採用・募集情報

研究者インタビュー

藤田 麻衣(1996年入所 地域研究センター東南アジアⅡ研究グループ)

自由度の高い研究環境で新たなアプローチに挑戦

藤田 麻衣(地域研究センター東南アジアⅡ研究グループ)

私のこれまでの研究

入所後初めて配属された研究部門は、APEC研究センター(※)でした。ここで、ベトナムの対外経済関係について勉強を始めました。その後、先輩方が立ち上げた研究会に参加したり、自ら研究会を提案したりしながら、もともと関心があった産業や企業へと研究対象を広げていきました。
転機となったのは、2001年、2度目の現地調査でベトナムを訪れたことです。当時のベトナムでは、中国から低価格の模倣バイクが怒涛のように流入し、街中を縦横無尽に走り回っていました。1度目の訪問時にみたのんびりした街の様子が一変しただけでなく、瞬く間に新たな市場や産業が勃興するさまを目の当たりにし、大きな衝撃を受けました。

この産業には既存の統計はほとんどありません。大規模質問票調査では、部品取引関係や企業の能力形成といった私の関心事について正確な情報を得ることも困難でした。現地での聞き取り調査を中心に据え、およそ10年越しで地場や外資(日系、台湾系、中国系)の二輪車企業や部品企業の調査を重ねました。その成果は、2013年に英文単行書を出版するとともに、英サセックス大学から博士号(開発学)を取得しました。

近年では、企業セクターの変容やデジタル化といったテーマにも取り組んでいます。ベトナムの産業や企業についてのデータや情報源も格段に増え、質問票調査も活用していますが、現地での問題発掘や実態把握からスタートし、それを社会科学の枠組みでどう理解できるか考えることを大事にしています。

※APEC研究センターはかつてアジア太平洋協力会議(APEC)にかかわる研究を行うためにアジ研内に設立され、貿易・投資や経済技術協力についての研究会が組織されていました。

現地での聞き取り調査の様子

現地での聞き取り調査の様子

アジ研の研究環境

アジ研では、入所後に担当国を決めて本格的な勉強を始める人も少なくありません。現地語を習得し、ネットワークを築く上では、海外派遣制度による長期滞在が貴重な機会になることが多いようです。私も、海外派遣員として赴任したハノイでは、幼い子連れながら外国人向けのアパートではなく家を借り、なるべく現地の人とかかわりながら生活することを心掛けました。30歳近くになってからベトナム語の学習を始めたこともあり、かなり難儀しましたが、語学や聞き取り調査の経験だけでなく、現地での暮らしから学んだことは測り知れません。

研究を進めるうえでの自由度が高いことも、アジ研の特徴です。研究会は、研究者による自発的な提案を基本としており、形態や期間もさまざまです。所内での立ち話から研究の種が生まれ、メンバーを募って研究会の発足に至る、といったことも珍しくありません。共同研究や個人研究、科研費を組み合わせながら、腰を据えてひとつのテーマに取り組むことも可能ですし、働きながら博士号を取得する人も多くいます。私の場合、『アジア動向年報』や一般向けウェブ記事の執筆、講演や問い合わせへの対応といった仕事もありますが、やはり柱となるのは自らのテーマに沿った研究です。

ハノイの自宅の周辺。

ハノイの自宅の周辺。
車は通れない狭い路地の奥にあり、家を建てて貸すベトナム人と家を借りる外国人が共に暮らす地域だった。
再開発された現在は、すっかり様変わりしている。

三浦 航太(2022年入所 地域研究センターラテンアメリカ研究グループ)

アジ研で働きながら博士号を取得

三浦 航太(地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ)

研究職として入所後、所内研究会と並行して博士論文を執筆

地域研究センターラテンアメリカ研究グループの三浦航太です。2022年4月に入所しました。社会運動論(特に社会運動の政治的影響・帰結について)と、チリの社会・政治を専門としています。学部時代にチリに留学した際、大規模な学生運動を目の当たりにしました。そこで衝撃を受けたことが、私を研究の道へ、また社会運動論や地域研究の世界へといざないました。

私は入所前、博士課程を満期退学したのち、博士論文の執筆を進めながら、助教として大学に勤めていました。大学の公募にも何度か応募していましたが、その一方で、若手のうちに研究に没頭できる環境に身を置きたいとも考えていました。アジ研でラテンアメリカ研究に携わられてきた先輩方には、博士課程の時代からお世話になる場面が多かったこともあり、思い切ってアジ研の研究職採用に応募しました。

入所後は、所内研究会と並行して博論の執筆を進めました。アジ研の先輩方は、業務と博論執筆のバランスや、博論の進捗に常に気を配ってくださり、安心して業務と博論執筆を両立することができました。先輩方に進捗や目標を口に出して言うことで、自分自身に対して適度にプレッシャーをかけることもできたと思います。そのおかげで「チリにおける高等教育のパラダイム転換―学生組織、政治、社会の関係に着目した学生運動の政治的結果に関する分析」というタイトルで無事に博論を提出し、優秀学位論文賞をいただきました。

受賞式でのスピーチの様子

受賞式でのスピーチの様子。

アジ研に入って1年目の収穫は、何よりも、所内研究会を通じて自身の研究の世界が広がったことです。私の場合、入所した時点で博論が終盤に差しかかっており、ひたすらアウトプットを進めるという状況でした。一方で、所内研究会では、博論とはまた異なる様々なテーマについてインプットする機会となり、新しい問題意識や研究課題を見出すことができました。そうした新しい学びによって、博論を広い文脈の中に位置づけ直すこともできました。博論にとにかく集中する道もあったのかも知れませんが、多少きつくとも、並行して新しい研究テーマに向き合えたことは、今後のキャリアに必ず生きてくると思っています。

実は現在、現地調査でチリに滞在中!

さて、実はこの文章、現地調査で滞在中のチリの首都サンティアゴで書き進めています。今回の現地調査では、近年の社会運動や、社会運動から生まれた新しい政党について、関係者や研究者への聞き取りを行うほか、アーカイブや図書館での資料収集を行っています。また、空き時間には書店巡りもしています。私が研究する分野のチリの学術書の多くは、5年ほど前からだいぶKindleで読めるようになりましたが、知らなかった本に出会え、最新の出版動向が一目で把握できるのが、現地書店の変わらぬ魅力でもあります。

南米で最も高いビルGran Torre Santiagoから見たサンティアゴ市街地

南米で最も高いビルGran Torre Santiagoから見たサンティアゴ市街地

研究職としてアジ研に入所し、博論を書き終えて、研究者のキャリアとしては第二段階に入るところです。ここから数年は、引き続き所内研究会への参加を通じて、自身の研究の世界を深め・広げたいと思っています。また、博論を書籍化すると同時に、第一段階では達成できなかった、論文を英語やスペイン語でも発表することにも励んでいきたいと考えています。

高橋尚子(2021年入所 地域研究センター東南アジアI研究グループ)

入所後のサポートで心機一転、基礎から研究に取り組む

高橋 尚子(地域研究センター 東南アジアI研究グループ)

日本を対象とした研究から東南アジア研究の世界へ

地域研究センター東南アジアⅠ研究グループの高橋尚子です。2021年4月にアジ研に入所しました。現在はタイの動向事業を担当し,農村・農業分野に興味を持って研究に取り組んでいます。

私は,国内大学の農学研究科修士(農業経済)を修了してすぐにアジ研に就職しました。就職活動では,博士課程進学を金銭的な問題等で早々に諦め,大学院の分野と関わりをもてそうな自治体向けのコンサルやシンクタンク,メーカーを受けていたところ,アジ研の修士卒研究員募集をSNSで知りました。もともと農学を志したきっかけが飢餓問題に触れたことだったので,途上国の事業や研究にも興味があり,応募を決めました。

しかし,その後内定の連絡をいただいた時は,本当に地域研究の研究者になれるのだろうか,という不安がありました。というのは,まだまだ研究技術は未熟だと感じていましたし,自身の修士論文は日本を対象にしており,タイや東南アジアについて研究の土台となる知識はほとんどなかったためです。確かに学ぶことは多いですが,入所後は心機一転して基礎から研究に取り組めていると感じており,周囲の先輩方からたくさんサポートをいただいています。

入所後は個室もしくはブースが与えられ、研究に集中して取り組めます。

入所後は個室もしくはブースが与えられ、研究に集中して取り組めます。

刺激が多く、学びの溢れる日々。タイ語の勉強も一から。

アジ研で過ごして1年たち,コロナ禍でなかなか現地に渡航できない現状が少し残念であるものの,少しずつ土台作りをしている最中です。研究分野が近い先輩にチューターとしてついてもらい,定期的に基礎理論や関連論文について勉強しているほか,所内外のタイ研究者の方との勉強会を開催していただき,学びが多い日々です。

アジ研は同じ国や地域に関わる研究者の先輩が多く所属しているので,自身の研究分野以外の話を聞き,議論できることがかなり刺激的だと思います。コロナ禍でなければ先輩の現地調査に同行する研修制度もあり,さらに研究員間では分野や地域も違う方とも,年次や役職に関係なく議論をし,アドバイスをもらえるフラットな関係性だと実感しているので,そのあたりは大学院と雰囲気が異なるかもしれません。これから新人の研究員の方が増えてきたら,分野や地域をまたいで,ぜひ一緒に基礎理論などの勉強会を開催したいです。

また,地域研究は現地語での調査や資料読解が必須なので,所内の研修制度を利用してタイ語の語学学校に通い始めました(現在はオンライン授業です)。アルファベットを使わない言語の習得は初めての経験で,一文字の読み書きに1分かかるような状態から始めましたが,近い将来,現地調査や海外派遣に行くことをモチベーションに楽しく学んでいます。

年次や役職に関係なく議論をし,アドバイスをもらえるフラットな関係性

年次や役職に関係なく議論をし,アドバイスをもらえるフラットな関係性

研究は自分のペースで。タイ農村への現地調査を目標に。

今のところ,研究のペース感は修士学生のころとあまり変わっていない気がします。研究職員は裁量労働制が適応されるので,柔軟に出勤時間を調整でき,朝が弱い私のような人間にも優しい勤務体制になっています。

日々の業務では,毎年出版される『アジア動向年報』の執筆が大きな仕事になりますので,だいたい午前中に現地新聞やメディアで情報収集して日誌を付け,各種政策の整理をします。午後から本や論文を読んだり,勉強会の準備をしたり,提出する原稿がある場合は文献を探し,執筆を行っています。午前中の情報収集で引っかかることがあれば,午後にかけてその背景を調べていることもあります。

入所してはじめて執筆したのは『アジア動向年報』のバンドル版(一国の動向年報を10年分まとめる新企画)の概論で,先行文献や統計を参考にしながら,曲がりなりにも2010年代のタイ経済を見渡しました。一つの国について点でとらえる以上に,一連の線,そして面でとらえることの難しさを実感したと同時に,地域研究の奥深さを垣間見た仕事でした。今は,コロナ禍の制限緩和を待ちつつ,タイへの理解を深め,現地の農村に足を延ばせるよう研究計画を練ることが目標です。

研究所図書館には貴重な現地の新聞・書籍があり、研究には欠かせません。

研究所図書館には貴重な現地の新聞・書籍があり、研究には欠かせません。

水野祐地(2021年入所 地域研究センター東南アジアI研究グループ)

担当した仕事が自分の研究に直結

水野 祐地(地域研究センター 東南アジアI研究グループ)

研究業務を行いながら博士号取得を目指す

はじめまして。地域研究センターにて研究員をしている水野と申します。2021年に入所し、インドネシアを担当国として政治について研究を行っています。もともと、修士の頃からインドネシアの政治について関心を持っており、そのまま博士課程に進学する予定だったのですが、アジ研が修士卒の募集を行っていると耳にして、応募してみたというのが入所のきっかけです。

アジ研の名前は私が学部生だった頃から聞いたことがあったのですが、当時は修士卒の募集が行われていなかったこともあり、入所するのが難しい研究機関であるとのイメージを持っていました。しかし、14年ぶりに修士卒の募集が行われるようになったうえ、入所してからも研究所の業務をこなしながら博士号の取得が可能であると聞いて、「この機会を逃す手はない」とダメ元で応募しました。

研究ブースにはすでにたくさんの資料が。

研究ブースにはすでにたくさんの資料が。

担当した業務の経験が、自分自身の研究の深化に

入所してからは、自分が想像していた以上に研究環境が整備されていて、与えられた業務をこなしながら、思う存分研究に打ち込むことができています。私の場合、現在の主業務はインドネシアの政治と経済の動向を追い、『アジア動向年報』と呼ばれる年報のインドネシアの章を執筆することです。そのため、毎日現地メディアを読み込み、時事の背後にある政治・社会問題や経済課題について、現地の人々の目線に立って理解するようにしています。

この業務をこなしていくだけでも、自分の研究内容と深い関わりがあり、それをさらに深化させてくれるものなのですが、それに加えて、自分が関心を持っている研究テーマについて資料や文献を読み込んだり、チューターの指導の下でディシプリンを勉強して基礎作りを行っています。

また、アジ研では業務の一環として科研費プロジェクトの実施が可能であることも大きな強みだと思います。2021年は新型コロナウイルスの影響で現地調査ができませんでしたが、その分の研究費で図書や資料を収集したり、PCなどの機器を整備したりすることができました。

アジ研の業務をこなすうえで根幹となるのが、担当国の言語の習得ですが、私の場合、学部の頃にインドネシアへ留学を行うなどして基礎を習得したことがあったため、入所後は研修費を使って個人講師とのプライベートレッスンを受けて、より高い語学力を身につけられるよう勉強を続けています。

さらに、アジ研内には非常に多様な国・地域の専門家が集まっているので、異なる国の専門家の方々との交流を通して、自分の担当国を観察するだけでは気づけなかった新しい視点を学ぶことができます。研究所の調査費で担当国以外の国々も訪問できるので、新型コロナウイルスの感染が落ち着いたら、是非ともこれまで訪問したことがなかった国々を訪れ、比較材料として異なる国・地域の事情を観察してみたいと考えています。

同じインドネシアを研究する濱田開発研究センター長と。フラットに相談できる雰囲気の組織です。

同じインドネシアを研究する濱田開発研究センター長と。フラットに相談できる雰囲気の組織です。

成果発信の機会を生かして

アジ研の研究員にとって最も大事なタスクのひとつが、研究成果や報告書の発信です。私の場合、『アジア動向年報』の執筆が主業務ですが、その前の段階として入所後最初に執筆したのが、『IDEスクエア』と呼ばれるアジ研のウェブ・マガジンに投稿した記事です。私が執筆した記事では、2021年のインドネシアを振り返った時に特に重要な政治問題として政府による市民社会に対する圧力があったため、これに関する現地の動向を整理し、問題となっている法律や現地の人々の声を取り上げました。

今後の私の課題は、博士号の取得に向けて研究課題を設定することです。 修士卒でアジ研に入所しても、博士課程にて調査を実施したり論文の執筆を行うスキルを習得したりする重要性は変わらないので、アジ研で働いている強みを生かしながら取り組めるテーマを探っていきたいと考えています。

研究所図書館は最大限活用しています。

研究所図書館は最大限活用しています。

山田七絵(2003年入所 新領域研究センター環境・資源研究グループ)

自分の研究に集中できるのがアジ研の魅力

山田 七絵(新領域研究センター 環境・資源研究グループ)

──農業経済や環境問題がご専門とお聞きしています。関心をもったきっかけは何ですか。

子どもの頃から環境問題、とくに生物多様性の問題に興味がありました。環境問題と途上国の貧困問題が深くつながっていることに気づき、大学と大学院は農学部で農業・資源経済学を専攻しました。学生の時は、島根県や北海道など日本の農村をフィールドにしていました。大学院の指導教官の中国との共同プロジェクトで雲南省に行く機会があったのですが、長江上流では計画経済時代の無理な農地の開墾や森林破壊が原因で大規模な土壌浸食が起こっていました。自然のスケールの大きさと、山間のわずかな土地で懸命に生きる人々の姿に衝撃を受けました。その時、途上国研究をするなら中国だと思い、アジ研入所時にそのように希望しました。

──アジ研に入ったあとの仕事の様子を教えてください。

最初は中国語もできなかったので、経産省の受託研究をする部署に配属されました。インドネシアの投資環境やラオスの林業について、英語で調査して論文を書きました。この経験は中国研究を始めた後も、中国の事例を相対化するために役立ったと思います。

並行して、自分の本来の関心である農業や中国の環境問題をテーマとした共同研究会に参加し、先輩方から研究の進め方や論文の書き方を学びました。とくに、タイ農村研究者の重冨真一さんからは、論理的な文章の書き方からリサーチクエスチョンの立て方、現地調査の方法、論文のまとめ方まで、地域研究の基礎をたたきこんでもらいました。このほか若手を対象としたアドバイザー制度が当時はあり、研究の方向性について定期的に指導を受けたり、原稿にコメントをもらったりしました。語学研修や所内の自主勉強会にも参加しました。

その後、北京と青島での在外研究を経て本格的に中国研究の道に入りました。

──アジ研に入ったあとに博士課程にも進まれていますね。

腰を据えて少し大きなテーマに取り組みたいと思い、博士号の取得を目指しました。研究所の支援制度を利用できたこと、業務の現地調査で集めたデータや研究成果を利用して博論を執筆することができたのは大きなメリットでした。数年後、博論をベースとした単著『現代中国の農村発展と資源管理』(2020年)を出版することもできました。

──アジ研を目指す修士号取得者の方々に向けてメッセージをお願いします。

アジ研では仕事として研究に専念できます。研究テーマは比較的自由に設定することができ、人間関係もフラットなので、わりと自分のペースで研究を進めることができます。2年間の海外派遣制度があるのも恵まれていると思います。

ただ、論文執筆のノルマもあるので、常に自分で新しい研究テーマを見つけ、成果を出し続けるための好奇心と向上心が必要です。また、途上国での調査はなにかとうまくいかないことも多く、論文の執筆は大変なので、心身ともにタフな人がいいと思いますね。

湊一樹(2006年入所 地域研究センター南アジア研究グループ)

いろいろなテーマに楽しんで取り組む姿勢が大事

湊 一樹(地域研究センター 南アジア研究グループ)

──研究者という職業をめざすことになったきっかけは何ですか。

高校生の頃、進路について話すとき「研究者になりたい」と言った覚えがあります。当時、地理、歴史、英語といった科目が得意だったので、経済学を勉強するのには向いていたかもしれません。

大学は経済学部に進学しました。ゼミの指導教員は数理経済学が専門だったのですが、開発経済学のテキスト(Debraj Ray, Development Economics, Princeton University Press, 1998)を輪読したのがきっかけで、経済開発の問題に興味を持つようになりました。修士課程は、その著者のレイ先生が教鞭をとっていたボストン大学に進み、開発経済学を専攻しました。

──インド研究を始めたきっかけは何でしたか。

アジ研の採用試験に合格してすぐに、インドを担当するよう打診がありました。それまでインドには一度も行ったことがありませんでした。当時同僚だった久保研介さんにインドの製薬産業に関する研究会に誘ってもらい、その現地調査でインドに連れていってもらったのが初めての訪問でした。まだインドについて何も分からない頃、インドの政治経済のことを勉強するために先輩の近藤則夫さんが輪読会を開催してくれたりもしました。2012年からは2年間、海外派遣でデリーに滞在し、インドでの在外研究に従事しました。

インド政治の研究をされているアジ研OBの佐藤宏さんには、いまでもよく質問をしたり、書いたものを読んでもらったりしています。研究に対する姿勢の厳しい方なので、きちんと準備してから質問するようにしていますし、いい加減なものを書くわけにもいかないので気が引き締まります。

──1日のモデルケースを教えてください。

午前中は原稿を執筆する時間にあてるようにしています。午後は、インドや南アジア関係のニュースをチェックしたり、論文や学術書を読む時間にあてたりしています。ただ、インドに関する情報は、新聞、雑誌、ネットメディアと多岐にわたって発信されますし、トピックも多いのできりがありません。カレントな情報の収集と学術的な作業のバランスにはいつも悩んでいます。研究以外では、『アジア経済』の編集委員をしたり、事業関連の委員会の仕事などもしたりしています。

──アジ研を目指す修士号取得者の方々に向けてメッセージをお願いします。

アジ研は、組織もフラットですし、自分のやりたいテーマを研究できます。発表媒体も、学術論文から一般向けの記事、ウェブサイトでの発信といろいろと選べるのがいいところです。

問題意識や研究関心は広く持っていた方がいいと思います。共同研究が仕事の中心にあるので、いろいろなテーマに楽しんで取り組める姿勢、柔軟性が大事ではないでしょうか。

道田悦代(2001年入所 新領域研究センター環境・資源研究グループ)

出産・育児や家庭生活との両立

道田 悦代(新領域研究センター 環境・資源研究グループ)

──育児をしながら研究の仕事に従事してきた経験を教えてください。

アジ研は、女性・男性問わず、妊娠・出産、育児をしながら仕事を続けるための環境が整っています。しかし、私が子育てを始めた当時はそうではありませんでした。アジ研に入って数年後、国際機関に籍をおいて2年間在外研究をし、その後子どもが誕生しました。産休・育休をとり、子どもが生後10カ月の時に仕事に復帰しました。当時はまだ出退勤の時間が固定されていたので、勤務時間が終わるとすぐに帰路につき、夕食の買い物をして、なんとかお迎えの時間に間に合うように保育所に滑り込む生活でした。保育所時代はよく熱を出す子だったので、保育所からお迎えに来るよう電話がある度に年次有給休暇をとって駆けつける生活のなか、研究時間を確保するのは大変だった記憶があります。

──いまでもその苦労は変わりませんか?

いま子育て中の研究者は、そのような苦労は減っています。裁量労働制が導入されており、勤務時間帯であれば出退勤時間は自由です。例えば、子どもを朝病院に連れて行ってから出勤したり、仕事を終えてから夕方小学校の保護者会活動に参加したりすることもできます。このほか、子どもが就業前であれば、予防接種休暇や看護休暇が用意されています。また、新型コロナウイルス感染症が広がる以前から在宅勤務も導入されています。在宅勤務には日数の上限がありますが、新型コロナの流行で妊娠中や持病があるような場合の配慮を含め、柔軟に運用されています。子育てで時間の制約が厳しい時期に、自由度が高く研究に集中しやすい環境が整ったことで、かなり助かっていると思います。育休は、女性研究者だけでなく、何人もの男性研究者が取得しています。

(注)裁量労働制は2010年4月、在宅勤務制度は2019年3月に導入されました。直近の5年間(2016~2020年度)でみると、女性職員の育休取得率は100%(12件)で、男性職員の育休取得も4件あります。

──海外出張に行く際はどうしているのですか?

アジ研では、調査や会議、学会などで海外出張に行く機会も多いですが、子どもが小さい時には心配かもしれません。しかし、出張回数や時期、期間は各人の研究スケジュールとの兼ね合いで決めることができます。同僚と話をしても、それぞれ子どもや家庭の状況をみながら計画して、出張と子育てを両立しています。担当する授業が決まっている大学教員と比べると、時間や出張の自由度はアジ研の研究者の方が高いかもしれません。新型コロナ禍の現在は、途上国にもつネットワークを活用しながら、オンラインで調査をしたり、国内外の会議に参加したりして研究を進めています。

──在外研究(海外派遣員)にはお子さんを連れて行ったのですか?

ほとんどの研究者が、フィールド調査や研究研鑽のため2年間海外に赴任します。その時期や場所は自身の研究テーマや目的に沿って選びますが、家族の状況も考えながら希望を出すことができます。私は子どもが小学校低学年の時に、2度目の在外研究で客員研究員としてアメリカの大学に行くことを決め、所内で応募しました。1回目の海外赴任は単身でしたが、2回目は子どもと二人での赴任でした。赴任にあたっては、ビザの手続きや赴任先での生活や住居に加え、子どもの学校や医療に関する情報収集などもあり、単身の時よりも準備はずっと大変でした。しかし、帯同する家族の手当や学費の補助、保険や健康管理休暇など、海外赴任をサポートする制度が用意されています。私の場合、子どもが現地の公立小学校に入り学費の問題はありませんでしたが、赴任国によっては現地校ではなく日本人学校やインターナショナルスクールを希望する人もいます。その場合学費が高くなりますが、学費の支援策が用意されています。

配偶者が海外赴任をする同僚もいます。アジ研では、男性・女性問わず、また子どもがいるかいないかにかかわらず帯同休業をする職員もいて、ライフスタイルが多様になるなか、様々な選択肢が可能です。

──子育てや家庭生活との両立は大変ではありませんか?

アジ研では女性・男性問わず、子育てや家庭と仕事を両立し、楽しんでいる先輩や同僚がたくさんいます。私のように女性研究者が子どもをつれて海外赴任することも珍しくありません。世界各国で様々な経験をしてきた研究者がいますから、わからないことや心配なことは、研究仲間に聞いてください。多様な答えが返ってくると思いますが、きっと助けになると思います。

雷蕾(2014年度入所  新領域研究センターグローバル・バリュー・チェーン研究グループ)

2年間の在外研究が魅力

雷 蕾(新領域研究センター グローバル・バリュー・チェーン研究グループ)

──簡単な自己紹介をお願いします。

私は中国で育ち、米国に留学して応用経済学を学びました。さらに、マニラのアジア開発銀行でインターンをしながら低所得国のグローバル・バリュー・チェーン参加について、ベルギーでは客員研究員として欧州の貿易政策を研究しました。アジア経済研究所には2014年から勤務しています。

──どのような研究をしていますか。

今まで私は農業経済学、国際貿易論、開発経済学を研究してきました。なかでも関心を持ってきたのは、農業と食糧の国際サプライチェーンと持続可能な農業の二つです。例えば、貿易相手国同士で農業食糧サプライチェーンの標準・規制が普及する過程、食糧生産・消費の環境的側面などを取り上げました。また、アジ研の同僚たちとセッションを組んで、WTOのパブリックフォーラムや気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCC)のCOPコンファレンスといった国際的な場での成果発信にも取り組んできました。

──研究で心がけていること、アジ研の魅力、そして今後の抱負についてお聞かせください。

研究のアイディアを研究計画に仕立てる最初の一歩として先行研究レビューを大事にしています。アジ研では現地を調査する機会がたくさんあります。こうした機会を使ってデータ収集のための調査をしたり、さまざまな関係者と会うことで、自分の研究が現実世界の問題を解決するうえで役立つか確認できます。研究所の同僚と議論を重ねることも、とても有用だと思っています。また、アジ研の魅力に、多くの研究者が二度経験する2年間の在外研究があります。海外の大学や研究機関に滞在して行う在外研究の機会は貴重です。私自身は、農産物基準策定を世界的にリードしている欧州の研究機関で、農作物の国際貿易ルールに関する研究を深められればと考えているところです。

菊池啓一(2014年度入所  地域研究センターラテンアメリカ研究グループ)

トップジャーナルに挑戦したい

菊池 啓一(地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ)

──簡単な自己紹介をお願いします。

もともとサッカー観戦が好きでヨーロッパや南米に興味を持っていたのですが、大学3・4年のラテンアメリカ研究のゼミで研究を続けたいと思ってしまったのが運の尽きで(笑)、研究の道に入りました。修士課程までは慶應義塾大学で、博士課程ではアメリカのピッツバーグ大学でラテンアメリカ政治を勉強し、帰国後筑波大学を経て2014年4月からアジア経済研究所で働いています。専門は比較政治学・政治制度論でして、主にアルゼンチンやブラジルをフィールドとして、議会や予備選挙の機能などといった制度的側面を中心に研究を進めています。

──大学での勤務経験もお持ちですが,職場としてのアジ研は,いかがですか?

やはり大学と比べるとアジ研の方がスケジュールの拘束が少ないと思います。例えば講義や入試業務等がありませんので、現地調査に行く時期は比較的自由に選ぶことができ、昨年は所内研究会と自分の科研費プロジェクトとの按分出張で計1か月半現地に滞在しました。また、充実した図書館があることや、他の研究者のキャレルや個室を気軽に訪れて色々相談できる「文化」があること、似たような関心をもつ研究者と気が向いたら勉強会を開けること、などもアジ研の特徴かなと思います。そして、他の研究者がお土産に買ってきてくれる世界各国のお菓子を味わえるのも、隠れた魅力です(笑)。

──今後の抱負をお聞かせください。

昨年度は自分の博士論文を英文単行書として出版するための所内研究会をしていたのですが、佳境に差し掛かりつつあるその出版作業をきっちりと完了させることが目下の課題です。それから、そろそろ海外派遣員制度でブラジル・アルゼンチンに長期滞在ができることを期待しているのですが、その成果は海外のトップジャーナルに絶対載せたいです。また、折角アジ研にいますので、他の研究者と「遊び心のある研究」にもチャレンジできたらなと思っています。

今井宏平(2016年度入所 地域研究センター中東研究グループ)

現地感覚と方法論を身につける場

今井 宏平(地域研究センター 中東研究グループ)

──簡単な自己紹介をお願いします。

中学時代の1995年にイスラエルのイツハク・ラビン首相暗殺に衝撃を受けたことがきっかけで中東の国際政治に関心を持ちました。大学時代は国際関係論の基礎を学び、大学4年時のトルコ旅行を機に本格的にトルコ外交の研究者を志しました。大学院時代にトルコの中東工科大学に約5年間留学し、博士号(国際関係論)を取得、帰国後、日本でも博士号(政治学)を取得しました。日本学術振興会特別研究員を経て、2016年4月からアジア経済研究所に勤務しています。

──どのような研究をしていますか。

現代トルコの外交政策を研究しています。トルコは地理的に中東、ロシア、南コーカサス、ヨーロッパに隣接するとともに、NATO加盟国、EU加盟交渉国で、常に国際政治の最重要問題の最前線に位置する国です。そのため、トルコの外交は非常に多面的で活発です。こうした「複雑怪奇な」トルコ外交を、国際関係論の枠組みからどのように説明できるかを研究課題としてきました。その中で明らかになったことは、トルコの政策決定者が常に地域秩序と国際秩序を意識した外交を展開していることです。2015年に出版した『中東秩序をめぐる現代トルコ外交』ではそうした外交を描きました。

──研究において心がけていることは何ですか。

常に現地感覚を保つことと社会科学の方法論を意識することです。国際的な水準で考えれば、地域研究者は現地の事情と方法論の両方をハイスペックで備える必要があります。 現地感覚を保つためには、年に数回必ず現地に足を運びとともに、現地の新聞などを通じて情報に常に敏感でなければなりません。アジア経済研究所は独自の研究会制度があるとともに科研費の取得も認められており、現地に足を運びやすい環境にあります。また、図書館には、トルコ語の新聞が置かれています。加えて、在籍する研究者は方法論の習得、開発にも非常に力を入れています。アジア経済研究所は発展途上国研究にうってつけの環境を有しています。