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トルコの2019年統一地方選挙――常勝与党の敗北感
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050851
2019年4月
(3,948字)
トルコにおいて統一地方選挙が2019年3月31日に実施された。高等選挙管理委員会が公表した非公式結果(開票率100%)によると、与党連合(公正発展党[AKP]と民族主義者行動党[MHP])の全国得票率(県議会選挙得票率を基準)は51.6%(AKPが44.3%、MHPが7.3%)で、2018年6月の国会選挙での与党連合の得票率53.7%(42.6%と11.1%)を2ポイント下回った1。
このように今回の統一地方選挙の結果は、政党支持傾向からすると前回の国会選挙の結果と大差はなく、与党連合は相対的優位を維持している。他方、与党連合は市長職選挙で、当選者数では野党を上回ったが、イスタンブルやアンカラなどの大都市で敗北した。与党連合は、得票・当選の「数」では勝ったが、「変化」では負けたといえる。本稿では、今回の選挙結果を分析するとともに、今後の政治経済の展望を考察する。
与党連合得票率はなぜ下がったのか?
与党連合の得票率が下がった主因は、2018年にトルコの通貨リラが前年比約3割も暴落したことによる経済状況の悪化に求められる。年後半にインフレ率は20%程度(食料品では30%)と年初から倍増し、GDP成長率も第3、第4四半期にマイナス成長に転じて景気後退に入った(図1)。
野党がこの統一地方選挙を経済危機に対する政府の責任を問う「信認選挙」と位置づけたのに対し、与党連合はテロや経済戦争という国家存続上の問題を克服するための「委任選挙」として責任追及の矛先を逸らす戦術に出た。しかし地方選挙では、失業や物価高という全国共通で切実な問題に加えて、地域により多様な問題にも対応する必要がある。一律で国家的、かつ漠然とした与党連合のスローガンは地方選挙では訴求性を欠いた。
図1 トルコの実質GDP変化とインフレ率(2012〜2019年、四半期)
(注)実質GDP変化は、季節調整済み前期比。インフレ率は消費者物価上昇率。
それでも与党票の落ち込みが小幅だったのは、AKP長期政権下では、与党支持者は短期的な経済状況に不満があっても野党支持に転じず、棄権するからである2。選挙1カ月前で世論調査では棄権ないし態度未定が約2割に達していたが、その多くは与党支持者だったと思われる。実際、投票率は84.7%で、2018年6月に行われた国会選挙の86.2%から1.5ポイント、前回の2014年統一地方選挙での89.1%からも4.4ポイント下がっている。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が過激な言説で世論の両極化を試みたのも、与党支持者を繋ぎ止め投票を促す目的があったからである。
大都市での敗北の影響
今回の選挙で、全国81県のうち与党陣営が市長職を握る県庁所在市の数は、それまでの55から50に純減した(5増10減)3。与党陣営が県庁所在市を失った10県(図2の赤色)のうち4県(イスタンブル、アンカラ、アンタリヤ、アダナ)の人口規模は全県中6位以内である4。
特に、上位2位のイスタンブル県(経済の中心)とアンカラ県(首都)の県庁所在市を失ったことはAKPにとって大きな痛手だった(人口第3位のイズミル県の県庁所在市はもとから共和人民党[CHP]市政である)。イスタンブルとアンカラのような大都市の市政掌握は、AKPの起源となる親イスラム政党、福祉党(RP)が台頭する大きな原動力だったからである。
図2 2019年統一地方選挙での県庁所在地市長当選結果
(注)2014年統一地方選挙と比べて、与野党が県庁所在地市長職を獲得、維持、喪失したかを色別で示した。なお、イスタンブル市長選挙については、AKPの異議申し立てにより、一部の投票所の投票結果について再集計が行われている。
RPは1990年代初め、敬虔なムスリムのみならず社会的疎外感を持つ大衆へと支持基盤を広げる戦略転換を行った。そして、党運動員が有権者と一対一の人間関係を構築することを重視する選挙運動を展開した5。その結果、RPは1994年の統一地方選挙で、全国平均19%の得票率ながらイスタンブルやアンカラを初めとする28の県庁所在市(当時の全県76のうち3分の1以上)で市長職を獲得した。このときRP所属だったエルドアン現大統領はイスタンブル市長に当選した6。
RP市政は、親イスラム派を職員に採用したり、支持者の多い低・中所得者地区へ食料や燃料の配給を行ったりするなど、同党の集票マシーンとして機能し、1995年総選挙での同党の勝利に貢献した。RPはその後、国政では世俗主義勢力の圧力を受けたが、地方政治では大都市市政を維持し、低所得層の支持基盤を固めた。その基盤を(美徳党[FP、1997〜2001年]の後に)受け継いだのがAKP(2001年結党)だった。
このように、特に大都市における市長職の獲得は、総選挙や、議院内閣制から大統領制へ移行した2018年以降の大統領選挙における勝利の鍵となるうえ、政権交代の前兆および引き金ともなる。過去にも、CHPの前身政党(社会民主人民党[SHP])の1989年統一地方選挙における勝利が、祖国党(ANAP)単独政権(1983〜1991年)交代の先駆けとなったという事例がある。
ただし、主要都市における市政獲得は国政選挙での勝利を保証しない。例えば、SHP市政の下にあったイスタンブルで水道局長の汚職が発覚したことをきっかけに、SHPは1991年総選挙で勝利を逃している。一方で、AKP政権樹立の一因は、1994年以降のイスタンブルを初めとするRP市政で住民サービスが向上したことを評価されたところにある。今回イスタンブル県とアンカラ県の県庁所在市で当選したCHP候補はいずれも各県内で市長の経験があるものの、その手腕はこれまでのイスタンブルAKP市政との比較で評価されよう。
今後の展開
トルコにおいて今後4年半は選挙の予定はないものの、今回の選挙でAKPが大都市の市政を喪失したことで、2023年の大統領・国会選挙における同党の選挙戦略は制約を受けることになる。他方、大都市部で勝利したCHP出身市長の自由度も限られている。市議会の大半はAKPとMHPが多数派を握っているため、CHPの市長は難しい議会運営を強いられるからである。また、市は歳入の3分の2を国からの交付に依存するため、市長は大統領からの強い圧力を受けることになる。
今回の選挙結果は、現エルドアン政権を基本的には受け入れつつも、経済状況に対する国民の不満が表明されたもの、と解釈できる。エルドアン大統領も、この選挙結果を受けて、経済改革を行う意向を表明した。その本気度は、市場機能に欠かせない独立機関(中央銀行、貯蓄預金保険基金、公共入札機構など)や金融市場への政治介入がこれまでより控えられるかで早々に明らかとなろう。
著者プロフィール
間寧(はざまやすし) 。アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ長。博士(政治学)。最近の著書に、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年近刊)、「外圧の消滅と内圧への反発:トルコにおける民主主義の後退」(川中豪編『後退する民主主義・強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)など。
写真の出典
- 2019年統一地方選挙でのイスタンブル市長選挙投票用紙:Sakhalinio [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)]
注
- 前回の統一地方選挙(2014年)では、両党は与野党に分かれていたうえ、MHPはまだ党分裂を経験していなかったため、今回の選挙結果との比較はあまり意味がない。なお、今回の選挙で野党連合は組まれなかったが、世俗主義の共和人民党(CHP)と中道右派民族主義の善良党(IP)は選挙協力を行って候補者調整を行い、他の野党も選挙区における有力野党の市長候補を支持するなどして野党陣営分裂を避けた。
- 与党支持者は長期的経済状況に不満がある場合は、野党支持に転ずる傾向が強まる。Yasushi Hazama, "Economic and corruption voting in a predominant party system: The case of Turkey," Acta Politica, 53(1), January 2018.
- 中央集権的なトルコでは地方行政において中央統治と地方自治が併存している。中央政府が県と郡に内務官僚である県・郡知事を任命して中央が地方を統治する一方、県会議員、市会議員、市長、町長は選挙で選ばれる(イスタンブルなど広域市が存在する県では、広域市長、市会議員[一部が広域市会議員に]、市長、町長)。
- トルコの県庁所在市名は、(3県を除いて)県名と同じである。たとえば、イスタンブル県の県庁所在市はイスタンブル市となる。与党連合が新たに獲得した5つの県庁所在市の県人口規模は35位以下である。
- 運動員は町内の通りごとを担当し、戸別訪問して日常的問題を聞き出し、解決を手助けするなどして人間関係を築いた後にRPの思想や政策を紹介した。
- エルドアンは宗教的対立を煽る詩を詠んだという理由で、1998年から1999年の時期に4カ月間禁固刑に服すとともに失職した。