるというより、大統領候補のパーソナリティに注目した選挙戦が展開されることになったことを意味する。そして、それは2019年の大統領選挙でも同様だった。ジョコウィとプラボウォという二人の個人が選挙の中心にあった4。開発を争点として優位性を確保したいジョコウィとイスラーム運動からの支持を受けつつ排外主義的なスタンスで選挙戦を優位に進めたいプラボウォの競争が展開され、その競争はSNSにおける双方のイメージ戦略に如実に現れた(Beta and Neyazi 2019)。もっとも、図2で示されたように、インドネシアでは他の東南アジア5カ国ほどまだインターネットの普及は高いわけではなく、オープンリストの比例代表制導入、大統領直接選挙の導入など政党の役割を減少させる改革など選挙制度の変更が政党システムという制度の変更に影響を与えた点も重要である(Tomsa and Setijadi 2018)。

マレーシアでは統一マレー人国民組織(UMNO)率いる与党連合国民戦線(NF)が2018年選挙で敗北し、政権交代が発生した。選挙前後に党籍変更者が続出するとともに、政党の再編が進む。これまで民族的な亀裂をうまく利用した形で政権を維持してきたUMNOだったが、華人の離反だけではなく、国民の多数を占めるマレー人の離反が直接的な原因となって支持を急落させた。引き金となったのはナジブ前首相の政府基金着服疑惑である。この汚職疑惑は、マレーシアではブルシ(Bersih)と呼ばれる前例のない大規模な政権への抗議運動を生んだ。既存のメディアが政府の影響下にあるなかで、インターネットを通じた情報の拡散がこの手の運動を支えている5。そこにマハティール、アンワルという際立ったパーソナリティを持つマレー系の政治家が野党指導者として登場したことで、民族的亀裂から統治の質に選挙の争点が移っていった6。ただし、新政権発足後の議会補選ではUMNOの巻き返しが見られ、政党間の競争はかなり流動的になっている。政党システムの制度化の程度がかなり低くなったと言ってよい。

一方、そもそも政党システムの制度化の程度が低いと見られていたフィリピンでも、さらに政党の役割が低下する現象が見られる。フィリピンにおいて政党とは選挙ごとに生み出される短期的な政治家同士のグルーピングに過ぎなかったが、それでもパトロネージ分配のチャンネルとして政治動員に一定程度の役割を果たしていた。政党は政治家と政治家、そして政治家と有権者との間の交換関係を制度化したものであったことは間違いない。そうした役割は地方レベルでの選挙では依然として維持されているものの、大統領選挙や上院選挙など国政レベルの選挙ではすでに1990年代から変化が認められる。すなわち、候補者個人のパーソナリティへの注目が強くなっているのである。1998年の大統領選挙では社会階層間の対立を強く争点化したジョセフ・エストラーダが当選したが、一連の汚職スキャンダルによって2001年には都市中間層を主体とする辞任要求デモが発生し、失脚した。2016年の選挙ではかつて「ダバオのダーティーハリー」と呼ばれ、その暴力的な治安維持を売り物にしたドゥテルテが、麻薬取締を柱とした治安回復を掲げて支持を集めた。エストラーダとドゥテルテはいずれも政党基盤をもたず、単一化された争点を強調した。パーソナリティと争点の単一化はセットとなって有権者に提示され、それを後押しする運動型の政治動員が進められた。そしてこうしたイメージの拡散に既存のメディアとともに、特に2016年選挙以降ではSNSが大きな役割を果たしている(Cabañes and Cornelio 2017)。

フィリピン同様、クライエンテリズムが強く政党システムの制度化が弱いと見られていたタイでも変化がうかがえる。そもそも社会階層などの社会の亀裂に沿った形ではなく、集票マシンの集合体として構築されてきたタイの政党も離合集散を繰り返してきた。しかし、タクシンが登場し、東北部を中心とした農村への手厚い分配政策を推進したことで、反タクシンの都市中間層と親タクシンの農民層という社会階層による亀裂が意識されるようになり、それによって社会階層と政党の一致が図られた。これは政党システムの制度化への進展だったと見ることができる(Kuhonta 2015)。政治のパーソナライゼーションと政党システムの制度化が並行して進んだユニークなパターンである。この政党システムの制度化の進行の背景には小選挙区制度導入、首相の立場強化など1997年憲法が設定した多数決型の制度的枠組みの効果が強いと見られている(Hicken 2009)。しかし、2006年、2014年とタクシンおよびインラックを追放するクーデタによって軍が政治を支配するあからさまな軍政が生まれ、そこでは政治的競争が制約され、政党システムがその意味を失った。軍の強い影響下で実施された2019年の議会選挙では軍政支持か反対かが主たる争点となり、そこでは、タナトーンという若い実業家が主役となった。その内容は変わったものの、パーソナリティ、単一争点、社会運動型動員の特徴を持ったというところでは、新しい選挙政治のパターンに沿ったものだった。

シンガポールは唯一、政党システムの制度化が強固に維持されている事例となろう。外形的には目立った変化は見られない。ただし、2011年の総選挙での与党人民行動党(PAP)の大きな得票率減少は変化の兆しと見ることもできる。若い世代、あるいは中間層の間ではより多元的なシステムに対する選好が生まれている(Kawanaka forthcoming)。

おわりに

政治のパーソナライゼーションと単一争点をめぐる分極化、そしてそれらを軸にした社会運動型の政治動員。近年、国際的に見られる現象は、東南アジアの政治にも如実に観察されている。こうした現象は一体となったものであり、それを可能にしているのは、メディアの発達、特に最近ではインターネット、SNSといった新しい情報技術であり、さらには、これまで構築されてきた政治制度がその前提としてきた社会経済的な構造の急速的な変化である。  

こうした状況は、政治制度の脆弱化と表裏一体である。最も顕著にその影響が表れているのが政党システムである。政党は社会の諸集団の利益実現のチャンネルであった。政策にそうした利益を反映させるという西ヨーロッパ的な政党だけでなく、パトロネージの分配を柱としてきた政党も、利益の実現という意味ではその役割を担ってきた。しかし、組織に依存しない社会運動的な政治動員が可能になり、また、政党の基盤であった社会経済の構造が変化して政党と社会の間にズレが生じるようになって、少なくとも国政レベルでは存在感を失っている。  

政党システムに代表される政治制度の脆弱化は、競争の安定性を損ない、選挙政治の流動化を一層進める。民主主義はその時々の注目を浴びる争点によって揺さぶられ、安定的な利益の調整が難しくなる。それは民主主義に限らず、政党システムに依存する競争的権威主義でも支配の制度化が揺らぐことになる。そして、政治制度の脆弱化は選挙を繰り返すたびに進む。しかし、秩序を安定化させる手段は今のところ見当たらない。

写真の出典
  • 写真1 Jeromi Mikhael, A parade of the supporters of the Jokowi - Maruf Amin in the streets of Sudirman, Jakarta. [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)].
  • 写真2 Commonwealth Secretariat, A Muslim women playing with her smartphone in Kuala Lumpur. [CC BY-NC-ND2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/2.0/)].
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  • ―――. 2008b. "Political Party and Party System Institutionalization in Southeast Asia: Lessons for Democratic Consolidation in Indonesia, the Philippines and Thailand." Pacific Review 21 (3):327-350. doi: 10.1080/09512740802134174.
  • ―――. 2012. "Party Systems, Critical Junctures, and Cleavages in Southeast Asia." Asian Survey 52 (3):441-464. doi: 10.1525/as.2012.52.3.441.
  • United Nations, Department of Economic and Social Affairs, Population Division. 2018. World Urbanization Prospects: The 2018 Revision, custom data acquired.
  • United Nations Develpment Programme. 2019. Human Development Data 1990-2017.
著者プロフィール

川中豪(かわなかたけし)。アジア経済研究所地域研究センター長。博士(政治学)。専門分野は比較政治学。著作として『後退する民主主義、強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年(編著)、Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies, Singapore: Springer, 2016 (with Yasushi Hazama)など。

書籍:Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies

書籍:後退する民主主義、強化される権威主義


  1. 西ヨーロッパにおける低下する政党システムの制度化についてはChiaramonte and Emanuele (2017)。Levitsky and Ziblatt (2018)はアメリカにおける民主主義の衰退を描いたが、そこでの重要な要因として政党のゲートキーパーとしての機能低下を指摘している。
  2. 東南アジアで政党システムの制度化の度合いを示す標準的な指標は今のところ存在しない。Teorell et al. (2019), Coppedge et al. (2019)の一部にその指標が含まれているが、二つのデータセットの間での評価の乖離が大きい。Hicken and Kuhonta (2011, 2015)は選挙における得票の変動(electoral volatility)を計算しているが、例えばフィリピンなど党籍変更や政党の離合集散の大きいところで有効な数値を計算するのはかなり難しい。東南アジアの5カ国で言えば、観察によるより質的な評価で比較する方が現実的と思われる。
  3. スマートフォンではない携帯電話まで含めると、フィリピンは74パーセント、インドネシアは75パーセントが携帯電話を所有していると報告されている。
  4. Fossati, Muhtadi, and Warburton (2019)はインドネシアの有権者が政党よりも個人を支持していることを指摘するとともに、サーベイ実験によって、有権者の政策選好が誰を支持するかによって影響を受けることも示している。
  5. マレーシアでは伝統的なメディアへの信頼と現体制への信頼が正の相関にある一方で、インターネットメディアへの信頼が批判的な態度と正の相関にある(Gainous, Abbott, and Wagner 2018)。
  6. マハティールが穏健なマレー人中心主義であったことが政権安定の基盤であったがゆえ(Raina 2016)、マハティール、そして基本的な同じ立場のアンワルの登場が政権交代を可能にしたという理解になる。
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