IDEスクエア
世界を見る眼
第3回 縫製品の輸出拡大がもたらした影響
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051564
2020年2月
(3,542字)
ポイント
- 2011年以降、EU市場向けの縫製品輸出が増加するとともに、材料となる繊維製品の輸入が中国から急増した。
- 縫製品産業において、外国からの直接投資が急増した。
- 縫製品輸出の拡大は、雇用規模にも影響を及ぼしている。正式に登録されている縫製企業では、正規雇用の労働者が増加した。その多くは女性労働者である。
- 縫製工場では、工場の生産性も改善した。
激増する中国からの繊維輸入
今回は、筆者が別稿でおこなった実証分析の結果をもとに、縫製品の輸出拡大がカンボジアの産業にどのような影響を与えたのかを解説する。
EUの一般特恵貿易制度(GSP)における原産地ルールの簡素化は、EU向け縫製品輸出が急増する契機となった。どの国からでも布地を輸入して活用できるようになったことが、カンボジアにおける縫製品製造のコスト削減や品質向上に寄与したと考えられる。
原産地ルールの変更は、縫製工場で使う布地などの国際調達に大きく影響し、布地の輸入パターンが変化した。
縫製品を作るには、布地など繊維製品を中間財として使用する。しかし、カンボジアにおける繊維産業は発展が遅れているため、多くの縫製企業は海外から布地を調達している。主な調達先は中国、香港、台湾、韓国である。特に中国からの繊維輸入は、2011年の原産地ルール変更以前から最も大きなシェアを占めていた。
図3-1は、カンボジアにおける布地輸入額を、主要な輸入市場ごとに示したものである。中国からの繊維輸入額は、2010年の6.95億米ドルから2014年には21.61億米ドルに急増している。繊維輸入に占める中国のシェアは、2010年の42.1%から、2014年には62.6%に拡大した。
図3-1 カンボジアの布地輸入
(出所)UN COMTRADE, Taiwan Trade Statistics Search.
中国からは投資も急増
EUの原産地ルールの改革は、カンボジアにおける外国直接投資にも影響した。
EUが原産地ルールを緩和したことで、縫製品製造における材料調達が容易になり、カンボジアからEU市場向けに、無関税で輸出する利点が高まった。外国企業からみれば、縫製品をカンボジアで生産するための投資環境が改善した、といえる。その結果、2011年以降、縫製産業における対内直接投資フローは急増した。
図3-2は、縫製産業における外国投資のトレンドを、主要な投資母国ごとに示したものである。2011年以降、中国からの対内直接投資フローが最も増加している。
縫製輸出と布地輸入の増加は、既存の縫製工場の生産拡大よってもたらされたのみならず、新しく押し寄せた中国投資の寄与も大きいことが、直接投資のデータからみえる。
図3-2 縫製品産業における主要投資母国別の対内直接投資フロー
(出所)カンボジア工業手工芸省
雇用に与えた影響
EUの原産地ルールの改革は、縫製産業に関わる雇用にも影響した。
表3-1は、縫製産業と繊維産業における労働者の数を示したものである(2009年、2011年、2014年時点)。縫製産業では、布地から衣服を作る。一方、繊維産業は、コットンなどの材料から糸や布地を作る。
縫製産業では、正式な登録をしている企業が雇用する労働者の総数は、2011年の25.6万人から2014年の27.6万人(推定値)に増加した。約1.9万人の純増である。EUの改革によって、縫製産業におけるフォーマルな雇用が増えている。
繊維産業では、登録している企業が雇用する労働者は、2011年の1.9万人から約5千人(推定値)に減少した。フォーマルな繊維工場では、約1.5万人の仕事が失われたことになる。輸入競争は繊維産業の雇用減少をもたらしたが、縫製産業と繊維産業の雇用変化をまとめると、雇用は純増となっている。
表3-1 縫製と繊維産業における労働者の総数
(出所)Establishment Listing 2009, Economic Census 2011, and Inter-censal Economic Survey 2014.
生産性に与えた影響
EUの原産地ルールの改革は、縫製工場における生産性の向上にもつながった。
原産地ルールの緩和によって、多様な布地が使えるようになり、原産を証明する事務コストも減った。縫製品生産における製造コストが減ったことで、縫製産業における生産性が向上したのである。
実証分析は、次の結果を示している3。
(1)2011年以降、縫製産業における労働生産性が向上している。
(2)縫製産業では、フォーマルな企業もインフォーマルな企業も、生産性を高めている。
(3)繊維産業のフォーマルな企業では、労働生産性に大きな変化はない。
(以下、次号)
写真の出典
- ILO Asia-Pacific, Factory Assessment in Cambodia(CC-BY-NC-ND-3.0[https:// creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/]).
著者プロフィール
田中清泰(たなかきよやす) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門は国際経済学、開発経済学。最近の著作は、"Agglomeration Economies in the Formal and Informal Sectors: A Bayesian Spatial Approach" (with Yoshihiro Hashiguchi) Journal of Economic Geography, forthcoming, "Do International Flights Promote FDI? The Role of Face-to-face Communication"Review of International Economics, Volume 27, Issue 5, 2019,など。
注
- 厳密な実証分析は以下を参照(近日公開予定)。Kiyoyasu Tanaka and Theresa M. Greaney, 2019, "Trade and employment in the formal and informal sectors: a natural experiment from Cambodia," Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization, mimeograph.
- 外資企業の定義は、事業所調査において外国企業の現地法人や事務所と回答した企業、としている。より正確な定義は、各事業所における外国企業の資本比率10%以上、などとする。そのため、本来は外資企業と定義されるべき事業所が、地場企業と定義されている可能性がある。
- 厳密な分析は以下を参照(近日公開予定)。Kiyoyasu Tanaka, 2019, "Trade and productivity in formal and informal firms: panel data evidence from Cambodia," Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization, mimeograph.
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