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ラオスの憲法改正の要点と意義――「転換」実現への模索

Key Points and the Meaning of the Constitutional Amendment in Laos: Seeking to Realize "Conversion”

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001423

2025年6月

(6,577字)

国家建設の「転換」と憲法改正

2025年3月22日、ラオスで10年ぶりに憲法が改正された。新憲法は、一党支配体制をとるラオス人民革命党(以下、党)が2021年に提唱した改革路線である「転換」路線を今後の国家建設の指針として明記するなど、近年党が進めてきた国家建設路線の見直しの方向性を踏襲するものとなった。特に地方行政制度に関する条文は大幅に修正され、地方行政単位を34年ぶりに変更することが決定された。

本稿では、新憲法の土台となった「転換」路線の概要を示したうえで、新憲法の要点を地方行政制度に関する条文を中心に整理し、今回の憲法改正の意義を考察する。

改憲の背景――「転換」とは何か

近年のラオスの国家建設では、経済成長が最重要視されてきた。1975年の現体制成立後は社会主義建設が開始されたが、1986年の第4回党大会で「刷新」路線が提唱されると市場経済化が本格化した。そして2000年代半ば以降、工業化が進むと、2006~2016年の成長率は7%を超えた(ADB推計値)。

しかし徐々に弊害が生じた。開発の軸は巨額の外資によるダム開発で、公的債務が増大した。その対GDP比率(IMF推計値)は2011年の43%から2018年には60%へ上昇し、ASEANのなかではシンガポールに次いで高くなった。また大半の農村は開発の恩恵を享受できず、都市との格差が広がり、所得格差を示すジニ指数は2002年の32.6から2018年には38.8へ悪化した。さらに政治家や官僚の汚職が蔓延した(山田2021a)。

2021年の第11回党大会で、党は「転換」の号令を発した。そして経済成長よりも社会の安定を重視する方針を鮮明にし、特に財政改革を本格化させた(南波2022;山田2021a)。その後ウクライナ危機などを背景に財政が悪化すると、2022年には公的債務残高GDPを上回り、債務不履行が懸念される状況に陥った。そうしたなかで党は「転換」の必要性を訴え続け、改革の継続を模索してきた(南波2025)。

改憲の経緯

現体制下の憲法は1991年に初制定され、2003年と2015年に改正された。そして3度目の改正に向けて2024年5月、党の最高権力機関である中央政治局が国家級委員会を設置すると、2025年3月17日に第9期第2回臨時国会が招集され、同月20日に要件(全議員の3分の2以上の賛成)を上回る「賛成155、反対1、棄権0」で改正が承認された。2025年1月に草案が公表されていたが、3月22日に公布・施行されたものとは複数の相違が確認でき(後述)、最後まで議論が続いたことが窺える。また今回は地方行政や国家幹部に関する条文が改正されたため、地方行政法と幹部・公務員法の改正も併せて承認されたが、どちらも2025年6月現在、未公布である。そのため特に今後の地方行政制度については不明点もあるが(後述)、本稿ではさしあたり新憲法の内容に絞って分析する。

新憲法の要点①――「転換」の文言を加筆し、改革への意志を明示

新憲法では、「転換」路線が今後の国家建設の指針と位置付けられ、改革推進への強い意志が示された。また同路線に準拠した新たな経済理論である「独立自主経済」論も併せて言及された。同理論は、2023年末にトーンルン・シースリット党書記長兼国家主席が提唱したもので、資金面などで外部依存性の高い経済構造を脱却し、自立的な国家経済を構築することを主眼とする(2024年4月11日付党中央政治局決議4号)。国内財源安定化などの同理論の具体的課題は「転換」提唱直後から重視されてきたが、経済危機発生後に経済分野に特化した理論として登場した(南波2022;2025)。

写真1 トーンルン党書記長兼国家主席

写真1 トーンルン党書記長兼国家主席

言及箇所は2カ所ある。まず前文では「2025年版の改正憲法は、国家権力システムにおける強力、抜本的、包括的な転換路線の継続的実施と、独立自主経済の建設推進を目的とする」とされ、この改憲自体が「転換」路線の実現を図るものであるとの認識が明示された。さらに「第2章:経済・社会体制」の冒頭(13条前半1)では「ラオス人民民主共和国の国民経済は社会主義を志向する市場経済である。それを構成する多様な経済セクターと所有形態は、長期にわたり持続する対等なものであり、法の下で、また独立自主経済の建設を基盤として、競争し協力する」とされ、「刷新」提唱以降の経済建設の指針であった「社会主義志向の市場経済」と並んで、「独立自主経済」の実現が重視された。

従来、憲法で特定の理論や政策が言及されることは少なかった。特に国家のこれまでの歩みを示した前文に記載があるのは、1986年の第4回党大会で提唱されて市場経済化や外交多角化の根拠となった「刷新」路線だけであった。一方、たとえば「建国の父」とされるカイソーン・ポムウィハーン初代党書記長の発言などを体系化した「カイソーン思想」は、2010年代半ば頃から党や国家の基本理論として構築が進んでいるが、新憲法には盛り込まれなかった2。新憲法で「転換」が「刷新」に次ぐ重要な路線と位置付けられたことは画期的である。「転換」路線実現に対する党の強い意志が表現されたといえる。

新憲法の要点②――農村開発の加速を図り、地方行政級の変更を決定

都市と農村の格差が広がるなか、今回の改憲では34年ぶりに地方行政単位(級)を見直し、末端の行政単位を再編することが決まった。ラオスの地方行政単位は、1975年の建国直後は県・郡・タセーン3・村の4段階であったが、1991年の憲法初制定に際してタセーンが廃止された。今回34年ぶりにタセーンが復活し、他方で村は行政単位から外れて「コミュニティの組織」となる。行政単位は今後、県(首都を含む4)・郡(市を含む5)・タセーンの3段階となる(86条)。タセーンはまず試験的に導入され、最終的に全国148の郡に3~5つずつ設置される予定である(2025年1月21日付内務省通知8号)。

タセーン復活により、主に2つの面で地方政治の姿が変わると考えられる。第1に、最下級の行政機関に個別の国家予算が配分され、地域の実情に即した予算執行が可能になる。旧村は予算の立案権を持たなかったが、タセーンは予算案を作成し県議会に提案することが認められた(88条2項)。

第2に、最下級の行政機関のトップにも原則的に公務員が配置されることになり、末端に対する管理が強化される。県や郡の首長はこれまでも上級が任命する公務員であった。一方で村長は原則的に村民の直接選挙で選出され、公務員ではなく、賃金もわずかな手当てのみであった(地方行政法85条6)。タセーンの行政機関の長の選任方法は新憲法に記載がなく、地方行政法の公布が待たれるが、原則的に郡級の公務員や軍・公安職員などから選出され、給与も支給される見込みである(内務省通知8号)。

この地方行政制度の変更は、農村開発の推進を意図している。ラオスの地方は伝統的に自律性が高く、特に隔絶性の高い山地部の村落は、独自の文化や言語を持ち、村長を中心に結束する傾向にある。従来、国家はそうした伝統的な村落秩序を統治に活用してきた。しかし、村長の一部は公用語の読み書きが十分にできず郡級との連携が困難で、中央の方針や政策を徹底することが難しい場合もあった(臨時国会での内務相の発言)。2000年代以降、政府は5つほどの村をグループ化して開発を進める「開発村グループ」政策や、「3つの建設」という地方分権政策などを試みてきたが、農村部の産業やインフラの整備は遅れ、都市部との社会経済格差は広がった。2024年11~12月に行われた通常国会では2016年に開始された「3つの建設」の実施状況の評価が行われたが、そこでも特に村レベルの社会経済開発の遅れが指摘され、その原因の1つとして村長の責任や地位の問題が議論された。中央の党と政府は今後、タセーンに予算面では自立性を与えつつ、その幹部人事を通じて統制を強めて中央の方針を徹底させることで、農村の開発強化を図るとみられる。

ただし村落の秩序をタセーンの統治システムに取り込むことは、その安定と発展に不可欠であろう。旧村は、村長1名と副村長2~4名の他、5つの分野に数名ずつの人員を置き、住民の管理、天然資源の利用や保全、開発事業の監督、さらには独自財源の維持運営なども行った(地方行政法82条)。さらに各村には紛争調停委員会が置かれ、家族の問題も含む軽微な争いの解決を担った(2016年4月28日付司法省決定404号)。こうした役回りでは村民との信頼関係が重要になる。旧村長の任期は5年であったが再選も可能で(地方行政法85条)、個人や一族が長く務める場合もあったとみられる。政府は当面、タセーンの幹部に非公務員を任用する選択肢も排除しない方針である(内務省通知8号)。これは旧村長などの地元の有力者を登用することで、タセーン設置を穏便かつ迅速に進める狙いがあると考えられる。旧村とタセーンの分業や旧村長の扱いなどは新憲法に記載がないが7、政府は今後も旧村の機能の一部は残すとしている。詳細は地方行政法で定めたうえで、タセーン設置を実際に進めつつ調整していくであろう。今回の地方行政単位の改編によって伝統的な村落秩序が壊れ社会が不安定化する恐れもあり、慎重さが求められる。

写真2 ラオス北部の山村の様子

写真2 ラオス北部の山村の様子
新憲法の要点③――地方分権の前進に向けて、行政委員会制の34年ぶりの復活を決定

2015年の改憲以降、中央集権的な統治体制の見直しが進んできた。背景には、都市と農村の格差が拡大して地域の実情を統治に反映させる重要性が高まったことや、中央だけでなく地方でも汚職が拡大して監督を強化する必要性が増したことなどがある(山田2017;瀬戸2021)。新憲法でも地方の主体性向上に繋がる制度変更を行うことが決定された。

まず中央地方関係の変遷を整理する8。1975年の建国当初、まだ統治能力が不十分であった中央の党や政府は、地方の自立を期待した。村より上級の行政単位には直接選挙制の地方人民議会(以下、地方議会)が置かれ、それが選任する行政委員会が行政を指導した。その後徐々に中央集権化が進み、1991年に地方議会が廃止された。そして集団指導を旨とする行政委員会制から、首長に権限を集中させる首長制へ移行し、その人事(村長を除く)を中央が掌握した。特に県知事には党中央が幹部(中央執行委員)を派遣することが一般化し、中央による地方統制の要となった。しかしその後再び地方分権が進み、2015年には県議会が復活した。そして郡長や県副知事などの地方の主要人事、県の予算案などの決定権が県議会に与えられた。県知事は引き続き中央から派遣されたが、地元の有力者から成る県議会が一定の権限を確保し、地元の利害が反映されやすい体制となった。

新憲法は、首長制を廃止し、34年ぶりに行政委員会制を復活させることを決定した。今後は3級のすべてに委員長、副委員長、委員から成る行政委員会が設置され、地方の開発計画や予算案の県議会への提案やその実行などを担うことになった(87、88条)。行政委員会制復活はまず、集団指導の党是を地方でも徹底し、首長による専制を防止する狙いがあると考えられる。それに加え、特に県級では、地元出身幹部の権限拡大に繋がる可能性がある。県級の行政委員会では、委員長の任免権は引き続き首相に付与され(73条)、同職には今後も中央の幹部が派遣されるとみられる。一方で県議会が選出する副委員長、その下の委員には、地元出身の幹部が多く登用されると予想される。旧県知事の権限が行政委員会内で分散すれば、中央の幹部から地元の幹部への権限移行が進展し、地元の利害が反映されやすくなると考えられる。ただし行政委員会内の職掌分担や委員の選出方法などは新憲法に記載がなく、行政委員会制の導入で地方分権がどの程度進展するかについては、改正予定の地方行政法の内容次第となる。

しかし、建国初期と比べると地方分権はまだ限定的であり、また当分はそのレベルに戻ることはないと考えられる。第1に、県行政トップの人事権は1991年以降、一貫して中央が堅持している。2015年の県議会復活に伴い県行政トップの権限はやや縮小したが、地方の主要人事でも「県議会への提案」という形で県行政トップを通じて党中央が実権を行使している。また党内では、若手や中堅のうちに中央省庁の大臣、そして県行政トップを経験することが、出世の暗黙の条件になっている。新憲法でも県行政トップの人事権に変更はなく、県行政トップの派遣を主たる手段として中央が地方を統制するという基本方針は、今後も長く維持されるであろう。

第2に、郡以下の地方議会の再設置は、2015年憲法で国会が決定できることになったが(同憲法76条)、実現していない。そして新憲法ではタセーンでも同様に設置可能となったが(77条)、実現の可能性は低い。国会や県議会の選挙では、党は結果の操作を重視し、候補者選任から介入している(山田 2021b)。だが全国148の郡、さらに約600のタセーンにまで議会が広がれば、中央による介入は困難になる。1991年の地方議会廃止の理由の1つは、党が意図しない人物の当選拡大であった(瀬戸2016)。党中央は当面、県議会の統制と権限強化を両立することで、党中央の方針や政策を前提としつつ地方の実態を政治に反映させ、地方重視の姿勢をアピールしていくであろう。

新憲法の要点④――汚職防止を重視し、国家幹部の任期制限を強化

近年、党・政府は汚職対策を強化してきた。しかし対策の進展に伴い次々に深刻な事案が発覚し、汚職根絶の兆しは見えていない(南波2025)。そうしたなかで今回、汚職対策を主導してきた国家検査機構の権限が憲法で初めて規定されるとともに、同機構に法案提出権が認められた(60、103~106条)。今後さらに法規制強化が進むと予想される。

さらに汚職を未然に防ぐ措置の強化も決定された。2015年憲法で導入された国家幹部の任期制限の適用範囲が拡大したのである。この点は最後まで議論が続いたようで、改正2カ月前の草案では、従来の適用範囲(国家主席、閣僚、村を除く地方行政機関の長)が維持されていた。しかし最終的には、新たに①国会と県議会の議長兼常務委員会委員長9、②国会と県議会の各分科委員会と事務局の長、③最高人民裁判所長官、④最高人民検察院院長、⑤国家検査機構長、⑥国家監査機構長が対象に加わり、一方で地方行政機関の長の任期制限に関する記述はすべて削除された(56、79、92、101、105、109条)。

結果的に、大衆組織を除くすべての立法権を有する国家機関の長が、任期制限の対象となった。任期の上限は従来どおり、いずれも連続2期となった。地方行政機関の長の任期制限の記述が削除された理由は明かされていないが、先述のとおり当面はタセーンの行政幹部に旧村長などが就く可能性があり、任期制限によって人選の選択肢が狭まるのを避けたと推察される。他方で県や郡の行政トップの任期制限を撤廃する正当な理由は見当たらない。改正地方行政法で別途規定される可能性もある。

憲法改正に滲む党の改革への意志

ラオスの国家建設はいま過渡期にある。従来の経済成長最優先の路線は限界を迎え、特に2021年の「転換」路線提唱後、社会の安定重視の傾向が強まった。今回の憲法改正では特に格差や汚職の解決を企図して、いくつかの重要な制度変更を行うことが決定された。

2026年は、1986年に「刷新」路線が提唱されて市場経済化が本格化してから40周年に当たる。そのため年初に予定される第12回党大会ではこの期間の国家建設を暫定的に総括し、また54年ぶりに党政治綱領を策定して党の理念や目標を改めて示す計画である。「転換」路線はあくまでも「刷新」路線を前提とし、社会主義路線への回帰を図るものではないが、直近20年間の経済成長最優先路線については見直しが今後さらに進むであろう。新憲法には「転換」実現に対する党の強い意志を読み取ることができる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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参考文献
著者プロフィール

南波聖太郎(なんばせいたろう) アジア経済研究所地域研究センター北東・東南アジア研究グループ研究員。専門はラオス地域研究、政治外交史。博士(学術)。おもな著作に「ラオスにおける社会主義と中立主義の相克:デタント期社会主義陣営の最辺境における解放区の多元的展開(1945-1975)」(東京外国語大学博士論文、2020年)、「外交の現状と課題――対中関係緊密化時代のバランス戦略」山田紀彦編『ラオス人民革命党第11回大会――転換期を迎える国家建設』(アジア経済研究所、2021年)。


  1. 以下、2025年改訂版憲法の引用は条項番号のみを記す。
  2. カイソーン思想については、山田(2021a, 31-34)に詳しい。
  3. タセーンはこれまで「区」と訳されてきたが、「区」の訳が定着している「ケート」との混同を避けるため、カタカナ表記とした。
  4. 新憲法では県級の「特別区」に関する規定が削除された。
  5. 新憲法では郡級のテーサバーンに関する規定が削除された。
  6. 地方行政法は、2015年の改正法を参照した。
  7. 2025年1月の草案の86条では旧村長選挙の継続が明記されていたが(Sapha haeng Sat 2025)、最終的に削除された。
  8. 中央地方関係の変遷については、瀬戸(2021)に詳しい。
  9. 新憲法は国会および県議会の常務委員会委員長の任期制限を定めたうえで、その職位をそれぞれの議長が兼務するとしている(56、79条)
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