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トルコはなぜナゴルノ・カラバフ紛争に関与するのか

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051866

2020年10月

(5,557字)

国際化するナゴルノ・カラバフ紛争

「凍結された紛争」と言われたナゴルノ・カラバフ紛争は2010年代後半に入り次第に解凍し始めていたが、2020年9月27日にアゼルバイジャン軍とアルメニア軍の間で衝突が発生し、その後両軍および戦争に巻き込まれた一般市民の犠牲が相次いだ1 。国際危機グループの調べによると、9月と10月の両軍および市民の総犠牲者数は529名となっている(9月が205名、10月が324名)2

アゼルバイジャンの友好国であるトルコは、アゼルバイジャンの後ろ盾としてこの紛争にすぐに介入した。ナゴルノ・カラバフ紛争は、アルメニアの後ろ盾であるロシアも含め、4カ国が関与する国際化した紛争になるとともに、トルコが自由シリア軍の兵士、ロシアもシリア人やクルド人兵士をナゴルノ・カラバフに動員したという報道が出たように、中東の混乱が波及するという事態も生じているようである3 。旧ソ連の領域で「裏庭」に当たるアゼルバイジャンとアルメニアにロシアが積極的に介入するのは合点がいくが、一方、トルコはどのような思惑で今回の衝突に介入しているのだろうか。今回の衝突の原因や全体像に関しては立花氏のレポートなどに譲り、本稿はトルコがナゴルノ・カラバフに介入する理由について検討したい

写真:トルコとアゼルバイジャンの結束を支持するデモの参加者

トルコとアゼルバイジャンの結束を支持するデモの参加者
トルコとアゼルバイジャンの強い絆とアルメニアへの敵対心

トルコ人とアゼルバイジャン人は人種・民族的に近いテュルク系であり、アゼルバイジャン語はトルコ語とは言語的に近い。異なる意味の言葉や文法的な違いはもちろんあるが、お互いにある程度の理解は可能である。また、両国はアルメニアに対する敵対感情を共有しており、政治家レベルだけではなく、国民の間でもお互いにシンパシーを持っている。例えば、トルコのカディルハス大学が毎年トルコ人1,000人を対象に行なっている外交に関する世論調査のなかの「あなたはどの国がトルコにとって友好国だと考えますか」という質問において、毎年最も高い割合となるのがアゼルバイジャンである(表1)4 。2015年から2020年にかけての全ての年で、最も高い割合となっている5

表1 トルコにとっての友好国を問う世論調査の結果(%)

表1 トルコにとっての友好国を問う世論調査の結果(%)

(出所)注4記載の資料をもとに筆者作成。

加えてトルコとアルメニアの間には全国民レベル(アルメニアはディアスポラも含め)で第一次世界大戦期のいわゆる「アルメニア虐殺」をめぐり、反トルコ感情と反アルメニア感情が強い6 。トルコ側はアルメニアが主張する数は誇張であり、トルコ側も犠牲を伴い、さらには冷戦期にトルコの外交官がアルメニアのテロ組織に殺害される事件が起きたことを持ち出し、反論している。

いずれにせよ、トルコがナゴルノ・カラバフ紛争に関与する理由のひとつが国民レベルで共有されたアゼルバイジャンとの絆およびアルメニアへの敵対心であることは間違いない。

エルドアン政権の焦り?

近年のトルコの外交の特徴は、関連する地域の事象に積極的に対応する点である。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領率いる公正発展党は親イスラーム政党の出自を持ち、さらに2016年7月15日のクーデタ未遂事件以降、それまで以上にトルコ・ナショナリズムを強調するようになった。それにより、右派政党の民族主義者行動党と協力関係を結び、国内の保守主義者の票を確保することに成功した。この信仰の厚いムスリムとトルコ・ナショナリズムも重視する保守主義者たちを納得させる外交政策が、「新オスマン主義」と「テュルク系」の重視であった。

新オスマン主義は冷戦終結直後から指摘されるようになった概念であるが、いくつかのバリエーションがある7 。エルドアン大統領の新オスマン主義の核心は、オスマン帝国の版図への「歴史的な責任」であり8 、とりわけ中東地域への関与に熱心である。テュルク系の重視は、民族主義者行動党の支持者をつなぎとめるためにも必要である。トルコ人というトルコ共和国の狭義のナショナリズムに対して、テュルク系の人びとを考慮したナショナリズムは広域のナショナリズムである。北キプロス、ウイグル系の人びと、そして今回のナゴルノ・カラバフでのアゼルバイジャン人などへの支援はまさにテュルク系の重視の実践であった。

エルドアン政権が保守派の人びとの確保に躍起なのは、公正発展党および民族主義者行動党に対抗する保守系政党が次々と成立しているためである。

まず、2017年10月25日に民族主義者行動党から分裂した善良(優良)党(İYİ Party)が設立された。善良党と民族主義者行動党は公正発展党およびエルドアン大統領を支持するかしないか、という点で異なっているが、イデオロギー的にはほぼ同じである。善良党は2019年の地方選挙で協力関係にあった共和人民党の躍進に大きな影響を与えるなど、選挙でキャスティングボートを握る存在となっている。

次いで、2019年12月12日には公正発展党で外務大臣と首相を歴任したアフメット・ダーヴトオールが未来党(Gelecek Partisi)、2020年3月9日にはやはり公正発展党で経済大臣、外務大臣、副首相を歴任したアリ・ババジャンが民主主義進歩党(通称DEVA)を設立した。ダーヴトオール、ババジャンともにエルドアン大統領と袂を分かっての新党設立であり、世論調査などではまだ支持率は低いが公正発展党の対抗馬となる可能性がある。少なくとも公正発展党と保守派の票を争うことは確実だろう。

こうした新党を牽制し、保守派を公正発展党および民族主義者行動党につなぎとめるために、外交でも新オスマン主義やテュルク系重視が目立っている。現在のエルドアン政権の外交の核心は内政ファーストと言ってよいだろう。もちろん、エルドアン大統領は2023年に予定されている次の大統領選挙・総選挙を睨んで行動している。

「旗の下への結集」効果

大手世論調査会社のメトロポール(Metropoll)によると、エルドアン大統領の支持率はコロナ危機が起こった直後は一時的に高まったが、その後は元に戻った9 。もともと、2018年8月から10月にかけてのアメリカによるトルコに対する経済制裁実施以降、エルドアン大統領および公正発展党の支持率は2019年の地方選挙における大都市部での敗北に見られるように停滞していた。

しかし、この約2年の間で3回、エルドアン大統領の支持率が急激に伸びた時がある。1回は先ほど述べたコロナ危機の直後である。あとの2回は2019年10月の北シリアへの越境攻撃、そして2020年9月の東地中海への対応で緊張が高まった時である。選挙に際して戦争や対テロ戦争などの手段に訴え、国民を一致団結させようと仕向ける手法は珍しいものではなく、政治学では「旗の下への結集効果」と呼ばれている10 。もし戦争に参加することで支持率を伸ばそうというのがエルドアン政権の目論見であるなら、ナゴルノ・カラバフ紛争への関与は必然であった。

内政ファーストの外交は成功するのか

以上みてきたように、ナゴルノ・カラバフ問題に対するトルコの関与には、アゼルバイジャンとの同盟関係に加えて、国内で支持を固めたいエルドアン大統領と公正発展党の意向が強く働いているように見える。この内政ファーストの外交はナゴルノ・カラバフだけではなく、今年7月のアヤソフィアの再モスク化などでも観察された現象である。世界遺産のアヤソフィアは東ローマ帝国時代にキリスト教会として建設され、オスマン帝国ではモスクとして使用されていたが、1934年に博物館となった。アヤソフィアの再モスク化は保守派の悲願であり、エルドアン政権はそれをかなえたが、この決定はギリシャ、ロシア、EU諸国、アメリカなどからの批判を招いた。

こうした内政ファーストの外交は次回の大統領選挙・総選挙が実施される予定の2023年、もしくは前倒しの選挙が行なわれるまで続くことが予想される。ただ、それによって多くの国と関係が悪化することはやはりエルドアン政権にとっても得策ではない。エルドアン政権の内政ファーストの外交が今後どこまで続くのか、引き続き注視していきたい。

写真の出典
  • Umut Çolak (VOA), An Azerbaijani and Turkish girl demonstrating support for Azerbaijan in the 2020 Nagorno-Karabakh conflict, Istanbul, Turkey, Public domain, via Wikimedia Commons.
著者プロフィール

今井宏平(いまいこうへい) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ所属。Ph.D. (International Relations). 博士(政治学)。著書に『トルコ現代史――オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』中央公論新社(2017)、『中東秩序をめぐる現代トルコ外交――平和と安定の模索』ミネルヴァ書房(2015)など。


  1. ナゴルノ・カラバフ紛争のこれまでの経緯と全容に関しては、廣瀬陽子『旧ソ連地域と紛争:石油・民族・テロをめぐる地政学』慶応義塾大学出版会、2005年、169-266頁を参照。
  2. "The Nagorno-Karabakh Conflict: A Visual Explainer", International Crisis Group Website, 2020年10月21日閲覧。
  3. Sultan al-Kanj, "Why Syrians are joining Turkey in Nagorno-Karabakh clash", Al-Monitor, 7 October, 2020; Kirill Semenov, "Will Russia recruit Syrian Kurds to fight in Armenia-Azerbaijan conflict?", Al-Monitor, 14 October, 2020.
  4. Türk Dış Politikası Kamuoyu Algıları Araştırması 6 Haziran 2017; Türk Dış Politikası Kamuoyu Algıları Araştırması 4 Temmuz 2019; Türk Dış Politikası Kamuoyu Algıları Araştırması 17 Haziran 2020.
  5. 一見、2015年から2018年はアゼルバイジャンの割合が圧倒的で、2019年と2020年は他国との差が詰まったように見えるが、これはカディルハス大学が調査方法を変更したためである。2018年までは全ての国の中から、友好国だと思う国を1つ選択する方法だったが、2019年からは国別に友好国かそうでないかを聞く方法に変更したため、このような結果となっている。
  6. 「アルメニア人虐殺」とは、第一次世界大戦中の1915年に起きたオスマン帝国内での一連のアルメニア人の大量殺害のことである。アルメニアはこれを虐殺だと主張し、トルコはあくまでアルメニア人の反乱を鎮圧しただけだと主張している。
  7. 新オスマン主義の類型に関しては、İlhan, Uzgel ve Volkan Yaramış, 2010, “Özal’dan Davutoğlu’na Türkiye’de Yeni Osmanlıcı Arayışlar(オザルからダーヴトオールにかけてのトルコにおける新オスマン主義の分析), Doğudan, mart-nisan 2010, pp. 37-44; Hakan Yavuz, Nostalgia for the Empire: The Politics of Neo-Ottomanism, New York: Oxford University Press, 2020.
  8. Yavuz, ibid, p. 140.
  9. https://twitter.com/metropoll/status/1311974426293030912/photo/2(2020年10月21日閲覧)。以下のメトロポールの指標は同様のグラフを参照している。
  10. 旗の下への結集効果を最初に定義したのはミューラーである。John E. Mueller, "Presidential Popularity from Truman to Johnson", American Political Science Review , Vol. 64, 1970, pp. 18-34; John E. Mueller, War, Presidents and Public Opinion, New York: John Wiley & Sons, 1973. 旗の下への結集効果の全容に関しては、例えば、Matthew A. Baum, "The Constituent Foundations of the Rally-Round-the-Flag Phenomenon", International Studies Quarterly, Vol. 46, No. 2, 2002, pp. 263-298がまとまっている。
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