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季節調整値に振り回された1年――中国経済のコロナ禍からの回復の姿

Looking back on the year that was at the mercy of seasonally adjusted values: Aspects of recovery of Chinese economy from COVID-19 calamity

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052164

箱﨑 大
Dai Hakozaki

2021年7月

(5,124字)

2021年1-3月期の中国のGDP成長率は前年同期比18.3%増であった。過去最高となったのは別に景気が良いからではなく、コロナ禍で1年前の水準が異常に低かったためであるのはいうまでもない。季節調整済前期比では2020年10-12月期の3.2%増から0.6%増に鈍化し、景気回復は一服である。経済指標を季節調整値でみることは中国では一般的ではないが、1年ほど前、コロナ禍による景気の谷の深さや立ち上がりの様子を知りたいと思い月次の経済指標の季節調整値を追いはじめ、この欄にも寄稿した。その後もフォローを続けていたが、今年に入りデータに辻褄が合わない点が出てきた。

写真:路地の入口を封鎖するバリケードに掲げられた反COVID-19 のスローガン(中国遼寧省大連市旅順口区、2020年2月)。

路地の入口を封鎖するバリケードに掲げられた反COVID-19 のスローガン(中国遼寧省大連市旅順口区、2020年2月)。
季節調整値への違和感

グローバルなマクロ経済データベースである「CEIC」にある季節調整済前月比を基に投資、消費、工業生産の指数を月次で作成したが、投資は2020年の水準が明らかに低すぎる(図1)。2020年通年の前年比が2.8%増で年初にコロナ禍による大きな落ち込みがあったのだから、年後半は前年の水準を上回っていなければおかしい。他方、工業生産(一定規模以上の工業付加価値)は2020年3月の水準が高まり、コロナ禍前を上回った形だが、4月の武漢の都市封鎖解除前に工業生産がコロナ禍前を大幅に上回るまでに回復するというのは違和感がある(図2)。消費は上下動を伴いながらも増加傾向を保っている(図3)。投資や工業生産ほどの違和感はないが、投資や消費と同じ手法で作成したデータでもあるので、今回あわせて見直してみた。

図1 投資(全国固定資産投資(除く農家))の季節調整値の推移

図1 投資(全国固定資産投資(除く農家))の季節調整値の推移

(出所)CEIC(原出所は中国国家統計局)のデータを基に筆者作成。

図2 工業生産(一定規模以上の工業付加価値)の季節調整値の推移

図2 工業生産(一定規模以上の工業付加価値)の季節調整値の推移

(出所)CEIC(原出所は中国国家統計局)のデータを基に筆者作成。

図3 消費(社会消費品小売総額)の季節調整値の推移

図3 消費(社会消費品小売総額)の季節調整値の推移

(出所)CEIC(原出所は中国国家統計局)のデータを基に筆者作成。
変化の大きかった2020年

中国国家統計局はウェブサイトで1月を除く毎月、投資・消費・工業生産といった経済指標の説明資料を公開している。それぞれ資料の終わりに総計の季節調整済前月比が13カ月分(2021年4月データの公開時はイレギュラーで12カ月分)記されている。

データベース「CEIC」には季節調整済前月比の時系列が2011年1月からあるが、中国国家統計局は毎月足元13カ月分しか公開していない。したがって「CEIC」のデータは、13カ月より前の部分については以前に発表されたものである。季節調整値は13カ月より前については不変か。遡及して改訂されていれば、「CEIC」データベースにある2011年1月からの時系列は連続していないことになる。

ここで、各月に発表された季節調整値の昨年来の改訂状況を見ておこう。13カ月分の前月比を基に14カ月の推移を折れ線で示した。

グラフの見方について図4を例に説明すると、凡例の一番下に「4月」とあるのは、2021年4月データの初回発表時の時系列を意味する。具体的には2021年5月17日に発表されたデータで、公開範囲は2020年5月~2021年4月である。そのすぐ上にある「3月」は2021年3月データの初回発表時の時系列である。発表日は2021年4月16日で、公開範囲は2020年3月~2021年3月である。一番古い折れ線は凡例の一番上にある「2020年2月」で、始点の2019年1月を100としている。次の「(2020年)3月」の始点は「2020年2月」の3月と同じとの仮定をおいて作図している。

図4をみると投資は、「2021年2月」まではコロナ禍後V字回復したといえた。しかし、「(2021年)3月」でV字が大きく開き、「(2021年)4月」は2020年4~8月にかけ前月比が0.1%台と低く、V字回復とは言えなくなった。

図4 季節調整値の改訂状況(投資、2019年1月=100)

図4 季節調整値の改訂状況(投資、2019年1月=100)

(出所)中国国家統計局のデータを基に筆者作成。

消費は「(2020年)3月」までは底が見えない状況であった。しかし「(2020年)4月」以降、2020年1月が底であることが分かってきた。その後次第に、都市封鎖が解除された2020年4月から5月にかけて、さらには8月から9月にかけて、拡大テンポが速まる様子がはっきりしてきた(図5)。

図5 季節調整値の改訂状況(消費、2019年1月=100)

図5 季節調整値の改訂状況(消費、2019年1月=100)

(出所)中国国家統計局のデータを基に筆者作成。
工業生産は、2020年2月に大きく落ち込んだが、翌月には急回復し、あとは緩やかな増加傾向を辿っている。2020年3月以降の水準が2パターン描かれている。パターン1は「(2020年)12月」までのグラフで、どれもほぼ重なっている。その後パターン2が表れる。「2021年2月」で2020年3月の前月比が30.11%から36.63%に上がりグラフが上にシフトし、「(2021年)3月」「(2021年)4月」はそこにほぼ重なっている。つまり2021年1、2月のデータが加わった時を境に、2020年3月の水準が急に上がった。しかし、武漢の都市封鎖の解除前である2020年3月に、工業生産の水準がコロナ禍前の2019年12月を大きく上回るという状況は考えにくい。ちなみにここでも、作図の際に前述の「仮定」を置いている。2021年1、2月のデータが加わった時に改訂で2020年1月の落ち込みが大きくなっていれば2020年3月の水準はこれほど高くならないが、この時は2020年1月の前月比はデータの公開範囲(13カ月)から外れており、前に発表された2.32%減のままである。

図6 季節調整値の改訂状況(工業生産、2019年1月=100)

図6 季節調整値の改訂状況(工業生産、2019年1月=100)

(出所)中国国家統計局のデータを基に筆者作成。
原数値との整合性

季節調整はデータの変動を季節要因を除いて観察するためのものであり、月次の原数値であれ季節調整値であれ、1月から12月まで合計した値は等しいはずである。そうでなければ、季節性の調整ではなく水準の調整になってしまう。

季節調整済前月比から作成した指数を1~12月で合計し、中国国家統計局が発表した暦年の前年比と比較してみたところ、投資、消費、生産とも2012〜2019年の伸び率は概ね一致するのに対し、2020年だけは大きく乖離することが分かった(表1)。つまり、2019年までは「仮定」した接続方法でも問題は生じていないが、2020年については問題が生じたことになる。2020年初頭の値については、13カ月という公開期間から外れたあとに大きな改訂があったのではないか。ちなみに2020年通年の伸び率が同程度となる場合、2020年の月次の季節調整値は、投資は上方にシフト、反対に消費、生産は下方にシフトする。

表1 作成した季節調整値と中国国家統計局発表の原数値の前年比の比較

表1 作成した季節調整値と中国国家統計局発表の原数値の前年比の比較

(注)季節調整値は2011年1月=100。 (出所)CEIC、中国国家統計局のデータを基に筆者作成。

「仮定」した接続法が、2019年までは大きな問題にならず、2020年に大きな乖離が生じた理由は定かではないが、強いていえば2019年までは月々のデータの変動が小さかったためか。用いられている季節調整法はNBS-SAで、中国固有の状況を反映した手法であるという1 。2019年末までの中国の季節調整済前月比をみると変動は非常に小さく、例えば2019年各月の前月比は、改訂途中の値を含めても最大0.49%増、最小0.38%増という狭いレンジに収まっている。季節調整値は直近の値に向かって直線的に推移し移動平均のようにみえる。季節調整済前月比は最初の公開の後、改訂値が11回発表されるが、2019年の各月の最大値と最小値の差をとると、11月の0.11ポイント(最大0.49%増、最大0.38%増)が最大で、10月は0.02ポイント(最大0.42%増、最小0.40%増)のブレしかなかった。これに対し2020年は、1月が5.8ポイント(最大0.05%減、最小5.85%減)、2月が7.83ポイント(最大19.55%減、最小27.38%減)など、改訂の幅が大きい。

要するに、従来は変動の小さかったデータだが、2020年初に極めて大きな変動が生じた。大きな変動が生じた後は季節調整値の改訂幅が大きく、落ち着くまでに時間も余計にかかり、13カ月では収まらなくなっているということであろうか。

基数効果のその先へ

中国の経済統計の観察は前年同月比が中心である。四半期のGDPの需要項目別寄与度分解図にしても、前期比は内訳が公表されていないので、前年同期比でしか描けない。

前年同月比は過去1年の前月比の和であり、過去1年間の変化が均されてしまう。変化の潮目を素早くとらえようと思えば、データの前年同月比よりも水準、つまり前月比を観察する必要がある。世界第二位の経済規模を誇る中国の統計当局に期待されることが、前年同期が高かったから、あるいは低かったからといった基数効果の指摘であるはずがない。

そのような思いもあり、また中国はコロナ対応で先行する国でもあったので、季節調整値でその景気回復の様子を追い始めた。1年あまりが過ぎたところで図1を見て最初は観察が無駄に終わったと思ったが、今は季節調整済前月比の開示範囲が広がれば図1、2の形状は随分変わるのではないかと考えている。季節調整値の改訂状況が毎月長期で開示されるようになることを望む。

昨年来の観察を振り返ると、当初中国経済の回復については投資のV字回復の印象が強かったが、投資は年央の停滞が顕著だったことが後に示された。それでも中国経済の回復が持続したのは、消費の回復が春には始動していたためであった。起点は景気の先行きが極めて不透明ななかでの「復工復産」の推進で、この初動により雇用と所得が支えられ、そこにコロナウイルス感染症の早期の抑え込みによる人の移動の再開という援軍が加わった。

しかし観察を経て一番に感じることは、後になると姿が変わるようになった季節調整値の使いづらさである。


※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Super Wang, A barricade with an anti-COVID slogan in a blocked alley entrance in Lushunkou Dist., Dalian City, Liaoning Province, China(CC BY-SA 4.0).
参考文献
著者プロフィール

箱﨑大(はこざきだい) アジア経済研究所新領域研究センター主任調査研究員。都市銀行に入行後、日本経済研究センター、銀行系シンクタンク出向、香港駐在エコノミストを経て、2003年にジェトロ入構。北京事務所次長、海外調査部中国北アジア課長を経て2018年より現職。おもな著作に、『2020年の中国と日本企業のビジネス戦略』(共編著)ジェトロ(2015)、『中国経済最前線:対内・対外投資戦略の実態』(共編著)ジェトロ(2009)など。


  1. 中国国家統計局(2011)には、「現在、世界で一般的に使用されている季節調整ソフトは、休日要素に関して西洋の特性しか考慮していないため、国家統計局は南開大学と協力し、中国特有の季節要因を考慮した国家統計局の季節調整ソフトウェアNBS-SAを開発した。このソフトウェアは、中国特有の季節要因に対処するための新しいモジュールを追加し、これにより、春節・端午節・中秋節など変動する休日の影響、1 週あたりの労働日数を6日制から5日制に変更した影響、休日の振替、休暇期間の変動による影響も含め、中国特有の季節要素を有効に取り除くことができる」との説明がある。
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