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2025-2026年ミャンマー総選挙――正当性なき国軍主導の民政移管へ
General Elections in Myanmar in 2025–2026: The Way forward the Military-led Civilianization of Power without Legitimacy
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001590
2025年12月
(6,020字)
ミャンマーでは、2025年12月28日から2026年1月25日にかけて、総選挙が実施される。現行の2008年憲法の下で行われる4回目の総選挙であるとともに、国軍がアウンサンスーチー氏(以下、スーチー氏)を含めた国民民主連盟(NLD)幹部を不当に拘束し、全権を掌握した2021年クーデター以後初めての総選挙となる。
今回の総選挙は、NLDが圧勝した直近2回の総選挙(2020年および2015年)とは大きく異なり、国軍主導の下、NLDが実質排除されたなかで実施される。民主派の並行政府として、クーデター直後から国軍への抵抗運動を率いてきた国民統一政府(NUG)は、国軍主導の総選挙に何ら正当性はないと厳しく批判している。国民の間でも、民主体制を転覆し、5年間にわたって徹底的な弾圧と暴力行為を続けたうえ、生活困窮を招いた国軍に対する拒否感はこの上なく強い。
しかし、これらの批判にかかわらず、国軍主導の総選挙は実施される見込みであり、これについて分析することは、ミャンマー情勢の今後の展開を検討するうえで有意義である。本稿では、まず、2021年クーデターと「非常事態」の長期化に至った経緯を振り返りつつ、軍政の出口としての総選挙の位置付け、および自由、公正性の欠如をはじめとする選挙実施にあたっての懸念点を明らかにする。次に、国軍主導の民政移管に向けたプロセスを示したうえで、国軍が描く民政移管後の「テインセイン2.0」への希望とその困難性を論じる。最後に、民政移管後も、国軍による民主化と国民和解のための真摯な取り組みがない限り、武力紛争を伴う政治危機と軍政の国際的孤立が継続する可能性が高いことを指摘する。
2021年クーデターと「非常事態」の長期化
最初に、2021年クーデターと今回の総選挙に至る経緯について、簡単に整理したい。
1962年以来、国軍による統治が続いてきたミャンマーでは、2011年に形式的な民政移管が実施され、国軍出身のテインセイン大統領と与党・連邦団結発展党(USDP)の下、政治改革と経済開放が進展した。2015年の総選挙では、スーチー氏率いるNLDが圧勝し、翌16年3月、同国では約半世紀ぶりに、国民の多数の信任を受けた形で政権が発足した。旧軍政が2008年に制定した憲法の下、国軍が強い影響力を維持しつつも、スーチー氏が国家顧問として政権を指揮した。NLD政権は、少数民族武装組織との和平プロセスの停滞、西部ラカイン州におけるロヒンギャ難民の発生等、多くの課題を抱えた。それでも、改革・開放の流れは、もはや不可逆的であるように思われた1。
2020年11月の総選挙では、NLDが再び圧勝したが、国軍は、有権者名簿の記載不備を理由に重大な不正があったと主張した。その後、NLD側との折り合いがつかないまま、2021年2月1日、ウィンミン大統領、スーチー国家顧問をはじめとするNLD政権幹部の多くを拘束し、憲法上の「非常事態」を宣言する2ことで、事実上のクーデターを実行した。ミンアウンフライン国軍総司令官は、全権を掌握し、暫定政権として国家統治評議会(SAC)を樹立するとともに、選挙結果の無効を宣言した。これに対し、市民は、大規模な街頭デモと「市民不服従運動(CDM)」による公務ボイコットを通じ、公然と異を唱えた。その後、国軍による暴力的弾圧を受け、一部の市民は少数民族武装組織と連携し、武装抵抗活動を開始した。一方で、拘束を免れた民主化勢力の関係者は、同年4月に並行政権としてNUGを発足させた。
SACは発足当初より、憲法に基づき、非常事態期間の終了後に再び総選挙を実施する意向を明らかにしていた。しかし、抵抗武装勢力との戦闘は拡大を続け、国軍は、治安状況を理由に6カ月ごとの非常事態宣言の延長を繰り返した。この間、紛争、経済低迷と2024年に開始された徴兵制を逃れるため、多くの国民が国内外に避難、脱出した。2025年3月の中部での大地震は、人道状況の悪化に一層の拍車をかけた。
軍政の出口としての総選挙
クーデターから4年半を迎えた2025年7月末、ミンアウンフライン国軍総司令官は非常事態宣言の解除および6カ月以内の総選挙実施を発表した。
今回の総選挙は国軍による政治支配を延命させるための茶番にすぎないとの見方は、国内外で広く共有されている。しかし、それならば何故あえて今、総選挙を行うのか。総選挙実施を延期してきた主な理由である治安状況は改善していない。これまでのところ、以下の理由が指摘されている。
第一に、軍政はあくまでも暫定的なものであり、できるだけ早期に民政に移行することが必要であるという国軍自身の認識である。というのも、タンシュエ氏が率いた旧軍政は、軍人閣僚枠、軍人議員枠、非常事態時の国軍への全権移譲を定める条項等を憲法に組み込むことで、国軍の幅広い国政関与を維持しながら、長年の政治、社会、経済的停滞を脱出すべく民政に移行した3。ミンアウンフライン氏率いる現軍政も、同様の発想にもとづいて総選挙の実施に踏み切ったと考えられる。
第二には、隣国中国の強い働きかけがある。中国政府は、ミャンマーにおける平和と安定の回復、それによる自国の経済、安全保障上の権益の確保を見据え、早期の総選挙実施と民政移管を繰り返し働きかけてきた。特に、2023年10月以降の「1027作戦」により、シャン州北部およびラカイン州での少数民族武装組織との戦闘で国軍が劣勢に立たされて以降、ミャンマー軍政が中国の停戦仲介を得る代わり、早期の総選挙実施を約束せざるを得なくなった可能性が高い。
このように、民政移管が重要との国軍の認識に加え、中国からの圧力の高まりが、治安状況の改善を待たずに、総選挙実施へ動くことになった理由である。
国軍による国軍のための総選挙
今回の総選挙は、NLDが圧勝した直近2回とは異なり、国軍による厳しい統制のなかで、国軍の政治支配を固定化するために実施されるものであり、自由、公正な選挙とは程遠い。特に懸念される点をいくつか指摘したい。
第一に、軍政が選挙への参加、協力を確保するために強制力を動員している点である。NUGをはじめとする抵抗民主勢力は、国民に対し、正当性のない総選挙実施に協力しないよう強く促している。国民のなかでも、選挙への関心は極めて低い4。それに対し、軍政は、「選挙保護法」を制定し、国軍および選挙実施に反対する言動を厳しく取り締まっている。一部では、大学生、受刑者等に対する事前投票の強制といった動きも報じられている。なお、憲法では、選挙結果成立のための最低投票率に関する規定はない。
第二に、国軍出身者率いるUSDPの圧倒的優位である。後述のとおり、選挙制度が小規模政党の参加を難しくしているほか、民主派勢力による選挙実施への反対、国民の無関心も結果的にUSDPの優位性を高めている。なお、USDPからは、国軍出身で、テインセイン政権期とSACの双方において閣僚を務めたキンイー党首を筆頭とする古参幹部に加え、2021年クーデター以後に退役した元将校らが多数立候補している5。
第三に、クーデター後に拡大した少数民族武装組織および民主派武装勢力との紛争との関係である。今回、軍政は、治安状況を理由に、投票を3段階に分けて実施することとした。12月28日の第1回投票では、全国330郡区(township)のうち102郡区、2026年1月11日の第2回では100郡区において実施される(第3回投票については、2026年1月25日に実施予定としているが、実施地域は未発表)。また、56郡区では治安状況を理由に中止を決定している6。国軍はできる限り広範囲で支配を回復し、選挙を実施しようと、一部地域への攻勢を強め、戦闘が激化している。なお、憲法では議会成立のための最低議員数についての規定はなく、多くの議員が選出されずとも、議会の招集は可能となる7。
第四に、選挙制度がUSDPの優位性を一層高めている。今回の総選挙においても、現憲法の下で実施された過去4回と同じく、全体の25%を占める軍人議席を除く、下院330議席、上院168議席の民選議席計498議席が争われる8。しかし、政党登録要件、立候補要件等が厳しくなり、各政党が選挙に参加するハードルが高くなった。今回の総選挙に候補者を擁立したのは、地域・州議会を含めて計57政党9に留まり、そのなかでも全国規模で展開しているのは6政党10に限られる。このうち、大規模な動員能力を持つのはUSDPのみである。
最後に、その他の制度的変化として、比例代表制と電子投票の導入を指摘しておきたい。今回、上院において、比例代表制を部分的に導入し、民選議席の半数を小選挙区から、もう半数を比例代表制により選出することとなった。これまで一貫して全小選挙区制で行われてきたミャンマーの選挙において初めての試みである。比例代表制の導入については、2015年、2020年の総選挙において、全小選挙区制がNLDの圧勝を招いたとの反省からか、ミンアウンフライン国軍総司令官がクーデター以後繰り返し言明してきた11。NLD不在の今回の選挙において、比例代表制と電子投票の導入そのものは、USDPの優位性を高めるわけではない。しかし、比例代表制の部分導入による投開票プロセスの複雑化、および透明性が欠如したなかでの電子投票の実施は、不正の温床となる恐れがある。
国軍主導の民政移管へ
それでは、総選挙実施後、ミャンマー情勢は如何に展開していくのか。2026年1月25日の第3回投票の後、投票結果が確定する。その後、議会招集12、上下両院議長等の選出に続き、正副大統領の選出が行われる。憲法に従い、下院の民選議員、上院の民選議員、上下両院の軍人議員の3グループが1名ずつ候補を選出し、上下両院の全議員の決選投票により、1位を獲得した者が大統領に、残り2名が副大統領に選出されることとなる。
総選挙の結果、圧倒的優位に立つUSDPが第一党となり、議員総数の25%を占める軍人議員と共に、上下両院の議員総数の過半数を獲得することは難しくない。そうなれば、国軍およびUSDPの支持を受けた者が大統領に選出され、国軍の意を受けた政権が発足することとなる。政権発足のタイミングは定かではないが、2011年および2016年の前例に従えば、2026年3月末が見込まれる。
民政移管後の展望――「テインセイン2.0」とその困難性
かつて、2011年の民政移管後、国内外の予想に反し、国軍出身のテインセイン大統領率いるUSDP政権は、国内和平の進展、対外関係の正常化、開発支援の再開および外国投資の流入を導くことに成功した13。現在の国軍およびUSDPにも、2026年の民政移管後における同様のシナリオの再現、すなわち「テインセイン2.0」への希望がうかがえる14。しかし、その実現には大きな困難が伴う。
第一に、民政移管にかかわらず、今後も広範な地域で紛争が継続するだろう。2025年年初以降、中国の停戦仲介をきっかけに国軍側が優勢に立ったとはいえ、ラカイン州をはじめとする少数民族州の多くが少数民族武装組織の支配下にあり、中央部でも民主派の抵抗武装組織が依然活発である。少数民族武装組織の大半が実質停戦状態にあり、民主化勢力が弱体化していた2011年と異なり、2026年以降の政権は、極めて脆弱な政治、安全保障環境に向き合うこととなる。
まずは敵対勢力を減らすため、ミャンマー民族民主同盟軍(通称コーカン軍・MNDAA)、タアン民族解放軍(TNLA)15に加え、カチン独立軍(KIA)、アラカン軍(AA)等との間でも停戦を試みるだろう。ただし、停戦合意のためには、2021年クーデター以降に拡大した各武装組織の領土および経済権益を一定程度認めざるを得なくなる。それは、広範な地域に国軍の支配が及ばない状況を追認するとともに、中国に、これら武装組織を通じた介入の余地をさらに与えることを意味する。
一度停戦に合意した武装組織が、停戦中に力を蓄え、戦闘を再開する可能性も否定できない。実際、ラカイン州では2020年の国軍・AA間の停戦合意にもかかわらず、2022年に戦闘が再開し、AAが同州の大半およびその周辺までを支配下に収めるに至った。
また、最近の国軍の優勢の理由の一つとして、徴兵による兵力増強が挙げられるが、徴用兵の忠誠心に限度があることを考慮すれば、国軍の優勢の持続性には疑問が生じる。
第二に、民政移管が、欧米諸国の制裁解除および外国投資と援助の再開に直結する可能性も低い16。2011年の民政移管時には、旧軍政トップで、当時すでに78歳と高齢だったタンシュエ氏の引退があった。何よりも、テインセイン政権の改革・開放路線を成功させたのは、民政移管そのものというよりも、幅広い文民テクノクラートの活用と柔軟な政策決定、そしてスーチー氏との対話に端を発した国際社会からの信任獲得である17。
しかし、ミンアウンフライン国軍総司令官はまだ69歳であるうえ、元来の強い政治的野心18を考えれば、民政移管後も大統領または何らかの別の立場19から実権を維持しようとする可能性が高い。2021年以降の同総司令官への権力集中、強硬な治安維持アプローチ、硬直的な経済運営に鑑みれば、同総司令官の体制の下で柔軟な政策決定はあまり期待できない。スーチー氏を含む政治犯の釈放と民主化勢力との対話なしには、国際社会からの信任獲得は極めて困難である。日本としても、ミャンマー国民の国軍への強い拒否感に鑑みれば、関係正常化には大きな困難が伴う。
一方、ロシアと中国はミャンマー軍政と既に緊密な関係を構築しており、さらに、民政移管を受けて、一部のASEAN諸国およびインドが、関係正常化に本格的に舵を切る可能性がある。米国がミャンマー民主化支援にこれまでになく消極的になり、欧州、日本も身動きを取りづらいなか、ロシアと中国の影響力はますます高まるだろう。
政治危機と国際的孤立の継続
このように、今回の総選挙は、形式的な民政移管につながるとはいえ、ミンアウンフライン国軍総司令官が指揮する現軍政のファンダメンタルに大きな変化をもたらすものではない。暴力の停止、スーチー氏らの解放と民主派との対話がなければ、民主化、国民和解は進展せず、国軍と抵抗勢力との武力紛争を伴うミャンマーの政治危機と軍政の国際的孤立は今後も続くだろう。
言うまでもなく、クーデター後の事態の一番の犠牲者はミャンマー国民である。国際社会として、ミャンマー国軍に対し、民主化と国民和解のための意味ある取組を促し続けるとともに、国民の困窮を少しでも緩和できるよう、柔軟に行動することが真に求められる。
写真の出典
- 現地関係者提供(2025年11月)
著者プロフィール
渡邊康太(わたなべこうた) コーネル大学エイナウディ国際学センター東南アジアプログラム連携研究員・日本学術振興会海外特別研究員。主な著作に “Behind the Scam Cities: Armed Brokerage in the Myanmar–Thai Borderland,” Critical Asian Studies. October 2025.
注
- 例えば、中西嘉宏(2022)「ミャンマー現代史」岩波新書、92ページ。
- 国軍は、選挙に不正があった可能性があるにもかかわらず、スーチー氏らが新たな議会を招集して新政権を発足させようとしたことが、非常事態の要件となる「国家主権を不当な手段によって奪取しようとすること」(憲法第417条)に当たると説明したが、この主張については指摘すべき問題点が多い。長田紀之「(2020年ミャンマー総選挙)クーデター後、国軍は何をしようとしているのか?」『IDEスクエア』2020年2月。
- 中西(2022[注1に同じ。以下も同様])、103ページ。
- 例えば、ある市民団体調査では、全回答者の96%が投票しないと答えた。 “Poll shows 96 percent of respondents reject voting in Myanmar junta’s upcoming election,” Mizzima News, November 12, 2025.
- ニョーソー首相(元大将)、アウンリンドゥエ国防治安評議会府長官(元大将)、ティンアウンサン大統領府大臣(1)兼国家安全保障顧問(元大将)、ミャトゥンウー運輸通信大臣(元大将)、ミョーゾーテインUSDP副議長(元中将)、アウンソーUSDP国際局長(元中将)ほか。“Editorial Talk,” Mizzima TV, November 17, 2025.
- 選挙実施予定の郡区のなかでも、治安上の理由により2931区(ward)・村落群(village tract)では選挙が中止される。
- 憲法131条は、上下院につきそれぞれ、議員の一部に空席がある場合でもその任務を遂行する権利を有すると定めている。
- 地域・州議会選挙も同時に実施されるが、本稿では割愛する。
- 前回2020年総選挙では87政党が立候補者を擁立していた。
- USDPのほか、国民統一党(NUP)、人民先駆党(PPP)、ミャンマー農民発展党(MFDP)、シャン民族民主党(SNDP)および人民党(PP)。
- 例えば、2022年1月31日、第2回非常事態宣言延長発表時の発言。
- 憲法123条は、総選挙開始後90日以内の議会招集を定めていることから、26年3月28日までに議会を招集する必要がある。
- 中西(2022)、第3章。
- 例えば、キンイーUSDP党首は、10月28日の政見放送において、自由公正な選挙の実施により、平和がもたらされるとともに外国投資が流入するとの希望を示している。Myanmar Alin, October 29, 2025.
- MNDAAとは2025年1月に、TNLAとは同年10月に停戦合意済み。
- なお、米国との間でレアアースが新たな交渉カードになるとの指摘もあるが、調達上の困難を考慮すれば、現実的ではない。工藤年博「(世界はトランプ関税にどう対応したか)第4回 ミャンマー ――「ディール」を模索する軍事政権とトランプ大統領」『IDEスクエア』2025年11月。
- 中西(2022)、105ページ。
- 中西(2022)、171ページ。
- 民政移管後のミンアウンフライン総司令官の去就については、大統領への就任のほか、国軍総司令官としての続投、または憲法217条の大統領の行政権の一部付与に関する規定を根拠に、国軍、行政の双方を指揮する役職を自らのために新設する等、様々な可能性が指摘されている。
