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2019年イスタンブル市長再選挙――業績と正義への投票

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051420

2019年7月

(7,447字)

6月23日にやり直されたイスタンブル(広域)市長選挙では、野党連合の共和人民党(CHP)候補エクレム・イマムオールが54.2%の得票率で与党連合の公正発展党(AKP)候補のビナリ・ユルドゥルム45.0%に9.2ポイント差をつけて当選した。取り消された3月31日の選挙では両候補の得票差は0.2ポイントでしかなかったことからすると、野党の大きな躍進といえる。投票率は84.5%で3月の83.9%から0.6%ながら上昇、夏休み開始時期にもかかわらず有権者の投票意欲は強かった1

この結果は与党連合(AKPと民族主義者行動党[MHP])およびエルドアン政権にとって何を意味し、どのような影響を与えるのか。本稿では、イスタンブル有権者の社会経済的データを分析してこの問いに答えるとともに、4年後に予定されている大統領・国会選挙までの道筋を展望する(選挙やり直しの経緯については2019年5月の拙稿「2019年のトルコ統一地方選挙(2)――もう一度イスタンブル」参照)。

どちらが「本当」の結果か

今回6月のイスタンブル市長再選挙でもCHP以外の野党のほとんどは前回3月と同様、候補を立てずにCHP候補を支持した。与野党ともほぼ同じ選挙連合を組みながら3カ月の間に両候補の得票差が9.2ポイントも広がった2(表 1)。ここからは、3月と6月のどちらの結果が今後を占うのかとの疑問が浮かぶ。イスタンブル県の全39郡におけるAKPの得票率変化(前回選挙比)をみると(図 1)、6月にAKP票減少が大きい郡では3月にはAKP減少は小さい(右肩下がりの傾向)。これはAKPが別々の理由により票を失ったことを意味する。

表1 イスタンブル市長選挙結果(2014-2019年)

表1 イスタンブル市長選挙結果(2014-2019年)

(出所)高等選挙委員会ホームページの選挙統計より筆者作成。
(注)
党名略称 党名(原語) 党名(邦訳) 政治的傾向
AKP: Adalet ve Kalkınma Partisi     公正発展党 右派・親イスラム
MHP: Milliyetçi Hareket Partisi 民族主義者行動党 右派・民族主義
CHP: Cumhuriyet Halk Partisi 共和人民党 中道左派・世俗主義
İP: İyi Parti 善良党 中道右派・民族主義
HDP: Halkların Demokratik Partisi 人民の民主主義党 親クルド

図 1 3月と6月のAKP得票率変化(%ポイント、前回選挙比)

図 1 3月と6月のAKP得票率変化(%ポイント、前回選挙比)

(出所)高等選挙委員会ホームページの選挙統計より筆者作成。
(注)横軸はイスタンブル県の全39郡における2019年3月イスタンブル市長選挙でのAKP得票率から2014年3月同選挙でのAKPとMHPの合計得票率を差し引いた値(2019年3月イスタンブル市長選挙ではMHPはAKP候補を支持したため)。縦軸は2019年6月イスタンブル市長選挙でのAKP得票率の2019年3月同選挙からの変化。相関係数は-0.44で1%水準で統計的に有意。郡は県の下に位置する行政区画。地方自治体である市は、郡の領域に設置される。ただし広域市の管轄圏は県内全域に及ぶため、イスタンブル全県民はイスタンブル広域市長選挙権を有する(これ以外に、在住郡の市長、同市議会議員、地区長の選挙権も有する)。

結論を先に述べると、6月選挙でのAKP候補支持の落ち込みは、選挙やり直しへの与党連合支持者からの反発がおもな要因だった。トルコの選挙において有権者は、権利を不当に剥奪された(mağdur)候補を支持する傾向にある3。前回2014年3月統一地方選挙でもAKPの(曖昧な根拠での)異議申し立てにより当選を取り消された候補が再選挙で大勝する例が2件起きている。6月23日の結果にはこのような正義を回復する票の動きがあった4。これに対し、3月の投票結果は経済状況へのAKP支持層からの不満を反映していた。すなわちイスタンブル再選挙を理解するうえでは、正義の投票とは別に、経済業績投票、さらにイマムオール効果を考察する必要がある。

経済業績投票

すでに拙稿「トルコの2019年統一地方選挙――常勝与党の敗北感」で述べたように、3月に与党連合の得票率が下がった主因は、2018年にトルコの通貨リラが前年比約3割も暴落したことによる経済状況の悪化に求められる。この経済状況悪化は都市の低所得者に最も打撃を与えた。イスタンブル各地の所得変化についてのデータは入手困難であるため、所得水準(2016年の家計所得)についての調査結果をもとに与党連合(以下では与党と略す)の3月の得票状況をみたのが図 2である。それによると、郡別の所得水準が低いほど与党支持率は高い(左図)。すなわち与党は低所得層を支持基盤としている。しかし与党が投票率を最も減らしたのは、これら低所得郡だった(右図)。

図 2 各郡における家計所得とAKPの得票率(左図)・得票率変化(右図)との関係

(出所)高等選挙委員会ホームページの選挙統計とMurat Şeker教授のイスタンブル所得調査の平均家計所得推計値(2016年値)より筆者作成。
(注)左図縦軸はイスタンブル県の全39郡における2019年3月イスタンブル市長選挙でのAKP得票率。右図縦軸は上記得票率から前回(2014年3月)統一地方選挙イスタンブル市長選挙でのAKPとMHP両候補の合計得票率を差し引いた値。2019年3月イスタンブル市長選挙ではMHPはAKP候補を支持した。左図と右図の相関係数はそれぞれ-0.83と0.53でいずれも1%水準で統計的に有意。

与党のもう一つの支持基盤は、宗教保守的なクルド系市民である。クルド系市民の多くはトルコ東部のクルド地域においてはクルド系政党である人民の民主主義党(HDP)を圧倒的に支持するが、HDPが第1党になる見込みのないイスタンブルなどのトルコ西部の選挙では次善の政党としてAKPを支持する傾向にある。この傾向はクルド地域の中でも宗教保守的な県の出身者に顕著であるとされる。図 3はクルド地域の宗教的保守県出身者の対郡人口比率を宗教的クルド人口比率とし、その比率がAKPへの投票に与える影響を示している。それによると、クルド宗教保守人口比率が高いほどAKP得票率は高い(左図)。しかし所得水準の場合と同様、クルド宗教保守人口比率が高いほどAKPの得票率低下は大きい(右図)。エルドアン大統領が選挙戦でHDPをテロリストと呼ぶなどして非難したことがクルド系市民を幻滅させたとも考えられる。

図 3 各郡における宗教的クルド人口とAKPの得票率(左図)・得票率変化(右図)との関係

図 3 各郡における宗教的クルド人口とAKPの得票率(左図)・得票率変化(右図)との関係

(出所)高等選挙委員会ホームページの選挙統計とトルコ統計局ホームページの出身地別人口統計(2018年値)より筆者作成。
(注)宗教的クルド人口比率とは、アドヤマン、バトマン、ビンギョル、ビトリス、ディヤルバクル、エラズー、ハッカリ、マルディン、ムシュ、スィイルト、シュルナク、ヴァンの12県出身人口の郡人口に対する比率。世論調査会社MAK Araştırmaの社長メフメット・アリ・クラトによると1990年代を中心に非常事態令対象となった県ではスンナ派で保守的なクルド系住民が多い。ただし実際には、非常事態令対象になった全13県のうちトゥンジェリ県は世俗的なアレヴィー派クルド系住民が多数であるため、本稿では除外して12県とした。左図と右図の相関係数はそれぞれ0.43と-0.50でいずれも1%水準で統計的に有意。

このように3月までの状況は、AKP支持基盤である低所得層と宗教的クルド系住民に不満を生み、それがAKP支持低下をもたらしたと考えられる5。そのため家計所得が低く、宗教的クルド人口が多いほど、AKPが票を失ったことが図 4から読み取れる。今回の選挙では、これまでAKPが代弁していた社会経済的および地理的な「周辺」においてAKPからの離反が顕著だった。イスタンブルでは海峡沿いが中心、それ以外が周辺となっている。AKP得票率減少はイスタンブルの周辺地域で目立つ(図 5)。

図 4 家計所得が低く、宗教的クルド人口が多い郡で、AKP得票率が最も低下

図 4 家計所得が低く、宗教的クルド人口が多い郡で、AKP得票率が最も低下

(出所)図2と図3の元データより筆者作成。
(注)赤い丸はAKP得票率が前回2014年3月選挙と比べて最も低下した上位4分の1の郡、青い点は残り4分の3の郡。イマムオールが市長だったベイリクドュズ市の所在する同名の郡(Beylikdüz、青色矢印)は所得水準でも民族的多様性でもイスタンブルの平均を代表している。

図5 イスタンブル県の郡区分地図:AKP得票率変化

図5 イスタンブル県の郡区分地図:AKP得票率変化

(出所)図1の元データより筆者作成。
(注)2019年3月のAKP得票率が2014年3月と比べて最も下がった郡が赤色、次いで肌色、水色、青色。赤色の郡は、図 4の赤色の郡と同じ。イスタンブル県の東(アジア側)と西(欧州側)は陸続き、北は黒海、南はマルマラ海。
イマムオール効果
CHPがイマムオールを候補に選んだのは、(1)アンケート調査により、有権者に最も嫌われていない、(2)市長としての実績がある、という基準に最も適合していたからだった。イマムオールは、中道右派の祖国党(ANAP、1983-91年の単独与党)の地方幹部だった父親の影響で政党活動をANAPで始めるが、その後社会民主主義に感化されてCHPに入党、2014年には文化的に多様なイスタンブル県ベイリクドュズ市の市長に当選した。宗教教育を受けておりコーランを暗唱できる。

イスタンブル市長再選挙で当選したイマムオール(選挙前日の写真)

イマムオールは、今年3月の選挙戦でイスタンブル全域をあまねく歩き回り有権者との直接対話を繰り返してきた。市長職に就いてから解任されるまでの18日間に市営バスの学生乗車運賃や水道料金の引き下げを市議会の承認を得て実現した。再選挙が決まってからはその戦略をさらにポジティブキャンペーンとして洗練させた。自らの当選無効決定の不当性を訴えるものの、高等選挙委員会やAKPを標的にしなかった。代わりに「すべてはとても良くなる」という前向きで希望を持たせるスローガンを唱えると、それがSNSを通じて有権者の間に一挙に広がった。

またイマムオールは、イスタンブル市会計から特定の財団や社団への多額の補助金支出や市公社の赤字財政などを指摘しつつも、汚職ではなく浪費という言葉を使い6、AKP支持者からも共感を得ようと努めた。再選挙1週間前に行われた両候補討論会では、ベイリクドュズ市で自分が市長として開いた水泳プールの利用時は男女別だし、レストランも酒類を扱っていないと述べ、与党寄りメディアの反イマムオール宣伝を反駁し、宗教保守的有権者の不安を解いた。

正義よりは業績

以上をまとめると、2019年3月の選挙結果は、2018年8月の通貨危機がもたらした所得減少(経済業績投票)、および選挙戦にトルコ民族主義傾向を強めたエルドアン大統領の反クルド的言動に対し、低所得層やクルド系市民が不満を表明したことを示唆している。これに対し2019年6月の結果は、当選者の権利の不当な剥奪への反発(正義の投票)を反映している。ただしこれらをもってしてエルドアン政権の崩壊を予想することは尚早である。第1に、経済業績投票に伴う与党票の3月の減少は(前回5年前と比べて)3.3%でしかない。第2に、「正義の投票」による与党票の3.6%の減少(対3月比)は、通常の選挙では起きない。次の選挙でこのような風が吹くことは見込めない。通常の選挙を決めるのは経済業績投票である。与党は4年という長い期間を利用して経済構造改革を進めれば挽回につながる。

野党の勝利の最大要因は、選挙連合を維持できたことである。その鍵はイマムオールだった。CHPは中道で保守的有権者の支持をも得られるイマムオールのような候補をアンカラ、アンタリア、アダナ、メルシンなどの広域市長にも当選させている。このような中道候補擁立は、宗教保守派が過半数を占めるトルコにおいてCHPが今後政権を狙うための選挙戦略となるだろう。そのうえで、CHPが政権担当能力を示すためには、今回の統一地方選挙で勝利したなかでも特にイスタンブルやアンカラなどの大都市での市政の改善、特に汚職対策と低所得者対策を推し進めることが重要となる。

妨害の弊害

そのような実績作りには障害も多い。他の多くの市と同様、イスタンブル市でも市議会の過半数をAKPとMHPが握っている。イマムオールはこれに対し、議会審議をテレビ放送するなど透明化することで与党の不当な抵抗を抑止することはできる。それでも市は歳入の3分の2を国からの交付に依存するため、市長は大統領からの強い圧力を受ける。また自治体の長や議員に職権に関する罪で捜査が開始された場合、判決が確定するまで内務大臣が該当者を一時的に解任できるとの法規定(法律5393[市政法]第47条)もある。

ただしイマムオールへのあからさまな妨害工作はAKPがその支持者をさらに離反させる危険を伴う。すでにAKP内では2つの新党結成の動きがある。一つは経済政策を長く主導していたアリ・ババジャン元副首相と権威主義化への傾向に警告を発していたアブドゥラー・ギュル前大統領によるもの、もう一つはアフメト・ダウトール元首相によるものである。両党が選挙でどれだけ支持を集められるかは未知数である。特に両勢力が一つになれなかったことはその限界を示唆する。とは言え、両党がAKPからの離反者を誘うことは確かである。AKPは党内世論により配慮しなければならない状況にある。

(6月26日脱稿)

写真の出典
  • 386-DX, Istanbul mayoral candidate Ekrem İmamoğlu cruising the Bosphorus following his final rally, the day before the election redo [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/ licenses/by-sa/4.0)]
著者プロフィール

間寧(はざまやすし) 。アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ長。博士(政治学)。最近の著書に、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)、「外圧の消滅と内圧への反発:トルコにおける民主主義の後退」(川中豪編『後退する民主主義・強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)など。

  1. トルコでは1983年に投票が義務化されたると投票率はそれ以前よりも上がった。ただし罰金は実際には適用されていない。
  2. しかも3月の与党連合の得票率は48.6%で、2014年3月から3.3%しか減っていない(統一地方選挙としては前回となる2014年3月でのイスタンブル市長選挙では、AKPと[時の野党の]MHPの合計得票率は51.9%だった)。
  3. それを最大に利用したのは、かつて世俗主義的国家エリートの抑圧を受けてきたレジェップ・タイップ・エルドアン現大統領である。エルドアンは、イスタンブル市長時代の1998年に宗教的対立を煽る詩を詠んだという罪で禁錮刑(4カ月)を受け、市長職を解任されたが、彼を党首として2001年に結党されたAKPは2002年11月総選挙で34.3%の得票率で勝利した。ただしAKP勝利のより大きな理由は、2001年の経済危機の責任を問われた連立政権の全3党が(10%足切り条項により)国会議席をすべて失ったことである。
  4. さらに、選挙3日前、クルディスタン労働者党(PKK)党首アブドゥラー・オジャランが選挙で(野党を支持せずに)中立を保つよう獄中から呼びかけるメッセージがメディアで流されるなどした。このようにAKP政権が情報操作目的でテロ指導者を利用したことは民族主義的なMHP有権者の離反を招いたとの指摘もある。
  5. その不満の表明が棄権か野党への投票かはアンケート調査結果の分析を要する。また、宗教的クルド人口比率が高いと家計所得が低くなる傾向は認められるものの、両者の相関係数は-0.4にとどまる。
  6. 彼は現イスタンブル市政を「イスラフボル」(浪費が多い)と呼んだ。
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