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2019年のトルコ統一地方選挙(2)――もう一度イスタンブル

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051352

2019年5月

(2,825字)

トルコの高等選挙委員会は、3月31日統一地方選挙のイスタンブル広域市長選挙結果を取り消すべきとの与党公正発展党(AKP)の異議申し立てを5月6日に認め、6月23日に同選挙をやり直す決定を、7対4の票決により下した。イスタンブル広域市長選挙で野党共和人民党(CHP)候補エクレム・イマムオールが他の野党の支持も得て僅差で勝利したことは、4年後に予定されている大統領・国会選挙で野党勢力の躍進に道を開いたとして注目を集めた。本稿ではその選挙結果が無効となった経緯と今後の展開を概観する(選挙結果については2019年4月の拙稿「トルコの2019年統一地方選挙――常勝与党の敗北感」参照)。

無効票の見直し

異議申し立て過程は2段階で進んだ。第1に、AKPは4月2日に集計結果に対する異議申し立てを行った。これが受理され、投票所別集計結果文書の誤入力の修正、イスタンブルの全投票所において無効票の見直し集計が行われたが、僅差で首位のエクレム・イマムオール(イスタンブル県内のベイリクドュズュ前市長)とAKP候補ビナリ・ユルドゥルム(前首相、前国会議長)の順位は変わらなかった。

ただし両者の得票差は1万4千票(有効投票数の0.17%)と、当初の2万5千票から縮まった。AKP票が相対的に増えた理由は、「(AKPのロゴである)電球に印を押そう!」というAKPの選挙スローガンに従ったAKP支持者が、印を押すべき白丸(○)の位置ではなく「電球」の上に印を押したことにある(前掲拙稿中の写真参考)。夕刻の暗い場所での開票作業で押印が認識されず無効となった票が、見直しにより有効となったのである。なおこれ以外の無効票には、メッセージが書かれたりインフレで高騰した玉葱の絵が描かれたりした批判的無効票もあった。

法的瑕疵の訴え

見直し・再集計で選挙結果を覆すことができなかったAKPは、第2段階として、4月16日、(1)(2016年7月クーデタ未遂後の)非常事態令下で政令により公職を解雇された有権者は投票資格が無い、(2)(受刑者や認知能力欠如者などの)投票不適格者による投票があった、(3)一部の投票所委員会の委員長ないし委員が(法律が求めた)公務員でなかった、との理由でイスタンブル市長選挙の無効を訴えた。

高等選挙委員会は、前者2つの理由については5月6日の決定に先立つ中間決定で、(1)政令により公職を解雇されても選挙権はある、(2)投票不適格者による投票数は選挙結果を左右する数でない、として認めていなかった。

しかし5月6日の決定では(3)の公務員でない投票所委員長の数が225、同委員の数が3500に達したことを認め、これらが選挙結果を左右したとの理由で上述の通り選挙結果無効、イスタンブル広域市長の再選挙を決めたのである。しかるに同時に行われていた市会議員、市長、町長の選挙結果はそのままとなった。

無理のある無効判断

異議申し立て過程には、野党や学識経験者のみならず一部AKP支持者からも批判が起きていた。そもそも投票所委員会(合計7名)には公務員と定められている委員長と委員の各1名以外に主要政党の代表者5名が含まれる。集計は与野党代表者の監視下で行われるため委員長や委員が仮に公務員出身者でなかったとしても不正を行うことは非常に難しい。

また、地方選挙では1つの封筒に4つの投票用紙を入れて投票される。イスタンブル県での場合、イスタンブル広域市長、市会議員(一部が広域市会議員になる)、市長、町長を選ぶからである。同じ封筒に入れられた4票のうちイスタンブル広域市長票のみが無効であるとのAKPの訴えを受け入れた高等選挙委員会の多数派委員(7名)の判断も説得性を欠く。

高等選挙委員会の独立性低下

高等選挙委員会は6名が最高裁判所、5名が最高行政裁判所の判事から互選で選ばれ独立性を保つように制度設計されているが、集権的大統領制導入の是非を問うた2017年国民投票で無印の投票用紙での投票を有効と認めた判断以来、信頼性が大きく揺らいでいる。今回の統一地方選挙直前の法改正で委員全員の任期が1年延長されている。くわえて、委員の一部が大統領府に呼び出されていた、2名が大統領補佐官と会談していたとの報道も疑念を深めさせる。

ただし、政権によるこのような工作の必要性は、高等選挙委員会が政権に完全に従属している訳ではないことの証でもある。実際、選挙当日の開票作業中、政権の影響下にあると見なされているアナトリア通信が独自の情報にもとづいてAKP候補が首位との集計値を報道した後に集計値の更新を中止すると、高等選挙委員会委員長がCHP候補が首位との暫定値を報告するとともに、アナトリア通信は高等選挙委員会の顧客ではないと述べ、開票過程の透明性を維持した。また高等選挙委員会では制度上、与野党の代表者もオブザーバー委員になっている。異議申し立てを検討する際の文書を閲覧でき会議にも出席するため、政権のあからさまな介入は監視される。

もう一度イスタンブル

6月23日の再選挙に向けて、与野党とも支持者の動員のため、全精力をイスタンブルに傾ける。AKPは3月31日選挙で棄権した支持者に投票所へもう一度足を運ぶように促す。また、同選挙で野党支持に流れていたクルド系有権者の支持を取り戻すため、クルディスタン労働者党(PKK)党首アブドゥラー・オジャラン受刑者の待遇改善を想起させる情報操作も行われている。

他方、野党は僅差での勝利だったうえ、AKPのように棄権票の掘り起こしによる票の上積みを見込めないため、同情票を見込んで楽観することは許されない。支持者が3月と同様に高い率で投票することが必須となる。その点で不安なのが、再投票日が学校の夏休み開始後なことである。家族で長期夏期休暇に出る中産階級中心のCHP支持者に対し、選挙日にはイスタンブルへもう一度戻ってほしいとの呼びかけも始まっている。

2019年5月10日脱稿

写真:穏健かつ抱擁的な語りと対話で支持を集めたエクレム・イマムオール候補

穏健かつ抱擁的な語りと対話で支持を集めたエクレム・イマムオール候補
写真の出典
著者プロフィール

間寧(はざまやすし)。アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ長。博士(政治学)。最近の著書に、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)、「外圧の消滅と内圧への反発:トルコにおける民主主義の後退」(川中豪編『後退する民主主義・強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)など。