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EU対カンボジア――特恵関税をめぐる攻防――

 
第2回 EU向け輸出はなぜ急増したのか?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051545

2020年2月

(4,062字)

ポイント
  • EUのEBA協定によって、カンボジアからEU市場に無関税で輸出できる。
  • EU市場に無関税で輸出するためには、原産地ルールに沿って、輸出品をカンボジアで作る必要がある。
  • 以前の原産地ルールは要件が厳しいため、無関税で輸出できないケースが多かった。
  • EUが2011年に原産地ルールを簡素化してから、EU市場向けの縫製品輸出は急増した。

写真:カンボジアの衣料工場

カンボジアの衣料工場
一般特恵貿易制度

連載第2回の今回は、なぜカンボジアからEU市場向けに輸出が増えているのか、その背景を説明していきたい。

EU市場向け輸出が急増した背景には、EUの一般特恵貿易制度(GSP)1によって、カンボジアからの輸出が優遇されている点がある。

GSPとは、途上国の輸出を増やし、その発展を支援する制度である。先進国では、輸入品に対して関税を課しているが、途上国からの輸入品に対してのみ関税を削減・撤廃することで、途上国の輸出を有利にしている。途上国のみ特別に優遇するため、特恵貿易や特恵関税といわれる。多くの先進国で、1970年代にGSPが導入された。

EUは、1971年から開発途上国に対してEU市場への特恵関税を適用している。しかし、途上国はEUからの輸入に対して特恵関税を適用していないため、EUが特恵関税を「一方的」に供与している。

一方、多国間貿易ルールとして、世界貿易機関(WTO)の加盟国を公平に扱う最恵国待遇のルールがある。途上国のみ差別的に優遇するGSPは、この最恵国待遇ルールと矛盾してしまう。そこでGSPがWTOルールと整合的となるように、授権条項(Enabling Clause)として例外が認められている。

EUのGSPプログラム

EUには、2015年12月時点で3つのGSPプログラムがある(欧州委員会2016年)。

第一に、標準GSPがある。対象品目(EU関税率表全品目の66%)を低所得国や下位中所得国がEU市場に輸出する際、低い税率が適用される。

第二に、持続的開発と良いガバナンスを支援するために、特別なインセンティブを規定した「GSP+」がある。標準GSPと同じ品目について、経済構造が脆弱な途上国に対して関税を「撤廃」している。対象国は、GSP+の適用を受ける条件として、人権や労働者の権利、環境保護、良いガバナンスなどに関する国際条約を順守しなければならない。

第三に、EBA協定がある。もっとも貧しい後発開発途上国に対して、武器と弾薬を除いた全品目(Everything But Arms)において、関税も輸入割当も撤廃している。カンボジアは1997年にEUのGSP適用を受け、2001年にEBA協定の受益国になった。

原産地ルールに沿って製品を作る必要

カンボジアからEU市場に無関税で輸出するには、いくつかルールを守る必要がある。簡単にいうと、カンボジア国内で生産した輸出品のみ関税が免除される。第三国からある製品をカンボジアにもってきて、そこからEUに輸出しても、無関税措置の対象にはならない。

カンボジア国内で生産した輸出品とは、一体何をさすのだろうか。例えば、コメのような農産品は分かりやすい。カンボジアの水田で稲からお米を育て、精米して輸出する。カンボジア産の輸出品と定義するのは難しくない。

では、自転車はどうだろうか。自転車を作るには、タイヤ、ホイール、ブレーキ、ペダルなど、いくつもの部品が必要となる。カンボジアで全部品を製造して自転車を組み立てれば、明らかに「カンボジア産」といえるだろう。しかし、カンボジアなどの途上国では、そもそも国内産業が未発達で、自転車の部品は輸入に頼ることになる。例えば、部品をすべて輸入して、カンボジアにおいて自転車を組み立てるケースを考えてみよう。最終組み立ての工程で「原産地」を判断するルールなら、「カンボジア産」といえる。しかし、部品の製造工程も含めて判断するルールなら、「カンボジア産」ではなくなってしまう。

EUのGSPプログラムには、こうした原産地の要件を定めた原産地ルールがある。特恵関税で輸出するためには、特恵関税の受益国における輸出者は、この原産地ルールに沿って輸出品を生産し、原産地証明書を提出しなければならない2

原産地ルールが厳しいケース

製品の原産地に関する要件は、厳格になりすぎる可能性がある。自転車のケースであれば、「輸入した部品をまったく使ってはいけない」というルールはかなり厳しい。「特定の国から調達した部品のみ使ってよい」というルールは、やや緩和されているが、部品の調達先が制約を受けてしまう。

無関税で輸出するために原産地ルールを守ると、生産コストが高くなるかもしれない。最も優れている材料や部品を輸入して活用できないと、高品質で低価格の製品は作れない。原産地を証明するため、煩雑な事務処理も必要になる。

厳格な原産地ルールが原因で、受益国の輸出者は、特恵貿易制度を十分活用できない恐れがある。その場合、無関税で輸出するのではなく、通常の税率の関税を支払って輸出することになる。

EUが原産地ルールを緩和した

EUのGSPにおける以前の原産地ルールは、国内産業が未発達で多くの原材料や部品を輸入せざるを得ない開発途上国からみて、要件が厳格すぎて特恵関税の利用を妨げている、と指摘されてきた。この原産地ルールの課題に対処するため、欧州委員会は、EUのGSPにおける原産地ルールに関する新規則を2010年11月18日に採用した。この新規則は2011年1月1日に施行された3

新しい原産地ルールは様々な品目に適用されるが、カンボジアにとって最も重要な縫製品においても、原産地の要件が簡素化された。

以前のルールでは、縫製品の原産地の要件は、2段階工程であった。基本的に、カンボジアにおいて糸から布地を作り、その布地から衣服を縫製する必要があった。輸入布地の使用は、一定の条件においてEUとASEANから輸入されたものについてのみ許されていた。

新しいルールでは、原産地の要件が2段階工程から1段階工程に緩和された。すなわち、現地で生産された布地を使用する条件がなくなり、どの国で生産された布地を使っても、縫製の工程さえカンボジアで行えばEUに無関税で輸出できるようになったのである。

EU向け輸出の急激な拡大

EUが原産地の要件を簡素化したことで、カンボジアの縫製輸出は急増した4

図2-1は、UN COMTRADEデータを活用して、カンボジアにおける縫製品輸出のトレンドを示したものである。2005年から2015年の期間で、HS番号61と62における輸出総額の名目値を、対数目盛で計測している(HS番号については前回記事参照)。

図2-1 カンボジアの縫製品輸出

図2-1 カンボジアの縫製品輸出

(注)輸出額はHS番号61と62を含む。輸出額の名目値は対数目盛で計測している。
(出所)UN COMTRADEのデータをもとに筆者作成。

2011年以前、カンボジアにとって最も大きな輸出市場は米国であった。ところが、原産地要件が緩和された2011年以降、EU向け縫製品輸出が激増した。2010年の時点では、EU向け輸出額は米国向け輸出額の38.8パーセントに過ぎなかった。しかし、わずか4年後の2014年には、米国向けを18.7パーセントも超過するようになった。

(以下、次号)

写真の出典
  • World Bank Photo Collection, "Cambodia’s Garment Industry"(CC-BY-NC-ND2.0[https:// creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/2.0/?ref=ccsearch&atype=rich]).
著者プロフィール

田中清泰(たなかきよやす) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門は国際経済学、開発経済学。最近の著作は、"Agglomeration Economies in the Formal and Informal Sectors: A Bayesian Spatial Approach" (with Yoshihiro Hashiguchi) Journal of Economic Geography, forthcoming, "Do International Flights Promote FDI? The Role of Face-to-face Communication"Review of International Economics, Volume 27, Issue 5, 2019,など。

  1. GSPは、Generalized System of Preferencesの略。
  2. 原産地ルールがなければ、第三国の貿易業者が受益国を通して迂回貿易を行い、第三国から輸出する際に課される高い関税支払いを免れることができる。こうした迂回貿易を防ぐことが、特恵関税制度において原産地ルールを定める目的である。
  3. 詳細は以下を参照。Commission Regulation (EU) No. 1063/2010 of 18 November 2010 amending Regulation(EEC)No.2454/93 laying down provisions for the implementation of Council Regulation(EEC)No.2913/92 establishing the Community Customs Code.
  4. 厳密な分析は以下を参照(近日公開予定)。Kiyoyasu Tanaka, 2019, "The EU’s reform in rules of origin and international trade: evidence from Cambodia," Institute of Developing Economies, Japan External Organization, mimeograph.