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論考

中ロ台頭下のトランプ政権の対キューバ政策とキューバの選択肢

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2019年12月

(15,829字)

はじめに

トランプ米政権は、2017年6月と2019年6月の2度にわたり、オバマ前政権が緩和した対キューバ経済制裁を再強化した。2017年の制裁強化は、キューバの非民主的政権を支える革命軍に外貨(米ドル)収入を与えないため、という理由であり、キューバの現政権に対する締め付けが主な目的であると説明されていた。しかし2019年の再強化は、キューバのベネズエラ軍・治安維持組織への支援に対する懲戒であると説明されている。

この背後には、中南米における中国とロシアの勢力拡張という国際関係の変化がある。なぜなら、米国にとってはキューバよりも、ロシアと中国のキューバとベネズエラへの支援こそが脅威であるからである。中国の対ベネズエラ投資は対ラテンアメリカ諸国総額の約半分を占め、際立っている(The Dialogue, China-Latin America Finance Database)1。また、ロシアはベネズエラに戦闘機を輸出し(Roblin 2019)、軍事顧問も送り込んでいる(Reuters, September 26, 2019)。ロシアや中国とキューバはソ連崩壊・冷戦終結後も友好国であり、ベネズエラのマドゥーロ政権に対して、協力して支援している可能性が高い。

この、キューバの背後にロシアと中国という世界の大国が控え、ベネズエラの国内政治に介入している構図は、1980年代にキューバがニカラグアおよびエルサルバドルの内戦に介入したとき、キューバの背後にソ連が控えていた構図と非常によく似ている2。当時米国は、ニカラグアとエルサルバドルでキューバとソ連が肩入れする勢力に対抗するアクター(ニカラグアではコントラ、エルサルバドルでは同国政府)を支援し、内戦は泥沼化した。

他方、キューバのベネズエラ軍および治安組織への支援は、最近始まったことではなく、チャベス前大統領時代(1999年~2013年)の2002年から続いてきたとされる(Young and Faiola, 2019)。

しかし米国政府は2016年までキューバのベネズエラ関与を批判することはなく、逆に2015年にオバマ政権(当時)はキューバと国交正常化に踏み切り、経済制裁を一部緩和するなど、むしろキューバとの関係を改善する政策をとった。つまり、トランプ大統領のキューバ政策の変化は、キューバ自身が原因というよりも、キューバを取り巻く国際環境の変化であり、米国政府がこれらの変化を認識し、脅威に感じたことが大きいと考えられる。したがって、キューバ政府には選択肢はあまりなく、米国と中国やロシアとの関係が事態を決めていくことになる。

本稿は、以上の認識のもとに、トランプ政権の過去2年間の対キューバ政策の変化を振り返り、この変化が米国の外交政策が単にキューバの民主化を促進する政策から、中国とロシアの台頭による新たな国際環境の枠組みでの介入に変わったことを示し、最後にキューバ政府は中国とロシアに支えられているため、危機を回避するためにできる唯一の選択肢としての経済改革をあまり進めていないことを示してむすびとする。

写真:国連総会で演説するトランプ米大統領

2019年9月24日、国連総会で演説するトランプ米大統領。
ベネズエラのマドゥーロ大統領を 「キューバが送ったボディガードに守られ、自国民から隠れているキューバの傀儡」と非難した。
2017年6月~9月――中国・ロシアとの対立開始前の制裁強化

2017年1月に就任したトランプ大統領は、半年後の6月16日、オバマ前政権が大幅に緩和した対キューバ経済制裁を再強化する発表を行った。再強化策は2つあり、1つは米国民に対し、キューバ渡航の際は個人での渡航を原則禁止し、例外として認める12のカテゴリー3の渡航目的にかなう団体旅行のみを認めることである。これはオバマ前政権が緩和したものを緩和以前の状態に戻すことを意味した。もう一つは、キューバ革命軍および情報機関が所有するビジネスとの取引の禁止である。こちらはオバマ前政権の緩和を完全に戻すのではなく、軍および内務省が所有するビジネスに限り米ドルを稼がせない、という制限である。まずこの2つの変更について説明する。

オバマ政権のキューバ渡航緩和により、米国とキューバの国交正常化が発表された2014年までは年間9万~10万人だった米国人のキューバ渡航は、緩和が行われた2015年には16万人、さらに2016年には62万人近くまで急増した。これに伴い、米国以外の国からのキューバ訪問も増加、外国人のキューバ訪問は、年間3000万人足らずから4000万人を超すまでになった(ONEI, 2019)。トランプ政権はこの観光客増加を阻止したことになる。

2点目の軍ビジネスへの政策は、軍と内務省が共産党一党体制である革命体制の屋台骨であるという視点から、米国市民や米国企業がこれらの組織に外貨を稼がせることを防ぐ目的がある。2019年7月時点で、米国務省が利用を制限するキューバの国営組織は、革命軍および内務省が管轄する国営企業5社とその下部組織49社、ホテル104軒、観光代理業2社、マリーナ5カ所、ハバナ旧市街の10の店舗が含まれる(U.S. Dapartment of State 2018および2019)。業種によっては、キューバ国内の主要ホテル、外貨店、外国為替やガソリンスタンドなど、軍・内務省傘下にあるこれらの企業以外に選択肢がほとんどない。とくにキューバで合弁などの投資および貿易を行う企業は、これらの企業のどれかを使わずにビジネスをすることは不可能であり、この決定は事実上米国企業のキューバ投資を不可能にする。さらに米国政府との関係を悪化させたくない第三国の企業にとっても、キューバとの取引はリスクの高いものとなった。

それではこの制裁強化を行った理由について、トランプ大統領は何と言っているだろうか。 オバマ前政権は、キューバの民主化を促進するためには、両国民同士の草の根交流が必要だと考えた。相互理解を深めることで平和裏に民主化を促すことができるというわけである。しかしトランプ政権は、このオバマ政権のやり方は効果を上げていないと主張した。トランプはこの新政策を発表したマイアミ市での演説のなかで、1961年のピッグズ湾侵攻に参加したキューバ系退役軍人たちを前に、以下のように述べた。

「前政権の旅行と貿易に関する制限緩和は、キューバ国民を助けなかった。これらの政策変更はキューバ政府を豊かにしただけだ。キューバの共産主義体制は、米州地域に暴力と不安定を拡大させている。キューバ政府に対し、反体制派への弾圧を中止し、政治犯を釈放し、無実の人々を刑務所に入れるのをやめ、自らを政治的・経済的諸自由に開放し、米政府の法の裁きから逃亡した米国民をかくまうのをやめることを要求する。(中略)キューバがすべての政党を合法化し、国際的な監視のもとに行われる自由選挙を実施するまで、経済制裁を継続する。」トランプはキューバ国内の非民主的な政治経済制度を変えるために制裁を強化すると明言したのである。

「米州地域に暴力と不安定を拡大させている」「ラウル・カストロ政権は北朝鮮に武器を送り、ベネズエラをカオスにした」とも言っているので、キューバがベネズエラに介入してマドゥーロ政権を支援していたことも意識していた可能性はある。ただ、演説のなかでこれらの点に触れたのはその2カ所のみである(White House, 2017b)。

つまり、トランプ政権が2017年に経済制裁再強化を発表したときは、その主な理由はキューバの民主化を促進することであった。オバマ大統領の制裁緩和の理由は、50年以上強硬策をとり続けてもキューバの政権は倒れなかったので強硬策は効果がない、むしろ関与を強めることで民主化を促すことができる、というものであった。しかしトランプ大統領は、オバマのやり方はやはり効果がない、と説明している。キューバに民主化を求める点ではトランプやオバマの前のブッシュ政権と変わらず、ただその手段が異なるわけだ。このときのトランプの演説ではのちの2019年に見られた中国やロシアの脅威は言及されていない。

キューバが民主化するまでは経済制裁を継続するというこの論理は、1996年にヘルムズ=バートン法が成立したとき4と同じで、制裁という棍棒を用いてキューバの体制を変化させるという保守強硬派の議論を踏襲している。このトランプの制裁強化に反対する議論もやはり当時と同じで、たとえば民主党のワーナー(Mark Warner)上院議員は、キューバに対して人権尊重や民主化を求めていく必要性は認めながら、トランプ政権の締め付け政策は、キューバ政府よりもキューバ国民に困難を与えるものであるとして批判した(Merica, 2017)。非民主的なキューバの体制を変更することが目的と主張するトランプ政権にせよ、そうした強硬策がキューバの指導層よりも一般市民に損害を与えると主張する民主党にせよ、論調そのものは1990年代の対キューバ制裁強化の時代と変わっていない。

2017~2018年――米国の対中国・ロシア観の変化

前節で述べたトランプ政権1年目の対キューバ政策は、1年目の終わりの2017年末に発表された米国政府の対中国・ロシア政策の変化により、変質することになる。最初に、この米国の対中国・ロシア政策の変化について、ざっと振り返っておきたい。

この変化を最初に明言したのは2017年12月の国家安全保障戦略(National Security Strategy)で、同文書は、中国とロシアの軍事的台頭に初めて警戒を示した(White House 2017a, 8)。オバマ政権の安全保障戦略と比較すれば明らかで、2015年版では「中国の軍事的発展には注意を払うべきであるが、(米国と)同国との協力関係はかつてないほど緊密である。」と述べられている(White House 2015, 1)。2017年版では、米国が中国を支援してきたのは、中国を(政治的に――筆者注)自由化するためだったが、実際にはそうはならず、逆に汚職や権威主義体制を広め、米軍に次ぐ能力を備えた軍隊を育てたと述べる。そして軍の近代化や経済の発展は、中国が米国の大学を含む技術革新の経済にアクセスできたおかげだ、と主張している(White House 2017a, 25)。ロシアについても、米国の世界での影響力を弱め、同盟国を米国から引き離そうとしており、世界中の国々の内政に干渉しているとする(White House 2017a, 25-26)。

中南米地域においては、中国はこの地域の国々を自国の衛星国にしようとしており、ロシアは昔の冷戦政策を復活させ、キューバを支援していると書かれている(White House 2017a, 35)。ロシアのキューバに対する関与にも言及しているが、この時期にはまだ中国のキューバへの関与も、キューバのベネズエラへの関与にも言及していない。とくに中国の脅威についてさらに明白に宣言したのは、ペンス副大統領の2018年10月4日のハドソン研究所における演説(White House, 2018)である。

中国の脅威として説明されているのが経済的な脅威だけでないことは、ペンスが「中国は中国以外のアジア全部を合わせたよりも多くの軍事予算を費やして、陸、海、宇宙すべてにおける米国の軍事的優位を突き崩そうとしている」と言い、尖閣諸島の領海侵犯や南シナ海での人工島建設とそれらの島々でのミサイル設置、スリランカの港建設への投資などにみられるような、途上国を借金漬けにして建設したインフラの使用権を獲得する外交に言及していることからもわかる。中国国内の情報統制や先端技術を利用した国民監視、宗教弾圧、チベットでの抑圧やウイグルでの100万人の強制収容所送りにも言及し、中国の人権問題や市民的自由の抑圧を強調した。チベットやウイグルの問題は2018年のはるか前に始まったものであり、南シナ海や尖閣諸島などの領土帰属問題も昔からあるが、米国政府は敢えて批判しないできた。2018年10月にこれを公言することによって、米国は中国を自国と覇権を争う競合国とみなしたと考えてよいと思われる5。演説の翌日のニューヨークタイムズ紙はこの演説を、「もう一つの『鉄のカーテン』演説か」と述べ、「新冷戦」(a New Cold War)の語を用いた(Perlez, 2018)。

中南米地域と中国については、パナマ(2017年6月)、ドミニカ共和国(2018年5月)、エルサルバドル(2018年8月)と域内3カ国が相次いで台湾と断交し、中国と国交を樹立したことに警戒をしているとペンス副大統領は述べている。ペンスの関心は中国の軍事的・政治的影響力の拡大であり、長年台湾との国交を維持してきた中米・カリブ諸国の間で、中国に鞍替えする国が続々と出てきたことから、米国に地理的に近いこの地域での中国の勢力拡大に警戒心をあらわにしたことになる。

ペンス副大統領は2019年10月25日に首都ワシントンのコンラッドホテルで再び演説し、1年前のハドソン研究所での演説を振り返り、中国は経済的・戦略的競争相手であることを繰り返し確認し、知的所有権や南シナ海・尖閣諸島問題、新疆のウイグル弾圧問題に加え、2019年になってから発生した香港の民主化運動にも言及し、中国が米国の要求した項目に対してコミットし、公正な競争に参加するよう監視していくこと、米国は中国とよい関係を築いていきたいと考えているが、それは正直な対話と誠実な交渉によってのみ実現できると述べた(White House, 2019)。

2019年4月~6月――中ロ台頭によるさらなる対キューバ制裁強化

これらの中国、ロシアに対する米国の方針転換の直後から、トランプ政権の対キューバ制裁強化が進められた。2019年4月17日にボルトン国家安全保障担当補佐官(当時)は、マイアミでのピッグズ湾侵攻58周年演説で、キューバへの送金(親族あてのものを含む)を四半期ごとに1000米ドルを上限とすることを発表した。このボルトン演説は、先述したペンス演説のキューバ版ともいうべきものである。キューバ、ベネズエラ、ニカラグアを「専制のトロイカ(Troika of Tyranny)」と呼び、キューバ国民に集会、結社、表現の自由が認められるべきであること、キューバの抑圧を行う軍、治安、情報組織から米ドルを遠ざけるためにキューバへの送金に制限を課すと説明した。そしてオバマ前政権のキューバに対する関与政策を強く批判した。たとえばオバマ大統領は、2015年1月に米国の情報通信機器をキューバに輸出することを認めた。世界の情報へのアクセスを改善することでキューバの民主化を促進する目的である。しかしボルトンは、トランプ政権はこれを危険と判断してやめさせると言明した。

またボルトンは、オバマ前大統領は国交正常化を正当化するために、「キューバは我々の脅威ではない」と言ったことに触れ、オバマが目指したキューバ国民と米国市民の草の根交流を通じた民主化政策は、結局キューバ国民よりもキューバ政府に利益を与えてきたと批判した。キューバ政府は、米国との関係改善を利用して米州全体に影響力を行使し、イデオロギーを通じた「帝国主義」を広めているというのである。具体的にはベネズエラの「植民地化」であり、キューバはベネズエラで治安維持組織を訓練し、ベネズエラの一般市民を抑圧する戦術をマドゥーロ政権に教えたとする(U.S. Embassy in Cuba, 2019)。

ボルトン演説から2週間ほどたった2019年5月2日には、対キューバ制裁強化法であるヘルムズ=バートン法のタイトルIIIおよびタイトルIVの規定の効力を発効させることが発表された。タイトルIIIは同法が成立した1996年以来、半年ごとに大統領が効力発生を延期する文書に署名することで、事実上無効であったが、今回トランプ大統領はこの署名を停止することで1996年の法律制定以降初めてタイトルIIIを発効させた。この規定は、革命前に旧米国資産だった工場などに投資する外国企業に対し、元所有者が米国で損害賠償請求の訴えを起こすことを認めるものである。タイトルIVは、タイトルIIIでも対象となっている旧米国資産に投資している第三国の企業の幹部の米国入国を拒否する規定である。こちらも1996年にヘルムズ=バートン法が成立した当初、カナダ企業などごく一部の企業の幹部に適用されたが、その後はまったく適用されていなかった。今後旧米国資産に投資している第三国の企業の幹部は、再度米国入国を拒否される可能性が出てきた。

ベネズエラからキューバに優遇価格で供与されている原油に対しても、米国政府は圧力をかけ始めた。2019年1月28日、ベネズエラから搬出される石油を運搬する第三国の海運会社と、ベネズエラ石油を受け取るキューバ国営石油会社への制裁が始まった。2019年4月~5月にかけ、財務省はベネズエラ原油をキューバに運搬する海運会社8社と7隻のタンカーに経済制裁を科したと報道されている(Augustin, 2019)。2019年9月24日、米財務省は新たにベネズエラ原油をキューバに運搬する船舶4隻に対する制裁を発動したことを発表した。財務省長官ムニューシンはこの制裁について、「マドゥーロ政権のパトロンであるキューバは、抑圧的な治安組織と情報機関をマドゥーロ政権に与えることで、同政権に命綱を提供している。ベネズエラ石油はベネズエラ国民のものであり、独裁者が権力を維持し、同国の民主主義を損なうための取引材料として使われるべきではない」と述べた(U.S. Department of the Treasury, 2019)。

つまり2019年4月のボルトン演説から6月にかけて矢継ぎ早に発表された制裁強化政策、および9月のムニューシン発言は、すべて理由としてキューバとベネズエラの関係に言及している。しかしこのキューバとベネズエラの関係は、何もトランプ政権になってから始まったものではない。キューバがベネズエラに軍事顧問を送り、治安維持のためのノウハウを伝える合意をベネズエラのチャベス政権(当時)と結んだのは2008年5月とされており(Berwick, 2019)、10年以上前のことになる。しかし米国政府は当時この点を問題にすることはなく、2015年7月にはキューバとの国交正常化を実現し、逆に関係改善に動いている。

中国は2016年からベネズエラを抜いてキューバの最大の貿易相手国であるため(Frank, 2017)、米国との国交正常化が達成されたまさにこの時期に、中国はキューバと非常に緊密な関係を築き上げたことになる。またキューバ政府は、米国との国交正常化が実現する1カ月前の2015年6月には、中国との間で経済および軍事協力を行うことで合意している。ロシアはプーチンが大統領になった2000年代からキューバとの関係を改善し、経済・軍事協力を継続している。つまりキューバが中国やロシアと関係を強化したのは、米国と国交正常化が実現し、米国との関係が歴史的な雪解けムードにあったころであった。また「はじめに」で述べたように、ベネズエラも中国やロシアとの関係を強化している。米国が2019年になって急に中国やロシアとキューバの関係、およびキューバとベネズエラの関係を批判し始めたのは、米国政府の中国・ロシア観が、前項で述べた国家安全保障戦略の観点から大きく変化したと考えられるのである。

トランプ政権の政策のキューバへの影響

これらの米国政府の強硬策に対し、キューバ政府はどのように反応しているだろうか。2019年9月28日に行われたロドリゲス・キューバ外相の国連総会での演説では、米国がベネズエラのマドゥーロ政権を不当に転覆させようとしていると非難し、キューバがマドゥーロ政権を支えているという米国の批判については、「米国は反キューバ病にとりつかれている」と一蹴した。しかし直後の10月1日にAP通信とのインタビューに応じたロドリゲス外相は、両国関係の推移について、トランプ政権の強化策は、フロリダのキューバ系米国人の支持を得たいためであり、長期的には関係改善の方向に進むと非常に楽観している、オバマ前政権が確立した両国民の交流と親しみは、逆行することはないと述べた。ベネズエラの軍や情報機関への支援についてキューバは一切やっていないとして、その3日前の国連総会での演説と同様に全面的に否定したが、米国政府に対する批判よりも、長期的な前向きの展望を強調した。キューバとの関係を悪化させつつある米国政府に対してむしろ冷静さを保ち、関係再改善の用意があることを示唆しているように読める(Associated Press, October 1, 2019)。

ロドリゲス外相が指摘するように、大統領選を2020年11月に控えたトランプ大統領は、大票田であるフロリダ州のキューバ系の得票を気にしているはずである。2019年9月にボルトン補佐官は解任されたため、トランプ政権の対キューバ政策の緩和もありうるとの見方もある(Economist Intelligence Unit 2019, 17-18)。しかしたとえばベネズエラへの米国の武力行使の可能性は低くなったとしても、今回の変化の背後に、米国の対中国・ロシア観の変化がある以上、米国政府が中国やロシアの脅威が減少したと判断しない限り大きな緩和は考えられない。

トランプ政権の2017年からの制裁強化策により、観光業については、キューバ政府の発表によると、2017年にキューバに渡航した米国人は61万8千人だったが、2018年には40万8千人と、34%減少した。米国人だけでなく、カナダやイタリア、ドイツなど欧州諸国の訪問数も同様に減少しており、総数で30%減である。(図1)。トランプ政権の2017年の発表以来、キューバの観光業にかなり大きなダメージを与えていることがわかる(Sabatini 2019)。入手できるデータは2018年までなので、2019年の制裁強化のために、米国および世界からの訪問数がさらに減少する可能性もある。

図1 キューバに入国する外国人訪問者数

図1 キューバに入国する外国人訪問者数

(注)米国からの訪問者数には、キューバ系米国人の親族訪問を含まない。
(出所)キューバ統計局(ONEI 2010、2014,2017年版および2019年速報)

石油を自給できないキューバにとっては、石油の獲得は死活問題であり、2001年に始まったベネズエラからの優遇価格による石油供給は、キューバ経済にとって慈雨といってよかった。ベネズエラからキューバに提供される原油量は、推定1日4万~5万バレルで、10万~11万バレルであった2012年に比べ、半分以下に落ちている(山岡2019)。これらの数字はベネズエラの経済危機による減少であり、2019年の第三国の海運会社に対する制裁によって、キューバに入るベネズエラ原油がさらに減る恐れがある。

同様にトランプ政権は、米国に住むキューバ系市民の祖国への送金額も制限したので、オバマ前政権の関係改善によって年30億ドル(推定)にまで増えた海外送金(山岡2019)も減る可能性がある。海外からの送金は1990年代からキューバ経済を支える陰の大黒柱である。米国から直接送金できなかった時代にも第三国経由で送られていたため、今回の制限がどこまで送金額を減少させるかは不明であるが、送る側にとっては送金コストが上昇することは確実である。

さらにヘルムズ=バートン法の再発効により、2017年からキューバへの投資を原則禁止された米国企業だけでなく、欧州、カナダなどの第三国企業にとっても、キューバへの投資リスクが高まった。つまり、ベネズエラからの石油、観光業、海外からの送金、外国投資というキューバ経済を支える主要な柱のすべてにトランプ政権は打撃を与えようとしている。

米国からの制裁強化のために打撃を受けた経済を立て直すために、キューバ政府が今できることは大胆な経済改革である。しかし現状はこれには遠い。たとえば2019年7月には公務員など国営部門労働者147万人の賃金を一律400ペソ、平均37%上昇させ、平均賃金を1カ月634ペソ(並行レートで約26米ドル)とした。同時に自由市場での価格の上限を定めてインフレを抑制したのだが、価格統制を行えば市場に出される商品の量が減り、闇市場に流れるだけである6。またこれら国営部門の労働者の賃金を上げるために支出する予算増は、他の予算を削減することで捻出するとのことなので、医療・教育など他の分野が打撃を受ける。

またキューバは、1990年代から兌換ペソと非兌換ペソの二重通貨制度を維持し、2004年からは米ドルの流通を禁止してきた。しかし2019年10月15日に一部国営企業と一部の外貨店に限り、米ドルその他のハードカレンシーでの取引を認めると発表した。キューバ国民にキューバの(すべて国営の)銀行で外貨建て口座を開設できるようにし、クレジットカードで外貨建て支払いも認めるという。これらは実質的な経済の再ドル化であると海外から批判されている(Vidal 2019)。この政策変更の目的は、国民がインフォーマルに流通させている外貨を吸い上げることであり(Vidal 2019)、米国の制裁強化のためにさらに深刻になりつつある外貨不足に対応するための緊急避難的な政策とも考えられる。

このキューバ政府の緩慢な改革の進捗の背後には、大幅に減少したとはいえ、現在も続くベネズエラからの優遇価格での石油供与に加え、中国とロシアの支援がある。中国は、外貨準備が逼迫しているキューバに2000年代から寛大な扱いをしている。2011年に60億ドルもの債権放棄を行ったことが、2019年4月17日に英国の調査機関Development Reimagined and Oxford China Africa Consultancy(OCAC)から発表された。これは過去18年間の中国の全世界における債権放棄の6割近いという(OCAC, 2019, Rapoza 2019)。この中国のキューバへの優遇措置は、冷戦期にソ連が第三世界向け援助の半分をキューバに与えていた優遇措置と通じるものがある。ロシアも2014年にソ連時代の320億ドル分の債権放棄を行っており(The Guardian, July 10, 2014)、オバマ前政権時代に、中国もロシアもキューバに対してすでにかなりの特別待遇で取り込みを行っていたことになる。これらの海外からの支援あるいは取引のおかげで、キューバ政府は今もまだ、社会主義の原則に沿わない経済改革を行わずにいる。この中国、ロシア、ベネズエラとキューバの緊密な関係に、米国政府は改めて対抗する姿勢を示したといえよう。

むすび

2017年12月の「国家安全保障戦略」文書と2018年10月のペンス演説により、米国政府は中国とロシアに対する見方を改め、米国の安全保障上の脅威とみなすようになった。これに伴い、米国の対外政策は急激に、1991年以前の冷戦時代のそれに戻りつつある。米国の対キューバ政策についても、冷戦終結以来、キューバはもはや米国の安全保障上の脅威ではないので緩和すべきと思われてきたが、2019年4月のボルトン演説にみられるように、1991年以前の立場に戻りつつあるといえる。

キューバにとっては、米国が敵視し始めた中国は最も重要な貿易相手国であり、軍事的な協力で中国に先行するロシアも、伝統的な友好国である。産油国ベネズエラのマドゥーロ政権は、キューバ経済の要となる原油を低価格で提供し、さらにキューバが過去60年間掲げ続けてきた革命イデオロギーの信奉者であれば、こちらも非常に重要な友好国である。これに対して、米国は国交正常化によりキューバ経済にプラスの効果を与えたが、同時にオバマ前大統領は、キューバとの関係改善は関与によってキューバに民主化を促すためだと明言していた。トランプ政権は対キューバ政策を、冷戦型の北風政策に戻したが、その目的もやはりキューバの民主化である。つまりキューバ革命政権にとっては、常に民主化を迫る米国は誰が米国大統領になっても体制を不安定化させる危険な相手であり、そのような要求をしない中国やロシアのほうが接近しやすいのは当然である。

ロシアや中国がついている限り、キューバは米国の要求に部分的にでも応じる必要性は低い。他方今後もキューバに対する新しい強硬策がトランプ政権から発表される可能性がある。したがってこのカリブ海を舞台にした米国と中国・ロシアの対立構造は着々と定着していく可能性が高い。ただし、トランプ政権はキューバとの国交を再び断絶するなど、オバマ前政権が行ったキューバへの接近策のすべてを反故にすることはなさそうである。一定の緩和の糸を残しながら、中国とロシアが台頭する新しい国際関係のなかで、キューバに強硬策を示しつつ新しい関係を模索していくことになるだろう。

写真の出典
  • The White House, YouTube: President Trump Adresses the 74th Session of the United Nations General Assembly (Public Domain).
参考文献
著者プロフィール

山岡加奈子(やまおかかなこ) アジア経済研究所地域研究センターラテンアメリカ研究グループ長代理。修士(国際関係論)。専門は国際関係論、比較政治、キューバ地域研究、カリブ研究。おもな著作に、『ハイチとドミニカ共和国――ひとつの島に共存するカリブ二国の発展と今――』(共編著)アジア経済研究所(2018年)、『岐路に立つキューバ』(共編著)岩波書店(2012年)など。

書籍:ハイチとドミニカ共和国――ひとつの島に共存するカリブ二国の発展と今――


  1. インターアメリカン・ダイアローグのこの推計によれば、中国の対キューバ投資は2億4000万ドルで、対キューバ海外投資国のなかで1位である。ただこの額は中国の中対南米諸国向け投資額のなかでは少ない方である。中国の対ベネズエラ投資は672億ドルと、キューバ向け投資額の300倍以上で、中国の対中南米投資のなかで第1位である。
  2. 1970年代から80年代の中米紛争の時代に、キューバはニカラグアにおいてサンディニスタ民族解放戦線(1979年から政権党になる)を軍事的に支援し、また教育・医療などの支援も行った。これに対してレーガン米政権(当時)はサンディニスタ政権を打倒するため、ニカラグア国内の反対派を集めてコントラを組織、これを大々的に支援した。同時に、キューバはエルサルバドルの反政府左翼ゲリラ組織であるファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)を支援し、レーガン政権はエルサルバドル政府を支援して、FMLNを鎮圧しようとした。これらのキューバの中米介入を財政的に支えたのがソ連である。現在ベネズエラでは、キューバや中国、ロシアなどが支援するマドゥーロ政権と、米国やEU、日本、大多数のラテンアメリカ諸国などが支援するグアイドー暫定大統領が対立している。米国対キューバ・中ロ連合の構造は、中ロが組んでマドゥーロ政権を支援しているという意味で二極構造ではなく多極構造である点を除き、1980年代の中米紛争とよく似ている。
  3. オバマ政権の緩和前、米国市民のキューバ渡航は、以下の12のカテゴリーに該当するケースに限られていた。すなわち、①親族訪問、②米国政府の公務、③報道、④職業としての研究・国際会議、⑤教育および草の根交流(People to People travel)、⑥宗教、⑦公演、医療、ワークショップ、スポーツその他の競技、展覧会、⑧キューバ国民への支援、⑨人道プロジェクト、⑩民間財団・研究・教育機関の活動、⑪情報および情報機器の輸出入や移動、⑫現存する規則・ガイドラインに基づいた承認を得た輸出、の12項目のいずれかに該当することを、米財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control: OFAC)が認定して初めて、キューバ渡航が認められた。OFACの認定手続きには半年から1年かかるため、キューバ渡航の手続きには多大な時間と手間を要した。オバマ政権はこのOFACの審査を省略し、旅行者が自分で「12のカテゴリーに含まれる目的での渡航だ」と申請するだけで、キューバ渡航が認められることになったので、事実上観光での訪問が可能になった。
  4. ヘルムズ=バートン法の成立の経緯については、山岡2000を参照。
  5. ただし、オバマ前政権も、2015年10月26日に「航行の自由」作戦を実施し、南シナ海のスプラトリー諸島付近、中国が埋め立てた人工島の12カイリ以内に米艦隊を通行させた。中国の領土拡張の試みに対して、ようやく米国が軍事的手段を用いて抑止に立ち上がった象徴的な政策転換である。
  6. 2019年11月の筆者のキューバでの調査中、多くのキューバ人から闇市場の価格(外貨建て)が2倍、3倍に値上がりしたことを聞かされた。つまり公務員の賃金を大幅に上げ、自由市場での価格統制を行った結果、国民生活は逆に苦しくなったのだ。
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