ライブラリアン・コラム
「ライブラリアンの日」からみる、コロンビアの図書館事情
則竹 理人
2024年5月
国の出来事に由来しない記念日
ゴールデンウィークの間に、近くの公共図書館に足を運んだ人の一部は、「図書館をもっと身近に、暮らしのなかに」というキャッチコピーが付いたポスターを見かけたかもしれない。これは、毎年4月30日に設定されている図書館記念日と、その翌日から1カ月間(5月)に設定されている図書館振興の月を呼びかけるポスターで、日本図書館協会が毎年様々なデザイナーを起用して作成し、頒布しているものである1。
筆者が赴任中の南米コロンビアでは、日本の図書館記念日の1週間前、毎年4月23日に、同じく図書館に関する記念日として「ライブラリアンの日」が設定されている。南米のほかの国々でもライブラリアンの日がそれぞれ設けられており、その日付は各国の図書館に関連する歴史的な出来事が起こった日にちなんでいる。例えば、アルゼンチンでは1810年9月13日に初めて公立の図書館が設置されたことを記念し、毎年同日がライブラリアンの日と定められている2。ブラジルでは、ライブラリアンとして初めて任用されたと考えられている人物の生誕日に基づいて、毎年3月12日がライブラリアンの日とされている3。なお、前述した日本の図書館記念日は、1950年4月30日に図書館法が制定されたことにちなんでいる4。
一方、コロンビアのライブラリアンの日は、同国やその出身の人物にまつわる出来事によって決められたわけではない。イギリスの劇作家シェークスピアと、スペインの小説家セルバンテスの両者が、奇しくも同じ1616年4月23日に亡くなっており、そこから毎年同日がライブラリアンの日とされている5。両者とも世界的にも著名な人物であり、さらにはペルー出身の詩人ガルシラーソ・デ・ラ・ベガも同日に息を引き取っていることから、4月23日はユネスコによって「世界図書・著作権の日」と定められている6。当然ながら、コロンビアでもそのような日として認識されているが、同時に国のライブラリアンの日としても扱われている。なお、ガルシラーソ・デ・ラ・ベガが生まれたペルーでもライブラリアンの日は設定されているが、当該の日ではなく毎年11月14日とされており7、コロンビアのように世界的な記念日とひとまとめにされているわけではない。
垣間見える手薄さ、曖昧さ
このような状況であるためか、コロンビア国内でのライブラリアンの日に対する扱いは、やや希薄な印象を受ける。コロンビアの図書館の中心的存在である国立図書館の公式ウェブサイト上には、2021年付で設けられたライブラリアンの日を祝すページの存在が確認されるが8、以降それにちなんだイベント等の知らせは、今年2024年を含めみられない。一方、同館の公式SNSでは、ライブラリアンの日、図書の日、言語の日を祝す内容の投稿が当日行われており、数日後のボゴタブックフェア関連のイベントが併せて宣伝されていた9。同国各地にある公立図書館が加盟する、全国公立図書館ネットワークの公式SNSでも、国立図書館の公式SNSと全く同文の投稿がなされていた10。しかし、少なくとも筆者が当日足を運んだ比較的大きな公立図書館では、関連するイベントは開催されていなかった。館内の職員に「今日4月23日はライブラリアンの日ですが……」とイベントの有無について尋ねようとした際も、ライブラリアンの日自体を把握していない様子で、目の前のコンピュータを使って調べようとしていたくらいだった。
イベントの開催が確認できたのは、筆者が所属する大学を含め、一部の教育機関のみだった(画像)。利用者数が世界で最も多い図書館のひとつであると謳っている共和国銀行(同国の中央銀行)の図書館でも、ライブラリアンの日に関連する行事はなかったようである。
ライブラリアンの日を記念する行事の案内(開催日は4月19日だった)
そもそも、ライブラリアンの日を4月23日とすること自体に不明瞭さがみられる。もともと、同日がライブラリアンの日とされたのは1958年のことで、コロンビア・ライブラリアン協会の主導によるものだった11。しかし、1962年当時の同協会会長の声明が綴られた文献では、ライブラリアンの日が4月23日ではなく4月28日と捉えられていたことがうかがえる(Delgado 1962, 462)。同協会は、共和国銀行の図書館設立に寄与した、同館の名称の一部となっているルイス・アンヘル・アランゴの功績を称え、ライブラリアンの日を4月28日に定めるとしている。ただ、なぜ同氏の生誕日でも命日でもない4月28日であるかについては言及されていない。いずれにせよ、同じ団体による見解が時期によって異なることになるが、他国のように法的根拠があるわけではないため、どちらの日が正確なのか見出すことはできない。
現在、共和国銀行の図書館では、4月23日の代わりに28日にライブラリアンの日に関するイベント等が行われているわけではない。前述の国立図書館や全国公立図書館ネットワーク加盟館でも、4月23日をライブラリアンの日と扱う痕跡が近年みられたことから自明であるが、今日では4月28日がライブラリアンの日とは捉えられていないようである。
アーカイブズ、アーキビストとの比較
ライブラリアンの日に対する認識の曖昧さや扱いの手薄さは、図書館の類縁機関であるアーカイブズ(特定の組織や個人の記録を管理する施設で、文書館などとも呼ばれる)の日と比較すると顕著になる。コロンビアでは、アーカイブズの日は毎年10月9日に設定されており、教育機関に限らず公立のアーカイブズでも関連イベントが毎年開催されている。昨年2023年の同日には、同国の記録管理の中枢である国立総合アーカイブズで、外務省やメキシコ大使館との協賛によるイベントが行われた12。
ボゴタ・アーカイブズ公式ウェブサイトの記述13によれば、1549年の同日に、スペインの副王領のひとつだったヌエバ・グラナダの首都サンタフェ(現在のボゴタ)に、アーカイブズが設置される決定がなされたことにちなんでいる14。さらには、同日がアーキビストの日であることは、文化大臣が発した政令(2004年第3666号)によって明文化されている。自国の出来事にちなんで日付が設定されたわけではなく、また法的根拠もないライブラリアンの日とは、状況が大きく異なる。
図書館とアーカイブズの扱いの差は、各々に関する学問領域の教育にも表れている。コロンビアには、筆者の所属するラ・サール大学の記録情報管理課程のほか、同じくボゴタにあるハベリアーナ大学の歴史アーカイブズ・記憶課程、そして第2の都市メデジンにある国立大学のアーカイブズ学課程と、アーカイブズに関する分野に特化した大学院レベルの課程が3つもある。南米およびラテンアメリカのなかでは比較的多いだけでなく、1つの都市(ボゴタ)の複数の大学に課程が置かれている点では、同じ言語圏であるスペインにも勝るほど充実している。一方で、図書館学に特化した大学院レベルの課程はみられず、メデジンにあるアンティオキア大学の情報学課程のように、より包括的な学問領域の課程のなかで扱われるのみである15。
しかし、各々の学問領域を経た専門職の待遇をみると、格差は逆転している。コロンビアでは、統計局など公的な機関からは、ライブラリアンとアーキビスト(アーカイブズ、記録管理に関する専門職)に分けられた平均収入は公表されていない。ただ、Computrabajo、Indeed、Talent.comなど、求人情報のほかに細かな職種ごとの平均収入情報を提供している民間のウェブサイトがある。例示した各サイトで検索してみると、その金額にばらつきはあるものの、いずれもアーキビストよりもライブラリアンの方が平均収入の面で上回っている。
悪いことばかりではない、コロンビアのライブラリアンの日
とはいえ、同国では2つの専門職自体が明確に分けられたうえで認識されているわけではないのが実情である。前述した、筆者が所属する大学で開催されたライブラリアンの日にちなんだイベントも、決して図書館分野に特化した内容ではなく、アーカイブズ、さらには博物館までも視野に入れた講演が行われた。そもそも、記録情報管理専攻の学生に対して、イベントに参加してレポートを作成する課題が出されたくらいである。また、筆者はコロンビアのアーカイブズ、記録管理に携わる人々が参加するチャットグループに入っているが、4月23日当日はライブラリアンの日を祝うメッセージが相次いだ。なかには、アーカイブズ学の課程が主催する関連イベントの案内もあった。どちらの専門職の方が優遇されているかという議論は、実態を踏まえれば不毛なのかもしれない。
図書館が類縁分野と近い関係にあることは、ライブラリアンの日を世界図書・著作権の日と同日にしていることと相まって、当該の記念日にちなんだイベントがかえって開催されやすい状況を生み出しているとも捉えられる。そもそも年間を通しても、図書館やライブラリアンに焦点を当てたイベントはあまりなく、図書や著者などをテーマとしたものが図書館の行事の大半を占めている。コロンビアに限ったことではないが、利用者の関心事を踏まえればそれは自明であり、図書館の活動よりも資料そのものに関する内容の方が、より多くの人の興味をひくことができるだろう。したがって、図書館やライブラリアンに主眼を置いたイベントは、たとえ図書館に関する記念日に開催されるとしても、参加者数や反響が懸念されるかもしれない。そのなかでコロンビアでは、ライブラリアンの日が同時に図書や著作権の日であるため、「ライブラリアンの日記念行事」などと銘打ちつつ、より関心を持たれやすいテーマでのイベントを催すことも容易である。さらには、アーカイブズ、博物館など類縁施設との隔たりがあまりないことから、ライブラリアンの日にちなんだイベントを、図書館に限らずそういった施設で企画するのも難しくはないだろう。
とされる公立図書館のひとつだが、ライブラリアンの日のイベントは開催されていなかった
別稿「法整備は『不足』か『不要』か――南米コロンビアの博物館事情」(IDEスクエア、2023年12月)でも示したとおり、コロンビアの首都ボゴタは南米のアテネと呼ばれるほど、図書館を含めた文化施設が充実した都市である。図書館の意義に対する認識が社会的に根付いた環境では、改めて記念日を祝す必要性が相対的に低いのかもしれない。つまり、ライブラリアンの日にかこつけて図書館やライブラリアンを前面に押し出すことは求められず、その意味でも自由で多様なイベントを開催できる環境であるといえる。これほどまでにイベントの開催をたやすくする条件を兼ね揃えたライブラリアンの日を、コロンビア(特にボゴタ)の各施設はもっと有効活用する余地があるのではないだろうか。
参考文献
- Delgado, Ernesto. 1962. «En el Día del Bibliotecario: Homenaje al Doctor Luis Ángel Arango». Boletín Cultural y Bibliográfico 5 (04):462-65.
画像・写真の出典
- 画像 ラ・サール大学情報学科より提供
- 写真 筆者撮影
著者プロフィール
則竹理人(のりたけりひと) アジア経済研究所海外研究員(在コロンビア)。2023年7月までは、ライブラリアンとしてラテンアメリカ地域を担当。最近の著作に「コスタリカ国家行政記録管理における中間アーカイブズの機能に関する基礎的研究」(『京都大学大学文書館研究紀要』22号、2024年)、「スペイン・マドリード州行政記録の段階的管理――法改正、評価選別の側面からの分析」(『国文学研究資料館紀要アーカイブズ研究篇』19号、2023年)など。
この著者の記事
- 2023.12[IDEスクエア] 法整備は「不足」か「不要」か――南米コロンビアの博物館事情
- 2023.07[ラテンアメリカ・レポート] 中間文書館によるアルゼンチン国家およびコルドバ州各行政記録の管理
- 2023.07[ラテンアメリカ・レポート] 山田睦男・鈴木茂 著 『ブラジル史』
- 2023.01[ライブラリアン・コラム] 『記憶』だけに頼らないために──研究所の活動記録の収集と保存
- 2021.09 [ライブラリアン・コラム] 研究所60周年記念誌発行の表すこと──研究所史料群の構築に向けて
- 2020.09 [ライブラリアン・コラム] 蚊媒介の感染症に苦しむブラジル
注
- 「図書館記念日・図書館振興の月ポスター」日本図書館協会(2024年5月17日アクセス)
- “Día del Bibliotecario y la Bibliotecaria,” Portal Oficial del Estado Argentino(2024年5月17日アクセス)
- “12 de março: Dia Nacional do Bibliotecário,” Fundação Cultural Palmares(2024年5月17日アクセス)
- 「図書館記念日について」日本図書館協会(2024年5月17日アクセス)
- “Celebramos a quienes nos orientan a través de la lectura y el conocimiento. ¡Feliz Día del Bibliotecario!” Universidad del Norte (Colombia)(2024年5月17日アクセス)
- “World Book and Copyright Day,” UNESCO(2024年5月17日アクセス)
- “BNP rinde homenaje a bibliotecólogos y bibliotecarios del Perú,” Biblioteca Nacional del Perú(2024年5月17日アクセス)。なお、なぜ11月14日であるかは不明。
- “La Biblioteca Nacional de Colombia celebra el Día del Bibliotecario, del Libro y del Idioma con varias actividades,” Biblioteca Nacional de Colombia(2024年5月17日アクセス)
- “Hoy 23 de abril, en el Día del Libro, los Idiomas y el Bibliotecario, queremos celebrar que el Plan Nacional de Lectura, Escritura, Oralidad y Bibliotecas de Colombia trae novedades,” Biblioteca Nacional de Colombia (Facebook)(2024年5月17日アクセス)
- “Hoy 23 de abril, en el Día del Libro, los Idiomas y el Bibliotecario, queremos celebrar que el Plan Nacional de Lectura, Escritura, Oralidad y Bibliotecas de Colombia trae novedades,” Red Nacional de Bibliotecas Públicas (Facebook)(2024年5月17日アクセス)
- 注5に同じ。
- “Día Nacional de los Archivos,” Archivo General (Facebook)(2024年5月17日アクセス)
- “¡Feliz Día del Archivista!” Archivo de Bogotá(2024年5月17日アクセス)
- この決定に基づいて、その後1576年に置かれたアーカイブズは、現在のコロンビアにあたる場所に実質初めて設けられたものだった。
- なお学部レベルの課程は、図書館に特化したものも、アーカイブズに焦点が当てられたものも、それぞれ複数存在する。