IDEスクエア
TSMCはなぜ熊本で3ナノ生産をめざすのか
Why Is TSMC Seeking to Produce 3nm Chips in Kumamoto?
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002002046
2026年8月
(5,012字)
日本初の先端ロジック半導体量産へ
2026年2月5日、東京の首相官邸で高市早苗首相と世界の半導体受託製造最大手・台湾積体電路製造(以下、TSMC)の魏哲家董事長(以下、会長)兼最高経営責任者(CEO)が面会した1。この席でTSMC側は、熊本で建設中の第2工場について、生産計画を見直す意向を表明した。従来の計画では、自動車・スマートフォン搭載のカメラ・産業機器などで広く使われるレガシー半導体を中心に生産する予定だった。だがこの計画を変更し、AIブームで需要が拡大している3ナノメートル(以下、ナノ)級の先端ロジック半導体の製造をめざすというのである2。仮にこの計画が実現すれば日本国内で初めて先端ロジック半導体が量産されることになる。現在、2ナノ・3ナノの先端ロジック半導体を量産している国は、米国(インテル)、台湾(TSMC)と韓国(サムスン電子)のみであり、日本はその仲間入りをめざす。
なぜTSMCは、このような世界最先端の技術を熊本で導入するに至ったのか。本稿ではTSMCの視点からその理由を明らかにし、熊本工場の今後を展望する。
TSMC熊本のこれまでの歩み
2021年11月、TSMCは熊本県に半導体製造子会社 Japan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社(以下、JASM)を設立する方針を発表した3。JASMはTSMCが過半数を出資する子会社として設立され、長年の大口顧客であるソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、ソニー)も少数株主として参画した4。
当時、半導体が世界的に不足していた。そのなかで、熊本工場は、AI、ハイパフォーマンスコンピューティング(以下、HPC)、スマートフォン向けの2ナノや3ナノといった用途が限られる先端ロジック半導体の生産拠点ではなく、日本の幅広い産業で用いられる成熟プロセスのレガシー半導体を安定的に供給する拠点として構想されていた5。当初の計画は、22/28ナノのレガシー半導体を主軸に2024年末までの稼働開始をめざし、月間生産能力は300ミリメートルのウェーハ換算で4万5000枚を予定していた6。これまでに国内で生産できるのは40ナノ以上であったことを考えると、日本の半導体産業にとって大きな飛躍であった。
約70億米ドルの設備投資が見込まれるこの計画は7、日本政府からの強力な支援を前提にしていたと考えられる。実際、日本政府はこの計画を経済安全保障上重要な案件と捉えた。2022年6月には経済産業省がJASMの熊本工場を「特定半導体生産施設整備等計画」として認定し、最大4760億円の助成を行うことを決定した8。
その後、第1工場の稼働開始を待たずにJASMをめぐる協力の枠組みは拡大した。2022年2月にはデンソーがJASMに約3億5000万米ドルを出資し、10%超の株式を取得することが発表された9。これに伴い、熊本工場はすでに公表していた22/28ナノプロセスに加えて、12/16ナノFinFET(フィン型電界効果トランジスタ)プロセス技術へと事業内容を拡張し、月間生産能力も300ミリメートルウェーハ換算で5万5000枚へ引き上げられた10。デンソーは、自動運転や電動化の進展により半導体の重要性が自動車産業で一段と高まっているとし、TSMCとの提携を通じて車載半導体の中長期的な安定供給に貢献する考えを示した11。
さらに2024年2月には、TSMC、ソニー、デンソーに加えてトヨタ自動車が少数株主として参画し、あわせて熊本第2工場の建設計画が発表された12。この時点で、第1工場と第2工場は40ナノ、22/28ナノ、12/16ナノ、6/7ナノプロセスを用いて、自動車・スマートフォン搭載のカメラ・産業機器向けに、月間10万枚超の300ミリメートルウェーハを生産する拠点として構想されていた13。出資比率は、TSMC約86.5%、ソニー約6.0%、デンソー約5.5%、トヨタ約2.0%である14。経済産業省は第2工場についても2024年2月に「特定半導体生産施設設備等計画」として認定し、最大7320億円の助成を決定した15。同月には、第1工場の開所式が行われた。その後、第1工場は2024年末に40ナノの量産を開始し、歩留まり(良品率)も良好であった16。2026年第一四半期には、最終損益が9億5138万台湾ドル(約47億円)と量産開始後初めて黒字になった17。
以上のように、熊本工場は当初、2ナノや3ナノといった先端ロジック半導体の生産ではなく、日本国内で必要とされるレガシー半導体を安定的に供給する製造拠点として構想されていた。では、なぜTSMCは熊本工場を先端ロジック半導体の生産拠点へと転換させたのか。
台湾国内の「五欠」問題
TSMCが熊本での3ナノ生産に踏み切った理由として第一に考えられるのは、先端半導体に対する需要の急速な拡大である。未曾有のAIブームを背景に、CPU(中央処理装置)、GPU(画像処理装置)などの半導体の需要が急速に拡大している。世界半導体貿易統計(WSTS)の予測によれば、2026年の世界半導体市場は1兆5112億米ドルに達し、前年比89.9%増となる見通しである18。こうした市場拡大の波を受けTSMCも売上を大きく伸ばしている。2025年の売上高は約1224億2000米ドルに達し、前年比35.9%増となった19。成長を牽引しているのがAI関連製品に用いられる2ナノ・3ナノの先端半導体である。熊本で製造予定の同社の3ナノは2025年時点で量産開始から3年目を迎え、TSMC全体のウェーハ売上の24%を占める主力製品へと成長した20。TSMCは本社のある台湾北部だけでなく、中部、南部、さらには米国アリゾナ州でも生産能力の拡大を進めている。しかしながら、急速に拡大するAI需要に対して、魏哲家会長は「生産は遠く追い付かない」と発言している21。したがって、熊本第2工場の3ナノ化は、世界的に急拡大するAI・HPC需要に対応するためのTSMCの戦略的な施策だと考えられる。
生産拡大の拠点としてなぜ台湾国内ではなく、熊本を選んだのか。台湾海峡をめぐる緊張の高まりを受け、顧客企業が生産拠点の分散を求めていることはその一因として挙げられる。しかし、より根本的な理由は、台湾国内におけるリソースの制約にある。TSMCは長年、台湾のいわゆる「五欠」問題に直面してきた。それは、土地、水、電力、高度人材、労働力の不足を指す。AI・HPC向け先端半導体の需要が急増するなかで、その需要拡大に見合う生産用地を台湾国内で継続的に確保することは次第に難しくなっている。さらに、水の供給が安定していない。半導体製造には大量の超純水が不可欠であるが、台風の上陸回数が少ない年には水不足に見舞われる可能性がある。台湾各地のダムや貯水池を接続させ地域間で水資源を融通する計画も構想されているが、いまだ公式な発表はない22。
また、安定した電力の供給が疑問視されている。精密かつ連続的な工程を行う半導体工場では、瞬間的な停電や電圧低下であっても生産停止や歩留まり低下につながり得る。先端半導体工場やデータセンターの増設を背景に電力需要は急速に拡大しており、夏季の需要ピーク時や太陽光発電の出力が失われる夜間には、電力供給の安定性の指標となる予備率が6%以下まで低下する可能性が懸念されている23。電力需要の大きい北部は中南部の発電所からの長距離送電に依存しているため、送電設備の故障や系統障害が発生した場合、北部の工場への電力供給に影響が出る可能性がある24。
高度人材を含む労働力不足も深刻な課題である。人口約2300万人の台湾は世界でも最低水準の出生率に直面しており、人材不足は今後さらに深刻化する。頼清徳政権は少子化対策を重点政策の一つに位置付けているが、その効果が現れるまでには相当な時間を要する。
3ナノの海外展開先としての熊本
熊本はTSMCにとって、以上の「五欠」問題に起因する制約を緩和しつつ生産能力を拡大できる重要な拠点となり得る。熊本にはすでに半導体関連企業の集積があり、サプライチェーンを構築しやすい。また、半導体製造に不可欠な大量の水についても、熊本地域は地下水盆を有し、豊富な水資源に恵まれている25。電力面でも、九州電力管内では川内原子力発電所と玄海原子力発電所の計4基が稼働しており、安価で安定的な電力供給が期待できる。さらに、原子力発電は脱炭素化にも資するため、環境負荷低減を重視するTSMCの顧客企業にとっても魅力的である。
一方、人材面では課題も存在する。TSMCの台湾における勤務形態は、12時間勤務を週4日行うシフト制を基本とし、さらに昼夜問わず緊急対応に応じることが求められる。ただ、このような働き方を日本でそのまま導入することは、労働法や雇用慣行の違いから容易ではない。しかし、日本は高い技術力を有する高度人材が多いうえ、欧米諸国と比較すると勤勉な労働文化が根付いている。したがって、一定水準の人材確保と生産体制の構築は十分可能である。
ただし、3ナノ生産が熊本だけで完結する可能性は低い。なぜなら、3ナノの製造拠点を国内に持つことと、そのサプライチェーンを国内で完結させることは同義ではないからである。半導体の生産工程は大きく設計、前工程、後工程に分けられる。TSMCはこれまで前工程において圧倒的な技術力と競争優位を築いてきた。従来の半導体製造において、後工程は前工程に比べて付加価値が低い工程と見なされ、後工程専業受託企業(OSAT)に委託されることが多かった。しかし、先端半導体製造ではこの構図が変わりつつある。その理由は、半導体の高性能化がもはや前工程だけでは実現しにくくなっているためである。
そこで重要性を増しているのが後工程での先端パッケージングである26。先端半導体の製造において、先端パッケージングは性能を左右する中核技術である。現在、TSMCは自社独自の先端パッケージング技術と生産能力を有し、競争力の一部として位置付ける27。米アリゾナ工場は先端パッケージング施設を建設することが公表されたが28、熊本は同様の計画がまだ明らかにされていない。台湾のOSAT大手・日月光投控(ASE)は、2024年4月に北九州市と用地取得の仮契約を結んだものの29、今後の計画は現時点では不透明である。熊本第2工場で製造される3ナノについては、先端パッケージングを含む後工程を既存の台湾拠点で行う可能性が高い。
熊本は先端半導体生産拠点になれるのか?
それでは、日本国内で3ナノを量産することは、TSMCと日本の半導体産業にとって、それぞれどのような意味を持つのだろうか。
TSMCにとっては、台湾国内のリソース不足を補完し、生産能力を拡大させる有効な手段である。ただし、AI需要の急速な拡大を背景にTSMC自身も先端パッケージング工程が追いついておらず、一部を台湾国内のOSATに委託している30。しかしその委託先も受注で埋まりつつある。このため、短期的には台湾で後工程を行うとしても、中長期的にはTSMCが熊本で先端パッケージングを含む後工程まで展開する可能性も十分考えられる。
日本にとっては、先端半導体の前工程を国内に誘致することで、世界の半導体サプライチェーンにおける存在感を高める大きな前進となる。しかし、より強靱かつ完結した先端半導体サプライチェーンを構築するためには、前工程だけでなく、先端パッケージングをはじめとする高度な後工程技術の集積が不可欠である。したがって日本政府が継続的に支援を行い、TSMCによる後工程を含む追加投資や関連する高付加価値サプライヤーの対日投資を後押しできるかが、熊本の先端半導体拠点化の成否を左右する鍵となる。
(追記)2026年7月28日に発生した「令和8年熊本地震」において、熊本工場では従業員全員の無事を確認した31。地震の影響により、第1工場の生産および第2工場の建設工事を一時中断したものの、第1工場の生産は8月3日に32、第2工場の建設工事は7月29日にそれぞれ再開した33。また、TSMCは被災地の復旧・復興支援のため、2億5000万円の寄付を行うことを発表した34。
写真の出典
- 首相官邸(CC BY 4.0)
著者プロフィール
青木美璃(あおきみり) アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ。専門は台湾経済、開発経済学、政治経済学。
注
- 「TSMC、熊本で3ナノ半導体 AI向け最先端品 工場計画を転換 董事長、首相と面会」『日本経済新聞』2026年2月5日。
- 同上。
- 「台積公司宣布興建日本特殊技術晶圓廠 索尼半導體解決方案公司投資少數股權(TSMC、日本に特殊プロセス技術を用いる半導体工場の建設を発表、ソニーセミコンダクタソリューションズが少数持分を取得)」TSMC・ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)、2021年11月9日。
- 「TSMCによる半導体ファウンドリの日本での設立と、ソニーセミコンダクタソリューションズによる少数持分出資について」ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)、2021年11月9日。
- 同上。
- 同上。
- 同上。
- 経済産業省「認定特定半導体生産施設整備等計画」。
- 「デンソーによる、JASMへの少数持分出資について」TSMC・ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)・(株)デンソー、2022年2月15日。
- 同上。
- 同上。
- 「JASM計畫於日本熊本進行擴建(JASM日本熊本で工場増設を計画)」TSMC、2024年2月6日。
- 同上。
- 蘇嘉維・簡永祥 2024.「台積熊本一廠才要開幕、二廠拍板動工!豐田成最大出資集團,意味什麼?(TSMC熊本第1工場の開所を目前に、第2工場の建設も決定 トヨタグループが日本側最大の出資主体となる意味とは)」『經濟日報』2024年2月7日。
- 経済産業省「認定特定半導体生産施設整備等計画」。
- TSMC 2026.「民國一百一十四年度年報(民国114年度年次報告書)」2026年3月12日。
- 「TSMC熊本工場、初の最終黒字 26年1〜3月期」『日本経済新聞』2026年5月16日。
- 「世界半導体市場は2026年に1.5兆ドル超え、WSTS予測が大幅に上方修正」『ビジネス短信』日本貿易振興機構、2026年6月4日。
- TSMC 2026.「民國一百一十四年度年報(民国114年度年次報告書)」2026年3月12日。
- 同上。
- 朱子呈・尹慧中 2026.「台積電股東會/魏哲家:台灣仍是最大生產基地 美國產能『遠遠不夠』(TSMC株主総会/魏哲家:台湾は最大の生産拠点であり続ける、アメリカは到底足りない)」『經濟日報』2026年6月4日。
- 李卉婷 2026.「透露總統提遠大計畫 魏哲家:不用再講土地水電會缺(総統の壮大な計画を明かす 魏哲家:土地・水・電力不足については議論しなくてよくなる)」中央通訊社、2026年6月12日。
- 曾智怡 2025.「智庫關切半導體用電 台電:平衡區域供電是關鍵(シンクタンクが半導体向け電力を注視 台湾電力:地域間の電力供給の均衡が鍵)」中央通訊社、2025年2月21日。
- 同上。
- 「世界に誇る地下水都市・熊本」熊本市、2024年2月14日。
- 「先進パッケージング技術の進化」大分デバイステクノロジー(株)、2026年1月13日。
- “CoWoS®.” TSMC.
- “TSMC Intends to Expand Its Investment in the United States to US$165 Billion to Power the Future of AI.” TSMC, March 4, 2025.
- 「北九州市長、台湾半導体のASE工場初訪問 『パートナーシップ確認』」『日本経済新聞』2026年1月29日。
- 李孟珊 2025.「台積電先進封裝訂單大爆滿 擴大委外釋單…日月光大贏家(TSMCのパッケージング受注が満杯 外部委託を拡大… ASEが最大の勝ち組)」『經濟日報』2025年12月8日。
- 「TSMC、熊本工場の『構造上の安全確認』 退避した従業員は全員無事」『テレ朝NEWS』2026年7月29日。
- 「TSMC熊本、通常生産に戻る 地震影響の検査終了」『NEWSjp』一般社団法人共同通信社、2026年8月3日。
- 杉山康介 2026.「令和8年熊本地震、半導体メーカー工場の対応状況【8/4 19時10分更新】」EE Times Japan、2026年7月29日。
- 「TSMC、熊本工場の生産復旧 復興支援に2億5000万円寄付」『日本経済新聞』2026年8月3日。
この著者の記事
- 2026.08.27 (木曜) [IDEスクエア] (世界を見る眼)TSMCはなぜ熊本で3ナノ生産をめざすのか
- 2026.03.11 (水曜) [IDEスクエア] (世界を見る眼)(世界はトランプ関税にどう対応したか)第11回 台湾 関税か投資か――半導体サプライチェーンをめぐる米台関税交渉
