IDEスクエア

海外研究員レポート

ポピュレーション・カウンシルと児童婚の研究

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051562

2020年2月

(7,768字)

ポピュレーション・カウンシルにおける研究

筆者は、2019年4月より、ニューヨークにあるポピュレーション・カウンシルという国際援助・研究機関に派遣されている。ポピュレーション・カウンシルは1952年に設立され、途上国のエイズ問題、人口問題、女性の妊娠、出産、避妊などリプロダクティブヘルスに関する研究を盛んに行ってきた。現在では、サブサハラアフリカ、南アジア、中南米諸国にオフィスを構え、さまざまな開発プロジェクトを実施するとともにその評価をはじめとした研究を行っている。所属する研究者は、生物医学、人口学、社会学、経済学、教育学、公衆衛生学と多岐にわたり、たいへん学際的である。国際学術雑誌であるPopulation and Development ReviewStudies in Family Planningの発行も行っている。ポピュレーション・カウンシルはアメリカ人口学会(PAA)において、毎年組織としてブース出展するとともに、所属研究者が論文を発表している。筆者が過去のPAAで論文を発表した際に、ポピュレーション・カウンシルの研究者と意見交換したことがきっかけで、このたびの派遣受け入れ機関となった。

筆者はもともと、サブサハラアフリカに比べ南アジア女性の労働参加率が低いことを問題意識にもち、女性の労働参加と南アジア女性のエンパワメント――家庭内資源配分、意思決定、交渉、行動の自由などで計測――との関係に着目して実証研究を行ってきた。ポピュレーション・カウンシルの研究者たちと共同研究をすすめるなかで、女性の労働参加率が低い要因と、児童婚の要因に共通点があるのではないかという問題意識をもつようになった。女性の労働参加にしろ、児童婚にしろ、家父長的な意思決定およびそれに強い影響を与える社会規範がこれらの問題の決定要因として強く作用しているのではないか、ということである。これをきっかけに、南アジアのみならず、サブサハラアフリカでも蔓延する児童婚について実証研究に着手することになった。筆者にとって、児童婚を実証研究のテーマとして扱うことは初めてであるので、日々学ぶべきことが多々あるが、現時点での研究の進捗状況や今後の課題などを報告したいと思う。

児童婚について

ユニセフは満18歳未満の婚姻を児童婚と定義しており、国際的にもこの定義が一般的である。児童婚は、途上国女性に限られた問題ではなく、先進国にも男性にも当てはまる問題である。日本でも、2018年6月に可決され2022年4月に施行予定の改正民法以前では、女性の最低婚姻年齢は16歳であった。男性のそれが18歳であったことから、男性と女性で最低婚姻年齢に差があることに合理的な理由がなく、男女差別的であるといった国際的な批判を受けてきたなかで、成人年齢引き下げのタイミングで改正(男女ともに18歳)の運びとなったわけであるが、現行法下においては日本でも児童婚は合法である。このように途上国に限った問題ではないが、圧倒的に途上国女性に児童婚が多いことも事実であるため、本稿では途上国女性に焦点を当てる。

児童婚は南アジア、サブサハラアフリカでは深刻な問題である。最新のユニセフ統計によると、20~24歳の女性のうち、18歳未満で結婚した女性の割合は、サブサハラアフリカ、南アジアでそれぞれ38%、30%であり、総数は1200万人にのぼる。いまだに3分の1~4分の1近くの女性が児童婚を経験していることが分かる。児童婚のデメリットとして、女性の教育機会を奪うこと、高い出生率につながること、母体の健康にとって悪影響があること、女性が家庭内暴力の犠牲になりやすいこと、などが可能性として指摘されてきた(Jensen and Thornton 2003)。このような潜在的デメリットを懸念し、児童婚撲滅を目標に掲げたプロジェクトが多く実施されてきた。国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」も2030年までに児童婚を撲滅することを目標に掲げている。しかしながら、法定最低婚姻年齢の存在や違反への罰則が、撲滅にはあまりにも無力であることも明らかとなっている。それはなぜか。そもそも法的強制力が弱いという途上国特有の問題もあるが、その背景には児童婚へのインセンティブが存在するはずである。花婿側に妊孕性(妊娠する力)や妻の受動性など、より若い花嫁を望むインセンティブがあること、したがって、貧しい家計や十分なダウリー(結婚持参金)を用意できない花嫁側の家計では、もしくは婚前交渉をタブー視する社会や治安の悪い社会では、娘を早く嫁に出すインセンティブがあること、などが挙げられている。児童婚撲滅を目指す研究は、このインセンティブの解明とそれに働きかけるプロジェクトの実施に焦点を当てている。

これまでの児童婚撲滅プログラムと研究

ポピュレーション・カウンシルの著名な人口社会学者であるSajeda Amin博士が主導した児童婚撲滅を目指したプロジェクトに、Bangladeshi Association for Life Skill, Income and Knowledge for Adolescents (BALIKA)がある。これは、バングラデシュ南部の3県96村において、12~19歳の女性を対象にしたランダム化比較実験(RCT)である。具体的には、処置村1~3と対照村を24村ずつ無作為に分け、処置村1~3においては12~19歳の女性を対象に、教育に関するトレーニング(処置村1)、ジェンダー意識改革に関するトレーニング(処置村2)、就労支援のためのトレーニング(処置村3)を実施し、1年半後に処置村と対照村における効果の違いをみた。エンドライン調査におけるサンプルサイズは9846人、ベースライン調査からの脱落率は15%である。本プロジェクトの評価はAmin, Saha, and Ahmed (2018)に詳しいが、核心は、BALIKAプロジェクトは、女性たちが結婚年齢を遅らせる効果があったということである。

BALIKAプロジェクトがそのデザインに組み込んだように、教育と女性の労働参加が児童婚撲滅に有効であろうことは、児童婚がメインテーマの研究ではないにせよ、Jensen (2012)やHeath and Mobarak (2015)らが示唆している。しかしながら、女性の労働参加率が低く、労働市場における教育投資リターンを想定していない南アジアにおいては、教育そのものが婚期を遅らせる効果には限界があることも指摘されている(Adams and Andrew 2019)。この研究によると、南アジアでは、親の決める見合い結婚が通常であり、親は労働市場ではなく結婚市場でのリターンを期待して娘の教育投資を決定する。つまり、娘に学歴があればそれだけ良い縁談を望めるというわけだ。裏を返せば、結婚市場でのシグナルとして作用しない教育や、学校を卒業もしくは中退した娘にとって婚期を伸ばすことに何のメリットもなく、児童婚のリスクが高まるということになる。一方の女性の労働参加に目を転じると、伝統的に女性の労働参加率が低い南アジアではあるが、グローバリゼーションの流れのなかで、比較的新しい女性の就業機会が生まれている。インドのビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)や、バングラデシュの縫製業などである。上記のJensen (2012)やHeath and Mobarak (2015)は、これらの就業機会が女性の婚期を遅らせる可能性を示唆している。女性の労働参加が婚期を遅らせ得ることは、直感的にも分かりやすい。南アジアでは、結婚後は夫の家庭に入ること(父方居住)が通常であり、婚期が遅れればそれだけ実家に金銭的な貢献ができるからである。

BALIKAプロジェクトやJensen (2012)は、RCTを用いることで、トレーニングや就業機会と女性の婚期に関する因果関係を明らかにしようとしたものである。因果関係を明らかにすることが難しいことが、児童婚に関する実証研究の大きなハードルである。貧困家庭であるほど、多くの場合、教育水準が低く、女性の労働参加率が高く、児童婚の割合も高いため、女性の教育や労働参加が児童婚撲滅に有効か、という問いについて答えることは、それほど簡単でない。実際、Field and Ambrus (2008)は、結婚が女性の退学に結び付く、という逆の因果関係を示している。

筆者の研究

筆者は現在、児童婚について、ポピュレーション・カウンシルの研究者たちと共同研究を進めている。上記のAmin, Saha, and Ahmed (2018)は、BALIKAプロジェクトが女性たちの婚期を遅らせたことを実証したが、教育、ジェンダー意識改革、就労支援のためのトレーニングの3つの処置群すべてにおいて、同じような強さの効果がみられたことから、何が女性たちの婚期を遅らせたのか、そのメカニズムは明らかにされていない。例えば、いずれのトレーニングも、12~19歳の女性が、課外活動のようなかたちで毎週村の小学校に集うことで実施されたため、トレーニングそのものの内容は問題ではなく、すべての処置群に共通のいわゆる「クラブ効果」のようなものが婚期を遅らせたのかもしれない。ただ、仮に12~19歳の女性たちに「クラブ効果」が生まれたとしても、それが、通常は親の意思決定であるとされる彼女たちの結婚にどのような影響を与えたのかははっきりしない。

筆者たちの新しい研究の一つは、BALIKAデータを使って、Amin, Saha, and Ahmed(2018)では明らかにされなかった、児童婚を妨げるメカニズムの解明を試みるものである。論文は、“Understanding the Role of Girls’ Schooling and Paid Work in Delaying Marriage”(Sajeda Amin, Christina Misunas, Stephanie Psakiと共著)にまとめられ、今年4月に開催されるPAA会議で発表予定である。実証分析の結果、娘が就学、もしくは有償の労働参加に時間を費やすほど、婚期を遅らせることが分かった(図1)。有償の労働参加は、無償の家事労働などと区別している。さらに、有償の労働参加は、教育を犠牲にしているわけではないことも分かった。これらの効果は、処置村2においてのみみられたことから、教育や就労支援に関するトレーニングにはない、ジェンダー意識改革に関するトレーニング内容の何かが、女性たちの時間の使い方に影響をもたらしたことが示唆される。女性の権利、交渉力、意思決定権などに関する伝統的な価値観に対して批判的もしくは多様な考え方にふれたことでエンパワメントを実現し、女性たちが学校にいる時間や有償労働の時間を増やすことができた結果、親が娘の婚期を遅らせた、という因果関係をみることができる。家父長的な社会においては、彼女たちが学校にいる時間や有償労働の時間を増やすことについても、学習や就業スキルだけでは足りず、家庭内における交渉力が必要であることを示唆しているといえないだろうか。

図1 女子(12~19歳)が、就学、有償労働、無償家事労働 に費やした時間が児童婚に与える影響

図1 女子(12~19歳)が、就学、有償労働、無償家事労働 に費やした時間が児童婚に与える影響

(注)推定には二段階最小二乗法(2SLS)を用い、90%信頼区間をプロット。サンプル数は、ジェンダー意識改革に関するトレーニングを受けた処置村2と対照村のみ、4939人。操作変数は、ジェンダー意識改革に関するトレーニングの介入。推定における仮定は、介入は女性個人を対象にしているため、彼女たち個人の時間の使い方には直接的に影響を与えるが、婚姻は親の意思決定であるため、間接的にしか影響を与えない(プロジェクトの対象である娘を通してのみ影響を与える)。
(出所)BALIKAデータを利用し、筆者作成。

ところで、筆者が児童婚の研究に着手したきっかけは、前述のとおり、南アジア女性の労働参加を妨げる要因との共通点――女性の労働参加にしろ、児童婚にしろ、家父長的な意思決定およびそれに強い影響を与える社会規範が強く作用しているのではないか、ということ――に着目したことである。これまでの児童婚に関する研究や児童婚撲滅プロジェクトをみる限り、児童婚被害者となり得る娘本人を対象としたものがほとんどであり、娘の婚姻について強い意思決定権、もしくは影響を与えると思われる親や社会規範を対象にしていないように思われる。Field, Glennerster, and Nazneen (2018)が指摘しているように、娘の婚姻を決定するのは親であり、しかも親すらも、何歳までに娘を結婚させるべきといった社会的なプレッシャー下にあり、自由な意思決定ができるわけではないのかもしれない。RCTは対象とできる介入内容に限界があるため、社会規範を変えることは容易ではないだろうし、そもそも良いことなのか、といった議論もあるだろう。しかし、プロジェクトの評価、とりわけ対費用効果が重視される昨今においては、若い女性のみを対象とした児童婚撲滅プロジェクトの有効性が低いだろうことはもっと注目されてもよいように思う。

以上の問題意識から、筆者は現在、クロスカントリーデータを用いて、コミュニレベルでの児童婚の蔓延が、個人の児童婚の最大の決定要因であることを明らかにしようとしている。具体的には、ポピュレーション・カウンシルが所有するティーンエージャー女性およびその家計データであるMore Than Brides Alliance (MTBA)を用いて、ニジェール、マリ、マラウイ、インドについて、個人の属性よりもコミュニティが児童婚を決定づけるという仮説について実証分析を進めている。加えて、Young Livesのパネルデータ(エチオピア、インド、ベトナム、ペルー)を用いて、実証分析を補足することも検討中である。MTBAデータを暫定的に分析するなかで、派生的にいろいろと興味深い発見があった。例えば、一夫多妻制と児童婚の関係である。一夫多妻制は、サブサハラアフリカのうち西側諸国で多くみられる慣習である。一夫多妻制と児童婚には強いつながりがあることが指摘されてきたが、それも文脈によって異なるようである。例えば、個人やコミュニティの社会経済属性をコントロールしたうえでは、一夫多妻制と児童婚の間の強い相関は、マリではみられるが、その隣のニジェールではみられない、といった具合である。さらに、児童婚と妊娠との関係も国によって異なるようだ。よく、児童婚は若年齢の妊娠につながり、それが出生率の上昇をもたらす、といったことが言われているが、ニジェールやインドではタブー視されている婚前性交渉がマリやマラウイでは珍しいことではなく、時系列でみると妊娠が児童婚に先行する関係もみられるため、一概に児童婚を撲滅すれば出生率低下につながる、というわけではないだろう。

今後の課題
児童婚撲滅のために、これまでそれほど注目されてこなかった、もしくは指摘はされても介入プロジェクトの対象となってこなかった、個人や家計を超えたコミュニティや社会規範にどのようなアプローチが可能か、探っていきたいと思う。アプローチに関しては、RCTなどの介入に馴染まないことが考えられるため、介入内容の限界も含めて明らかにしたいと考える。また、未婚女性個人の意思決定、親の意思決定、結婚年齢に関する社会規範、その圧力の強さだけでなく、結婚にまつわる慣習(一夫多妻制、婚姻後の居住地、婚資や結婚持参金など)が児童婚とどのように関連しているかを探り、これまでの児童婚をめぐるプロジェクトおよび研究に一石を投じたいと思う。

写真:バングラデシュ児童婚撲滅プログラムのトレーニングの様子

バングラデシュ児童婚撲滅プログラムのトレーニングの様子(2019年7月)
写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
  • Adams, Abi and Alison Andrew. 2019. "Preferences and Beliefs in the Marriage Market for Young Brides." CEPR Discussion Papers 13567.
  • Amin, Sajeda, J. S. Saha, and J. A. Ahmed. 2018. "Skills-Building Programs to Reduce Child Marriage in Bangladesh: A Randomized Controlled Trial." Journal of Adolescent Health 63(3):293–300.
  • Field, Erica and Attila Ambrus. 2008. "Early Marriage, Age of Menarche, and Female Schooling Attainment in Bangladesh." Journal of Political Economy 116(5):881–930.
  • Field, Erica, Rachel Glennerster, and Shahana Nazneen. 2018. "Economic Empowerment of Young Women in Bangladesh: Barriers and Strategies." Policy in Focus 15(1):31–32.
  • Heath, Rachel and Ahmed Mushfiq Mobarak. 2015. "Manufacturing Growth and the Lives of Bangladesh Women." Journal of Development Economics 115:1–15.
  • Jensen, Robert. 2012. "Do Labor Market Opportunities Affect Young Women’s Work and Family Decisions? Experimental Evidence from India." Quarterly Journal of Economics 127(2):753–792.
  • Jensen, Robert and Rebecca Thornton. 2003. "Early Female Marriage in the Developing World." Gender and Development 11(2):9–19.
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所海外研究員(ニューヨーク)。博士(経済学)。専門分野は家族経済学、人口経済学。著作に"Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights"(Review of Economics of the Household, 17(1), 2019: 287-321) "Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan"(Journal of Population Economics, 32(3), 2019: 769-797)等。

書籍:Dowry in the absence of the legal protection of women’s inheritance rights

書籍:Marriage, dowry, and women’s status in rural Punjab, Pakistan

この著者の記事