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環境法の独立宣言――中国環境法典制定の立役者とその動機

Declaration of Independence for Environmental Law: The Architects’ Motivation Behind China's Environmental Code

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002002068

2026年9月

(5,511字)

なぜ環境法典は制定されたのか?

中国では2026年3月に環境分野の法令を統合した「生態環境法典」(以下、環境法典とする)が制定された。環境法典は民法典に続く2つ目の大部の法典であり、環境法のあり方を大きく変革しうるものである。さらに気候変動・エネルギー政策の方向性を示すなど、実務・研究を問わず多方面からの注目を集めている。

環境法典は誰が中心となって編さんと制定を進めたのだろうか。中国の法制定においては、人民代表大会またはその常務委員会での法案の提出、審議、採決という手続きが踏まれている。そこでは、人民代表が産業セクターや地域の利益を主張し、それを反映するべく法案の修正が行われることもあるし、パブリックコメントの募集が行われることもある。

しかしながら、そもそも政権の交代は想定されておらず、選挙手続き自体が共産党の管理下にあるなど、「民主的に」進められる法制定プロセスの結果が共産党の意図や利益に反するものになることはない。特に重要な法律の制定や改正においては、内容レベルで指導部の意向が重要な役割を果たしていると見られる。

しかし、こと環境法典の編さんに関しては経緯からして党中央からの指示は発端になっていない。環境法学者側にイニシアティブがあり、共産党指導部にとって好ましいレトリックを使いながら編さんへの支持を取り付けて制定にこぎつけた、という仮説が、現時点において最も整合的な説明であると考えられる。それでは、立役者である環境法学者が編さんを強力に推進した背景には何があったのか。彼ら/彼女らが法典編さんに注力した動機は何だったのか。本稿では法典編さんから成立までの経緯を振り返るとともに、中国の法体系の中における環境法の位置付けの変遷に着目して論じてみたい。

写真:全国人民代表大会、議場内の様子(2015年撮影)

全国人民代表大会、議場内の様子(2015年撮影)
「引き裂かれた法」としての環境法

現代中国の法体系において環境法は「引き裂かれている」と形容されていた[李 2018]。中国における法律の分類では、次の7つの主要分野があるとされてきた。

憲法、民法・商法、行政法、経済法、社会法、刑法、訴訟・非訴訟手続法

これは2011年に国務院新聞弁公室が『中国の特色ある社会主義法体系』という白書で示した分類である[国務院新聞弁公室 2011]。しかし、これは単なる分類方法ではなく、中国の法体系の構成を示した実質的なスタンダードとされてきた。この白書は毎年出版されるレポートの1つではなく、「共産党が法制定を進めてきた結果として、中国の法体系が一応の成立を見るに至った」というストーリーを伝えるべくして発行された経緯を有する。すなわち、党・政府が「中国の法体系においてどれが主要な法分野か」を示す文書でもあった。

上記の7つの分野の中に、環境法がないことから分かる通り、この時点で環境法は独立した法分野としては扱われず、多くの環境関連の法律はそれぞれ行政法と経済法へと分類された。例えば、汚染防止関連の法律は行政法の下に置かれ、エネルギー、天然資源、自然環境保全関連の法律は経済法に含まれるとされた。この2011年白書での分類方法は、環境法学者からすれば満足のいくものではなかった。メジャーな法分野としての地位を与えられなかったことへの不満という側面もあるかもしれない。もっとも、そうした感情を抜きにしてもこの分類は環境法の内容を踏まえたものとは言い難い。

中国に限らず、どの国においても環境ガバナンスでは行政による計画や規制が大きな役割を果たしており、環境分野での法律には行政機関の権限に関する規定が数多く設けられている。しかし、環境法のすべてが行政法というわけではなく、環境法は様々な法分野にまたがっている。公害が生じる場面では、汚染者と被害を訴える側との間で、民事上の責任(差止めや損害賠償)をめぐって訴訟が行われうるし、場合によっては汚染者の刑事責任が追及される。こうした環境に関わる民法・刑法上の問題は、それぞれ環境民法や環境刑法といった分野として扱われる。この他にも、環境に関わる訴訟は現代型訴訟の1つとして民事訴訟法の分野で長らく議論の対象にされており、実際に中国では司法による環境紛争の解決を強化するべく民事訴訟法の改正が行われている。

既存の法分野(行政法、民法、刑法、訴訟法)からすれば環境に関する法的な問題は1つのテーマに過ぎない。一方で、「環境」というイシューから見た場合は既存の主要な法分野のどこにでも「環境法」があるということになり、それらを総合すれば1つの分野を成している。こうした環境法の分野としての成り立ちは、刑法や民法といった既存の法分野とは異なることから、「領域法」と呼ばれている。

環境法の他にも「領域法」と呼ばれる分野がいくつもある。その規模は大小様々であり、エンターテイメントやスポーツなど制定されている法律の数が少ないものから、教育や環境のように数多くの法令があり、もはや主要な法分野の1つに匹敵するものまで幅広い。

環境法が成り立ちから見て領域法であることは確かにそうであるとしても、中国では2011年時点ですでにかなりの数の環境関連の法律が制定されていたのも事実である。それにもかかわらず、法体系においては主要な法分野の1つとして認められず、行政法や経済法の一部として分類されることになってしまった。こうした中国の環境法が置かれた立場を法学者は「引き裂かれている(被割裂)」と形容してきた。

「民法典に続け」――専門家草案の作成から立法プロセスまで

こうした引き裂かれた状態を終わらせること、そして法体系における主要な法分野としての地位を確立することは環境法学者の悲願となった。党・政府が公表する文書に環境法典の編さんや制定が明記されるようになるのは、確認できる限り2021年の「立法工作計画」が最初であり、環境法典法案の説明で記述されている経緯も、基本的には立法工作計画以降の動きのみである。しかしながら、環境法学者による法典編さんや制定に向けた動きはその数年前にまで遡る[朱 2025; 呉 2026]。まず、2017年に中国法学会の下で呂忠梅ら環境法学者を中心に研究チームが発足し、2018年から2022年にかけて「環境法典編纂研究(2018-2022)」というプロジェクトを実施している。このプロジェクトの成果として、2021年8月には研究者による草案(専門家草案)が完成している。当時、この専門家草案が出版されるとの情報があったが現時点まで出版を確認できておらず、おそらくプロジェクト関係者のみに冊子体で配布されたと見られる。この初期の専門家草案そのものではないがこの研究プロジェクトでの成果物として叢書[劉 2021]が出版されており、法学者による検討内容を見ることができる1。

中国の環境法学者が環境法典の編さんや制定を行おうとしたのは、これが初めてではない。今回の生態環境法典の制定まで、中国の環境法の中心となってきたのは1989年に制定された環境保護法であった。2014年に、環境保護法が大幅改正された際にも、呂忠梅をはじめとする環境法学者は環境法典の編さんを主張していた。しかし、当時は時期尚早とされたためか、他の環境法学者からの賛同を得られず着手に至っていない。2010年代初頭は大気汚染や水質汚染が深刻であり、腰を据えて法律の体系化を目指すよりも、既存の法令を改正し、そして何よりもそれらを着実に実施することが最優先の課題だったという事情もある。

こうして1度の挫折を経験した法学者が再度、環境法典編さんに向かう契機になったのは民法典の制定であると見られる。民法典が制定されたのは2020年であるが、民法典に向けた編さん作業はその数年前から、その各編を成す法律の制定や改正は数十年にわたって続けられてきた。また、それを支える研究の蓄積は数世代にわたる民法学者の努力によって成し遂げられている。こうした紆余曲折と研究の蓄積を経て体系化を果たした民法は、環境法を含む他の法分野の法学者にとってのモデルケースとなりうる。実際に、環境法典編さんにおいて法学者のまとめ役となっていた呂忠梅は論考において、民法典の編さんや制定に触れつつ、環境法でも独自の方法による体系化を目指すべき旨の主張をしている[呂 2022]。民法典の制定を契機とした法典化の動きは環境法だけに限らず、2020年以降は行政法や教育法の分野でも法典化を主張する研究者が現れている。

先ほど述べた編さんプロジェクトから、立法プロセスが始まるまでの詳しい経緯は現時点では分かっていない。確認できているのは、2021年4月に呂忠梅が全国人民代表大会常務委員会より環境法典編さん研究の委託を受けたこと、同年の「立法工作計画」に環境法典の編さんが盛り込まれていることである。党・国家の側での環境法典編さんに向けた明確な動きとして確認できるのはこれが最初である。ただし、この時点では「環境法典の編さんについて検討を行う」という表現にとどまっている。その後、2023年3月には呂忠梅らが全国人民代表大会第14期第1回会議で議案・専門家草案を提出、同年11月には常務委員会が編さん作業に着手している。

党中央・指導部が関わる文書に環境法典編さん・制定の話題が出てくるのは2023年末以降であり、2023年12月に公表された中共中央・国務院「『美しい中国』の建設を全面的に推進することに関する意見」、2024年7月の中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議決定でそれぞれ「環境法典の編さん」に触れている箇所がある。その後、2025年4月から常務委員会での審議が始まり、2026年3月の全国人民代表大会において可決された。今回の環境法典制定につながる実質的な編さん・起草作業が始まったのは、呂忠梅たちが研究プロジェクトを立ち上げた2018年頃と見られるが、この時期に党中央・指導部、または習近平から指示があった形跡は今のところ確認されていない。その後、2020年11月16~17日の党中央「全面的な依法治国に関する工作会議」で、習近平が「民法典の経験を踏まえ、条件が揃った分野では法典の編さん作業を始めるように」との旨の発言をしている[習 2021]。環境法などの特定の分野を想定した発言ではないが、これが当時、環境法典編さんプロジェクトを進めていた呂忠梅らにとって追い風になったことは十分想定しえる。

以上で整理した経過からは、環境法典の編さん作業は2017年から2021年の4年間で環境法学者を中心に進められ、2023年頃になってようやく党中央から編さんの指示が出されたことが分かる。専門家草案から全国人民代表大会に提出された法案2に至るまでに、どのような検討を経たのかについては、別途検証を要する。それでも、常務委員会がゼロから法案を作成したとは考えられず、法案は専門家草案がベースになっていると考えられる。

こうした経緯を踏まえると、法典編さん・制定はトップダウンの指示で始まったとは言い難い。環境法学者たちが党・政府に先立って編さんを始め、時機を待って立法プロセスに載せていった、という流れが描ける。しかし、それは環境法学者らが共産党を中心とする政治から無縁であったことの証左にはならない。編さんの中心的人物であった呂忠梅は2020年11月の習近平発言を引用し、法典化を共産党が掲げる「生態文明建設3」への貢献と位置付けるなど、共産党が描く大きなストーリーの中で行動している[呂 2021]。一方で、そこには環境法学者として実務の要請に応えつつ、法典化により主要な法分野としての地位を確立する、という動機も混ざり込んでいたように映る。環境法典の編さん・制定は、こうした複合的な動機を持つ環境法学者の行動なしには進まなかったであろう。

法典時代の中国環境法

環境法の「引き裂かれた」状態は、2026年3月の環境法典の制定とともに終わりを迎えた。

2026年3月25日、全国人民代表大会法制工作委員会は環境法を中国の法体系(中国の特色ある社会主義法体系)における新たな法分野の1つとする旨の記事を『人民日報』に掲載した[全国人民代表大会法制工作委員会 2026]4。これは比喩的な表現ではなく、法体系の7つの主要分野に環境法が含まれていなかったことを明確に踏まえたうえで、環境法典の制定によって中国の法体系に新たな主要分野として環境法が加わる、と論じている。これによって環境法は独立した分野として認められ、呂忠梅をはじめとする環境法学者の悲願は果たされたとも言えよう。

中国では目に見えるほどの大気・水質汚染は姿を消しつつあるが、環境法・政策がその役目を終えたわけではない。土壌汚染や長年の開発・利用で疲弊した生態系・自然環境の回復のように長期的に対処するべき問題は残っているし、エネルギー・気候変動、循環型経済など、これまで後手に回ってきた課題に向き合う時期に来ている。また環境法典自体も、一応の完成を見た、といった方が適切である。汚染防止対策関連の法令は完全に統合したものの、天然資源、自然環境、生態系に関しては一部を法典に取り込みつつも、既存の法律は廃止しなかった。気候変動に関しては包括的な立法を経ておらず、今回の法典において将来の法制定を見越した方針や原則を示す規定を盛り込むにとどまった。

環境法の法典化と独立した法分野としての成立は締めくくりではなく、中国の環境法政策が新たなスタートラインに立ったことの象徴として記憶されるべきであろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Voice of America(Public domain)
参考文献

(日本語)

  • 大塚健司 2022.「環境問題の解決はどこまでできるのか」川島真・小嶋華津子編『習近平の中国』東京大学出版会, 51-65.

(中国語)

  • 刘长兴(劉長興)主编:《环境法体系化研究》,法律出版社2021年版。
  • 李艳芳(李艶芳):《论生态文明建设与环境法的独立部门法地位》,载《清华法学》2018年第5期,第36-50页。
  • 吕忠梅(呂忠梅):《中国环境法典的编纂条件及基本定位》,载《当代法学》2021年第6期,第3-17页。
  • ――《环境法典编纂的基本问题》,载《荆楚法学》2022年第1期,第25-40页。
  • 习近平(習近平):《坚定不移走中国特色社会主义法治道路 为全面建设社会主义现代化国家提供有力法治保障》,载《求是》2021年第5期。
  • 国务院新闻办公室(国務院新聞弁公室):《中国特色社会主义法律体系》,国务院新闻办公室2011年版。
  • 全国人大常委会法制工作委员会(全国人民代表大会法制工作委員会):《推动中国特色社会主义法律体系与时俱进、完善发展》,载《人民日报》2026年3月25日第9版。
  • 吴凯杰(呉凱傑):《回顾 | 中国法学会环境资源法学研究会“环境法典编纂研究”课题组大事记(2016-2026)》,载中国法学会环境资源法学研究会2026年4月23日。
  • 朱宁宁(朱寧寧):《吕忠梅:流淌在青山绿水间的履职故事》,载《法治日报》2025年3月5日第5版。

(英語)

著者プロフィール

山田浩成(やまだこうせい) アジア経済研究所 新領域研究センター 環境・資源研究グループ、研究員。博士(法学)、専門は環境法政策、現代中国法。生態系の回復や環境再生(修復)に関する法制度を主なテーマとし、近時は裁判例研究への量的テキスト分析やLLMsの応用を行っている。最近の主な業績は、「中国における太陽光パネルリサイクルの法的枠組み : 現状と最新動向」『環境法研究』(20): 111-130 (2024年11月)、“Do Chinese Judges Go Green?: Quantitative Approach to Measure Eco-Civilization Thoughts in Judgements.” IDE Discussion Paper (929) (Mar, 2024)、「中国における環境修復に関する法制度の概況――原因者負担原則の観点からの評価に向けて」『一橋法学』22(1): 207-232(2023年3月)。


注
  1. 奇しくも筆者は同時期(2018~2021年)に中国人民大学法学部の環境・資源保護法専攻に在籍しており、当時教授や学生から頻繁に環境法典や体系化に関する話題を振られたこと、諸外国の環境法典の事例を収集し比較する研究が行われていることを耳にした記憶がある。しかしながら、まさか数年後に環境法典が実際に制定されるとは思っていなかったというのが正直なところである。
  2. 全国人民代表大会で審議にかけられた当時の法案はNPC Observer(中国の立法動向を追う有志研究者のウェブサイト)でアーカイブされている[Wei 2025]。
  3. 「生態文明(建設)」とは中国共産党が掲げる「経済、政治、文化、社会の幅広い領域にまたがる持続可能な発展の実現に向けた国家建設の指導的理念」である[大塚 2022]。持続可能な発展(Sustainable Development)と重なる部分も多いが、中国の歴史的経験や伝統文化にルーツを持つこと、さらに共産党の領導によって実現されることなど、民族的、政治的要素も含む[Hansen, Li and Svarverud 2018]。
  4. ここでは法体系を構成する分野の調整を行うことを明言している資料として、『人民日報』の3月25日記事を引いているが、変更点の重要度からして制定直前に決まったとは想定しがたい。環境法を新たに法体系の主要分野の1つに加えることは、草案審議中または草案提出の前のある時点で固まっていたと見られる。
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