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海外研究員レポート

世界銀行ほか共催「仕事と開発 国際会議」に参加して

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051456

2019年8月

(6,178字)

第2回「仕事と開発 国際会議」

2019年6月6~7日、ワシントンDCの世界銀行において、「途上国の仕事にまつわる問題を改善する」ことをテーマとする「仕事と開発 国際会議」(原題はJob and Development Conference)が開催された。世界銀行、Institute of Labor Economics(IZA)、Network on Jobs and Development(NJD)の共催である。筆者は論文" Labor Market Information and Parental Attitude toward Daughters' Labor Force Participation: Experimental Evidence from Rural Pakistan"を発表する機会を得て、本会議に出席した。世界銀行の世界開発報告2013(World Bank 2012)のテーマが「仕事=Jobs」であったことからも分かるように、途上国の貧困削減および経済成長において、「仕事」が重要な役割を果たすことは、論をまたないだろう。以下は本会議の参加報告である。

筆者の論文について

筆者は、女性の労働参加率が低い南アジアにおいて、女性の労働参加を促すにはどうすればよいか、という関心をもって研究をすすめている。本研究は、女性の労働参加を妨げる要因のうちでも、南アジア特有の社会規範であるパルダの慣習(親族以外の男性との精神的・物理的接触をよしとしない慣習)に着目し、南アジアのなかでも女性の労働参加率が低いパキスタンの家計を対象に、以下のようなランダム化比較実験(RCT)を行った。調査対象は、15歳から30歳までの未婚の女性がいる家計に限り、その親にインタビューを行った。結婚した女性であると家事や育児の負担とパルダの慣習のいずれが女性の労働参加の妨げになっているかが分かりにくいが、未婚女性であれば、家事の負担が比較的小さいために、パルダの慣習のみに着目できると考えたからである。また親を回答者およびRCT介入対象とした理由は、パキスタン農村の未婚女性の労働参加はほぼ親、とりわけ父親に決定権があるためである。両親のうちいずれが回答者となるかは、村レベルでランダムに決定した。  

これまでの質的なインタビュー等により、パルダの慣習があるためか、パキスタン農村家計にはそもそも女性が外で働くという考えがなく、女性に適した就業機会についての情報に疎いことが分かっている。女性が多く働いている縫製工場に通勤可能な圏内でも、そこでの賃金や労働環境について知っている者は少ない。このような背景のなか、筆者は、女性が多く働く工場に通勤可能な圏内の村々で、工場における賃金や労働環境についての情報を未婚女性の親に与えるRCTを実施した。与える情報については、女性を多く雇用している縫製工場の人事担当者の協力を得て、彼らのリクルート活動におけるワークショップを真似ることにした。介入から1年後、情報を与えられた処置群と対照群とで女性の労働参加に対する意識に違いが出たかどうかを推定した。  

推定結果によると、女性を多く雇用している工場についての情報を与えられた親は、女性の労働参加をより肯定的に考えるようになることが分かった。また、肯定的に考えるようになるのは、一般的な女性の労働参加というよりは、自身の娘の労働参加についてであることも分かった。

本研究は、インドにおいて女性の新しい就業機会に関する情報を与えたところ、女性の労働参加が促されたことを示したJensen(2012)の研究に近いが、以下の2点において異なる。一つめは就業対象である。Jensen(2012)における新しい就業機会は、Business Processing Outsourcing(BPO)といわれ具体的にはデータ入力等を行うホワイトカラー職に分類されるところ、本研究は、縫製工というブルーカラー職への就業を対象としている。ブルーカラー職に就業する女性をよしとしない考え方は、かつてのアメリカでもみられたように(Goldin 2006)、南アジアに限らず普遍的といえるのに対し、女性がホワイトカラー職に就業することについてはもともと偏見が少ない。女性の労働参加をよしとしない考え方がとりわけ根強いパキスタン農村で、ブルーカラー職への女性の労働参加に着目するところが本研究の独自性である。二つめは介入のアウトカムである。Jensen(2012)が女性の実際の労働参加をアウトカムとしたのに対し、本研究におけるアウトカムは、女性の労働参加に対する親の意識である。パキスタン農村のような南アジアでも最も保守的な地域において、わずか1年で実際の労働参加に変化が出ることは考えにくい。逆に言えば、そのような保守的な地域でも、女性に適した就業機会に関する情報を与えるという比較的コストがかからない方法によって、娘の労働参加に対する親の意識に変化がみられたということは評価に値するだろう。実際の女性の労働参加を促すうえでの最初の一歩といえよう。  

発表に対しては、技術的なコメントのほか、内容についても有益なコメントを得ることができた。とりわけ、内面化された社会規範(本研究の文脈でいうと外で働くことをよしとしない社会規範によって形成された被調査者自身の意見や嗜好)と、社会的な圧力(働くことをよしとしない周囲の認識であり、言い換えれば他人から観察可能かどうかで変化する行動)との識別の必要性については、筆者が今後の課題として認識している点と共通するところがあった。

写真1 本研究は「ジェンダー」セッションで発表

写真1 本研究は「ジェンダー」セッションで発表
途上国におけるジェンダー経済学と労働に関する論文について

筆者の発表セッションには「ジェンダー」というタイトルがついており、同セッションで発表された論文はすべてジェンダー経済学と労働に関連したものであった。「ジェンダー」と題したセッションは他にもう一つあり、さらにそれ以外のセッションでも女性と労働に関する論文が多く発表された。途上国における女性の労働参加がトピックとして着目されていることが分かる。以下では、筆者の論文と関連する研究をいくつか紹介したい。  

Zahra Siddiqueによる論文"Violence and Female Labor Supply"は、インドのデータを用いて、女性への暴力の報道が増えたときに、高カーストのヒンドゥー教徒の女性は労働供給を控える傾向にあることを実証した。このような傾向は低カーストの女性ではみられないという。南アジアにおいて、高カーストもしくは社会経済的地位の高い女性ほど労働供給水準が低いのはなぜかを説明するうえで、セキュリティが一つの要因であることを裏付けるものだろう。また、Siddique論文で使用しているデータは、インドのNational Sample Survey(NSS)のほか、Global Database of Events, Language and Tone(GDELT)である。GDELTは、身体的暴力や性暴力などの出来事がメディアで報道された日付、場所、報道の頻度をデータベース化しており、誰でもアクセスが可能である。通常、暴力に関するデータは入手が困難であるところ、実際の暴力発生件数ではないという限界はあるものの、メディアで報道された頻度を代理変数として使用することで、暴力に関する調査研究を可能にしている点には注目すべきだろう。ただ、誰が暴力の対象となったかによって報道されるかどうかに偏りがあることは否めないという点は制約として念頭に置く必要があろう。  

Monisankar Bishnu and Kanika Mahajanによる論文"What Determines Women's Labor Supply? Market Productivity, Home Productivity, and Social Norms"は、女性の教育水準、家事労働生産性、賃金労働供給との関係を各国のデータをもとにモデル化し、インドについてIndia Time Use Data 1998-99を用いて構造推定を行った。低教育水準の女性の労働供給は、モデル上の男女賃金差によってほぼ説明できる。だが、高教育水準の女性については、教育、家事労働生産性、労働供給の関係をモデルによって説明することができない。その理由として、社会規範が背景にあるのではないか、と結論づけている。女性の労働参加は、教育水準が高くなるほど、モデルが予想するより低い水準になるという。Bishnu and Mahajan論文でいうところの社会規範は、筆者の本研究における社会規範、すなわち女性が外で働くことをよしとしない考え方ではなく、家計内で女性が家事労働を担うべきという考え方である。労働市場におけるリターンではなく、結婚市場におけるリターンで考えると女性の教育投資を上手く説明できるようである。この視点――南アジアにおいては、親が娘の教育投資を決めるうえで、労働市場ではなく結婚市場におけるリターンが重要である――は、筆者のこれまでの研究に共通する問題意識である。  

Mariana Viollaz and Hernan Winkerによる論文"Does the Internet Reduce Gender Gaps? The Case of Jordan"は、ヨルダンの2010-16年にわたるモバイルブロードバンド技術の普及とパネルデータを用いて、インターネットへのアクセス向上が、ウェブ上での求職活動と女性の労働参加を促したことを実証した。南アジアと同様、女性が外で働くことをよしとしない社会規範があるヨルダンにおいて、インターネットを通して得られる新しい情報により、ジェンダーに関する社会規範そのものが変化し、女性のエンパワメントにつながったことを示している。技術の普及が社会規範そのものを変化させていく可能性は、南アジア女性の労働参加を促すことを目的とする研究に対して新たな視点を与えるものであろう。

アシモグル教授による基調講演――人工知能と労働需要

ダロン・アシモグル・マサチューセッツ工科大学教授は、"Productivity, Work and Wages: Lessons for Developed and Developing Economies"と題し、人工知能(AI)技術の発達によるオートメーション化が労働需要に与えるインパクトについての基調講演を行った。世界銀行の最新の世界開発報告も、情報技術革新や機械学習が労働の性格そのものに変化をもたらしていることに着目しており(World Bank 2018)、この分野への関心の高まりがうかがわれる。オートメーション化の労働需要への影響としては、一つには機械が労働に替わり労働需要を減らすことが考えられる。もう一つには、オートメーションの深化がこれまでにない労働需要を生み出すほか、コスト削減によって労働需要を増やすことも考えられる。ただ、データが示す限りにおいては、オートメーションの深化によって生産可能性フロンティアが拡大しているわけではなく、これまでと同じ生産可能性フロンティア上で「そこそこの技術("so-so technologies")」が労働に代替しているにすぎないという。この行きつくところは、労働需要のさらなる減少と貧富の格差の拡大である。

まだ新しい研究分野で先を見通すことは難しいだろうが、もし、アシモグル教授の指摘する「誤ったオートメーション化」が今後も続いていくならば、それは途上国にどのような影響をもたらすのだろうか。これまで途上国の安価な労働力を求めてアウトソースされていた仕事がアメリカのような先進国に逆戻りするような現象が、すでに中国やインドネシアで見られているという。また、豊富で安価な労働力を利用した輸出向け製造業によって経済成長を遂げてきたアジア諸国の成長モデルは、大きな岐路に立たされていると言わざるを得ないだろう。

本会議に参加して

筆者にとって本会議は、前述した論文を対外的に発表する初めての機会であったが、著名な国際会議で発表する機会を得られたことは大変有益であった。多くの参加者から本研究に対し強い関心が示されたことで、この関心に沿って研究を続けていく意欲がさらに高まった。セッションでの反響の結果、世界銀行のSouth Asia Gender Innovation Labのチームとネットワークを築くこともできた。今後の研究協力の可能性を積極的に探っていきたい。  

また、自身の研究における大局的な目的である、途上国の女性の労働参加をいかに女性のエンパワメントに結び付けていくか、という視点が、国際協力全体の文脈のなかでも中心に位置づけられていることを確認できたことも有益であった。関連する研究に多くふれることで、大いに知的刺激を受けることもできた。さらに、アシモグル教授の基調講演などを通して、途上国が直面している大きな国際的な流れにも触れることができた。これも、自身の研究に没頭するのみではなかなか意識できないことであり、自身の研究を深めていくうえで貴重な経験となった。

写真の出典
  • 写真1 筆者撮影
参考文献
  • Goldin, Claudia. 2006. "The Quiet Revolution that Transformed Women's Employment, Education, and Family," American Economic Review 96(2): 1–21.
  • Jensen, Robert. 2012. "Do Labor Market Opportunities Affect Young Women's Work among Family Decisions? Experimental Evidence from India," Quarterly Journal of Economics 127(2): 753–792.
  • World Bank. 2012. World Development Report 2013: Jobs. Washington, D.C.: World Bank.
  • World Bank. 2018. World Development Report 2019: The Changing Nature of Work. Washington, D.C.: World Bank.
著者プロフィール

牧野 百恵(まきのももえ)。アジア経済研究所海外研究員(ニューヨーク)。博士(経済学)。専門分野は家族経済学、人口経済学。著作に"Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women's Inheritance Rights"(Review of Economics Household, 2019, 17(1): 287-321)、"Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan"(Journal of Population Economics, 2019, 32(3): 769-797)等。

書籍:Dowry in the absence of the legal protection of women’s inheritance rights

書籍:Marriage, dowry, and women’s status in rural Punjab, Pakistan

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