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「地方発展20×10政策」とは何か――金正恩の戦略を読み解く

What is the “Regional Development 20×10 Policy”? An Analysis of Kim Jong Un’s Strategy

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001254

2025年1月

(5,273字)

金正恩による突然の表明

2024年1月15日の最高人民会議第14期第10回会議で、金正恩国務委員長は「地方発展20×10政策」(以下、「20×10政策」)の開始を表明した。これは、毎年全国「20」の市・郡を選定して工場などの建設を行い、「10」年以内に全国約200の市・郡において住民の生活水準を向上させるという政策である。金正恩政権は同政策を通じて地方経済を発展させ、金日成時代から問題となっていた地域間の経済格差の解消と全国的な経済発展を目指している。

「20×10政策」は金正恩が突如表明して始まったもので、後に新たな内容が追加されるなど、具体的な方向性や進め方が最初から計画的に定められていたようには見えない。この政策自体を規定する法律・文書などの有無についても不明である。政策の全体像だけでなく、政策を遂行するための財政的基盤や、各地の工場で実際に生産される製品の種類などの詳細も部分的にしかわかっていない。しかし当面、この政策が朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の経済活動において重要な位置を占めると考えられる。したがって今後の経済動向を把握するうえでも、本政策の輪郭を現時点である程度つかむことが必要であろう。

本稿では、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』などをはじめとする朝鮮の各種報道に依拠しながら、「20×10政策」の内容や方針を整理する。その作業を通じ、過去の経済政策と地方経済の現状に対する金正恩の認識が同政策に強く反映されていることを示す。

ロシアを訪問中の金正恩(2023年9月)

ロシアを訪問中の金正恩(2023年9月)
「20×10政策」の内容

「20×10政策」は包括的な地方開発政策であり、まずは地方産業工場(主に消費財生産を担う地方工場)を各地に建設していくという構想から始まった。これは江原道金化郡の経験から着想を得ている。2020年10月頃、台風被害に遭った同郡を視察した金正恩はこの地域に近代的な地方産業工場を建てることに言及し(『労働新聞』2020年10月2日)、2021年2月の朝鮮労働党中央委員会第8期第2回総会で地方産業工場の新たなモデルとして金化郡に工場を建設すると表明した(『労働新聞』2021年2月12日)。そして翌2022年6月に同郡に食品工場、被服工場、日用品工場、製紙工場が完成し、同郡の工業生産額は2年間で倍増した1。「20×10政策」はこれを「成功体験」として近代的な地方産業工場を全国の市・郡に新しく建設し、地方経済を発展させることを目指している。

具体的には、各市・郡にいくつの工場が作られるのであろうか。2024年の選定地域である平安北道の郡地方産業工場建設現場の写真を見ると、被服工場・日用品工場・食品工場が並んで建設されており、他の地域の写真からも3~4棟の工場がまとまって建設されている様子が確認できる(『労働新聞』2024年10月6日)。このことから、各市・郡に建設される工場はそれぞれ3~4棟前後になると予想される。

また、工場建設を開始して半年余り経ってから、地方産業工場に加えて穀物を加工・保管する施設、近代的で大規模な病院、そして「複合型文化拠点2」と呼ばれる「電子図書館3」、スポーツ施設、商業施設などを含む施設も建設されることになった。金正恩がこれらの施設を新たに追加するよう指示した(『労働新聞』2024年9月10日)ことで、「20×10政策」の性格は社会文化的な要素をも含む包括的なものになった。

本政策の2024年時点の進捗状況はどのようなものであろうか。10月の段階で、選定地域の工場建設の進捗が90%を超えたと報じられた(『労働新聞』2024年10月24日)。12月下旬には平安南道成川郡で地方産業工場の竣工式が行われ、2025年初めにその他の選定地域の工場も竣工するという見通しが示された(『労働新聞』2024年12月21日)。また金正恩は2024年7~8月の段階で、翌年の選定地域の決定(『労働新聞』2024年7月2日)や先述したような工場以外の施設の建設について年末の党中央委員会総会で討議すること(『労働新聞』2024年8月26日)に言及しており4、2025年に向けた準備も進められた。

これまでの地方経済政策と金正恩の問題意識

「20×10政策」は、これまでの朝鮮における地方経済政策と地方経済の現状を受けて打ち出されたものである。以下では、これまでの地方経済発展に向けた取り組みの経緯を振り返り、同政策の位置づけを示してみたい。

地域間格差の解消は、初代最高指導者である金日成の時代(1948~1994年)から目指されてきた。1958年の党中央委員会6月総会では、ひとつの郡につきひとつ以上の地方産業工場を建てることが決められた。また、金日成は1962年8月の平安北道昌城郡で開かれた「昌城連席会議」で、地域の特色を生かした地方発展の方途を示した。こうした方針に基づいて地方産業工場の建設が進んだ結果、第1次5カ年計画(1957~1961年)の終わりには全国の工場数が約2000棟に、1980年には各市・郡に平均20棟以上(全国で約4000棟になると思われる)になったとされる(キム・イクソンほか1989)。しかし、金正日時代(1994~2011年)に地方経済の発展に力が入れられた形跡は確認できず、経年による工場の老朽化や、1990年代後半の経済危機への対応で業績の悪い工場の統廃合が行われ、工場数が減少したと考えられる(姜2024)。

2011年の金正日の死後、若くして最高指導者となった金正恩も、早い時期から地方開発への関心は見せていた。その一例として、郡の役割の強化(『労働新聞』2012年8月9日)や、地方経済の発展に向けた外国からの投資呼び込みを目指した「経済開発区」の設置5を挙げることができる。しかし、中央主導の国家的な地方開発に乗り出したのは、衣食住問題解決への決意や市・郡の特色ある発展を目指す方針を示した2021年1月の第8回党大会以降のことである。

そして、地域間格差の解消が喫緊の課題となるなか、金正恩は自身の地方経済状況に対する危機感を強く反映する形で、2024年1月に突如「20×10政策」を提示したのである。同政策に限らず、朝鮮において重要な方針や政策は、最高指導者の演説・書簡などによって人々に表明されることが通例である。また、国内の状況や政策の問題点を最初に公に批判できるのも基本的には最高指導者だけである。「20×10政策」を提示した演説で、金正恩は過去の地方経済政策が不十分であったと指摘した。そのうえで、地方に近代的な工場がなく、「地方の世紀的立ち遅れをいまだに払拭できず、なすすべもなく無策のままでいるのは極めて重大な問題」であると述べた(『労働新聞』2024年1月16日)。中央・地方間の格差の現状とこれまでの党・政府の取り組みに対する厳しい評価を示したのである。

なかでも、金正恩が特に問題視したのが政策実施のペースであった。2021年12月の党中央委員会第8期第4回総会における演説で金正恩が示した「新時代の農村革命綱領」6を受け、2022年以降全国の農村で住宅建設が進んだ。その一方で、先述の金化郡をモデルとした地方産業工場の建設については2023年12月末の党中央委員会第8期第9回総会拡大会議で4カ所が選定されただけであった。このペースでは地域間格差の解消には数十年を要することになる。金正恩は、このような政権幹部らの「消極的な態度」ではいつになっても地方経済の発展や人々の生活水準の向上を達成できないと批判した。そして同総会の決定で人々の期待に応えられなかったことへの重い責任を感じ、「20×10政策」の政策化を決心したと明らかにしている(『労働新聞』2024年1月16日)。

以上を踏まえると、(1)金正恩は地方の経済状況に対する強い危機感を抱いており、(2)金化郡における工業生産額倍増という「成功体験」を基に、(3)同郡をモデルにした地方産業工場の建設を10年で完了することによって地域間格差の早期解消を図ろうとしていることが理解できよう。

「20×10政策」の特徴

それでは、「20×10政策」は、これまでの地方経済政策と比較してどのような特徴をもっているのであろうか。まず、他の政策との共通点として、第一に、国全体として各地方の均衡的・全面的発展を目指している点が挙げられる。「20×10政策」では全国約200のすべての市・郡に各種地方産業工場を建設していくとみられるが、本来、特定の製品を生産する専門的な大規模工場を建設し、大量に生産してそれを全国に行き渡らせる方が効率的である。しかし、軍需工業と直結する重工業工場は内陸に配置し、消費財の生産・消費は各地域内で自己完結するようにするという国防面への配慮7(チェ2024)や、交通インフラの不十分な整備状況を意識し(姜2024)、「20×10政策」でも非効率的に思える方針がとられている。

第二の共通点は、地域的特色の活用を目指している方針である。「20×10政策」についての金正恩の演説や報道もこの方針を示した先述の「昌城連席会議」(1962年)に言及しており、本政策においても当該地域の地理的・文化的特色を生かして独自の産業を活性化させることが各地に求められている8。「昌城連席会議」における金日成の発言との関連を強調することは、「20×10政策」の「正統性」を高めると考えられる。しかし次節で述べるように、地域的特色の活用は、地域間格差の解消に向けた均衡的・全面的発展を目指すという方針とは矛盾する側面もある。

一方、これまでの政策と異なる点として、第一に、中央からの国家的な投資を重要視していることが挙げられる。従来、中央の重工業には国家による重点的投資がなされてきたのに対し、地方経済に関しては各地方政府が自前の予算・資材を用いて自力で発展させるという方針がとられてきた。しかし「20×10政策」では、工場建設に必要な資金や労働力、セメントなどをすべて国家が保障するとしている(『労働新聞』2024年2月29日)。これを可能にするための法整備は2021年の第8回党大会以降に進められ、「市、郡発展法」(2021年9月)、「市、郡建設セメント保障法」(2022年1月)、「社会主義農村発展法」(同9月)などにより、国家による資金や資材の集中的な投下が法的には保障されている9。また、労働力については人民軍から工場建設を担う「第124連隊」が組織され(『労働新聞』2024年2月29日)、各地に派遣されて工場建設を実施している。

第二に、すでに繰り返し述べているが、10年という期限を設けていることである。「20×10政策」が画期的政策として国内報道で強調される際の一番のポイントは、長年果たされなかった地域間格差の解消を、「10年」という短い期間で実現しようとしていることにある。それは「10年革命」という別称も用いられていることにも裏付けられていよう。

「20×10政策」のゆくえ

これまで述べてきたように、「20×10政策」は、過去の地方経済政策と地方の現状に対する金正恩の強い問題意識を背景に打ち出されたものである。金正恩は先述の成川郡で開催された地方産業工場竣工式の演説で、党・国家を挙げて「20×10政策」と「新時代の農村革命綱領」を並行して進めていくことを強調している(『労働新聞』2024年12月21日)。そのことからも、2つの政策が今後の地方発展政策の「車の両輪」になることは間違いないと思われる。

政策開始から1年しかたっていないが、現時点で政策を実施するうえで3つの懸念を指摘できよう。第一に、財源を確保できるのかという問題である。資金・資材の国家的な投入が法的に保障されているとはいえ、実際それがどの程度まで可能かは未知数である。国家予算の金額を公表していない朝鮮の財政状況を推測する際、公表されている国家予算収入の増加率が指標のひとつとなる。しかし近年大幅な増加がみられるわけではなく、「20×10政策」を遂行するための財源を持続的に確保できるのかは疑問である。第二に、「地域的特色の活用」を指針とすることで、新たな格差が生まれる可能性を指摘できる。自前で生産可能な消費財の需要の大小や、明確な地域的特色の有無によって、地域間で将来的に大きな経済格差が生じることは十分考えられる。第三に、工場の質の問題である。金正恩は2024年12月の演説で、国家的投資のもとで新しく建設された一部の農村住宅に、配電工事や暖房工事などの欠陥がみられたと指摘した(『労働新聞』2024年12月21日)。地方産業工場の建設においても同様の問題が生じる可能性は否定できない。

いずれにせよ、国際的な経済制裁が続く厳しい経済的環境のなかで、金正恩は自ら課した「10年」という期限で、住民の生活水準を向上させられるかが試されているのである。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
  • 姜日天(2024)「地方発展20×10政策の諸側面について」『季刊朝鮮経済資料』第12巻第1号。
  • キム・イクソン、リ・ゴンヒョン、パク・チョンソンほか(1989)『朝鮮地理全書(工業地理)』平壌、教育図書出版社[朝鮮文]。
  • キム・ピルス(1975)『偉大なる首領金日成同志の生産力配置に関する卓越した理論』平壌、社会科学出版社[朝鮮文]。
  • チェ・ジヨン(2024)「北韓の『地方発展20×10政策』の背景と示唆」『Online Series』ソウル、統一研究院[朝鮮文]。
著者プロフィール

郡昌宏(こおりまさひろ) アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ研究員。修士(国際学)。専門は朝鮮半島地域研究。


  1. 『朝鮮新報』(日本語電子版)2024年11月30日。なお、同紙は在日本朝鮮総聯合会(朝鮮総聯)機関紙である。
  2. 2024年8月末の段階では単に「科学技術普及拠点」(「電子図書館」と思われる。下記注3を参照)とされていたが(『労働新聞』2024年8月26日)、9月9日の建国記念日の金正恩の演説で「科学技術普及拠点」に内容を追加し、「複合文化拠点」とすることが表明された(『労働新聞』2024年9月10日)。
  3. 「電子図書館」はデータ化された科学技術資料の閲覧・共有ができる施設であると思われる(『朝鮮新報』[日本語電子版]2016年2月3日)。もともと、地方の末端科学技術普及拠点の電子図書館として「未来院」(『朝鮮新報』[朝鮮語電子版]2021年11月24日同12月19日)があり、「地方発展20×10中央推進委員会」は各市・郡の「未来院」を科学技術普及の重要拠点とすることに関心を示していると報じられていた(『労働新聞』2024年6月5日)。
  4. 同総会で、金正恩が工場以外の諸施設の建設を正式に「20×10政策」に含めることを提起したと報じられている(『労働新聞』2024年12月29日)。よって、「20×10政策」は予定どおりに内容を拡充して実施されていくとみられる。
  5. 『労働新聞』2013年4月2日。2021年3月の時点で、計27の経済開発区が設置されているが(『朝鮮新報』[日本語電子版]2021年3月24日)、ミサイル発射実験や核実験強行に対して科された国際的な経済制裁によって正常に機能していない可能性が高い。
  6. 演説の全文は公表されていないが、今後10年の各種農作物の生産目標や、住宅建設等を通じた農村の生活環境改善などの方針を示したと報じられている(『労働新聞』2022年1月1日)。
  7. 歴代最高指導者の「教示」があらゆる分野の活動の基本的指針とされている朝鮮においては、生産力の配置方法についても、初代最高指導者である金日成の「教示」に基づく諸原則が存在する。国防力への配慮がこの諸原則に含まれていることはチェ・ジヨンも指摘している。諸原則を具体的に挙げると、5つの「原則」(①工場や企業を原料源泉地と消費地の近くに配置する原則、②各経済部門間と地方間の均衡的発展を保障する原則、③都市と農村の差異を縮小させる原則、④環境に配慮する原則、⑤国防力を強化する原則)や、全国に生産力をまんべんなく分散配置する「理論」がある(キム・ピルス1975)。金日成時代とは国内情勢・国際情勢が異なるが、「20×10政策」も基本的にはこれらの原則に沿っているように思われる。
  8. 各地域を代表する食物資源・地下資源などを活用した特産品として、開城市の高麗人参、鏡城郡の陶磁器、端川市の天然高級石材、平城市の合成皮革製品、咸興市の化学日用品、江界市の葡萄酒などが挙げられる(『労働新聞』2024年12月4日)。
  9. 先行していた「新時代の農村革命綱領」についても、これらの法律がすでに適用されていたとみるのが妥当であろう。
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