採用・募集情報
研究者インタビュー
藤田 麻衣(1996年入所 地域研究センター東南アジアⅡ研究グループ)
自由度の高い研究環境で新たなアプローチに挑戦
私のこれまでの研究
入所後初めて配属された研究部門は、APEC研究センター(※)でした。ここで、ベトナムの対外経済関係について勉強を始めました。その後、先輩方が立ち上げた研究会に参加したり、自ら研究会を提案したりしながら、もともと関心があった産業や企業へと研究対象を広げていきました。
転機となったのは、2001年、2度目の現地調査でベトナムを訪れたことです。当時のベトナムでは、中国から低価格の模倣バイクが怒涛のように流入し、街中を縦横無尽に走り回っていました。1度目の訪問時にみたのんびりした街の様子が一変しただけでなく、瞬く間に新たな市場や産業が勃興するさまを目の当たりにし、大きな衝撃を受けました。
この産業には既存の統計はほとんどありません。大規模質問票調査では、部品取引関係や企業の能力形成といった私の関心事について正確な情報を得ることも困難でした。現地での聞き取り調査を中心に据え、およそ10年越しで地場や外資(日系、台湾系、中国系)の二輪車企業や部品企業の調査を重ねました。その成果は、2013年に英文単行書を出版するとともに、英サセックス大学から博士号(開発学)を取得しました。
近年では、企業セクターの変容やデジタル化といったテーマにも取り組んでいます。ベトナムの産業や企業についてのデータや情報源も格段に増え、質問票調査も活用していますが、現地での問題発掘や実態把握からスタートし、それを社会科学の枠組みでどう理解できるか考えることを大事にしています。
※APEC研究センターはかつてアジア太平洋協力会議(APEC)にかかわる研究を行うためにアジ研内に設立され、貿易・投資や経済技術協力についての研究会が組織されていました。
現地での聞き取り調査の様子
アジ研の研究環境
アジ研では、入所後に担当国を決めて本格的な勉強を始める人も少なくありません。現地語を習得し、ネットワークを築く上では、海外派遣制度による長期滞在が貴重な機会になることが多いようです。私も、海外派遣員として赴任したハノイでは、幼い子連れながら外国人向けのアパートではなく家を借り、なるべく現地の人とかかわりながら生活することを心掛けました。30歳近くになってからベトナム語の学習を始めたこともあり、かなり難儀しましたが、語学や聞き取り調査の経験だけでなく、現地での暮らしから学んだことは測り知れません。
研究を進めるうえでの自由度が高いことも、アジ研の特徴です。研究会は、研究者による自発的な提案を基本としており、形態や期間もさまざまです。所内での立ち話から研究の種が生まれ、メンバーを募って研究会の発足に至る、といったことも珍しくありません。共同研究や個人研究、科研費を組み合わせながら、腰を据えてひとつのテーマに取り組むことも可能ですし、働きながら博士号を取得する人も多くいます。私の場合、『アジア動向年報』や一般向けウェブ記事の執筆、講演や問い合わせへの対応といった仕事もありますが、やはり柱となるのは自らのテーマに沿った研究です。
ハノイの自宅の周辺。
車は通れない狭い路地の奥にあり、家を建てて貸すベトナム人と家を借りる外国人が共に暮らす地域だった。
再開発された現在は、すっかり様変わりしている。
三浦 航太(2022年入所 地域研究センターラテンアメリカ研究グループ)
アジ研で働きながら博士号を取得
研究職として入所後、所内研究会と並行して博士論文を執筆
地域研究センターラテンアメリカ研究グループの三浦航太です。2022年4月に入所しました。社会運動論(特に社会運動の政治的影響・帰結について)と、チリの社会・政治を専門としています。学部時代にチリに留学した際、大規模な学生運動を目の当たりにしました。そこで衝撃を受けたことが、私を研究の道へ、また社会運動論や地域研究の世界へといざないました。
私は入所前、博士課程を満期退学したのち、博士論文の執筆を進めながら、助教として大学に勤めていました。大学の公募にも何度か応募していましたが、その一方で、若手のうちに研究に没頭できる環境に身を置きたいとも考えていました。アジ研でラテンアメリカ研究に携わられてきた先輩方には、博士課程の時代からお世話になる場面が多かったこともあり、思い切ってアジ研の研究職採用に応募しました。
入所後は、所内研究会と並行して博論の執筆を進めました。アジ研の先輩方は、業務と博論執筆のバランスや、博論の進捗に常に気を配ってくださり、安心して業務と博論執筆を両立することができました。先輩方に進捗や目標を口に出して言うことで、自分自身に対して適度にプレッシャーをかけることもできたと思います。そのおかげで「チリにおける高等教育のパラダイム転換―学生組織、政治、社会の関係に着目した学生運動の政治的結果に関する分析」というタイトルで無事に博論を提出し、優秀学位論文賞をいただきました。
受賞式でのスピーチの様子。
アジ研に入って1年目の収穫は、何よりも、所内研究会を通じて自身の研究の世界が広がったことです。私の場合、入所した時点で博論が終盤に差しかかっており、ひたすらアウトプットを進めるという状況でした。一方で、所内研究会では、博論とはまた異なる様々なテーマについてインプットする機会となり、新しい問題意識や研究課題を見出すことができました。そうした新しい学びによって、博論を広い文脈の中に位置づけ直すこともできました。博論にとにかく集中する道もあったのかも知れませんが、多少きつくとも、並行して新しい研究テーマに向き合えたことは、今後のキャリアに必ず生きてくると思っています。
実は現在、現地調査でチリに滞在中!
さて、実はこの文章、現地調査で滞在中のチリの首都サンティアゴで書き進めています。今回の現地調査では、近年の社会運動や、社会運動から生まれた新しい政党について、関係者や研究者への聞き取りを行うほか、アーカイブや図書館での資料収集を行っています。また、空き時間には書店巡りもしています。私が研究する分野のチリの学術書の多くは、5年ほど前からだいぶKindleで読めるようになりましたが、知らなかった本に出会え、最新の出版動向が一目で把握できるのが、現地書店の変わらぬ魅力でもあります。
南米で最も高いビルGran Torre Santiagoから見たサンティアゴ市街地
研究職としてアジ研に入所し、博論を書き終えて、研究者のキャリアとしては第二段階に入るところです。ここから数年は、引き続き所内研究会への参加を通じて、自身の研究の世界を深め・広げたいと思っています。また、博論を書籍化すると同時に、第一段階では達成できなかった、論文を英語やスペイン語でも発表することにも励んでいきたいと考えています。
高橋尚子(2021年入所 地域研究センター東南アジアI研究グループ)
入所後のサポートで心機一転、基礎から研究に取り組む
日本を対象とした研究から東南アジア研究の世界へ
地域研究センター東南アジアⅠ研究グループの高橋尚子です。2021年4月にアジ研に入所しました。現在はタイの動向事業を担当し,農村・農業分野に興味を持って研究に取り組んでいます。
私は,国内大学の農学研究科修士(農業経済)を修了してすぐにアジ研に就職しました。就職活動では,博士課程進学を金銭的な問題等で早々に諦め,大学院の分野と関わりをもてそうな自治体向けのコンサルやシンクタンク,メーカーを受けていたところ,アジ研の修士卒研究員募集をSNSで知りました。もともと農学を志したきっかけが飢餓問題に触れたことだったので,途上国の事業や研究にも興味があり,応募を決めました。
しかし,その後内定の連絡をいただいた時は,本当に地域研究の研究者になれるのだろうか,という不安がありました。というのは,まだまだ研究技術は未熟だと感じていましたし,自身の修士論文は日本を対象にしており,タイや東南アジアについて研究の土台となる知識はほとんどなかったためです。確かに学ぶことは多いですが,入所後は心機一転して基礎から研究に取り組めていると感じており,周囲の先輩方からたくさんサポートをいただいています。
入所後は個室もしくはブースが与えられ、研究に集中して取り組めます。
刺激が多く、学びの溢れる日々。タイ語の勉強も一から。
アジ研で過ごして1年たち,コロナ禍でなかなか現地に渡航できない現状が少し残念であるものの,少しずつ土台作りをしている最中です。研究分野が近い先輩にチューターとしてついてもらい,定期的に基礎理論や関連論文について勉強しているほか,所内外のタイ研究者の方との勉強会を開催していただき,学びが多い日々です。
アジ研は同じ国や地域に関わる研究者の先輩が多く所属しているので,自身の研究分野以外の話を聞き,議論できることがかなり刺激的だと思います。コロナ禍でなければ先輩の現地調査に同行する研修制度もあり,さらに研究員間では分野や地域も違う方とも,年次や役職に関係なく議論をし,アドバイスをもらえるフラットな関係性だと実感しているので,そのあたりは大学院と雰囲気が異なるかもしれません。これから新人の研究員の方が増えてきたら,分野や地域をまたいで,ぜひ一緒に基礎理論などの勉強会を開催したいです。
また,地域研究は現地語での調査や資料読解が必須なので,所内の研修制度を利用してタイ語の語学学校に通い始めました(現在はオンライン授業です)。アルファベットを使わない言語の習得は初めての経験で,一文字の読み書きに1分かかるような状態から始めましたが,近い将来,現地調査や海外派遣に行くことをモチベーションに楽しく学んでいます。
年次や役職に関係なく議論をし,アドバイスをもらえるフラットな関係性
研究は自分のペースで。タイ農村への現地調査を目標に。
今のところ,研究のペース感は修士学生のころとあまり変わっていない気がします。研究職員は裁量労働制が適応されるので,柔軟に出勤時間を調整でき,朝が弱い私のような人間にも優しい勤務体制になっています。
日々の業務では,毎年出版される『アジア動向年報』の執筆が大きな仕事になりますので,だいたい午前中に現地新聞やメディアで情報収集して日誌を付け,各種政策の整理をします。午後から本や論文を読んだり,勉強会の準備をしたり,提出する原稿がある場合は文献を探し,執筆を行っています。午前中の情報収集で引っかかることがあれば,午後にかけてその背景を調べていることもあります。
入所してはじめて執筆したのは『アジア動向年報』のバンドル版(一国の動向年報を10年分まとめる新企画)の概論で,先行文献や統計を参考にしながら,曲がりなりにも2010年代のタイ経済を見渡しました。一つの国について点でとらえる以上に,一連の線,そして面でとらえることの難しさを実感したと同時に,地域研究の奥深さを垣間見た仕事でした。今は,コロナ禍の制限緩和を待ちつつ,タイへの理解を深め,現地の農村に足を延ばせるよう研究計画を練ることが目標です。
研究所図書館には貴重な現地の新聞・書籍があり、研究には欠かせません。
水野祐地(2021年入所 地域研究センター東南アジアI研究グループ)
担当した仕事が自分の研究に直結
研究業務を行いながら博士号取得を目指す
はじめまして。地域研究センターにて研究員をしている水野と申します。2021年に入所し、インドネシアを担当国として政治について研究を行っています。もともと、修士の頃からインドネシアの政治について関心を持っており、そのまま博士課程に進学する予定だったのですが、アジ研が修士卒の募集を行っていると耳にして、応募してみたというのが入所のきっかけです。
アジ研の名前は私が学部生だった頃から聞いたことがあったのですが、当時は修士卒の募集が行われていなかったこともあり、入所するのが難しい研究機関であるとのイメージを持っていました。しかし、14年ぶりに修士卒の募集が行われるようになったうえ、入所してからも研究所の業務をこなしながら博士号の取得が可能であると聞いて、「この機会を逃す手はない」とダメ元で応募しました。
研究ブースにはすでにたくさんの資料が。
担当した業務の経験が、自分自身の研究の深化に
入所してからは、自分が想像していた以上に研究環境が整備されていて、与えられた業務をこなしながら、思う存分研究に打ち込むことができています。私の場合、現在の主業務はインドネシアの政治と経済の動向を追い、『アジア動向年報』と呼ばれる年報のインドネシアの章を執筆することです。そのため、毎日現地メディアを読み込み、時事の背後にある政治・社会問題や経済課題について、現地の人々の目線に立って理解するようにしています。
この業務をこなしていくだけでも、自分の研究内容と深い関わりがあり、それをさらに深化させてくれるものなのですが、それに加えて、自分が関心を持っている研究テーマについて資料や文献を読み込んだり、チューターの指導の下でディシプリンを勉強して基礎作りを行っています。
また、アジ研では業務の一環として科研費プロジェクトの実施が可能であることも大きな強みだと思います。2021年は新型コロナウイルスの影響で現地調査ができませんでしたが、その分の研究費で図書や資料を収集したり、PCなどの機器を整備したりすることができました。
アジ研の業務をこなすうえで根幹となるのが、担当国の言語の習得ですが、私の場合、学部の頃にインドネシアへ留学を行うなどして基礎を習得したことがあったため、入所後は研修費を使って個人講師とのプライベートレッスンを受けて、より高い語学力を身につけられるよう勉強を続けています。
さらに、アジ研内には非常に多様な国・地域の専門家が集まっているので、異なる国の専門家の方々との交流を通して、自分の担当国を観察するだけでは気づけなかった新しい視点を学ぶことができます。研究所の調査費で担当国以外の国々も訪問できるので、新型コロナウイルスの感染が落ち着いたら、是非ともこれまで訪問したことがなかった国々を訪れ、比較材料として異なる国・地域の事情を観察してみたいと考えています。
同じインドネシアを研究する濱田開発研究センター長と。フラットに相談できる雰囲気の組織です。
成果発信の機会を生かして
アジ研の研究員にとって最も大事なタスクのひとつが、研究成果や報告書の発信です。私の場合、『アジア動向年報』の執筆が主業務ですが、その前の段階として入所後最初に執筆したのが、『IDEスクエア』と呼ばれるアジ研のウェブ・マガジンに投稿した記事です。私が執筆した記事では、2021年のインドネシアを振り返った時に特に重要な政治問題として政府による市民社会に対する圧力があったため、これに関する現地の動向を整理し、問題となっている法律や現地の人々の声を取り上げました。
今後の私の課題は、博士号の取得に向けて研究課題を設定することです。 修士卒でアジ研に入所しても、博士課程にて調査を実施したり論文の執筆を行うスキルを習得したりする重要性は変わらないので、アジ研で働いている強みを生かしながら取り組めるテーマを探っていきたいと考えています。
研究所図書館は最大限活用しています。