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(2020年ミャンマー総選挙)特集にあたって――アウンサンスーチー政権の成果を問う選挙

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051869

2020年10月

(8,560字)

2020年11月8日、ミャンマーの総選挙が実施される。前回の2015年総選挙では、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(National League for Democracy、以下NLD)が地滑り的な勝利を収め、翌年に歴史的な政権交代が実現した。5年の任期を終えつつあるこのNLD政権に対して、国民はどのような評価をくだすのだろうか。今回の選挙は、前回ほどの目立った変化には直結しないかもしれない。しかし、長い目で見れば、すでに大きな変化のなかにあって難局を迎えているミャンマーが、将来の進路を定めていくにあたっての重要な分岐点のひとつになりうるだろう。この特集では、投票日の前後数回にわたって総選挙のみどころや結果について伝えていく。初回は、選挙の背景を解説しながら、いくつかの注目点を挙げる。

写真1 2012年補欠選挙のときのアウンサンスーチー。向かって左側に父アウンサンの肖像がある。

写真1 2012年補欠選挙のときのアウンサンスーチー。向かって左側に父アウンサンの肖像がある。
自由で公正な選挙が実施されるか?

選挙が実施され、その結果に基づいて新しい政権が立つ――これは民主主義を採る国の人々にとっては、取り立てて強調する必要のない、いたって普通のことのように思われるだろう。ところが、ミャンマーで2015~16年にこうした「普通」の手続きにしたがって政権交代が起きたことは、同国の近現代史上における画期的な出来事だった。まず、そのことを確認しておきたい。

ミャンマーでは1960年代から半世紀にわたって長く軍事政権が続いてきたが、その間に「自由で公正な」と評価されるような選挙は1990年に一度しか実施されなかった。1988年の民主化運動の大きな盛り上がりが独裁者ネーウィンを退陣に追い込んだのち、新たなクーデタによって立った軍事政権が民意を問うために実施したのが1990年の総選挙である。当時まだ40代だったアウンサンスーチーはこの時期にさっそうと政界に登場し、彼女を旗頭とする民主化勢力の政党NLDが選挙で圧倒的な勝利を収めた。しかし、軍事政権は選挙結果を受け入れず、憲法制定を優先するという口実のもとに新しい議会を招集しなかった。

それからおよそ20年を経て、軍事政権は自ら主導して制定した2008年憲法に基づく自作自演の「民政移管」を果たす。すなわち、2010年に総選挙が実施され、テインセイン率いる連邦団結発展党(Union Solidarity and Development Party、以下USDP)が勝利し、翌年にUSDP政権が発足したのである。しかし、USDPは軍の外郭団体が衣替えした政党であったし、党首で新政権の大統領に就任したテインセインは元軍事政権のナンバー4であり、選挙に先立って軍服を脱いだばかりの「にわか文民」だった。2010年総選挙は、軍事政権によってさまざまなテコ入れがなされ自由でも公正でもなかったうえに、NLDなどの有力政党が選挙をボイコットしたので国民にとっての選択肢も限られていた。

ところが、大方の予想を裏切りテインセイン大統領は矢継ぎ早に改革をすすめ、ミャンマーに大きな変化をもたらした。なかでも、新政権がアウンサンスーチーおよびNLDと「和解」したことと、後者の政界復帰が国内政治に与えたインパクトは大きかった。こうして2015年11月、新憲法下で2度目の総選挙が1990年から四半世紀ぶりの自由で公正な選挙として実施され、翌年3月のNLD政権発足にいたったのである。選挙結果に基づいて政権交代が起きたという点では、ネーウィン軍事政権が発足する前の1960年総選挙以来、半世紀ぶりの出来事だった。

ほかの国では「普通」の選挙も、ミャンマーの国民にとってはそれほどに稀少な経験であり、長い年月をかけてようやく掴み取った機会なのである。今回の総選挙は、十分に民主的な手続きを踏んで成立した政府の下で戦われる軍政終焉後で初めての選挙ということになる。もし前回のように自由かつ公正な選挙が実現すれば、投票を通じて、過去4年半のあいだ政権を担当してきたNLDに対するミャンマー国民の評価がくだされることになるだろう。

アウンサンスーチーは政権を維持できるか?

NLD政権に対する国民の評価とは、アウンサンスーチー個人に対する評価と言い換えてもよい。アウンサンスーチーは名実ともにNLDの顔であり、NLD政権発足後は憲法規定に阻まれて大統領にこそ就任できなかったが、法律によって新たに設置した「国家顧問」という役職に就いて、政府の実質的な最高権力者として振る舞ってきた。実の父親がイギリスと日本からの独立運動を指導した「建国の父」アウンサンであるという出自に加え、1988年以来、民主化を求めて闘ってきたという自身の政治キャリアを通じて、アウンサンスーチーは他の追随を許さないカリスマ性を帯びるにいたった。政権を担当するようになってからも彼女の人気は圧倒的であり、ロヒンギャ問題で欧米社会からの評価が失墜したにもかかわらず、国内においてはむしろ、批判の矢面に立ってミャンマーを守る「国民の母」というイメージを強固にした。今回の選挙でもアウンサンスーチー個人への支持を表明するためにNLDに票を投じる人は多いと考えられる。

2020年総選挙に関する国内外の観察者の見通しは、アウンサンスーチー人気に下支えされたNLDが今回も勝利するだろう、しかし、前回より多少なりとも獲得議席を減らすだろう、という点において大体共通したものになっている。ひとつの注目点は、NLDが議席を減らすとして、その減少幅がどの程度になるかということである。制度上、5年に1度の総選挙では、国会に当たる連邦議会の上院(定数224)と下院(定数440)、そして全部で14ある地方議会(合計で約900議席)のすべてにおいて、全議席の4分の3にあたる選挙議席が改選されることになっている(上院168議席、下院330議席、地方議会約675議席)1。どの議会も議席数の残り4分の1にあたる部分は、選挙を経ずに国軍最高司令官により直接任命される軍人議席に割り当てられているのである。そのため、総選挙の際には、連邦議会(両院合同議会)の選挙議席の3分の2というラインが重要になる。ある政党がこのラインを超えて議席を獲得すれば、連邦議会の全議席の過半数を占めることとなり、大統領の選出やほとんどの法案の制定を単独でおこなうことができるようになる。前回の2015年総選挙でNLDは連邦議会の選挙議席の8割(390議席)を占める地滑り的勝利を収めたが、今回、議席を減らして3分の2のラインを割るかどうかという点が注目される。

NLDが議席を減らす要因にはどのようなことがあるだろうか。国内外からの大きな期待を背負って発足したNLD政権は、任期中に多大な困難に直面して思うような成果を生みだせなかった。長年にわたる内戦の解決にプライオリティをおいて取り組んだものの、少数民族武装勢力との政治対話は停滞し、内戦はむしろ悪化する傾向を示した。NLDの悲願であり、選挙公約でもあった憲法改正をはじめとする民主化の試みは、依然として強力な国軍の反対によって頓挫した。前政権期に好調だった経済も、失速気味である(経済面を中心とするNLD政権の評価については、本特集第2回で詳述)。また、2017年に西部ヤカイン(ラカイン)州で起きた国軍によるロヒンギャへの苛烈な人権弾圧、隣国バングラデシュへの難民の大量流出、NLD政権とアウンサンスーチーによる軍の立場の擁護は、欧米の対ミャンマー評価を失墜させた。さまざまな困難のなかにあって、国内の一部地域ではNLDへの支持が陰りをみせている。

とくに少数民族の多く居住する7つの州2では、NLDの苦戦が予想される。全国的な大勝を収めた2015年の総選挙でも、連邦議会でのNLDの議席獲得率は7管区域の選挙区で96.2%と完勝に近かったのに対して、7州の選挙区では55.0%だった。 州部においてNLD人気がさほど高くないことは得票率でみるといっそう顕著であり、管区域で63.9%、州で33.6%だった。得票率に比して議席獲得率が大きいのは、小選挙区制を採用しているために、得票率の高い大規模政党に有利な結果がもたらされることを反映している。NLD政権下で実施された2回の補欠選挙(2017年、2018年)では、州の選挙区でのNLDの得票率は2015年総選挙時よりもさらに低く、NLDは連邦議会と地方議会で複数の議席を失った。NLDは映画製作や各地での銅像建立などを通じて党首の父親であるアウンサンを国民的英雄として称揚しているが、こうした政策は歴史観を異にする人々から抵抗や反発を受けている。停戦と和平の行き詰まりや経済的格差に加え、文化的象徴をめぐる政治もNLDと州部に住む人々との間の溝を深めているようだ。

NLDの対抗勢力はどうなっているのか?

今回の総選挙には約90の政党が参加するが、NLDの最大のライバルはやはり、前政権与党で軍を後ろ盾とするUSDPだろう。NLDとUSDPは既存の二大政党として、全国の選挙区にそれぞれ1000人を超える候補者を送り込んでいる。USDPは、2015年の連邦議会選挙で議席獲得率が8.4%(41議席)と振るわなかったが、得票率は28.3%とそれほど低くはなかった。とはいえ、依然として国民の多くが軍に負のイメージを抱いているうえに、USDPの現党首タンテーは選挙の顔として地味な存在であることはいなめない。

二大政党に次ぐ規模で900人超の候補者を出す連邦改善党(Union Betterment Party、以下UBP)は、有力者シュエマンが昨年立ち上げた新党である。シュエマンは、元軍政ナンバー3であり、「民政移管」に伴ってUSDP幹部として議会の下院議長(半期は連邦議会議長も兼任)を務めたが、党首のテインセイン大統領との権力闘争の過程でアウンサンスーチーに接近し、USDPから放逐された。独立候補として出馬した2015年総選挙ではNLD候補に敗れて議員資格を失ったものの、アウンサンスーチーとの連携関係は継続しているとみられていた。今回の総選挙にシュエマン自身は出馬しないが、知名度の高い元軍人の実力者が率いるUBPはUSDPと票を食い合う可能性がある。

他方で、小規模ながら民主化を掲げる政党も複数あり、民主化を求める有権者にとってはNLD以外の選択肢になるかもしれない。ここ数年で設立された新党では、例えば、1988年民主化運動時に学生指導者のひとりだったコーコーヂーの人民党(People’s Party)や、NLDを離党した女性政治家テッテッカイン率いる人民さきがけ党(People's Pioneer Party)などがある。以上の諸政党とNLDとの主戦場は管区域の選挙区になると思われる。

NLDへの支持が比較的薄い州部では、各地方に地盤を持つ少数民族政党が強力なライバルとなりうる。前回の2015年総選挙では、とくに西部のヤカイン州と東部のシャン州の選挙区でNLDの獲得議席が少なく、連邦議会選挙におけるNLDの得票率は両州でそれぞれ16.4%と27.9%にすぎなかった。

ヤカイン州では、前回総選挙でヤカイン民族党(Arakan National Party、以下ANP)が圧倒的な強さをみせ、連邦議会で22議席を獲得して国政の第3党となった(州内選挙区での議席獲得率75.9%、得票率52.7%)。しかし、現政権下でヤカイン州の政界は大きな混乱を経てきた。ANPは、既存の2政党が2015年総選挙に向けて合併した政党であったが、党派間の不和から2017年に一部党員が離脱して旧党のヤカイン民主連盟(Arakan League for Democracy)を再結成した。また、ANPの党首であり、州内で人気の高い政治家エーマウンもまた、同時期に党からの離脱を表明した。その後、エーマウンは演説内容が国家反逆罪に当たるとして当局に逮捕され、裁判中の2018年に新党ヤカイン前衛党(Arakan Front Party)を立ち上げた。前回総選挙では主要民族政党が合併したことでANPが大勝をおさめたが、今回の総選挙ではANPの分裂と一部選挙区での選挙中止(後述)のため、地方政党と全国政党との混戦が予想される。

シャン州は、民族的な多様性が顕著なこともあり、今回も諸勢力が入り乱れることになるだろう。2015年総選挙では、おおむね全国政党のNLDとUSDP、そして地元民族政党のシャン民族民主連盟(Shan Nationalities League for Democracy)の3党が拮抗していた(州内選挙区での3党の連邦議会選挙の議席獲得率はそれぞれ25.0%、30.0%、25.0%、得票率は27.9%、26.7%、18.1%)。

これに対して、ヤカイン州とシャン州以外の5州では、2015年の連邦議会選挙でNLDが8割以上の選挙区で勝利を収めた。しかし、NLDの得票率は管区域ほど高いものではなかったうえに、その後の補選でNLDが議席を失ったのはこれらの州の選挙区だった。また、前回までの総選挙で同一民族の名を冠した政党が林立し、票が分散したことの反省を踏まえて、これらの州では各民族を代表する政党の統合が進んだ。こうした趨勢のもと、2020年総選挙では、この5州で議席をどれだけ確保できるかが、NLDが全選挙議席の3分の2というラインを超えられるかどうかに響いてくることになるだろう。

紛争下での「ウィズ・コロナ」選挙は誰に有利に働くか?

今度の選挙でもうひとつ注視すべきは、内戦が継続・激化しているだけでなく、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)も蔓延するという異常な事態のもとで選挙が実施されることである。ミャンマーでは3月に初めての国内感染者が出てから第1波の感染はなんとか小規模に抑え込んだものの、紛争地ヤカイン州を発生源とする8月末からの第2波では、最大都市ヤンゴンなどで急速に感染が拡大した。8月中旬まで全国で400人弱だった累積感染者数は、10月15日現在で3万人を超えている。9月末から10月初めにかけては、陽性率も東南アジアで最悪の水準となる15%以上を記録しており、検査を受けていない感染者も急増していると考えられる。こうした状況下で、野党から総選挙全体の延期を求める声が高まったが、現議会の任期が決まっていて日程的に延期が難しいこともあり、政府も選挙管理委員会も予定どおりに総選挙を実施するという姿勢を崩していない。

感染症の蔓延で選挙自体の実施が危ぶまれるという問題に加えて、さまざまな感染症対策が選挙に影響を与えることも考えられる。すでに政府による一定人数以上の集会禁止措置などのために、各政党・候補者は選挙キャンペーンの方法に大きな制約をかけられており、資金や人員に優る大規模政党に有利な状況になっている。より深刻な問題は、選挙の透明性確保が難しくなることである。選挙管理委員会は、投票時の感染リスクを減じるために投票所の数を前回選挙よりも増やしているが、投票所の増加は選挙の監視を難しくもする。しかも、政府はコロナ対策として国際旅客便の着陸を禁止しており、外国からの選挙監視団の受け入れも容易ではない。それにもかかわらず選挙管理委員会は、手続き上の不備を理由として、国内最大の民間の選挙監視団体が今回の総選挙で監視業務につくことを許可しなかった。こうしたなかで選挙が実施されれば、結果に不満を持つ人々が異議申し立てをしやすい状況を生み、選挙後に混乱を招く恐れもあるだろう。

紛争に関しては、選挙管理委員会が10月16日、自由で公正な選挙を実施できる状況ではないことを理由に一部地域での選挙中止を発表した。内戦が激化しているヤカイン州の北部9郡と、強力な少数民族武装勢力の支配下にあって政府の統制の及ばないシャン州北東部の6郡では、郡全域で選挙が実施されない。下院選挙と地方議会選挙は郡が選挙区と重なっているので、これら15郡の選挙区の議席は空白のまま新議会が発足することとなり、状況の改善がみられた選挙区では後日補欠選挙が実施されるかもしれない。そのほか、議席数には影響を与えないものの、郡内で部分的に選挙が実施されないところもあり、そうした場所は6つの州・管区域内の581村落区に及んでいる。

一部地域での選挙中止は、2010年と2015年の総選挙でもみられた。しかし、前回までは選挙区全域の選挙中止はシャン州に限られていたのに対して、今回の総選挙では2019年初から内戦が激化しているヤカイン州の北部9郡でも選挙が中止されたことが注目される。ヤカイン州の北部は、2015年総選挙でANPが圧勝した地域であり、もともとNLDが議席を獲得できる見込みが小さかったため、選挙中止がNLDの議席数の増減に与える影響は大きくないだろう。むしろ、これまで地元の少数民族政党への投票を通じて政治に関わってきた州内の人々から、選挙という選択肢が失われたことが、現地の紛争にどのような影響を及ぼすのか懸念される。

苦い現実のあと、再度期待をかけられるか?
紛争やコロナ禍のもと、予定どおりの日程で総選挙を実施できるのか、まだ予断を許さない状況にある。実施できたとしても、自由で公正な選挙だったと誰もが認めるものとなるのか不安要素もある。しかし、このまま総選挙が実施されれば、アウンサンスーチー率いるNLD政権に対する信任投票という性格を濃く帯びた選挙になるのではないかと思われる。さまざまな難題に直面し、目立った成果を挙げられなかった4年半の政権担当期間を経た後でも、国内でのアウンサンスーチー人気には確固たるものがあり、NLD勝利の公算は高い。とはいえ、5年前にNLDに寄せた期待が大きかった分、その後の現実に不満を感じてきた国民も少なくないのではないだろうか。期待と現実とのギャップがどれだけの支持者を離れさせたのか、はたしてNLDは連邦議会の単独過半数を得るための選挙議席の3分の2というラインを超えられるのか、結果は蓋を開けてみるまでは分からない(選挙結果については、大勢が判明した時点で改めて本ウェブサイトで報告する予定である)。

写真2 マンダレー市内に貼り出された有権者名簿(2020年7月25日)。

写真2 マンダレー市内に貼り出された有権者名簿(2020年7月25日)。
写真の出典
  • 写真1 Htoo Tay Zar, Nobel laureate Aung San Suu Kyi (C) gives speech to the supporters during 2012 by-election campaign at her constituency Kawhmu township, Myanmar on 22 March 2012.(CC BY-SA 3.0).
  • 写真2 Kantabon, The voter list of 2020 Myanmar General Election in Mandalay.(CC BY-SA 4.0).
著者プロフィール

長田紀之(おさだのりゆき) アジア経済研究所地域研究センター研究員。博士(文学)。主な著作に『胎動する国境 英領ビルマの移民問題と都市統治』(山川出版社、2016年)、『東南アジアの歴史』(共著、放送大学教育振興会、2018年)、『ミャンマー2015年総選挙――アウンサンスーチー新政権はいかに誕生したのか』(共著、アジア経済研究所、2016年)がある。


  1. 後述のように、選挙管理委員会は情勢を鑑みて一部選挙区での選挙実施を見合わせることがあり、その場合には実際に選挙で争われる議席数が変動する。また、こうしたことがなくても、地方議会の選挙議席は、①各郡を2分割した領域的選挙区から選出される議員の議席に加えて、②当該管区域・州内の一定規模の少数民族を代表する議席を若干数含んでおり、②の議席数が選挙ごとに変動する。
  2. ミャンマーの地方行政制度では、基本的に①管区域と州、②県、③郡、④町区と村落区の4層制がとられている。第1層には、管区域(Region)と州(State)、連邦直轄地(Union Territory)がある。7つの管区域は一般に多数民族のビルマ人が多く居住する地方に位置し、7つの州は一般に少数民族が多く居住する地方に位置する。連邦直轄地は、首都ネーピードー周辺の1カ所のみである。これら第1層の行政区は複数の県(district)から構成され、各県はさらに複数の郡(township)から構成される。全国に330ある郡は基礎的かつ重要な行政単位であり、下院議員を選出する選挙区ともなっている(地方議会の選挙区は郡を2分割したもの)。一般的に郡は、市(town)と村落区(village-tract)からなり、市は複数の町区(ward)に、村落区はいくつかの村(village)に分けられることが多いが、行政単位としては町区と村落区が最小の単位である。
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