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アルゼンチン国会における審議のオンライン化

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051864

2020年10月

(10,145字)

はじめに

現在エピセンターの一つとなり新型コロナウイルスの感染者数と死亡者数が急増してしまっているラテンアメリカでは、パンデミックが同地域の民主主義に与える負の影響が指摘され始めている。例えば、ベネズエラのマドゥロ政権は反対派に対する抑圧を続けているが、比較的自由公正度の高い選挙で選ばれたエルサルバドルのブケレ大統領も立法や司法への介入を強めている。また、新型コロナウイルス対策にまつわる汚職が発生する一方、経済的打撃は市民の分極化を促し、治安の悪化は法の支配を後退させる恐れがある(Arnson 2020)。

民主主義の後退につながりかねない傾向の一つに、コロナ禍における大統領令の重用がある。屋内における大人数の会合でクラスターが発生してしまう可能性があるため、議会の活動は概して低調になりがちであり、キューバ、ハイチ、ニカラグアを除くラテンアメリカ諸国の3月15日~5月15日までの施策のなかで議会によって法律として可決されたものは経済分野や公衆衛生分野では全体の10%、移動制限に関するものでは全体の4%であった(Directorio Legislativo y ParlAmericas 2020b)。このような議会活動の停滞は危機の前兆かも知れない。1974~2016年の60の民主主義国の多国間比較を行ったルーマンとルーニー(Lührmann and Rooney 2020)によれば、大統領令の重用を可能にする緊急事態宣言の発令をきっかけに民主主義が退行する可能性が大きく高まるという。

ただし、パンデミック下でも議会機能を維持するための方策として、ラテンアメリカにも今年に入ってから審議のオンライン化を進めた国が少なからず存在している。そこで、その一例として、本稿では一部の議員のみが本会議場での対面での審議を行う「ハイブリッド」審議を導入したアルゼンチン国会の事例を紹介したい。

ラテンアメリカにおける議会審議のオンライン化

アルゼンチン国会におけるハイブリッド審議について述べる前に、ラテンアメリカでの議会審議のオンライン化の様相を確認しておこう。表1は2020年10月1日時点での各国の議会審議形式、新型コロナウイルス累計感染者数、人口10万人当たりの新規感染者数の14日間累計を示したものである。ラテンアメリカでは2月26日にブラジル、2月27日にメキシコで最初の感染者が相次いで確認され、3月に入ってその他の国にも感染が拡大していったが、4月上旬の時点で何らかの形での議会審議のオンライン化を開始していたのはブラジル、チリ、エクアドル、パラグアイの4カ国だけであった(Directorio Legislativo y ParlAmericas 2020a)。しかし、その後導入する国が増加し、10月1日時点では20カ国中11カ国(対面審議とハイブリッド審議を併用しているパナマ国会1を含む)となっている。

表1 ラテンアメリカにおける議会審議形式の様相(2020年10月1日時点)

表1 ラテンアメリカにおける議会審議形式の様相(2020年10月1日時点)
(注)「累計感染者数」は新型コロナウイルス累計感染者数、「14日間累計」は人口10万人当たりの新規感染者数の14日間累計で、いずれも2020年10月1日時点の数値である。なお、在ハイチ日本大使館(2020年10月14日閲覧)によれば、ハイチでは2020年1月13日に全下院議員と3分の2の上院議員の議員資格が失効している。また、コロンビア上院は2020年10月13日にハイブリッド審議を導入した。
(出所)Directorio Legislativo y ParlAmericas (2020a; 2020b); 各国議会のホームページ・公式YouTubeチャンネル・公式Facebookページ; Hola News, October 8, 2020; 欧州疾病予防管理センターのデータ(いずれも2020年10月14日閲覧)をもとに筆者作成。

各国における感染者数と議会審議形式との関係に着目すると、累計感染者数よりも人口10万人当たりの新規感染者数の多い国でオンライン化が進んでいる。地域別では南米で導入が進んでおり、それ以外の地域では累計感染者数の多いメキシコ2や人口10万人当たりの新規感染者数の多いコスタリカ3のように従来の対面による審議を継続している国が少なくない。また、パンデミック下で大幅な民主主義の後退が懸念されているエルサルバドル4でオンライン化が進んでいない一方で、ベネズエラ国会は亡命などの理由により議場に赴くことのできない議員の審議参加が可能となるオンライン化に向けた国会規則の改正をコロナ禍以前の2019年12月に行っていた5

ラテンアメリカ諸国のなかでいち早く議会審議をオンライン化したのはエクアドルとブラジルであった。エクアドル国会(一院制)は3月16日に全ての議会活動をオンライン化し、Zoomを利用して委員会と本会議における審議を行っている。また、ブラジルでも上下両院が3月17日に審議のオンライン化を決定し、Zoomとリモート投票システムとを活用した「リモート審議システム(Sistema de Deliberação Remota)」を採用している(Directorio Legislativo y ParlAmericas 2020a)。

エクアドルやブラジル上院では議会審議を非対面にする方法が採用されたのに対し、チリやパラグアイでは一部の議員のみが従来どおり本会議場に赴き、残りの議員はリモートで審議に参加するハイブリッド審議が導入された。先述したブラジルの「リモート審議システム」もハイブリッド審議を否定するものではなく、下院は一貫してハイブリッド審議を行っており6、上院も9月22日からハイブリッド審議を併用している7。表1に示されているように、ラテンアメリカ全体としては完全に非対面で審議を行う国よりもハイブリッド審議を採用する国の方が多く、アルゼンチンもその一翼を担っている8

アルゼンチン国会への「ハイブリッド」審議の導入

アルゼンチンでは2020年3月3日に最初の感染者が確認され、3月20日には外出禁止措置(aislamiento social, preventivo y obligatorio)9が必要緊急大統領令(Decreto de Necesidad y Urgencia、後述)として発せられたが、同国への新型コロナウイルスの流入が3月であったことは、政治日程の観点からは悪いタイミングであった。というのも、アルゼンチンの現行憲法下では、常会(sesiones ordinarias)の会期は3月1日から11月30日までと定められているためである。

2019年10月の大統領選で現職のマウリシオ・マクリ(2015~2019年在職)を破り、4年ぶりの正義党政権の復活を実現したアルベルト・フェルナンデスは、2019年12月10日に大統領に就任した。そして、臨時会(sesiones extraordinarias)10を招集し、貧困対策や経済再生を主な内容とする「社会連帯・生産性回復法」(Ley de Solidaridad Social y Reactivación Productiva)を12月21日に成立させた。その後、臨時会は複数回開催されたが、3月1日からの常会の期間に入り、様々な分野の法案が審議されようとした矢先に外出禁止措置が発せられてしまったのである。

アルゼンチンの大統領は他国と比して強い憲法上の権限を付与されているが(Shugart and Haggard 2001)、その源泉の一つが「必要かつ緊急という理由で」法的性格を有する必要緊急大統領令を発することを認めている憲法99条第3項である11。フェルナンデスもこの権限を利用して新型コロナウイルス対策を行っていったが、歴代政権でもよく使われていた権限12であるとは言え、税制に関する必要緊急大統領令を発することは禁じられている。また、その頻用は民主主義の観点からも与党が下院で過半数を確保できていないという政局上の観点からも決して好ましい状態ではない。そのため、4月には審議のオンライン化の是非が検討され始めていた。

議会審議形式の決定に大きな影響を及ぼしたと考えられるのが両院の規則である。憲法はその暫定規定でブエノスアイレス市が首都である限りにおいて国会が同市に設置されることを定めているものの13、実際に審議を行う場所については規定していない。他方、下院規則は「不可抗力」(14条)14、上院規則は「制度的重大性(gravedad institucional)」(30条)15に因る場合を除き、議場で審議を行うことを求めている。そのため、オンライン化のためには一度従来どおりの対面式で本会議を開き、規則を改正する必要があるのではないかという意見も野党側から出されたが16、ハイブリッド式にすれば規則の改正も必要ないということで会派間の合意が生まれた。最終的には、上院における審議のオンライン化の是非の解釈をクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領兼上院議長(2007~2015年は大統領として在職、以下クリスティーナ)から求められた最高裁がその請求を「立法府の定める規定を解釈する権限が無い」として退けたことも決め手となり17、5月13日に両院で初のハイブリッド審議が行われた。

下院における初めてのハイブリッド審議の様子(2020年5月13日)。

上の映像は、下院における初めてのハイブリッド審議の様子である。本会議場に出席できる人数は議事運営委員会によって決定されるが、議事を司る議長と議長不在時に代役を務める3人の副議長や各会派の院内総務等がその主な対象となる18。そして、両院の規則改正を避けるべく、本会議場内にはリモートによる出席者を映し出すモニターが所狭しと並べられており、Cisco Webexを用いた審議が行われている19

オンライン化の功罪

それでは、ハイブリッド審議の導入により、アルゼンチン国会の機能は回復しつつあるのであろうか。表2は2002年から2020年9月30日までの各政権における大統領提出法案数、必要緊急大統領令数、下院本会議開催数を比較したものである。同表から明らかであるように、ここまでのフェルナンデス政権は近年まれに見る必要緊急大統領令に依存した政権であった。アルゼンチンの二院制では両院が異なる内容で法案を可決した場合は先議院の議決が優先されやすい制度設計になっているため、歴代の正義党政権(メネム、ドゥアルデ、キルチネル、クリスティーナ)は少なくとも上院で過半数を確保することによって立法過程を優位に進めてきた20。しかし、フェルナンデス大統領の提出法案の成立数の月平均は、両院で過半数を有していなかったマクリ大統領を下回る1.10である。他方、必要緊急大統領令の月平均発令数は6.50であり、2001年末~2002年初めの経済・政治危機を受けて誕生したドゥアルデ政権のそれに迫る勢いであった。

表2 大統領提出法案成立数と必要緊急大統領令数(2002~2020年)

表2 大統領提出法案成立数と必要緊急大統領令数(2002~2020年)
(注)下院本会議数には定足数に満たずに実際には審議が行われなかったものも含む。フェルナンデス政権については2020年9月30日までのデータ。月平均の値については、ドゥアルデ政権の任期(2002年1月2日~2003年5月25日)を17カ月、キルチネル政権の任期(2003年5月25日~2007年12月10日)を54カ月、フェルナンデス政権の任期(2019年12月10日~)を10カ月、その他の政権の任期を48カ月として算出した。
(出所)Di Mauro(2019); 下院の法案データ; 法務人権省のウェブサイト; 下院の本会議データ(2020年10月14日閲覧)をもとに筆者作成。

ただし、ハイブリッド審議の導入された5月13日以降の4カ月半に注目すると、提出法案の成立数は6本(月平均1.33本)と増加傾向にある。この期間中ハイブリッド審議による下院本会議が9回開催されたが、第二期クリスティーナ政権以降の開催数減少傾向から考えると悪いペースではない。さらに、下院本会議が開催されなかった3月1日~5月12日と5月13日~9月30日の期間に発令された必要緊急大統領令数はそれぞれ27本ずつであったが、月平均に換算すると10.8本から6本に減少している。すなわち、コロナ禍でも本会議における審議回数を確保し、大統領の必要緊急大統領令への依存を低下させるという意味においては、ハイブリッド審議導入の意義は少なくなかったと思われる。

しかしその一方で、審議のオンライン化により、議員をはじめとする政治エリートの暗部が白日の下に晒される傾向が見られることにも留意する必要がある21。審議中の居眠りは洋の東西を問わずよく見られる現象であるが、野党のエステバン・ブルリッチ上院議員はZoomの背景を自分自身にしておくことにより、委員会審議を中座してサボっていた22。また、与党のフアン・アメリ下院議員は、9月24日に開催された本会議中にパートナーの胸にキスし、即刻議員資格を停止される事態となった23

図1はサン・アンドレス大学の「政治的満足と世論調査」プロジェクトで実施されている全国の約1000人の有権者を対象としたオンライン調査の結果の一部をまとめたものである。「あなたは次の国家権力(行政・立法・司法)のパフォーマンスにどの程度満足していますか?」という質問に「非常に満足している」「ある程度満足している」と回答した割合の合計が示されているが、政権交代による若干の上昇はあるものの、2020年7月時点での下院と上院のパフォーマンスに満足している回答者の割合はそれぞれ26%と24%に過ぎない。

図1 三権に対する有権者の満足度の推移

図1 三権に対する有権者の満足度の推移
(注)「あなたは次の国家権力(行政・立法・司法)のパフォーマンスにどの程度満足していますか?」という質問に「非常に満足している」「ある程度満足している」と回答した割合の合計。
(出所)サン・アンドレス大学の「政治的満足と世論調査」プロジェクト(2020年10月14日閲覧)の調査結果をもとに筆者作成。
ここまで見てきたように、大統領令の重用は民主主義の後退を招く恐れがあり、フェルナンデス政権も必要緊急大統領令に依存した政権運営が見られたが、ハイブリッド審議の導入により国会の審議機能は回復しつつある。しかしその一方で、政治エリートの暗部がより可視化されているのも否定できない事実である。コロナ禍におけるオンライン審議の導入が、アルゼンチンをはじめとするラテンアメリカ諸国における民主主義にどのような影響を与えることになるのかは、政治エリートの矜持にかかっていると言っても過言ではないであろう。
映像・写真(インデックスページ)の出典
  • アルゼンチン下院公式YouTubeチャンネル。
  • Felipe Restrepo Acosta, Palacio del Congreso de la Nación Argentina(CC BY-SA 4.0).
参考文献
著者プロフィール

菊池啓一(きくちひろかず) アジア経済研究所海外派遣員(在ブエノスアイレス)。Ph.D. (Political Science)。専門は比較政治学、政治制度論、ラテンアメリカ政治。最近の著作に、Presidents versus Federalism in the National Legislative Process: The Argentine Senate in Comparative Perspective.Cham: Palgrave Macmillan (2018)、「表現の自由・水平的アカウンタビリティ・地方の民主主義――定量データでみる世界の新興民主主義――」(川中豪編『後退する民主主義、強化される権威主義――最良の政治制度とは何か――』ミネルヴァ書房、2018年)など。


  1. パナマ国会のホームページおよび公式Facebookページ。(2020年10月14日閲覧)
  2. ただし、下院はすでに「公衆衛生上の不測事態のための下院規則(Reglamento para la Contingencia Sanitaria)」を9月2日に採択し、将来的にハイブリッド審議を行うことを可能にしている。EjeCentral, 2 de septiembre de 2020.
  3. ただし、委員会審議はオンラインで行うことが可能になっている。Costa Rica Hoy, 15 de septiembre de 2020.
  4. コルヴァニら(Kolvani et.al. 2020)はパンデミックによる民主主義の後退が危惧される事例として、スリランカ、インド、マレーシア、メキシコ、南アフリカ、フィリピン、セルビア、ウガンダと共にエルサルバドルを挙げている。
  5. ベネズエラ国会公式Facebookページ。(2020年10月14日閲覧)なお、対面審議を行っている制憲議会については、坂口(2018)を参照されたい。
  6. ブラジル下院のホームページ。(2020年10月14日閲覧)
  7. Senado Notícias, 22 de setembro de 2020; Senado Notícias, 24 de setembro de 2020.
  8. パラグアイ上院のように議長のみが本会議場に赴く形式や、ボリビア上院のように実際にはほとんどの議員が対面審議に参加する形式など、ハイブリッド審議にもバリエーションがある点に留意されたい。パラグアイ上院公式Facebookページおよびボリビア上院公式Facebookページ。(2020年10月14日閲覧)
  9. 正式名称を「社会的・予防的・強制的隔離」とする同措置はその後現在に至るまで複数回延長されているが、例外規定もかなり増えてきている。また、6月7日以降は感染が比較的抑えられている地域についてはより規制の度合いの緩い「社会的・予防的・強制的距離」(distanciamiento social, preventivo y obligatorio)の対象となっている。詳細については、菊池(2020a; 2020b)も参照されたい。
  10. 大統領は12月1日~2月28日の期間に議題を指定して臨時会を招集することができる。同期間に上院・下院が臨時会を自主的に開くことも可能であるが、大統領の承認が必要となる。
  11. ただし、必要緊急大統領令は両院委員会に提出され、最終的には上下両院のそれぞれで絶対過半数の同意を得る必要がある。アルゼンチン法務人権省のホームページ。(2020年10月14日閲覧)
  12. 「必要かつ緊急という理由」の解釈は恣意的となることが少なくなく、カルロス・サウル・メネム政権(1989~1999年在職)から頻繁に利用されるようになった。
  13. アルゼンチン法務人権省のホームページ。(2020年10月14日閲覧)
  14. 下院のホームページ。(2020年10月14日閲覧)
  15. 問題が社会全体や上院の機能に影響を及ぼす状態。上院のホームページ。(2020年10月14日閲覧)
  16. Parlamentario, 27 de abril de 2020.
  17. Télam, 24 de abril de 2020.
  18. 他方、上院では10月に入るまで暫定議長と3人の副議長以外の上院議員の本会議場への出席は認められていなかった。Perfil, 8 de octubre de 2020.
  19. La Voz del Interior, 8 de mayo de 2020.
  20. 正義党政権が上院で過半数を確保できなかったのは2009~2011年だけである。
  21. 審議の様子自体は、コロナ禍以前から上院下院のYouTubeチャンネルで閲覧が可能である。
  22. Ámbito Financiero, 19 de agosto de 2020.
  23. 翌日早朝に辞職した。La Nación, 24 de septiembre de 2020.
この著者の記事

(2021年2月24日 修正)