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選挙の争点として顕在化したシリア難民問題――トルコ人の間で燻る不満

Syrian refugee issues become a major topic of Turkish elections in 2023

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053529

2022年12月

(3,870字)

トルコ国民はシリア難民をどう見ているのか

トルコが隣国シリアの難民を多数受け入れているのは周知の事実である。2010年3月にシリア内戦が勃発した翌月からシリア人を受け入れ始め、2022年11月現在でも約363万人のシリア人がトルコに滞在している1。彼らは命の危険を感じており、また同じムスリムという共通点もあることから、トルコ人はシリア難民を客人として受け入れてきた。当初、シリア難民は難民キャンプに滞在していたが、次第に難民キャンプを離れ、主に大都市もしくはシリアに近い南東部の都市に移り住むようになった。難民キャンプはシリア人だけの生活空間であったが、キャンプの外での生活は、トルコ人との共存を意味した。

図1 外国人の数についてどう考えますか(%)

図1 外国人の数についてどう考えますか(%)

(出所)筆者作成

しかし、シリア内戦が一向に収束しないなかでシリア難民に対するトルコ人の態度も変化してきた。図1はシリア難民の数に対するトルコ人の評価を集計したものである。2014年と2015年のデータは米国のシンクタンクであるジャーマン・マーシャル財団(GMF)が実施したものであり2、2021年のデータは筆者がアジア経済研究所のプロジェクト3で意識調査を実施して得たものである。「外国人が多いと思うか」という質問に関して、「多すぎる」という回答の割合が2014年は25%、2015年は41%であったのに対し、2021年は71.4%にまで増加した。また、「多すぎる」と「多い」という回答を足した割合も2014年が57%、2015年が66%であったのに対し、2021年は99.2%であった。

このように、当初はシリア難民を「客人」として受け入れてきたトルコ国民であったが、次第に彼らを「負担」と感じるようになっていった。その背景には、上述の2021年の調査によると、図2のように、シリア難民がトルコ人にとってさまざまな局面で脅威になるとトルコ国民が考え始めていることがあった。

図2 トルコ人のシリア難民に対する脅威認識(%)

図2 トルコ人のシリア難民に対する脅威認識(%)

(出所)筆者作成
諸政党のシリア難民問題への対応

その一方で、シリア難民問題はこれまで大きな政治イシューにはなっていなかった。これまで連立与党の公正発展党(AKP)と民族主義者行動党(MHP)だけでなく、野党の共和人民党(CHP)や善良党(Iyi Parti)も選挙の際にシリア難民問題を公には取り上げてこなかった4。これは与党および野党にとって、難民問題を肯定することも否定することも国民からの批判を招く可能性があったため、臭いものに蓋をするかのように争点化が避けられてきた。ただし、シリア難民問題は、これまでの選挙で争点となってきた経済政策や安全保障政策にも関連する重要な要素であった。

しかし、最近、シリア難民問題が2023年の選挙において争点化する兆しが強くなっている。その理由として、3つの点が指摘できる。1つ目は、国民の不満の高まりである。2017年4月にイズミルで、2019年7月にイスタンブルで、2021年8月にアンカラで、さらに2022年に入り、1月にイスタンブルで、6月にオスマニエでトルコ人のグループがシリア難民を襲撃する事件が起こっている。その背景にはトルコ経済の脆弱化、それに加えてコロナ禍による飲食業界をはじめとした経済状況のさらなる悪化がある。こうしたなかで、トルコ国内で10年以上滞在しているシリア難民に対し、非難の矛先が向くようになった。シリア難民がトルコに流入した2011年4月以降、トルコはシリア難民に対して1000万ドルを費やしたと見積もられている5。図2で示したように、トルコ人の多くはシリア人がトルコ人の失業率が高くなる原因であり、犯罪やテロの温床であり、社会対立を引き起こしていると否定的に考える傾向が以前より強くなっている6

2つ目は、2021年夏にシリア難民問題に焦点を当て、シリア難民の帰還を選挙公約とする勝利党(Zafer Partesi)が結党された点である。そして3つ目は、2つ目の勝利党の結党の影響により、他の各党もシリア難民に対する立場を明確にすることを余儀なくされた点である。例えば、エルドアン大統領は、2022年5月3日にそれまでのシリア難民をトルコ国内に留める立場を改め、2023年の選挙で勝利した場合、多くのシリア難民をシリアに帰還させる考えを示した。最大野党の共和人民党を中心とする6党連合の各党もシリア難民の帰還を主張している。共和人民党は、もし政権を奪取した場合、遅くとも2年以内にシリア難民の帰還事業を開始すると主張している。そのために、①シリアのアサド政権と協議し、②EUの協力も受けつつ、シリアの諸都市を復興させ、③帰還するシリア難民の生命と物資の保証を約束し、もし必要であれば国連とトルコが監視団の派遣などを行い、④シリアに対して帰還難民を対象とした援助を実施する、という4つのプロセスを提示した7

最後にトルコ在住のシリア難民の投票権について確認しておきたい。トルコでは外国人の一時滞在者に投票権はない。シリア人が投票するためには、トルコの市民権を獲得し、トルコ国民としてのID番号を持つ必要がある。2018年6月24日の大統領選挙・議会選挙では約2万2000人、2019年3月の地方選挙では約5万4000人のシリア人が投票権を有していた8。スレイマン・ソイル内相によると、2022年8月の時点で、2023年6月の大統領選挙・議会選挙に参加できるシリア人の数は12万1000人ということである9

勝利党とはどのような政党か

次に、トルコにおいてシリア難民問題の争点化に大きなインパクトを与えた勝利党について詳しく見ていきたい。勝利党は多様な争点について論じるのではなく、シリア難民の帰還という1点のみを選挙公約としている。それにもかかわらず、例えば、世論調査会社であるALFの最近の世論調査では元首相・外務大臣のアフメット・ダヴトオールが結党した未来党や元経済大臣・外務大臣のアリ・ババジャンが結党した民主主義進歩党を凌ぐ2.5%の得票率を得るという結果も出ている10。一方で別の世論調査会社であるMetropollの世論調査では勝利党は0.7%の得票に留まるという結果も出ており、その評価は割れている11。現状ではいずれにせよ、このシリア難民問題に特化した政党がどの程度の支持率を得るかで、選挙後のシリア難民対策も左右されることが考えられる。

勝利党の本部とウミト・オズダーの横断幕

勝利党の本部とウミト・オズダーの横断幕

勝利党は2021年8月26日に党首であるウミト・オズダーを中心に結党された。オズダーは安全保障問題の研究者としてのキャリアを歩んでいたが、2006年に政治家に転身した。右派政党として知られる民族主義者行動党に所属し、2015年6月および11月の総選挙でガジアンテプ県から出馬し、当選を果たしている。しかし、その後2017年10月に民族主義者行動党を離党し、メラル・アクシェネル等と共に善良党を結党し、2018年6月の総選挙ではイスタンブル県から出馬し、当選した。その後、2021年3月に善良党からも離党し、新たに勝利党の党首となった。

オズダーは、民族主義者行動党の設立者を父親に持つ、生粋の右派政党支持者である。オズダーの父親は、元軍人であったアルパスラン・テュルケシュとともに活動したムザフェル・オズダーである。オズダーの母も弁護士であるとともに民族主義者行動党の党員であった。

勝利党は民族主義者行動党、善良党と並ぶ右派政党である。イデオロギーは3政党とも類似しているといってよいだろう。しかし、民族主義者行動党がエルドアン政権を支持しているのに対し、善良党と勝利党は支持していない。また、オズダーは善良党時代から善良党が最大野党である共和人民党と共闘することを快く思っていなかった。

それでは勝利党はどのような主張をしているのであろうか。まず、同党が結党時に掲げたマニフェストを見ると、トルコ共和国の主権を守るという観点から、今日のシリア人およびアフガニスタン人のトルコへの流入は、第一次世界大戦後のオスマン帝国に対するギリシャの侵攻と同等の危機であると主張する12。この主張を背景に、これまでシリア難民を受け入れてきた公正発展党の政策を批判している。また、勝利党はシリア難民によって仕事を失ったトルコ人などを例に挙げ、トルコはトルコ人の国であることを強調している。そして、トルコに難民を流入させない「アナトリアの城(Anadoku Kalesi)」計画を推奨している。このマニフェストのなかで、難民に対する政策だけの党ではないが、まずは難民の帰還が最優先されるとし、他の政策については難民問題が解決してから検討するという姿勢を示している。オズダーのツイッターのアカウントには180万人のフォロワーがおり、彼の難民問題に関するツイートに、1900万のフォロワーがいるエルドアンよりも多くの「いいね」が付く場合もあった13

シリア難民を待ち受けるのは苦難の道か

これまで見てきたように、2023年の選挙では各党のシリア難民への対応が1つの焦点となりそうだが、公正発展党と民族主義者行動党の与党連合が勝っても、共和人民党を中心とした野党連合が勝っても、大統領選挙と議会選挙後にシリア難民の帰還に関する議論が本格化することが予想される。一方で、多くのシリア難民はトルコ国内に留まることを希望していると言われている14。また、シリア内戦はいまだに継続している。トルコ政府がアサド政権と接触を図ったという報道も出ているが15、トルコ政府がこの問題をどのように収束させるのか、引き続き注視していきたい。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者撮影
著者プロフィール

今井宏平(いまいこうへい) アジア経済研究所海外派遣員(アンカラ)。Ph.D. (International Relations). 博士(政治学)。近刊に『クルド問題』岩波書店(編著、2022)、『教養としての中東政治』ミネルヴァ書房(編著、2022)がある。


  1. UNHCR, Operational Data Portal.(2022年11月15日閲覧)
  2. 2014年の調査サンプル数は1000人、2015年の調査のサンプル数は1018人であった。German Marshall Fund, “Transatlantic Trends: Transatlantic Trends: Mobility, Migration and Integration”; German Marshall Fund, “Turkish Perceptions Survey 2015.” (2022年12月8日閲覧)
  3. 「社会的保護と価値観:トルコの事例(代表者・間寧)」の研究会で実施した意識調査に基づく。Ipsos社に依頼し、2021年8月にトルコのNUTS1システムの12地域から層化抽出法によって1044人を抽出したうえで、インターネットを利用したインタビュー(CAWI)により調査を実施した。
  4. Merve Tahiroğlu, “Göç Politikaları: Türkiye’deki Mülteciler ve 2023 Seçimleri,” Heinrich Böll Stiftung Derneği Türkiye Temsilciliği, 20 Eylül.(2022年11月26日閲覧)
  5. Merve Tahiroğlu, “Göç Politikaları: Türkiye’deki Mülteciler ve 2023 Seçimleri,” Heinrich Böll Stiftung Derneği Türkiye Temsilciliği, 20 Eylül.(2022年11月26日閲覧)
  6. 筆者は、2022年8月から海外派遣の制度を利用してアンカラで研究活動を行っているが、現地のタクシーの運転手などの話を聞くと以前よりも確実にシリア難民に対する不満が高まっていると感じる。
  7. 共和人民党ウェブサイト “Göçmen ve Sığınmacı Sorununu 2 Yıl İçinde Çözeceğiz!” 1 Ağustos, 2022.(2022年11月26日閲覧)
  8. MÜLTECİLER DERNEĞİ(難民協会) “Suriyeliler Seçimde Oy Kullanacak mı?” 27 Ekim, 2022.(2022年11月19日閲覧)
  9. トルコの市民権を持つシリア人の数は21万1000人であるが、そのうちの約9万人は選挙権のない子どもであった。Haberler.com, “Suriyeliler 2023 seçimlerinde oy kullanacak mı, kaç kişi kullanacak? 2023 seçimlerinde kaç kişi oy kullanacak?” 19 Ağustos, 2022.(2022年11月19日閲覧)
  10. Europe Elects フェイスブック、2022年11月21日掲載。(2022年11月23日閲覧)
  11. Metropoll公式ツイッター、2022年10月28日掲載。(2022年11月23日閲覧)
  12. Zafer Partisi, Kuruluş Manifestosu, August 2021.(2022年11月25日閲覧)。ただし、シリア難民やアフガニスタン難民の人格などを否定しているわけではなく、あくまでトルコに流入していることが問題であるとしている。
  13. Patrick Sykes, “Turkey’s Anti-Immigration Challenger Tops Erdogan on Twitter,” Bloomberg, 20 Mayıs 2022.(2022年12月8日閲覧)
  14. TRTWORLD, “Study: Most Syrian refugees in Türkiye happy, don't feel discriminated,” 22 March, 2022.(2022年12月5日閲覧)
  15. Amberin Zaman and Sultan al-Kanj, “'Normalization' with Assad is the new normal in Turkey,” Al-Monitor, 16 August, 2022.(2022年12月8日閲覧)
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