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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.150 保護主義化するインドの貿易政策――関税引き上げ品目の特徴は?――

椎野 幸平

2021年10月8日発行

PDF (757KB)

  • 2020年11月に署名された地域的な包括的経済連携協定(RCEP)に参加しなかったインドでは2018年以降、断続的に関税が引き上げられている。
  • 2017年から2019年までに引き上げられた従価税対象の関税品目数は2319品目で、従価税品目総数の45.3%に及び、平均実行関税率は2017年の13.5%から2019年には17.3%に上昇している。
  • 幅広い産業で関税引き上げが行われているが、引き上げ幅が顕著な品目はインドが伝統的に比較優位を持つ縫製品や履物など労働集約財である。

RCEP署名を見送ったインドのモデイ政権は、2018年以降、平均実行関税率を引き上げている。RCEP離脱も同政権の保護主義的な貿易政策が底流にあるととらえることができる。その関税引き上げにはどのような特徴が見られるのか検証する。

RCEPを離脱したインドの貿易政策

2020年11月のRCEP署名を見送ったモデイ首相は、2019年11月のRCEP首脳会議において、「未解決の課題」があると指摘し、同共同首脳声明ではインドの最終判断は未解決の課題解決にかかっていると発表されていた。このインドの未解決の課題とは、報道等の公表情報に基づく限り、ベースレートの基準年、特別セーフガード、原産地規則、自由なデータフロー、投資の約束方式が挙げられるが、インドが主張したとされる未解決の課題と実際に署名されたRCEPの協定書を比較した場合、離脱を決定付けるような要素はほぼ見出せず、インドのRCEP離脱は、多額の貿易赤字と外交課題を抱える中国とのFTA締結を回避した「中国要因」、国内に多数の雇用を抱える酪農セクターからの強い反対による「酪農要因」が、政治コストを高めたことが要因と考えられる(椎野2021)。

さらに、ジャイシャンカール外務大臣は、FTAは望ましくない脱工業化(de-industrialize)をもたらしていると指摘し、貿易自由化が国内製造業の育成に結びついていないとの認識を示している。

そのモデイ政権は、2018年以降、幅広い品目で断続的に関税を引き上げている。バジパイ政権(1998~2004年)、マンモハン・シン政権(2004~2014年)は、1991年以降の経済開放政策の流れを受けて、一般関税を引き下げるとともに、FTAを推進してきたが、モデイ政権はRCEP離脱も含めこれまでFTAを締結せず、かつ関税の引き上げに転じている。

2018年以降の関税引き上げの特徴

モデイ政権の関税引き上げは、どのような品目で、どの程度引き上げられ、どのように特徴付けられるのだろうか。WTO関税データベースを用いて、確認していくこととする。

同データベースで取得できるインドの2017~2019年のHS6桁ベース(HS2017・品目総数5386品目)のデータを用い、同期間において関税率換算が難しい従量税と関税率の記載のない品目を除き、従価税が課される5119品目を対象に分析する。

インド全体の平均実行関税率(MFNベースの単純平均)は、同データベースで統計が取得可能な1996年には38.7%であったが、年々引き下げられ、2010年から2017年までは12~13%程度で推移してきた。しかし、モデイ政権によって、2018年には前年の13.5%から17.1%に、2019年には17.3%に引き上げられている。インドのWTOにおける譲許税率(それ以上の関税率に引き上げないことを約束する上限税率)は50.8%に留まっており、WTOの約束上、引き上げ幅の余地が大きい状況にある。

この平均実行関税率の水準(2019年)は、中国(7.6%)、タイ(9.3%)、インドネシア(8.1%、2018年)、フィリピン(6.1%)、ベトナム(9.5%、2020年)など東アジア主要国と比較して大幅に高い水準にあり、インドの高関税が際立っている。

2017年を基準に2019年までに引き上げられた関税品目総数は2319品目で、従価税・総品目数の45.3%に及んでいる。一方、引き下げ品目は30品目に留まる。

主要産業別にみると、関税引き上げは幅広い産業に及んでいる。特に、引き上げ幅が顕著な品目はインドが伝統的に比較優位を持つ縫製品や履物で、前者の平均実行関税率は2017年の9.9%から25.0%へ、後者は10.0%から23.8%へ、大幅に引き上げられている(図表1)。また、糸・生地などの繊維製品も同9.9%から23.1%に引き上げられている。その他、鉄鋼や輸送機器など国内に一定の生産基盤がある産業に対する関税引き上げ幅が大きい一方、輸入依存度が高いと考えられる電気機器や一般機械、精密機器については若干の引き上げに留まっている。

各産業の従価税品目総数に対する関税引き上げ品目数の比率をみると、縫製品と履物、鉄鋼はすべての品目で、繊維製品も99%の品目で引き上げられている。一方、機械機器(一般機械、電気機器、輸送機器、精密機器)の同比率は27.2%に留まっており、選択的に引き上げられていることがわかる。

関税引き上げは幼稚産業保護など一定の合理性が与えられる場合もあるが、インドの関税引き上げがほとんどの産業に及び、かつ伝統的に比較優位のある労働集約財で顕著に引き上げられていることは、保護主義的な政策として特徴付けられるだろう。

WTOでの約束を軽視する姿勢

インドの関税引き上げ品目のなかで、WTOでパネルが設置され係争となっている案件もある。それはスマートフォンなど一部の情報通信機器で、インドは譲許表で無税を約束しているにもかかわらず、関税を引き上げ、GATT第2条(譲許表)違反となっている可能性があるためである。

このうち、スマートフォンをみると、インドは譲許表で無税を約束しながらも、同品目に対する関税を2018年に20%に引き上げている。この背景には2010年代半ば以降、同製品の現地生産が進展をみせるなかで、それを後押しすることが狙いとみられる。

図表1 インドの主要産業別の平均実行関税率と関税引き上げ・引き下げ品目数の推移(2017~2019年)

図表1 インドの主要産業別の平均実行関税率と関税引き上げ・引き下げ品目数の推移(2017~2019年)

〔注〕関税引き下げ品目数はマイナスで表示。産業分類の括弧内の数値は各産業の総品目に対する引き上げ品目数の比率。
〔資料〕WTOから作成

確かに、幼稚産業を育成する観点から短期的な関税引き上げには合理性があり得ることは否定できないが、インド政府は生産連動インセンテイブ(PLI:Production Linked Incentive Scheme)を用いて、スマートフォンの現地生産に補助金スキームを提供しており、関税引き上げまでが本当に必要であるのか、冷静な政策判断が求められる。また、インドのスマートフォン市場の拡大が規模の経済を生み出し、近年の現地生産進展につながっていることも考えられる。少なくとも、インドにWTOにおける約束を軽視する姿勢がみられることは問題である。

背景に成果乏しいMake in Indiaと対中輸入

関税引き上げについて、シタラマン財務大臣は、これまでの予算案の演説で、国内生産促進、輸入品と国産品の競争条件の平準化を目的として挙げている。

2020年、2021年においても、一部の原材料等では関税引き下げが行われる一方で、工業製品を中心に関税引き上げが行われている。2020年には、履物、家具、文房具類、玩具類、携帯電話部品など、2021年にはプラスチック製品、皮革製品、一部の自動車部品、LED部品、ソーラー・インバーター、ソーラー・ランターンなどの関税を引き上げている。

モデイ政権は、2014年に政権取得後、Make in Indiaを掲げ、製造業の振興を図ってきた。近年、前述のスマートフォンの現地生産が進むなど一定の進展もみられるが、GDPに占める製造業の比率は2014年度の16.3%から2019年度には14.7%にむしろ低下するなど、総じて目立った成果は生まれていない。

加えて、この間、特に2014年から2018年にかけ、工業製品を中心に中国からの輸入が増加している。対中貿易赤字はインドの貿易赤字全体の32.8%(2019年)を占めており、機械機器の貿易収支に限れば、同貿易赤字の64.6%が対中赤字である。国内に一定の産業基盤がある縫製品や履物などの貿易においても、中国に対しては貿易赤字で、最大の輸入元となっている。インド側からみれば、中国からの輸入増がMake in Indiaの実現を妨げていると認識していることも想定され、それが関税引き上げ、さらにはRCEP離脱の要素となっているとも考えられる。

こうしたなかで、製造業振興を旗印に、関税の引き上げが行われているのである。インド側とすれば、これまでの貿易自由化政策は製造業振興を阻害しているととらえ、徹底した幼稚産業保護政策に舵を切っているということだろう。しかし、長期的には、インドの産業界の競争力を失わせるリスクを抱えている政策である。

「自立したインド」を掲げるモデイ政権

モデイ首相は、コロナ禍を受け、2020年に「自立したインド(Self-reliant India)」という概念を新たに打ち出している。自立したインドは、Make in Indiaを強固にし、国内生産を一段と重視する概念と位置付けられる。その後、製造業分野の政策として、PLIの対象産業拡大など、現地生産に補助金インセンテイブを与える政策が強化されている。しかし、今後、自立したインドの旗印のもと、一段と関税引き上げが行われるリスクが懸念として残る。

インドが署名を見送ったRCEPではインドの特別な扱いを規定(RCEPへの新規加盟は発効後18カ月以降とするなか、インドは発効直後から可能、RCEP会合へのオブザーバー参加も可能)するなど、インドの将来的参加への枠組みが整えられているが、中国要因、酪農要因に加えて、モデイ政権の貿易政策をみる限り、早期の参加は困難であろう。一方で、インドはコロナ禍を受け、サプライチェーン強靭化には関心を示しており、貿易のデジタル化・円滑化や多元化などの分野で協力を図り、中長期的にRCEPなど広域FTAへの参加を働きかけていくことが現実的な道筋となる。

既存のFTAを通じた貿易転換効果

また、インドの関税引き上げは、これまでインドが発効させている既存のFTAの利用価値を高めることにつながる。インドは、RCEP署名国との間では、タイ(2004年、83品目のみ)、シンガポール(2005年)、ASEAN(2010年)、韓国(2010年)、マレーシア(2011年)、日本(2011年)とFTAを発効させているが、インドの関税引き上げはこうした既存FTAの特恵マージン(実行関税率-FTAによる特恵税率)を高め、貿易転換効果を生み出していくことが考えられる。

特に、東アジアでは、ASEANの縫製業に代表されるように中国から輸入された繊維製品などの中間財を加工したうえで輸出される品目も多い。例えば、東南アジアからインドへは電気機器と一般機械が多く輸出されているが、このなかには中国製の部品も用いられていると考えられる。インドの関税引き上げによる中国から第三国への貿易転換効果は、中国と第三国のサプライチェーンを通じ、中国の中間財の貿易転換効果も生み出すことが考えられる。

(しいの こうへい/拓殖大学)

<参考文献>
  • 椎野幸平(2021)「RCEP交渉にみるインドの通商政策――インドの「未解決の課題」とは――」現代インド・フォーラムNo.49、2021年春季号、13-26ページ。
  • WTO〝DS584:India-Tariff Treatment on Certain Goods,″ (https://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/cases_e/ds584_e.htm, 最終閲覧日2021年9月24日).
*本稿執筆にあたり、アジア経済研究所の佐藤仁志研究推進部長から貴重なご指摘とご示唆を頂戴しました。この場を借りて御礼申し上げます。

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。

(2021年10月20日 修正)