文字サイズ

標準
国・テーマ インデックス
データ・リソース

アフリカにおける中国—戦略的な概観 (China in Africa)

3. 中国の新アフリカ政策は如何に始まったか

中国ではエネルギー供給に対する渇望が高まっており、その背景から近年、アフリカ大陸に対してもっとも活動的な外国勢力のひとつとして、フランスおよび米国と並ぶ位置に浮上した。2005年だけで、中国はアフリカへ、米国あるいはフランスが送った数の倍の閣僚レベルを派遣した。[David Shinn. “China’s Approach to East, North and the Horn of Africa,” China’s Global Influence: Objectives and Strategies (before the U. S.-China Economic and Security Review Commission), July 21, 2005]

1960年代から1970年代に、中国はアフリカにイデオロギーに基づく誤った進出を行ったが、その後1980年代から1990年代初頭には、米国とロシアの超大国間の冷戦により、中国はアフリカ大陸におけるメインプレーヤーではなかった。しかしながら、共産主義の崩壊および中国の市場主義経済への急速な変化は、貿易、新市場の開発および新しいエネルギー/一次産品資源の獲得に注目した、以前に比してはるかに明確な戦略的展望をもってアフリカに向かった。

1990年代後半までに、とどまるところを知らない天然資源への欲求および世界規模での新しい外交アプローチは、1960年代および1970年代に行ったアフリカとの取り決めの抜本的な再評価を必要とした。

1990年代の終わりまでに、全中国の主要な政策決定部門が、アフリカの方針について検討するために、いくつかのクラスター作戦会議を開催した。

アフリカに対する新しい防衛方針の基礎を立案するために、人民解放軍(PLA)軍事委員会が1998年に設置された。このプロジェクトに関与したのは、

  • Sun Qixiang 将軍-当時中国国防部外事局副局長
  • Xian Guangkai 少将-人民解放軍総参謀部(GSD)第二部諜報担当チーフ
  • Xu Xin 将軍-当時人民解放軍人事局次長
  • Dong Wanrui 中将-南京中国国際戦略研究所部門長
  • Luo Bin 将軍-当時中国国防部外事局長
  • Xu Huizi 将軍-前人民解放軍副主席

そこにMa Dianshung 少将(精鋭第15飛行部隊長)が含まれたことは、アフリカ大陸における平和維持作戦におけるアフリカ軍の役割の変化と、そのような作戦に西洋諸国が関係したくないと考えていることを、北京の軍事計画担当者たちがよく承知していることを示している。

委員会の「白書」は、米国およびその他の欧米諸国に対抗するため、アンゴラ、モザンビーク、ナイジェリア、ガーナ、ボツワナ、ナミビア、ジンバブエ、コンゴ共和国、DRC、カメルーン、ガンビア、ブルンジ、トーゴの軍隊に対するステップアップ訓練計画と同時に、アフリカ諸国に対する武器販売を積極的に増加する必要について中国政府に助言するものだった。

3.1. 国家安全部の会議

情報面においては、アフリカでの情報収集活動について検討するため、1999年7月後半に、国家安全部の後援を受けて、様々な安全保障機関を集めて共同地域会議が開催された。会議は、当時中国の情報局長であった退役軍人のXu Yongyueが議長を務めた。

会議で、国家安全部第17課(経済・金融情報を担当)(注)のTian Genren局長は、2000年~2003年の中国とアフリカの経済協定について115ページのマスタープランを提示した。これは最終的に、2000年10月に北京で開催された中国=アフリカ協議フォーラム(CACF)を召集する基礎を形作ることになった。

(注) 全体像は完全に明らかではないが、多くの情報機関はMSSが12の主な局と6つの独立した庁から構成されていると見ている。局は課に分割されている。上記で引用された第17課はjijandie (スパイ活動要員、データおよび機密資料収集者、予算と会計担当)とfen xijia (統計、コンピューター、分析技術などの専門アナリスト)を含んでいる。それはまたwangji wanghuo (あるいはinterwang、インターネットのこと)を専門に扱う特別なセクションをもっている。

この会議には以下の人々が含まれていた。国家安全部アフリカ情報収集ネットワークの主要人物であるWan Chun Xie、当時の朱鎔基首相府のトップ官僚、情報局のアナリスト兼内部アドバイザーである鄒家華、アフリカのすべての中国貿易経済使節団に情報局員を指名する調整委員会の委員長Cheng Yu Wei。

3.2 アフリカ閣僚会議

1999年後半に「中国アフリカ関係に対する21世紀の開発戦略」についての非公開セミナーが、中国アフリカ問題研究協会(CRSAA)の後援により開催された。外交部、対外貿易経済合作部(MOFTEC)の150人の政府高官、ならびに様々な学術的・技術的な研究所の研究者、中国のビジネスマンおよび海外在住の中国人が参加した。セミナーの目的は、中国アフリカ関係を強固にするため戦略計画を立てることであった。

このセミナーは、成功した北京会議や2000年10月に開催された中国=アフリカ協力フォーラム(CACF)につながるものになった。

CACF会議についての重要な意見は、当時アフリカ関係担当外交部副部長および人民代表大会外事委員会副委員長であったJi Peidingに率いられたグループによるものだった。このグループにはLiu Guijin(前駐南アフリカ大使、現スーダン駐在特使)とXu Jinghu(外交部アフリカ局長)がいた。

皮肉にも中国のアフリカ戦略は、アフリカの潜在的なエネルギー埋蔵量、およびアフリカ大陸が中東より長期的により安全でより確かな原油の供給源になりうる可能性についての、ブッシュ政権の戦略見直しと一致した。

両国の結論は同じだった。つまり、アフリカは中東に変わる現実的なエネルギー源であり、それぞれの国家安全保障の優先順位の中でアフリカの戦略的な重要性が高まり、アフリカ大陸は超大国競争の場となった。

目次