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世界を見る眼

中国からの輸入増は米国の雇用喪失につながるか――米中貿易摩擦に関する有識者との意見交換を通じて

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050848

孟 渤・箱﨑 大

2019年4月

(8,826字)

米中の攻防
米中貿易摩擦が世界の注目を集めており、その激しい攻防は米中貿易「戦争」とも言われる。これを機に、21世紀の国際ガバナンス及び国際ルール形成の構図は大きく変わるだろう。米中貿易摩擦の問題は、経済学、政治学、社会学など多方面から議論が可能だが、本稿では国際経済学の視点から解説する。本稿の内容は、コロンビア大学のShang-Jin Wei教授らとの意見交換、そしてアジア経済研究所と世界貿易機構(WTO)、世界銀行、経済協力開発機構(OECD)、グローバル・バリューチェーン研究院、中国発展研究基金会との連携研究「グローバル・バリューチェーンにおける技術革新の役割(I、II)」の成果等に基づいている。

写真:米中通商協議(2019年1月30日)

米中通商協議(2019年1月30日)

まず、米中貿易摩擦のこれまでの流れについて簡単に振り返る。2016年の米大統領選挙期間中、当時大統領候補であったトランプ氏が対中貿易赤字の問題を大きく取り上げた。その後、トランプ氏は大統領に当選し、米中両国は以下のような一連の攻防戦を繰り広げてきた。

2018年7月6日、米国は中国からの輸入品818品目(340億ドル)に、25%の追加関税措置を実施した。中国も米国からの輸入品545品目(340億ドル)に対する25%の報復関税措置を実施した。8月23日、米中両国は第2弾の関税措置を発動した。品目数は米国284品目に対し中国は333品目、金額はいずれも160億ドル規模で、25%の追加関税を賦課した。さらに9月24日、米中両国は第3弾の追加関税措置を発動した。追加関税率は2018年末までは10%、2019年以降は25%に設定され、引き上げ対象は、米国が5,745品目で2,000億ドル規模、中国側は5,207品目で620億ドル規模となった。その後12月に、G20首脳会議が開催されたブエノスアイレスで米中首脳会談が行われたが、ここで貿易摩擦が議論され、両国は関税の25%への引き上げを90日間(2019年2月28日まで)留保することで合意した。

交渉への米国の自信

中国では「氷凍三尺、非一日之寒」(三尺の氷は一日の寒さでは張らぬ)と言うが、米中貿易摩擦のここまでの深刻化には、それだけの理由がある。

中国の改革開放とその後のWTO加盟を通じ、米中両国の貿易関係は極めて緊密なものとなり、米中貿易総額は30年余で200倍に拡大した。同時に米国は、対中貿易赤字の拡大を問題視するようになり、長期にわたり中国と論争してきた。これまで米国による個々の品目についての対中アンチ・ダンピングと相殺関税措置はあったが、その貿易額は米中貿易総額に比して小さなものであった。またダンピングの問題はWTOの紛争処理制度の枠内で解決されるケースが少なくなかったので、今日のように米国が大規模な「貿易戦争」をも辞さなくなったのはトランプ政権発足後のことである。米国の巨額の対中貿易赤字で多くの米国の労働者が職を奪われていると、トランプ大統領は様々な場で述べている。

ところで、このように戦を構える理由があったにせよ、この戦いに勝てるというトランプ氏の自信はどこから来るのだろう。これについてShang-Jin Wei教授は交渉術の観点から、トランプ氏は「原則派」というより「交渉派」で、中国の貿易依存度は米国よりずっと高いことから1、米国は簡単に勝てると思ったのでは、と指摘した。また、貿易摩擦に関する従来のWTOルールや多国間協議に依るより、二国間交渉の方が超大国・米国には有利とトランプ氏は踏んだのかもしれないとShang-Jin Wei教授は分析する2。問題はトランプ氏が主張する対中貿易赤字・或いは中国からの輸入増と雇用喪失との関係が果たして成立するかどうかである。以下で、国際経済学の観点から説明しよう。

基軸通貨国のジレンマ

まず、元イェール大学の経済学者Robert Triffinが1960年に唱えた「基軸通貨国のジレンマ説」は、基軸通貨国は貿易赤字になるほかないというものだった。つまり、特定の国の通貨を基軸通貨とする国際通貨制度の下では、基軸通貨の供給と信用の維持を同時に達成することはできないというジレンマである。例えば、基軸通貨国である米国が国際貿易の拡大に応じ国際流動性としてドルを供給し続けると、米国の国際収支は赤字となりドルの信認は低下する。だからと言って米国がドルの価値を維持するために国際収支を改善する政策をとれば、国際流動性が不足し、世界経済の成長を阻害することにもなりかねない。このようなジレンマ説は、中国の元財務大臣であるJiwei Lou氏も、米中貿易摩擦の発生原因の説明に用いている3

他方で、ノーベル経済学賞受賞者のJoseph E. Stiglitz氏は米中摩擦について、米国の経常収支赤字は貯蓄投資バランスの結果であり、米国の過剰消費体質が変わらない限り輸入が膨らみ、巨額の経常赤字は変わらないと指摘している4。これはいわゆる貯蓄投資バランス論(ISバランス論)に基づいている。このような考えは、以前の日米貿易摩擦の時代に日本の経済学者など(例えば、小宮1994)にもよく用いられた。世界経済の構造問題について、現在でも日本政府は似たような考えを示している。例えば日本の財務省は、「持続可能でバランスのとれた経済成長に向けて、過度な経常収支不均衡の原因や対応の方向性を議論する。経常収支の不均衡は、二国間の貿易上の措置ではなく、マクロ経済に関する国際協力を通じた貯蓄・投資バランスの適正化によって対処する必要がある5」といった考えを示している。

中国からの輸入と米国の雇用との関係

次に、最新の貿易統計から二国間貿易収支をみるとどうなるだろう。Shang-Jin Wei教授は、従来の貿易統計に従えば、米国の対中貿易赤字は50%ほど過大評価されていると指摘する。その理由はグローバル・バリューチェーンの発達によって、中国の対米輸出品に他国(米国も含む)による付加価値が多く内包されるようになったためである。このような現象はShang-Jin Wei教授らが2014年にAmerican Economic Review(以下AER)に発表した論文(Koopman, Wang and Wei 2014)によって理論的にも実証的にも示された。同様の主張は2011年のWTOとアジア経済研究所との共同研究レポート(WTO-IDE 2011)でも行われた。

さらに企業レベルの検証として、日本の政策研究大学院大学のYuqing Xing教授らはApple社のiPhone に関する米中貿易を考察した。彼らの研究(Xing and Detert 2010)によれば、2009年においてiPhone1台の総製造コスト179ドルに対し、中国労働者の貢献分がわずか6.5ドルしかない。結果的に、従来の貿易統計によると2009年ではiPhone貿易に関する中国の対米貿易黒字は19億ドルだが、付加価値ベースで推計し直すと、その額はわずか7,300万ドルであると指摘した。

しかし、米国側が上記のような議論を知らないはずはない。こうした点がトランプ政権に重要視されない、もしくは無視される理由を、われわれは以下のように推測する。まず、貿易収支に関する従来の貿易統計と付加価値貿易による計算は二国間の場合のみ相違が生じる可能性があるが、一国の対世界全体の貿易収支の計算には何ら影響はないので、米国は自国の貿易赤字総額を問題視する場合、特に付加価値貿易という概念を使う必要がないから。また、付加価値によって貿易赤字を計算しても、中国が米国の貿易赤字の主たる原因である事実に変わりはないから。さらに、付加価値貿易による二国間貿易収支の厳密な推計には国際産業連関表を必要とするが、当該表による付加価値貿易の推計は貿易統計のような細かな商品分類でタイムリーな情報を提供することはできず、実務的な貿易交渉に用いられることは難しいと思われるからだ。

さらに、米国の対中貿易赤字が米国の雇用に深刻なマイナスの影響をもたらしたというトランプ氏の持論についてであるが、輸入浸透に注目した研究として、AERに発表されたAutor, Dorn and Hanson(2013)とPierce and Schott(2016)があり、彼らは米国の製造業の雇用減が中国からの輸入浸透と関係していることを実証した。しかし、Shang-Jin Wei教授らは最近NBER(National Bureau of Economic Research)に発表した論文(Wang, Wei, Yu, and Zhu 2018)において、先行研究とは異なる結果を示した。つまり、中国からの輸入浸透は米国の雇用と実質賃金に対しプラスの影響があるというものだった。この論文では米国の労働市場を地理的に722の通勤経済圏に分け、特に中国からの中間財輸入の効果を検証している。結果的に、中国からの輸入浸透が大きい経済圏は失業率が低く、このような関係は統計的にも有意であることが示された。また、バリューチェーンの要素を考慮すれば、中国からの中間財輸入は米国において国内バリューチェーンの下流にある産業の生産性向上に寄与し雇用にプラスの影響があることについても統計的に有意との結果が得られた。

Shang-Jin Wei教授によると、トランプ政権のみならず米国社会(政治界および学界)では、中国からの輸入による米国製造業の雇用減について重く見る人が多い。その理由は以下の通りである。まず、中国の輸入と競争関係にある製造業は直接的な不利益(例えば2000年から2014年まで年率で0.37%の就業者数減)を被り、不満の声が大きかった。反対に、バリューチェーンの観点からみれば分かるように、中国からの中間財輸入は下流にある米国製造業の生産性に寄与し、それらの企業の雇用増につながることと(例えば2000年から2014年まで年率で0.45%の就業者数増)、中国からの輸入と直接的な競争関係にない製造業の下流にある非製造業が、利益を受けたが(例えば2000年から2014年まで年率で1.39%の就業者数増)、声としては小さい。

加えて、アジア経済研究所とWTO等との連携研究(Degain, Meng and Wang 2017)からわかるように、米国製造業の雇用及び実質賃金の変化は米国国内労働市場における調整とも密接に関係する。1995年から2009年の間、米国の実質賃金の低迷は未熟練労働者(low-skilled labor)にしか見られず、熟練労働者(high-skilled labor)は大きな利益を得ていた。このような現象はグローバル・バリューチェーンへの参加度の高い産業ほど顕著となっている。一方で、職を失った製造業部門の未熟練労働者が短期間のうちに製造業部門内あるいは非製造業で新たに職を得ることは容易ではなく、職業訓練など様々な政策のサポートが必要であり、米国の国内政策の在り方が問われている6

中国では輸入増が輸出増をもたらす可能性も

このように米国が対中貿易赤字を問題視する中、最近の中国側の対応はどうか。一例を挙げると、2018年11月に上海で国際輸入博覧会が開催され、中国政府主導の輸入促進の動きがはっきりと見えてきた。従来、官による輸出促進はよく見られたが、輸入促進は珍しい。これは米国の圧力の下で対米貿易黒字を減らそうとの思惑が中国にあるものと思われる。しかし、Shang-Jin Wei教授は、輸入を促進する結果、中国の貿易黒字はかえって増加するかもしれないと言う。その理由はどのようなものか。まず中国は労働力の豊富な国であり、絶対的な人口規模にしても人件費にしても(世界の平均人件費の85%程度)、労働集約型の製品に比較優位を有するため、輸入促進策をとれば国産の資本集約型製品は容易に輸入品に代替されることとなる。これにより、かつて国産の資本集約型製品を製造するために行われた銀行ローン、労働、土地などの資源は、再配分を余儀なくされる。それらの生産要素が最も流れ込みやすい受け皿は中国で比較優位を持つ製造業だが、そこには輸出部門がある。従って、結果的に輸入増は輸出増を促すことにもなりかねない。

上記のような考えはShang-Jin Wei教授が最近発表したNBERの論文(Ju, Shi and Wei 2018)に示されている。つまり、労働力の豊富な途上国が輸入障壁を低下させた場合、結果的に輸出の成長率が輸入の成長率を上回る可能性がある。その理由は、資本集約型製品の輸入は自国の同産業の資本収益率の低下をもたらし、それが民間の資本流出を促すこととなるため、マクロ経済的にみれば、以前より多くの貿易黒字を維持することでしか、流出した資本を補えない。一方、資本財が豊富な先進国の場合、輸入障壁が低下すると、それが労働集約型製品の輸入を促し、国内の資本収益率は上昇し、より多くの資本流入がもたらされ、貿易赤字の拡大につながる。さらにグローバル・バリューチェーンの観点に従えば、以前より高品質かつ安い輸入中間財の利用は一国の輸出競争力を促すから、輸出増につながる。

米国の大型減税策の是非

ここまでの観点に加え、Shang-Jin Wei教授は、米中間の経済不均衡に関する構造的問題のほか、2017年に米国が実施した大規模な減税政策は行き過ぎた刺激策であり、米国の対中国貿易赤字をさらに拡大させることへの懸念を示した。その理由は以下の通りである。まず、2017年から米国経済はすでに金融危機からの回復の兆しがはっきり見えており、大規模な減税政策の実施はタイミングとしてよいとは言えない。むしろ経済の不確実性に備えた今後の財政出動の余地を狭める恐れがある。特に重要なことは、大規模減税により今後10年で米国の財税赤字は1兆ドルから2兆ドル増となる見通し7である点だ。このような国民貯蓄の減少が家計部門の貯蓄増加や政府部門の投資減少により相殺されなければ、今後10年間、経常収支も最大2兆ドル増となり、うち貿易赤字、特に対中貿易赤字は年間で500億から1,000億ドル増となる恐れがある。現在の米中貿易摩擦については、貿易ルールと貿易政策に限って議論する傾向は強いのだが、その前に実施された米国の大規模減税の貿易収支への影響こそ重くみるべきであるとShang-Jin Wei教授は指摘する。

著者プロフィール

孟渤(モウボウ)。アジア経済研究所海外調査員(コロンビア・ビジネス・スクール)、東京財団政策研究所客員研究員。博士(情報科学)。2006年入所、国際産業連関分析グループ長代理、海外派遣員(OECD科学技術産業局)、米国国際貿易委員会訪問研究員、開発研究センター主任調査研究員を経て、2017年6月より現職。論文としてYe, M., Meng, B., Wei, S.J. (2015) "Measuring Smile Curves in Global Value Chains", IDE Discussion Paper 530; Meng, B., Peters, G., Wang, Z., Li, M. (2018) "Tracing CO2 Emissions in Global Value Chains", Energy Economics, 73などがある。

著者プロフィール

箱﨑大(はこざきだい)。アジア経済研究所新領域研究センター主任調査研究員。都市銀行に入行後、日本経済研究センター、銀行系シンクタンク出向、香港駐在エコノミストを経て、2003年にジェトロ入構。北京事務所次長、海外調査部中国北アジア課長を経て2018年より現職。編著に『2020年の中国と日本企業のビジネス戦略』ジェトロ(2015)、『中国経済最前線:対内・対外投資戦略の実態』ジェトロ(2009)がある。

参考文献
  • Autor, D., Dorn, D. and G.H. Hanson(2013)"The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States," American Economic Review, 103(6): 2121-2268.
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G.H. and J. Song(2014)"Trade Adjustment: Worker-Level Evidence," The Quarterly Journal of Economics, 129(4): 1799–1860.
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G.H. and J. Song(2016)"The China Shock: Learning from Labor-market Adjustment to Large Changes in Trade," Annual Review of Economics, 8: 205-240.
  • Degain, C., Meng, B. and Z. Wang(2017)Recent trends in global trade and global value chains. Global Value Chain Development Report: Measuring and Analyzing the Impact of GVCs on Economic Development. Washington, DC: World Bank Group.
  • Ju, J., Shi, K., and S.J. Wei(2018)Trade Reforms and Current Account Imbalances: When Does the General Equilibrium Effect Overturn a Partial Equilibrium Intuition? NBER Working Paper 18653.
  • Koopman, R., Wang, Z. and S.J. Wei(2014)"Tracing Value-Added and Double Counting in Gross Exports," American Economic Review, 104(2): 459-494.
  • Pierce, J.R. and P.K. Schott(2016)"The Surprisingly Swift Decline of US Manufacturing Employment," American Economic Review, 106(7): 1632-1662.
  • Wang, Z., Wei, S.J., Yu, X. and K. Zhu(2018)Re-examining the Effects of Trading with China on Local Labor Markets: A Supply Chain Perspective, NBER Working Paper 24886.
  • WTO-IDE(2011)Trade Patterns and Global Value Chains in East Asia: from Trade in Goods to Trade in Tasks, Printed by the WTO Secretariat.
  • Xing, Y. and H. Detert(2010)How the iPhone Widens the United States Trade Deficit with the People’s Republic of China, Working Paper 257, Asian Development Bank Institute, Tokyo.
  • 小宮隆太郎(1994)『貿易黒字・赤字の経済学:日米摩擦の愚かしさ』東洋経済新報社。
  • 佐藤仁志(2018)「貿易戦争の勝者」IDEスクエア。
  • 佐藤仁志(2019)「チャイナ・シンドロームとその後」IDEスクエア。
写真の出典
  • 米中通商協議(2019年1月30日):The White House from Washington, DC [Public domain]
  1. 例えば自国のGDPに占める財・サービス輸出の割合を貿易依存度の指標としてみると、2017年では中国と米国の指標はそれぞれ19.8%と12.1%になる。
  2. 「交易条件」という概念を利用した簡単な2あるいは3国モデルで関税戦争の行方を分かりやすく説明した佐藤仁志(2018)が参考になる。
  3. 楼继伟:美国的贸易逆差和财政赤字是必然的」、凤凰财知道(2018-03-30 09:40:02)。
  4. "The US Is At Risk of Losing a Trade War with China" by Joseph E. Stiglitz. Columbia Thought(July 30, 2018)
  5. 財務大臣談話~日本議長下での20か国財務大臣・中央銀行総裁会議について~」(平成30年12月1日 於:アルゼンチン・ブエノスアイレス)(2019.3.14 17:44)。
  6. これをサポートする詳細な実証分析としてAutor et al.,(2014; 2016)がある。他方、2010年以降、中国からの輸入財との競合度が相対的に高い製造業の雇用は、中国の財の輸入浸透率が高まる中で増加していることから、「少なくとも現在は『貿易が雇用を奪っている』とは言いにくい状況にある」(佐藤2019)とする見方もある。
  7. "U.S. Deficit to Surpass $1 Trillion Two Years Ahead of Estimates, CBO Says" by Wasson, E. and S., McGregor, Bloomberg(2018年4月9日 14:00 GMT-4 Updated on 2018年4月9日 16:18 GMT-4)