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ライブラリアン・コラム

研究所60周年記念誌発行の表すこと――研究所史料群の構築に向けて

 

則竹 理人

2021年9月

「年史」から「記念誌」への転換

アジア経済研究所は、1960年に特殊法人として発足し1、日本貿易振興会(現日本貿易振興機構)との統合や独立行政法人化を経て、昨年2020年に60周年を迎えた。研究所では60年史編纂のためのプロジェクトチームが立ち上げられ、筆者もその一員となった。

筆者がおもに担当したのは、研究所の歴史を紐解くために必要な資料(史料)の収集、整理であった。研究所では20周年、30周年の際にも、それぞれ年史『アジア経済研究所20年の歩み』『アジア経済研究所30年の歩み』の編纂が行われており、初めての取組みではなかった。しかし、研究所発足後30年間の史料も、さらには20年史、30年史編纂活動の記録も残されておらず、発行された完成品としての「年史」しか頼りになるものがなかった。加えて、研究所は最後の年史編纂後の30年の間に、前述の組織統合や東京・市ヶ谷から千葉・幕張への庁舎の移転など、史料の散逸や廃棄が起こりやすい、大きな節目をいくつも迎えることになった。その影響で、研究所設立30周年~60周年の史料もまとまっては残されていなかった。

ほぼゼロからのスタートとなり、案の定、事実確認をするための一次資料や、当時を物語る写真などの視聴覚資料で入手ができたものは非常に限られた。その状況下でも、過去の年史や年報をはじめとした二次的な資料の情報も一部頼りにしながら、また近年の研究所の活動の紹介にもやや重きを置きながら、「記念誌」という形式で発行することでひとまずの成果を得た。記念誌は冊子体で発行される予定だが、先行して研究所ウェブサイト上で電子版が公開されている。

アジア経済研究所60周年記念誌へのリンク
史料あっての年史

二次的な資料、あるいは長く勤務する職員や退職した職員の記憶を基に、ある程度の歴史的振返りをすることは可能ではあるものの、やはり確固たる実証ができているとはいえない。歴史を紐解くには、そして年史を編纂するには、史料の存在は不可欠であり、収集、整理が求められる。

歴史学研究においても、史料集はその名称から自明なことであるが、研究論文も史料なくしては生み出されないものである。史料集や研究論文の積上げによって、全体像としての通史などの編纂が実現可能となるが、史料から史料集、そして研究論文へと発展していくにつれて、通常は情報量が低下していく。したがって、どの段階の編纂や執筆においても、二次的な成果を参照するだけでは事足らず、一次的な情報源である史料に立ち戻ることが必須となる。

また、例えば裁判において、記憶に基づく証言よりも文書や写真といった「モノ」が重視されるのは、記憶よりも記録(史料)の方が優れた実証能力があることの表れである。他方、近年の歴史学において、関係者の証言を用いる「オーラル・ヒストリー」と呼ばれる手法が取り入れられ、むしろ記憶を基にした研究も見られるようになってきている。ただ、その証言にどこまで信ぴょう性を認めるかどうかは、研究者が史料(記録)の分析を数多く行ったうえで培う勘どころによるとされ、歴史学において史料が不可欠であることには変わりない2

「史料=古いもの」という考えでは、古くなるまで残らない

「史料の収集」というと、倉庫などにしまいこまれた、ほこりのかぶったファイルや、箱、紙の束などを漁っていくことをイメージするのではないだろうか。もちろんそれは間違いではないが、そもそもなぜそこにファイルや、箱、紙の束などが残されているのか、想像を膨らませる必要がある。

しまいこまれてほこりをかぶっているということは、長らく不要となったものの、廃棄されずに保存(放置)されていたといえる。廃棄されなかった理由は様々に想像できるが、大きく積極的な理由と消極的な理由に分かれるだろう。前者は、それを後世に残すべきであるという、あるいは廃棄してはならないという判断がなされたことにより、廃棄されずに残っていたケースである。後者は、前者のような積極的な理由があったわけではないが、廃棄のための時間や人員等がなく、いったん倉庫などに押し込まれて、いつしか忘れ去られてしまい、結果的に廃棄されなかったケースである。

理由はいかなるものであったとしても、結果的に今日まで残されていて、史料の収集という目的によってふたたび日の目を見ることになったのである。当然ながら、今日に至るまでのいずれかのタイミングで廃棄されていたら、それが史料とはなりえなかった。

「今を残す」ことが、史料を残すための最も容易で重要な行動

組織の史料の収集には、第一義として(幸いにも)残っていた史料を発掘すること、つまり過去の史料を収集することが含まれるのは言うまでもない。加えて、今後も続いていくであろう(解体等が特に決まっているわけではない)組織の場合は、未来に行う史料収集(参照)のために今やれることとして、前述の「積極的な」動機づけによって史料の不当な廃棄を抑制する活動が求められる。具体的には、将来的に歴史的価値が見いだされる可能性のあるものをピックアップし、廃棄されてしまわないように隔離し、保存することである。この活動が、後々の一義的な収集活動につながっていくのである。

記録が電子的に残せるようになった現在では、その複製や保存(格納)が容易となった一方で廃棄(削除)も容易になり、史料収集の観点では将来を見据えた二義的な活動の重要度が増している。また、史料収集における一義的な発掘作業において、倉庫の中を漁るような五感を頼りにした作業は電子的記録相手には成り立たない意味でも、二義的な活動の与える効果は大きくなっている。技術革新によって、将来に向けた保存活動の持つ意義が質的に変化を遂げているのである。

ただでさえ状況が変わってきているのだから、過去の史料がまとまって残されていない場合、史料の収集という目的を果たす意味では、過去の史料の収集よりも未来に向けた保存を優先させてもよいのではないだろうか。失われた史料を取り戻そうとするのは大事なことではあるが、当然ながら限界がある。だからこそ、「今を残す」ことを主たる活動として、やれることをやっていくことが必要であると考えられる。

今を残すにも、様々なアプローチがあるだろう。本項の冒頭では、積極的な処置によって廃棄を避けて記録を保存することを挙げたが、記録の対象となる物事が今を生きる人間にとっては当たり前の存在であると、そもそも記録が発生していない可能性もある。そういった場合には、積極的に記録を作ることも重要である。例えば、昨今の新型コロナウイルスが蔓延した状況下で、人同士の密集を避けるべく工夫を凝らしたイベントや活動があれば、写真等に収めて視覚的な記録を残したり、備忘録としての手順書を作成したりして、長期保存できるよう処置する。この時世を過ごした人間の記憶を頼りにしなくとも参照できる記録が残れば、この状況が改善されてしばらく経った頃に、歴史的価値のある情報、つまり「史料」になるかもしれない。歴史的価値の発生しうる頃になってはじめて記録を探して残そうとしても手遅れであり、今しかできない、今こそ率先してやるべき行動ではないだろうか。

写真: 記念誌発行時点での研究所史料「収蔵庫」の様子。
記念誌発行時点での研究所史料「収蔵庫」の様子。まだ キャビネット1台分だが、今後の拡張が期待される。
記念誌からスタートする、歴史を残すしごと

今回、研究所は過去の史料の欠如ゆえに「記念誌」の発行に至ったと記したが、少なくとも筆者は、そのことを悲観的に捉えているわけではない。60年が経って成熟した研究所が、変化する情勢のなかでどのような活動を行い、何を目指しているのかという「歴史」を後世に残すための参考書が完成したと考えれば、立派な成果を上げられたといえる。

ただ、これに満足して活動を終えてしまっては、一次的な情報源を整理して残すことができなかった、20周年、30周年の際の年史編纂活動の二の舞になってしまう。年史編纂に必ず付き物である史料を、最も容易である現在のものから収集、整理、保存していけるような体制づくりが求められる。研究所が自らの史料を残していくことは、独立行政法人としての事業の意義の説明責任を果たすことにもつながる。さらには、組織統合や移転などによって大きな変化を遂げながらも、根本的な個性は維持してきた史実を再確認する呼び水となり、アジア経済研究所の組織としての価値をより高めていくことができるのではないだろうか。

参考文献
  • 東京大学教養学部歴史学部会編(2006)『史料学入門』岩波書店
写真の出典
  • 筆者撮影
著者プロフィール

則竹理人(のりたけりひと) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当はラテンアメリカ。最近の著作に「ドミニカ共和国・プエルトリコ・米州開発銀行における公文書管理の実態」『ラテンアメリカ・レポート』36(1), 2019.7など。

  1. 財団法人としては1958年に発足している。
  2. この段落および前の段落の内容は、入門書である東京大学教養学部歴史学部会(2006)の序論を参照してまとめた。
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