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(新型コロナの韓国経済への影響と政府の対策)第4回 再編に揺れる韓国航空産業

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052121

2021年4月

(4,927字)

はじめに
2020年の韓国のGDP(国内総生産)成長率はマイナス1.0%となった。前年の2.0%成長に比べると大きく落ち込んだものの、欧米や日本など先進国と比べると相対的に悪くないパフォーマンスであったと言えるだろう。これはDRAMやフラッシュメモリーの輸出拡大や半導体工場の増設など半導体関連の需要が下支えしたことによるものである。韓国も日本と同様に、宿泊・運輸業や卸小売・飲食業などサービス業は、新型コロナウイルスの感染拡大によって大きな影響を受けている。特に深刻な打撃を被っているのは航空産業である。すでに産業内では、韓国第1位の航空会社である大韓航空による第2位のアシアナ航空の買収という大きな再編が進行している。本稿では日本でも馴染みの深い2社の合併が決定された経緯、そしてその過程で明らかになった韓国航空産業および韓国産業全体の再編に向けた課題を明らかにする。

写真:アシアナ航空の旅客機(サンフランシスコ国際空港)

アシアナ航空の旅客機(サンフランシスコ国際空港)
2000年代からのLCC参入

2020年の韓国航空産業における再編の直接的な契機は、いうまでもなく新型コロナウイルスの感染拡大による航空需要の急減である。しかし、その背景には2020年以前から韓国航空産業において進行していた大きな変化があった。ひとつはLCCの参入による寡占体制の打破と競争の激化である。韓国では1962年に大韓航空が誕生し、1988年にアシアナ航空が参入した。これにより、韓国の航空産業ではこの大型航空会社(FSC: Full Service Carrier)2社による寡占体制が形成された。大きく変わったのは参入規制が大幅に緩和された2000年代半ばからである。参入規制の緩和は、急拡大を続ける航空需要に対応するとともに、競争の促進を通じて料金の引き下げなどを図ることを目的としていた。さらに地方空港を拠点する航空会社を誕生させることによって、雇用の拡大など地域経済の活性化を図ろうとする思惑もあった。規制緩和を契機に、韓国でも新たに格安航空会社(LCC: Low Cost Carrier)が相次いで誕生した。LCCに対抗するために、大韓航空とアシアナ航空もそれぞれ傘下のLCC企業を設立した。これによって2019年までに韓国の航空産業は9つの企業がひしめくことになり、競争が一気に高まることになった。

表1 韓国の航空会社

表1 韓国の航空会社

(出所)各種報道より作成。
しかし、ここでもうひとつの大きな変化が生じた。国際線需要の急激な縮小である。韓国の国土はそれほど広くなく、全国に鉄道や道路の交通網が整備されていたこともあって、国内の航空需要の拡大には限界があった。そのため韓国の航空会社の国際線への依存度は高く、2019年の韓国の航空会社の旅客機搭乗者のうち約17.5%が国際便であった。そのためLCCもFSC傘下を除いていずれも海外路線に力を入れていた。そうしたなかで生じたのが、2019年7月の日本による輸出管理の見直し措置を受けた、日本観光のボイコット運動である。LCC各社とも韓国人が観光で利用する日本便がドル箱路線であったために、影響は甚大であった。なんとか挽回すべく東南アジア路線の拡充など新たな事業展開を図ろうとしていたところに、新型コロナによる世界的な航空需要の収縮が襲いかかってきたのである。
イースター航空の破綻
コロナは航空各社の経営を直撃した。LCCのなかで真っ先に経営が悪化したのはイースター航空である。イースター航空は2009年1月に国内線ソウル-済州便から運行を開始し、2009年12月からは事業を国際線にも広げ、マレーシア、日本、中国との便を順次就航させていった。しかし、無理に運行路線や機材を拡張し続けた結果、脆弱な財務体質が温存された。日本旅行ボイコットが生じた2019年には売上高営業利益率がマイナス14.3%まで落ち込んだ。イースター航空は単独での生き残りは難しいと判断し、2020年3月にチェジュ航空との間で、経営権譲渡のための株式売買契約を締結した。しかし、間もなくコロナによる世界的な航空需要の蒸発に直面して、チェジュ航空は自身の経営もおぼつかなくなった。加えて、イースター航空の創業者である与党の国会議員について、子女への同社株式の贈与をめぐる疑惑が提起されたこともあり、2020年7月にチェジュ航空はイースター航空との株式売買契約を解除した。2021年2月に裁判所はイースター航空の会社更生手続きを開始した。同社は会社更生を進めながら新たな売却先を探しているが、航空産業を取り巻く環境は依然として厳しい状況が続いており、難航が予想されている。
難航したアシアナ航空の売却問題

日本旅行ボイコット、そして新型コロナの感染拡大は、当然のことながらLCCだけでなくFSC2社の経営にも大きな影響を及ぼした。特に深刻であったのはアシアナ航空である。アシアナ航空の経営問題は、同社単体というよりもむしろ、錦湖アシアナというグループ全体の問題から始まっていた。錦湖アシアナグループは航空など運輸だけでなくタイヤ製造、化学など多角的に事業を展開していた中堅財閥であった。しかし、2000年代後半に大宇建設と大韓通運という破綻した大企業を無理に買収したためにグループ全体の財務状況を悪化させてしまった。結局、この2社ばかりでなく虎の子の錦湖タイヤまで売却することになった。錦湖タイヤをなんとか買い戻そうと無理をしたことが再び財務の悪化を招き、2019年4月にはついにグループ最大の系列企業であるアシアナ航空の売却を決定せざるを得なくなった。

2019年12月にアシアナ航空の売却先として決定したのがHDC現代産業開発であった。同社はかつて現代グループの傘下にあった住宅建設会社である。ホテルや免税店事業も手がけていて、航空産業とのシナジー効果も期待しての買収提案であった。しかし、具体的な買収条件を交渉しているあいだに新型コロナウイルスの感染拡大が航空業界を襲うことになった。アシアナ航空の経営も悪化して航空業界の先行きが不透明になるなかで、HDC現代産業開発 は次第に買収に消極的な姿勢を見せるようになった。結局、2020年9月に錦湖アシアナグループと債権団の代表である韓国産業銀行は、HDC現代産業開発との交渉を打ち切ること、そしてアシアナ航空の経営は債権団管理とすることを宣言した。韓国産業銀行は政府100%出資の金融機関である。それからわずか2カ月足らずで国土交通部から発表されたのが、大韓航空によるアシアナ航空の買収であった。

政府による救済スキーム

とはいえ、新型コロナによって航空産業全体が苦境にあるなかで、業界1位の大韓航空でも単独でアシアナ航空を買収できるだけの体力はなかった。買収の内実は政府によるアシアナ航空の救済スキームといえるものであった。

具体的には、まず韓国産業銀行が大韓航空の持ち株会社である韓進KALに8000億ウォンを投入する。うち5000億ウォンは第三者割当増資への参加であり、3000億ウォンは(大韓航空株式を基礎財産とした)転換社債の購入である。大韓航空は2兆5000億ウォン規模の有償増資をおこない、韓進KALもこれに参与する。韓進KALは大韓航空の株式29.96%を7317億ウォンで購入することになる。そのうえで大韓航空はアシアナ航空の買収に1兆8000万ウォンを投入する。1兆5000万ウォン規模の新株を購入することにより、大韓航空はアシアナ航空株の63.9%を保有する最大株主となる。この他に大韓航空はアシアナ航空の永久債3000億ウォンも購入するとした。

今回の救済スキームによって多額の資金が投入されることにより、当面のアシアナ航空の経営危機は回避されたことになる。しかし、緊急避難的な荒療治は、航空産業のあり方を大きく変えてしまうことになる。大韓航空とアシアナ航空の企業結合は、まだ韓国をはじめ世界各国の競争当局が審査をおこなっている段階であるが、正式に認められれば韓国内のFSCは1社独占となる。それに加えて、LCCでも大韓航空系1社とアシアナ系2社が同一資本となり、機材数ではLCC市場の40%近くを占めることになる。

しかも先にみたように、大韓航空がアシアナ航空を買収するにあたって、政府系金融機関である韓国産業銀行が大韓航空の持ち株会社である韓進KALに出資をおこなった。これにより韓国産業銀行は、韓進KAL株10.66%を保有する株主となった。韓国産業銀行が韓進KALの現経営陣と結んだ投資合意書では、韓国産業銀行が重要経営事項の事前協議権と同意権を持つと定めていた。政府は大韓航空とアシアナ航空の統合にあたっては人員や路線は削減しない方針を示しており、韓国産業銀行はこうした政府の方針に沿って経営に影響力を行使する可能性は高い。大韓航空は韓国の航空産業において圧倒的な存在になるうえに、政府の関与の下で経営がおこなわれることになる1

図1 大韓航空によるアシアナ航空買収と所有構造

図1 大韓航空によるアシアナ航空買収と所有構造

(注)三者連合については注1を参照。 (出所)各種報道より筆者作成
高まる韓国産業銀行のプレゼンス

韓国産業銀行はもともと航空や海運、造船、自動車、機械など基幹産業の多くの企業において、メインバンクの役割を果たしてきた。そのこともあって同銀行は基幹産業の企業再編も主導してきたが、現政権になって特にそのプレゼンスを高めている。造船業においても、2019年3月に韓国産業銀行と業界第1位の現代重工業は、韓国産業銀行の下で経営再建中にあった業界第2位の大宇造船海洋と現代重工業を合併させることで合意した。この合併スキームでは、現代重工業が中間持ち株会社である韓国造船海洋という会社を設立して韓国産業銀行もその二大株主となり、その下に造船事業会社2社を置くことになっている。合併案は現在、公正取引委員会が審査中だが、実現すると世界的にも圧倒的な規模を持つ造船会社が誕生し、やはり政府が大きな影響力を持つことになる。

2020年4月に韓国政府は、コロナの感染拡大によって大きな影響を受けた主要産業を救済するために、韓国産業銀行に基幹産業安定基金を創設した。航空産業や海運業、自動車産業など韓国の基幹産業を対象として、雇用の維持を条件に資金支援をおこなうもので、2021年1月までにアシアナ航空やチェジュ航空なども支援の対象となっている。政府はコロナを契機に韓国産業銀行を通じて産業への影響力をさらに強めている。このまま政府は産業への統制を強めていくのか、その場合、企業の競争力にはどのような影響を与えるのか。韓国の市場経済の行く末に今後も注目していきたい。

*「特集 新型コロナの韓国経済への影響と政府の対策」は今回で終了します。

写真の出典
著者プロフィール

安倍誠(あべまこと) アジア経済研究所新領域研究センター長。専門は韓国企業・産業論。おもな著作に、『韓国財閥の成長と変容――四大グループの組織改革と資源配分構造――』岩波書店(2011年)、『日韓関係史Ⅱ 経済』(共編著)東京大学出版会(2015年)など。


  1. 今回の救済スキームの問題点は、政府による韓国産業銀行を通じた大韓航空の経営への関与だけではない。韓進KALでは、韓進グループのチョ・ウォンテ(趙源泰)会長および同社の友好株主と、会長の姉チョ・ヒョナ(趙顕娥)・KCGI・半島建設の「三者連合」が、経営権をめぐって激しく争っていた。今回、韓国産業銀行が韓進KALの第三者割当増資に応じることは、韓進KALの現経営陣をいわゆるホワイト・ナイトとして支援するものと理解することもできた。三者連合側はこれに激しく反発して裁判所に第三者割当増資の差し止めを求めたが却下された。
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