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コロナ禍から1年の中国労働市場――農民工と大学卒業生の明暗が分かれる理由

The situation of the Chinese labor market one year after COVID-19 calamity: Reasons for the difference between migrant workers and university graduates

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052188

箱﨑 大
Dai Hakozaki

2021年7月

(5,795字)

中国では、コロナ禍による景気の悪化で、雇用への懸念が2020年の一時期強まった。中国政府は、大学卒業生と農民工の動向を注視した。2020年に農民工は調査開始以来の減少となったが、2021年に入り、農民工の失業率は低下し大学卒業生と明暗が分かれたかたちとなっている。その理由を考えてみた。

写真:中国北京市のランドマーク天安門

中国北京市のランドマーク天安門
近隣で就職する農民工

「農民工監測調査報告(以下、「農民工調査」)」によれば、農民工(表1)は2020年に517万人の減少(前年比1.8%減)となった。減少は2008年の調査開始以来初めてである。農民工というと出稼ぎ労働者の印象があるが、農民工の4割は戸籍がある郷鎮で従業している本地農民工である。減少の内訳をみると、本地農民工は51万人減(0.4%減)、外出農民工のうち省外が456万人減(6.1%減)、省内が10万人減(0.1%減)となっている。

表1 農民工の定義

表1 農民工の定義

(出所)中国国家統計局「2020年農民工監測調査報告」を基に筆者作成。

省外農民工に比べ本地農民工、省内農民工の減少幅が小さかった理由としては、政府が8月上旬に打ち出した施策(国務院新聞弁公室2020)が思い浮かぶ。コロナ禍を受け政府は、農民工の地元での就職や起業の支援などを打ち出した。しかしそればかりが理由とも言い切れない。そもそもコロナ禍前、省外農民工は減少し、本地農民工と省内農民工は増加する傾向にあった。

表2は各地域の農民工の出稼ぎ先で、表の左は農民工の実数、右は前年差である。2020年はどの地域も農民工総数が減少しているが、コロナ禍前、東部は2018年が減少、2019年は微増と、増えたり減ったりという状況だったのに対し、中部と西部は着実な増加が続いていたことがわかる。

表2 出身地域別にみた農民工の就業地

表2 出身地域別にみた農民工の就業地

(注)「本地」は農民工合計から「外出」を差し引き算出した。「農民工監測調査報告」では、2015年まで東部であった遼寧省、中部であった吉林省・黒竜江省が、2016年以降、東北に組み替えられているため、東部と中部のデータが不連続となっている。左の実数については当該年の「農民工調査」のデータであるが、前年差の2016年の斜字体部分については、2016年の調査にある2015、2016年のデータから計算したものである。
(出所)中国国家統計局「農民工監測調査報告」各年版

東部は相対的に発展した地域だが、農村もあり、農民工総数は中部や西部より多い。ただ、中部や西部に比べ省外に出る農民工が少ないという特徴がある。他方、本地農民工が多い。しかし2018年以降は減少するようになった。これには、東部は経済が発展しており近隣の雇用機会が中部や西部より多い、出稼ぎの必要性が低下しているなどの理由が考えられる。

中部は省内農民工と本地農民工の増加が顕著で、本地農民工に至ってはコロナ禍の2020年ですら増加している。細かい点になるが、省内農民工が2019年の96万人増から2020年8万人減に大きく振れている。これは中部が感染の最初の流行地である湖北省武漢市を含むためではないかとみている。

西部は、中部にもまして省内農民工と本地農民工の増加が顕著であると同時に、省外農民工は2015年以来減少が続き、その減り方は東部や中部よりも激しい。

コロナ禍前の農民工の状況をまとめれば、東部は増え方自体が鈍っていた。片や中部と西部は、省外への出稼ぎこそ減少していたものの、近隣(表2の「省内」+「本地」)で就職する農民工が増えることで、全体としては着実な増加が続いていた。この傾向は西部に一層顕著であった。

2020年になると、農民工は全地域的に減少した。これは農民工の都市戸籍取得が加速したためかといえば、2018年から2020年にかけての戸籍人口都市化率は43.37%、44.38%、45.4%で、取得が加速した様子はない。2020年の全地域的減少はコロナウイルス感染症の流行が主な原因で、労働需要の著しい減少、移動の制限、感染を恐れる心理等、複数の要素が重なったためとみられる。そうしたなか、中部と西部において近隣(「省内」+「本地」)で従業する農民工が増勢を維持したことについては8月の施策によるところもあろうが、増勢が鈍化しているところをみると、景気の著しい悪化はやはり響いたのだろう。

ところで、農民工がどの地域で就職しているかをみると、表3の下段のとおりである。コロナ禍の2020年はとりあえず措くとして、人の流れは中部と西部に向かい、東部は減少傾向にある。「農民工がどの地域で就職しているかをみる」と書いたが、外出農民工に限らず、本地農民工も含まれる。

表3 農民工の本籍地と就職地

表3 農民工の本籍地と就職地

(注)「その他」は香港、マカオ、台湾および国外。
(出所)中国国家統計局「農民工監測調査報告」各年版

ここで図1をみると、農民工の月収が一番高いのは東部であり、その差は開く傾向にあることがわかる。つまり農民工は、月収の高い東部の都市よりも地元ないし近隣の中部や西部の都市を就職先に選んでいる。それだけ内陸都市の経済水準が上がったということであろうし、東部の大都市は経済発展の点で先を行っているものの、住居費をはじめとする生活コストの高騰や、農民工の関心が高い子女の教育等を考えれば、必ずしも魅力的ではないのだろう。昔と違い、戸籍地以外で公立校に入学できないということはないが、資格審査があり、農民工の子女が誰でも都市の公立校に入学できるわけでもない。農民工の子女向けの「民工指定学校」もあるが、法的に認可された学校ではない。他方、田原(2020)によれば、都市の一番下のレベルである「県城」は教育の質が農村よりもよいと考えられており、周囲の農村から人が集まっているという。

図1 地域別にみた農民工の月収(元)

図1 地域別にみた農民工の月収(元)

(注)2014年まで「東部」であった遼寧省、「中部」であった吉林省・黒竜江省は、2015年以降「東北」に組み替えられている。
(出所)中国国家統計局「農民工監測調査報告」各年版
農民工の平均年齢の上昇

近年の農民工の特徴として、年齢が上昇していること、既婚者の比率が高まっていること、高学歴化が進んでいることが指摘できる。

農民工の平均年齢は、2015年38.6歳であったが、2020年には41.4歳に上がっている。本地農民工の平均が46.1歳であるのに対し、外出農民工は36.6歳と若いが、いずれも年齢は上昇している。農村の経済水準の向上、教育への関心の高まりとともに、若くして出稼ぎに出る農民工が減り、農民工の高学歴化も徐々に進んでいる。当然、農村でも子どもの教育費負担が増加しているはずである。農民工の平均年齢は41.4歳であるが、既婚者で20歳の時に子どもが生まれていれば、子が大学に進み支出が増える時期でもある。30歳の時に生まれた子であれば、大学生になるころ親は50歳になっている。ちなみに50歳以上の農民工の比率は2016年の8.1%から2020年には14.2%へ上昇している。子どもの高学歴化に伴い、親世代が農民工として働く期間が長期化しているようにもみえる。

「配偶者あり」の比率は2015年から2020年にかけ76.4%から79.9%に上昇した。うち外出農民工の「配偶者あり」の比率が68.1%であるのに対し、本地農民工は91.1%に達する(2020年)。本地農民工は地元で従業しており、配偶者とともに子どもの成長を見守ることのできる働き方ともいえる。

農民工込みの全国都市調査失業率

従来、中国の失業率と言えば都市部登録失業率で、長い歴史がある。しかし数値の変動があまりに少なく、景気の観察に役立ってはこなかった。この統計の大きな問題として、農村戸籍者が統計の対象でなかったことが挙げられる。その点、近年政策目標にもなっている全国都市調査失業率は、農民工も調査対象としている。この全国都市調査失業率統計について、中国国家統計局(2020)は以下のとおり説明する。

「農村戸籍人口を含めるかどうかについて。中国の失業率調査は都市部と農村部の両方をカバーし、調査対象は都市部と農村部の全人口を含む。当然、都市戸籍人口も農村戸籍人口も失業率調査の対象であり、農村戸籍の人の現住所が都市や町であってもサンプルに選ばれれば失業率調査の対象となり、同様に都市戸籍の人の現住所が農村であってもサンプルに選ばれれば失業率調査の対象になる。

農民工を含めるかどうかについて。中国の失業率調査では、全国の都市と農村で住居(農民工の集まる宿舎、簡易住宅、飯場や小屋など)をランダムに選び、調査員が住居内の全員を調査する。当然失業率調査は農民工を含む。都市部に常住する農民工が都市部失業率に含まれ、農村に常住する農民工が農村の調査失業率に含まれるだけのことである。

失業者の定義について。国際労働機関の統一的基準によれば、失業者とは、仕事がない、仕事を探す、働くことができるという3条件を満たす必要がある。仕事がない人であっても、失業とは限らない。たとえば仕事を探していない主婦、退職した高齢者、労働の能力を喪失した人は失業人口ではない。コロナの流行中に失業した人は、多くがしばらくの間仕事を探していないか仕事に行くことができず、これも失業人口ではない。

労働力供給の定義について。労働力の供給とは就業者数と失業者数の和であり、すべての成人がそのまま労働力であるとは限らず、そうした就業も失業もしていない人は労働力供給に属さない。失業した人は、仕事を探さなければ、労働力供給から外れる。仕事がない人は、積極的に仕事を探し始めれば、仕事が見つかったどうかに関係なく、労働力供給と見なされる。」

農民工と大学卒業生の明暗

全国都市調査失業率は2019年12月から2020年2月にかけ、5.2%から6.2%に急騰した。しかしその後は徐々に低下し、2020年12月には5.2%とコロナ禍前の水準に戻っている。前段にあるように「コロナの流行中に失業した人は、多くがしばらくの間仕事を探していないか仕事に行くことができず、これも失業人口ではない」ので、コロナ禍で仕事をしていなかった人は失業率が示す以上に多かっただろうが、今はコロナウイルス感染症流行の影響で職探しや出社ができないといった状況ではないだろう。

全国都市調査失業率は、2021年に入り簡単な内訳が開示されるようになった。本地戸籍人口調査失業率と外来人口調査失業率、そして若者の失業率である。外来人口の失業率は、本地戸籍人口と同等か低いくらいである(表4)。これをみると、コロナ禍から1年が過ぎ農民工の就職難は概ね解消といった感がある。他方、年齢別にみると25-59歳が5%以下であるのに対し16-24歳は2桁と大きな開きがある。大学卒業生の就職は依然厳しいと考えられる。

表4 最近の全国都市調査失業率の推移(%)

表4 最近の全国都市調査失業率の推移(%)

(注)中国国家統計局(2021)には、「3月の・・・外来農村戸籍人口(主は都市に入った農民工)失業率は2月に比べ0.1ポイント上昇し5.4%となった」といった表現がある(下線は筆者)。2月は5.3%ということになるが(表4では2月の外来人口失業率は5.2%)、表4の「外来人口(失業率)」は概ね「外来農村戸籍人口(失業率)」とみなしてよいものと思われる。
(出所)中国国家統計局ウェブサイトを基に筆者作成

近年、大学を目指す人も定員も増え、結果として大学卒業生が余るようになっている。しかし、学位取得に費用も労力もかけてきた大学卒業生側にしてみれば、就職にあたり、企業の知名度や将来性、職種、待遇など、少なからぬこだわりもあろうし、条件が合わないからといって職探しを諦めることもまた難しいだろう。それに比べ農民工は、就職の条件面で大学卒業生より柔軟と思われる。また、地元に戻り農業に従事するのであれば失業者にもならない。実際、2021年1―3月期の外出農民工の数は約1億7千万人で2019年の同時期より246万人少なく、コロナ禍前の水準を回復できていない(国務院新聞弁公室2021)。職探しに対する姿勢の違いも、農民工と大学卒業生の失業率の差につながっているのではないだろうか。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Stanislav Kozlovskiy, Tiananmen(GNU Free Documentation License, CC BY-SA 3.0).
参考文献
著者プロフィール

箱﨑大(はこざきだい) アジア経済研究所新領域研究センター主任調査研究員。都市銀行に入行後、日本経済研究センター、銀行系シンクタンク出向、香港駐在エコノミストを経て、2003年にジェトロ入構。北京事務所次長、海外調査部中国北アジア課長を経て2018年より現職。おもな著作に、『2020年の中国と日本企業のビジネス戦略』(共編著)ジェトロ(2015)、『中国経済最前線:対内・対外投資戦略の実態』(共編著)ジェトロ(2009)など。

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