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ライブラリアン・コラム

「記憶」だけに頼らないために――研究所の活動記録の収集と保存

則竹 理人

2023年1月

60周年記念誌刊行後の動き

発足から60年以上の時を経たアジア経済研究所において、その活動の足跡をたどるための史料があまり残されていないことについて、2021年9月に「研究所60周年記念誌発行の表すこと――研究所史料群の構築に向けて」と題したライブラリアン・コラムを通して述べた。本コラムでは、研究所における史料群の構築に向けたその後の動きをまとめる。

2021年度の後半は、翌2022年度からの体制づくりの準備に奔走した。足掛かりとして、60周年記念誌の制作を取りまとめた佐藤幸人氏と、研究マネジメント職の金信遇氏、そして筆者の3人で「発展途上国に関する研究活動の記録の収集・整理・発信――アジア経済研究所のこれまでとこれから」1と銘打った研究会を立ち上げた。各部署や職員の業務のなかで発生し、当初の目的ではほとんど利用されなくなったものの、別の価値があると考えられる記録の収集、保存体制づくりのほか、60周年記念誌の別冊的位置づけとなる資料集の発行を目的としたプロジェクトを遂行することとなった。

資料集の発行は、「60年史」の制作を目標としていた頃からの希望のひとつであったが、資料(記録)の少なさからすぐに叶えることはできなかった。とはいえ、資料集の企画、制作を通して必要な記録、情報の洗い出しやそのありかの捜索が促進され、自ずと記録の収集やその収集基準、選別基準の模索につながることが期待されるため、研究会では収集、保存体制づくりとセットで進めることとした。

IDEASの特質が生んだ、記録管理の良環境

2021年のコラムでは、60周年記念誌の制作を通して収集された記録が収められたキャビネット1台の写真を掲載したが、研究所全体の活動記録がこのスペースに収まりきるとは考えられないため、体制づくりの一環として保存場所の確保も必要だった。そこで候補に挙がり実際に使用することになったのが、研究所の開発スクール“IDEAS”を運営する研究交流・研修課の執務室近くに位置する倉庫である。研究所は海に近く、また埋立地にあることから、地上1階や地下階に保存場所を確保するのはリスクが高い。そのなかで、同課および倉庫は地上3階に位置していること、また倉庫には窓がなく、外気の影響を受けにくいこと、そして入室頻度が低いため施錠が可能なことなどが好条件となった。

なかでも大きな決め手となったのが、その倉庫には元々IDEASの活動記録が整頓された状態で保存されていたことである。このIDEASの記録は、各部署の法人文書を除いては、所内で最も秩序立って保存されている研究所の活動記録群と言っても過言ではない。その要因は大きく2つあると考えられる。ひとつは、IDEASの歴史が研究所本体と比べてそれほど長くないこと、そしてもうひとつは、IDEASおよびそれを運営する部署が比較的独立していたことである。IDEASが設立されたのは1990年で、研究所本体の60周年の節目(2020年)を基準とすると、その半分であった。また、スクールとして研修生を受け入れ、授業を行う必要があることから、その体制に大きく影響するような事務系の他部署との統合や分割がなかったり、千葉へ移転する前の東京時代2には研究所本体とは別の所在地であった時期が長かったりと、組織的、物理的独立性は高かったといえる。歴史が長くなければ、その分蓄積された記録も少ないため管理がしやすい。そのうえで、組織統合や分割、およびそれに伴った物理的移動に巻き込まれることがなければ、記録の散逸や廃棄も発生しにくい。

研究交流・研修課の阪口泰代氏によれば、スクールとして講師や研修生同士が何年にもわたるコミュニティを確立していることが、記録が長く保存される要因をより強固にしているようである。前述の倉庫を採用することは、良環境で保存されてきた記録群をその原秩序を壊さずに管理しつつ、他のあらゆる記録も一緒に保存することができる大きなメリットを含んでいた。

(写真1)研究交流・研修課の執務室近くにある倉庫。記録の保存に適した照明器具への付け替えを予定している。

(写真1)研究交流・研修課の執務室近くにある倉庫。記録の保存に適した照明器具への付け替えを予定している。
進み始めた記録の「記述」

これまでは、キャビネットのどの部分の記録群がいつどの部署から(誰から)移管、寄贈されたものかについて最低限メモをするにとどまっていたが、それだけではどのような記録を収蔵しているのか詳しくはわからなかった。また、破損や劣化など早急な保存処置が必要な状態を発見することも難しく、単に1カ所に集約したに過ぎないことになる。そこで2022年度に立ち上げた研究会では、どのような記録を収蔵しているかについて「記述」し、そのなかで著しい破損や劣化が発見された場合には最低限の処置を施す作業を進めていくことにした。

記録の受入体制が本格的には確立していないなか、60周年記念誌制作時から関わりの深かった広報関連の部署や、筆者が図書館情報課の業務上関わりの深いラテンアメリカ研究グループなどからは、不用となった古い書類等があることを情報共有してもらえたため、廃棄を目前に研究会がひとまずすべて引き取ることができた。これらの記録群は形態が様々で、時が経過すると記述が困難になりうる問題をはらんでいたため、テストケースとして先行して記述を進め、その経験を生かして処理フローの確立を図ることにした。

千葉大学大学院で歴史学を専攻している伊藤静香氏、小野寺華子氏の協力の下で2022年8月より稼働した記述作業は、先に取り掛かった広報関連の部署から得た記録群については一通り完了し、問題点の見直しや全体像の把握の段階に移行しようとしている。次に着手したラテンアメリカ研究グループから得た記録群についても、着実に作業が進んでいる。

直近の利用例と今後の促進に向けて

なぜ記録を収集し保存するのかという問いに端的に答えるとすれば、それは「利用に供するため」である。具体的な時期、利用者はわからないとしても、いつか、誰かによる利用が見込まれるからこそ記録を収集し、保存しているのは言うまでもない。まだ本格稼働しないなかでも、前述した記録の受入の場合と同様、研究会に偶然にも話が舞い降りてきて、保存している記録の提供につながる例は生じており、この研究会の活動の意義を実感している。

直近では、機構内報で昔の研究所について取り上げるため、事実確認をしたい、または昔の写真を掲載したいといった要望から、研究会で管理をしている記録を提供することになった例がある。利用者のひとりは60周年記念誌の制作メンバーだった職員で、制作当時の記憶を頼りに研究会委員の金氏や筆者とともに倉庫内を探したが、目当ての記録はすぐには見つからず、「記述」作業の重要性を痛感することとなった。

(写真2)記録の所在調査の様子。千葉以外に移転候補地として挙げられた都市はどこか調査した。

(写真2)記録の所在調査の様子。千葉以外に移転候補地として挙げられた都市はどこか調査した。

記録の記述や資料集の発行は、記録について情報発信することであり、これを果たすことで収蔵する記録が認知され、利用の促進が期待される。収蔵記録の認知は、まだ把握できていない記録のありかの情報提供や、今後の体系的な移管体制への各部署、職員の協力にもつながりうる。好循環が生まれて記録が蓄積され、さらに各記録に関する十分な「記述」がなされれば、一部の職員が持つ曖昧な記憶に頼ることのない、確固たる記録を基盤とした環境を実現することができる。記録の記述や資料集の発行にとどまらず、記述過程や資料集制作過程を報告することや、収蔵記録の一部を所内あるいはウェブ上に展示することなどを通して、体制づくりの潤滑剤となる情報発信にも力を入れることが望まれる。

写真の出典
  • 写真1 筆者撮影
  • 写真2 金信遇氏撮影
参考文献
著者プロフィール

則竹理人(のりたけりひと) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当はラテンアメリカ。最近の著作に「スペイン中央行政記録の段階的管理の特性」(『アーカイブズ学研究』37号、2022年)など。

  1. 2021年9月のコラムでは「史料」という語を用いたが、時間的な経過の度合いにかかわらず、また必ずしも歴史的価値だけを観点とせずに対象を定めたい意図から、研究会の名称や趣旨説明では「記録」という語を用いることにした。本コラムでも、以降は「記録」を用いる。
  2. 研究所の移転については、アジア経済研究所(2021)の第3章「1990年代——統合と移転のなかで」を参照。
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