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トルコの利下げと選挙――エルドアンの選択

Interest Rate Hikes and Election Prospects in Turkey: Erdogan’s Choice

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052879

2021年12月

(6,219字)

トルコでは2023年6月に大統領・議会同日選挙が予定されているが、それらの選挙が1年以上早まる兆候がこの10月以降現れていた。しかしその後の急速な利下げによる通貨下落とインフレ進行は、選挙の早期実施には不利な状況を作り出した。エルドアン政権はなぜこのような自己矛盾に陥っているのか。本稿では、利下げと選挙繰り上げの合理的・非合理的理由、選挙結果の見込み、その後の体制移行の可能性を論じる。

選挙向け財政支出の拡大

一般に政権与党は選挙直前に一時的好況を作り出すために景気刺激策を取りがちである。トルコでも10月に入って選挙向けの財政支出拡大の動きが始まった1

第1に、選挙前に常に行われる公的融資拡大である。政府系金融機関が金利引き下げを始めた。住宅販売減少や融資債務不履行を食い止めて選挙前に住宅販売を上向かせることを狙っている2。第2に、定年延長に伴い年金受給開始が遅らされた約500万人の不利益に対しレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は初めて対策を示唆、一部の公務員の賃金表で生じている不利益は年末までに解消する予定であると述べた。第3に、天然ガスの生産者向け価格は11月分から4割以上値上げされたのに対し、家庭向け価格は据え置かれた。電力についても、家庭向け価格値上げ幅は生産者向け価格の約4分の1に抑えられた。いずれも原価上昇分との差は補助金でまかなわれる。第4に、農林相は2022年の肥料補助金を前年の4倍、種子補助金を3倍に引き上げると発表した。第5に、家族相は低所得世帯への燃料炭と電力消費支援を拡大することを表明した。

このような財政支出拡大は2023年6月まで1年半以上も続けることはできない。選挙繰り上げが見込まれる所以である。

選挙繰り上げの不思議

不思議なのは、繰り上げによる現政権への利得が見当たらないことである。2018年7月の通貨暴落による経済危機が慢性化したため、野党連合が与党連合を支持率で上回りつつある(図1)。一般的に有権者は政権選択で経済状況を最も重視するが、その経済認識の先行指標である消費者信頼度も2020年6月以降、低下傾向が定着している(図2)。

図1 政党支持率(2018年7月〜2021年11月)

図1 政党支持率(2018年7月〜2021年11月)

(注)「今日(または今度の日曜日に)選挙があればどの党に投票しますか」との問いに対する回答の集計結果。
未定・無回答は、各党支持率に比例して、または何らかの推計方法を用いて各党支持率に上乗せされている結果と、上乗せされていない結果があるため、きわめて大まかな傾向しかつかめない。
与党連合は公正発展党(AKP)と民族主義者行動党(MHP)、野党連合は共和人民党(CHP)と善良党(İYİ Parti)。野党協力は民主進歩党(DEVA)、未来党(GP)、至福党(SP)、民主党(DP)。
なお4野党(CHP、İYİ Parti、SP、DP)による「国民連合」は2018年6月総選挙後に法的には解散されたが、2019年3月統一地方選挙でCHPとİYİ Partiが選挙協力した。
SPとDPのそれぞれの支持率は1%に満たない。なおDP党首は国民連合にとどまっていると述べている。
(出所)Vikipediで集約されている世論調査各社の公表されたアンケート結果をもとに筆者作成。

図2 消費者信頼度(2012年1月〜2021年11月)

図2 消費者信頼度(2012年1月〜2021年11月)

(出所)トルコ中央銀行ウェブサイトのデータより筆者作成。

1年半後の形勢挽回の可能性に賭けず、現状の劣勢を甘受するかの選択は、(1)一般には知られていない理由(たとえば大統領の健康問題)から選挙を急いでいる、(2)現政権支持率に関する正確な情報が大統領に伝えられていない、などの理由でしか説明できない。

加えて、エルドアン自身が現状の劣勢に拍車をかけている。「金利がインフレの原因」が持論のエルドアンは、6月以降中央銀行への利下げ要求を強め、9月以降3カ月連続で政策金利を合計3ポイント下げさせた。12月初めには政府内で唯一利下げに反対していたリュトフィ・エルヴァン財務国庫相が辞任し3、後任に低金利を掲げるヌレッティン・ネバティ財務国庫副大臣が任命された。

利下げで通貨暴落

すでにインフレ率を下回っている政策金利のさらなる金利引き下げ(マイナス金利の拡大)はトルコの自国通貨為替相場を急落させた(図3)。経常収支赤字が恒常化しているトルコへの外国投資が近年減り続けているうえ(図4)、2019〜2020年に約1400億ドルを使った無為な為替相場介入により外貨準備が底を尽いており、更なる介入余力はない。通貨スワップなどによる外貨借り入れを除いた純外貨準備は2021年10月現在でマイナス350億ドル程度である4

図3 実質政策金利と為替相場(2019年6月〜2021年11月)

図3 実質政策金利と為替相場(2014年6月〜2021年11月)

(注)1週間レポ実質金利は、1週間レポ金利から消費者物価上昇率を差し引いた値。
(出所)トルコ中央銀行ウェブサイトのデータより筆者作成。

図4 対トルコ外国投資(2002〜2020年)

図4 対トルコ外国投資(2002〜2020年)

(出所)トルコ中央銀行ウェブサイトのデータより筆者作成。

これまでの通貨危機で主要な役割を果たしたのは短期資本流出や機関投資家による投機だったが、今回の通貨危機での主役はもっぱら一般市民によるドル買いだった。トルコ居住者預金口座での外貨建て預金比率は2010年には3割だったが、リラ実質為替相場の切り下げが始まった2014年以降徐々に高まり、2018年夏の米国経済制裁による通貨危機を機に5割に、さらに2021年11月末に6割に達した。このようなドル化の進行は自国通貨への国内での信用低下を意味し、財サービスの価格はリラ対ドル為替相場により決まることになる。

インフレの加速と実質所得の低下

トルコは国内エネルギー需要の4分の3を輸入に依存するため、為替相場の下落はただちにインフレを加速させる(図5)。トルコ統計局は2021年11月の消費者物価上昇率を月間で4%、前年同期比年間で21%と発表したが、経済学者のインフレ研究グループによる推計値はこのほぼ3倍である(年間59%)。生活に欠かせない農産物も、肥料、トラクター燃料、運送料などの値上げを反映し、または農家の出荷放棄による供給不足により、価格が高騰している。

図5 為替相場とインフレ率(2019年6月〜2021年11月)

図5 為替相場とインフレ率(2014年6月〜2021年11月)

(出所)トルコ中央銀行ウェブサイトのデータより筆者作成。

実際、生産者物価指数と消費者物価指数の格差が最近異常に高まっていることから(図6)、国家統計局への国民の信頼は失墜している。生産者物価指数は税額算定に、消費者物価は給与や年金の改定に用いられることから、政府としては前者が高く、後者が低くなるのが好都合である。

図6 物価上昇率(%)を示す2つの指標

図6 物価上昇率(%)を示す2つの指標

(出所)トルコ中央銀行ウェブサイトのデータより筆者作成。

11月に入ると、中央銀行総裁をはじめエルドアン大統領に近い経済官僚は通貨切り下げが輸出振興と経常収支改善をもたらすと主張するようになった5。しかし、トルコの多くの経済学者はそれがマイナス実質金利「政策」の失敗を取り繕う理屈で、有効な経済政策とは考えていない。自国通貨安は当初は輸出を促進するが、輸出価格の輸入原料比率は3分の2を占めているし、中間財の4分の3を輸入に依存している。輸出産業は当面は収益を拡大できても輸入原材料の高騰によりやがて収益は低下する。

輸出拡大で国内総生産は上昇しているようにみえるが、自国通貨が下落しているためドル建てでは国内総生産、すなわち国民所得は低下しているのが現状である(図7)。また、大幅な為替変動は値決めを難しくするため受注額を減少させる。

図7 国内総生産(ドル換算)(2014年第1四半期〜2021年第3四半期)

図7 国内総生産(ドル換算)(2014年第1四半期〜2021年第3四半期)

(注)4期移動平均。
(出所)トルコ中央銀行ウェブサイトのデータより筆者作成。
利下げの決定過程

利下げがインフレを収束させると主張するエルドアン大統領に対し、誰も適切な忠告をできないのだろうか。2018年に集権的大統領制が導入された後、経済政策の策定においては議院内閣制時代に比べて経済官庁に代わり大統領の側近が大きな役割を果たしている。当初は大統領娘婿のベラト・アルバイラク財務国庫相がゲートキーパーとして大統領への独占的な影響力を維持していた。

経済問題に詳しいエルダル・サーラムによれば、2020年11月に通貨危機をきっかけとして大統領との対立でアルバイラクが辞任した後は、大統領府の経済政策委員会のイスラム法学者セルベト・バユンドゥル教授と通貨発行論者のヌレッティン・ジャニクリ元副首相が、経済政策で大統領の信頼を最も得ている。官庁の経済政策担当者は、大統領に政策を説明する前にその2人に説明する必要があるという。

特に金利政策ではバユンドゥルの影響が強い。2014年にイスタンブル大学イスラム法学部教授になったバユンドゥルはイスラム経済金融が専門で、金利に批判的な見解をネット上で公表している。大統領側近にはこれ以外に大統領顧問が数人いるが、いずれも大統領の「理論」を認識しているため利下げが妥当であるとの解釈を行っているという。

エルドアンは2020年11月の通貨危機直後には金利引き上げを認め苦い薬を飲むと述べた。しかし今回2021年11月の通貨危機では引き下がるそぶりを見せず、利下げを続けると宣言している。その背景には、2021年3月のナジ・アーバル中央銀行総裁の解任、そして今回のエリヴァン財務国庫相の辞任により、1年前のようにエルドアンに「苦い薬」を進言できる人物がもはやいなくなったがことがある。

選挙の時期

憲法では(議会・大統領同時)選挙の繰り上げは残り任期1年未満では実施できないことが定められている(2017年改正106条)。そのため、選挙を繰り上げて実施できる期限は、(任期満了2023年6月から1年前の)2022年6月までとなる。2017年改正憲法下では議会と大統領の選挙は常に同時に行われる。議会が繰り上げ選挙を決議した場合、大統領は2期目の場合には、もう一度立候補することが認められる。この規定を与党に悪用させないために(議会・大統領の)残り任期1年未満での選挙繰り上げは禁じられている。

この繰り上げ規定は最近、重要性を増してきた。エルドアンはすでに2回(2014年と2018年)大統領に選出されたはずであるとの議論が浮上してきたからである。2017年憲法改正後も大統領の任期は5年2期のままなので、エルドアンは2023年6月の(定期)選挙には立候補できないという。2017年憲法改正時に与党が、「現大統領の任期は2017年憲法改正後の最初の選挙から数える」というような移行条項を入れ忘れたためとみられている。

ただし現実には、(立候補資格の認定を行う)最高選挙委員会にエルドアンは圧力をかけられるため、彼が望めば候補になれる可能性が高い。また、野党もあえて司法府にエルドアンの候補資格判断を求めることに政治的利得を見いだしていない。エルドアンが候補資格なしと判断されると、与党は「エルドアンが憲法歪曲解釈の犠牲になった」として同情票を集められるからである。なお、エルドアン自身が選挙での敗北を事前に確信した場合、「名誉ある撤退」のために自らの候補資格無効を最高選挙委員会に宣言させることも否定できない。

体制移行の展望

次期選挙は体制移行に関わる。野党連合とそれに協力する他の野党は、現在の集権的大統領制が経済失政をはじめとする国家機能不全をもたらしており、政権交代が起これば(三権分立がより強化された)議院内閣制へ移行すると訴えている。その過程は以下のとおりである。まず、新大統領は集権的大統領制下での自らの権限行使を抑制し、体制移行の調整役に徹する。そして議院内閣制のための憲法改正を行い、2年後に総選挙を行う。

体制移行後の議院内閣制下では、2017年までの制度のように、大統領は国家元首として国家三権の調整役にとどまり、1期7年間のみを務める。また、連立政権による不安定化を防ぐため、内閣不信任案は代替の内閣への議会支持を確保できなければ提出できない「建設的不信任」の規定や、司法府の権限を強化するため憲法裁判所の判決を遵守させる規定などを導入することによって三権分立を強化することが野党連合・協力政党の間で合意されている。

与野党とも大統領候補は決まっていないが、与党はエルドアンかフルシ・アカル国防大臣、野党は最大野党の共和人民党(CHP)党首ケマル・クルチダロールの可能性が高い。大統領候補として世論調査で(仮想大統領候補2人の比較で)エルドアンよりも支持率が高い野党政治家のうち最上位の2人は、ともにCHP党員のイスタンブル市長エクレム・イマモールとアンカラ市長マンスル・ヤヴァシュである。

しかし、次期選挙で選ばれる大統領はいわば繋ぎ役であり、将来を見据えた政治家(特に現在51歳のイマモール)にとって立候補することにあまり利はない。ただし、クルチダロールがエルドアンに大差で勝利することが期待できなくなれば、2人の人気候補のうち選挙戦が巧みなイマモールが候補となると見込まれている。

本格政権は体制移行後の選挙で選ばれる首相にかかっている。その首相候補に今から名乗りを上げたのがメラル・アクシェネル善良党(İYİ Parti)党首である。アクシェネルは、エルドアンよりも支持率が高いにもかかわらず、次期大統領選挙ではなくその後の選挙で首相を目指すと宣言した。

ただし野党連合が彼女を支持する保証はない。そのため、この発言は実際には野党連合の大統領候補を一本化するための献身の表明である。同時に、党首が大統領を目指さないことに善良党の支持者が幻滅して棄権することがないようにするための巧みなレトリックでもある。これ以外にも多くの例がみられる野党間の協力が、有権者に「自分の票が無駄にならない」との認識をもたらし、野党への支持と政権交代の可能性を高めているのである。(2021年12月7日脱稿)

写真1 ケマル・クルチダロール共和人民党党首

写真1 ケマル・クルチダロール共和人民党党首

写真2 メラル・アクシェネル善良党党首

写真2 メラル・アクシェネル善良党党首
※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 写真1 Cumhuriyet Halk Partisi, Kemal Kılıçdaroğlu, 2019.(CC BY 3.0
  • 写真2  Yıldız Yazıcıoğlu, VOA, Meral Akşener, September 2021.(Public Domain)
著者プロフィール

間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター主任研究員。博士(政治学)。最近の著書に、"Conservatives, nationalists, and incumbent support in Turkey," Turkish Studies, Vo.22, Issue 5, 2021,『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)、「外圧の消滅と内圧への反発――トルコにおける民主主義の後退」(川中豪編『後退する民主主義・強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)など。


  1. Alev Coşkunİbrahim Kahveciなどによる指摘。
  2. AKPは2019年統一地方選挙でイスタンブルやアンカラをはじめとする大都市市長職を失った。これにより選挙資金や選挙運動員の調達での優位性を弱めたAKPは、中央政府支配下の国営銀行からの親政権企業や団体への低金利融資拡大に乗り出した。辞任したエルヴァン財務国庫相はこれに慎重な立場を取っていた
  3. 2020年11月の通貨暴落後の混乱の際、エルヴァンはAKPを離党して未来党(GP)へ参加すると噂されていたが、エルドアンは彼を財政国庫相に任命して与党に引き留めた。
  4. 純外貨準備高がマイナスになった経緯は拙稿(「エルドアンの『経済・法制度改革』――意志と抵抗」)参照。
  5. 中央銀行総裁は、政策金利決定の判断材料を、当初の「ヘッドライン・インフレ率(消費者物価上昇率)」から「コア・インフレ率(食料やエネルギーなど、変動しやすい価格の影響を頻繁に受ける項目を除外した消費者物価上昇率)」(9月発言)、「(リラ安を受けた輸出増による)経常収支改善」(11月発言)などと二転三転させている。
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