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論考

2020年キルギス共和国政変の背景と帰結――腐敗に蝕まれる「民主主義の島」

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051963

岡 奈津子

2021年2月

(11,197字)

2020年10月、中央アジアのキルギス共和国(クルグズスタン)で発生した反政府デモにより、ジェーンベコフ政権が崩壊した1。事の発端は国会選挙をめぐる不正疑惑であったが、投票日を含むわずか12日のあいだに大統領が辞任し、それまで収監されていた元議員が首相に任命された後、大統領代行に就任するという目まぐるしい展開となった。暫定政権は国会選挙のやり直しを延期した一方で、2021年1月10日に前倒しで大統領選挙を実施した。

人口650万のキルギス共和国は、中央アジアでは政治的自由度がもっとも高く、かつては「民主主義の島」と呼ばれた。反対派が徹底的に排除された近隣諸国では、事実上、大統領支持政党以外は存在せず、指導者の交代は現職の死亡もしくは「禅譲」によってしか実現してこなかった。これに対しキルギス共和国では野党の活動が活発で、ある程度競争的な選挙が行われてきた。ほかの中央アジア諸国同様、大統領への権力集中もみられたが、私利私欲と露骨な縁故主義が国民の怒りを買ったアスカル・アカエフ、クルマンベク・バキエフ両大統領は、それぞれ「チューリップ革命」(2005年)と「4月革命」(2010年)によって辞任に追い込まれた2

しかしこのたびの政変には、過去の「革命」後のような高揚感はない。選挙不正と権力者の腐敗に抗議して立ち上がった人々の期待とは裏腹に、混乱のなかで主導権を握ったのは独裁志向の強い人物とその一派であったからである。

以下ではまず、国会選挙後の抗議行動、政権崩壊から大統領選挙に至る展開の概要を明らかにする。次に、デモの背景にある政府高官の汚職スキャンダルに焦点を当て、暫定政権が掲げた汚職との闘いの限界を指摘する。最後に、政権交代や政治制度改革が腐敗削減につながらなかったことを示したうえで、組織犯罪と政治の癒着にも言及することとしたい。

抗議行動と政権崩壊

2020年10月4日、キルギス共和国で国会議員選挙が実施された3。同国の国会は一院制で、拘束名簿式比例代表制(全国区)に基づいて選出され、議席獲得には全体の7%以上の得票が必要とされた。選挙には16の政党が参加したが、同日夜に発表された開票結果によれば、この足切りラインを突破できたのは4党のみで、うち3党は現職のソーロンバイ・ジェーンベコフ大統領寄りの政党であった。

写真1 ソーロンバイ・ジェーンベコフ前大統領

写真1 ソーロンバイ・ジェーンベコフ前大統領

親大統領政党の圧勝という結果は、その信憑性を疑わせるものだった。なかでも、大統領の弟が出馬したビリムディク(団結)党と、腐敗した元税関幹部ライムベク・マトライモフ(後述)と関係が深いメケニム・クルグズスタン(わが祖国クルグズスタン)党については、組織的な票の買収を行っているといううわさが絶えなかった。疑惑の一部は、中央選挙管理委員会によって警察の捜査に回されていた。

抗議行動の直接のきっかけとなった選挙不正のうち、とくに問題視されたのは「第二様式」(投票用住所の変更申請用紙)の悪用である。この制度は2011年大統領選挙の際、増大する国内移住者の存在を背景に、公式に登録されている住所以外での投票を可能にするために導入された。2020年国会選挙では、登録された有権者356万人のうち44万人がこの制度を利用し、住所変更を2回以上行った人は4万人超に上った(OSCE 2020)。

有権者にとって、実際に住んでいる地域で投票できるのは便利である。問題は、特定の選挙区における得票率を上げるため、政党が人々にカネを渡して住所を変更させたことにある。報道等によると、票の買収はおおむね次のように行われた4。政党は農村部や地方の住民に、報酬と引き換えに住所変更をもちかける。投票用住所を変更するためには、実際に票を投じる地区の選挙管理委員会に本人が出向いて「第二様式」を提出し、生体認証登録(指紋採取と顔写真の撮影)を行う必要がある。変更先はおもに首都ビシュケクなどの都市部で、マイクロバス等、登録および投票に必要な移動手段は組織的に手配された。政党と有権者とのあいだでは、提示金額の一部を登録時に、残りは投票後に支払うという取り決めが交わされた。こうした地区単位の動員に加えて、国営企業が社員とその家族に対し、住所変更と特定政党への投票を強要したとの証言もある。

では単なる票の買収に留まらず、わざわざ別の場所で投票させたのはなぜだろうか。議席獲得には前述した7%の足切りラインのほか、ビシュケク市、オシュ市および全7州において、それぞれ0.7%以上の得票が必要とされる。そのため、親大統領政党の支持率が低い都市部では、地方から票を集める必要があったとの見方もある5。しかし0.7%というハードルをクリアすることだけが目的であれば、大規模な動員は必ずしも必要ないだろう。

むしろ「第二様式」は、候補者が党内競争を勝ち抜くために利用された可能性がある。上述のように、国会選挙は国全体を一区とする拘束名簿式比例代表制だが、各党は投票後、実質的な名簿上の順位の入れ替えを行っているといわれている。候補者は党から割り当てられた「選挙区」での得票が不十分な場合、より多くの票を獲得した下位の候補者に議席を譲るよう求められるのである(宇山2020、Engvall 2018: 9)。

10月5日、野党指導者らは選挙結果を認めないとする声明を発表し、首都で抗議集会を開いた。この日の夜、選挙のやり直しを求めるデモ参加者と、閃光弾や催涙ガスなどを用いて彼らを暴力的に排除しようとした治安部隊のあいだで衝突が発生し、事態は急展開した。6日未明、群衆の一部が大統領府と国会が入った政府庁舎、通称「ホワイトハウス」を占拠したのである。メディアでは、乱入した男たちがジェーンベコフ大統領の肖像画を蹴破り、火の手が上がった庁舎の窓から書類が舞い落ちる様子が繰り返し報じられ、政権の崩壊を印象付けた。

襲撃された政府庁舎(2020年10月6日)
これを受けた中央選挙管理委員会は、6日の昼に選挙を無効とする決定を下した。権力の空白を埋めるため野党指導者は「調整会議」を設立したが、それに加わらなかった政党のリーダーらが翌日、別の「人民調整会議」を組織するなど、野党の足並みは乱れた。また、中央や地方の要職への自らの就任を一方的に宣言する人々も現れ、事態は混迷を極めた。
ジャパロフ大統領の誕生

こうした混乱のなかで主導権を握ったのが、元国会議員のサドゥル・ジャパロフである。ジャパロフは民族主義的・ポピュリスト的な政治家と評されており、なかでも保守的な農村住民や貧困層、ロシアなどへの出稼ぎ労働者のあいだで人気が高い6。とりわけ政変後は、一般庶民の声を代弁しエリートの腐敗と戦う強いリーダー像を演出し、現状に不満を抱く人々の心をとらえることに成功した。

写真2 サドゥル・ジャパロフ新大統領

写真2 サドゥル・ジャパロフ新大統領

ジャパロフを一躍有名にしたのが、出身地のイシク・クル州にあるクムトールの国有化要求である。世界屈指の金鉱山クムトールは、カナダのセンテラ・ゴールド社によって開発が進められてきたが、ジャパロフはその国有化を主張してしばしば抗議デモを組織した(ただし首相就任後、クムトールの国有化は行わないと述べている)。10月政変まで彼が投獄されていたのは、2013年、イシク・クル州の州都カラコルでデモを行った際に同州の知事を拉致した罪に問われたからである。ジャパロフは数年間の亡命生活を経て2017年春に帰国した際に逮捕され、2018年に懲役11年半を宣告された。ちなみに抗議デモの勃発直後、全国各地の炭鉱や金鉱を操業する企業およびその従業員への襲撃・略奪が同時多発的に発生したが、被害にあった企業の多くは中国やロシア、カザフスタンなどの外資系である7

ジャパロフが盟友カムチュベク・タシエフとともに創設したメケンチル(愛国者)党は2020年の国会選挙に参加したが、開票後、他の野党とともに選挙結果の無効化を主張した。一方、ジャパロフ自身は10月6日、支持者らによって国家保安委員会の拘置所から解放された。ジャパロフは、その日のうちに改選前の議員たちが開催した臨時会議で首相に指名されたが、このときに集まった議員は定足数を満たしていなかった。10日に開かれた会議でも再度、首相指名が行われたものの、同様の理由で正式な決定とはならなかった。なお前科のある人物は公職に就くことを禁じられているが、ジャパロフは解放後、自らに科された刑罰の取り消しと再審を最高裁に求め、請求は6日のうちに承認された8

大統領府からの逃亡後、所在を明らかにしていなかったジェーンベコフは9日、首都に非常事態令を発令し攻勢に転じようとしたが、職を辞するようジャパロフ派から圧力を受けていた。14日、ジャパロフが正式に首相に任命されると、ジェーンベコフはそれに署名し、翌15日、辞任を表明した9。憲法に従えば大統領代行を務めることになる国会議長が就任を辞退したため、ジャパロフが大統領代行も兼任した。

しかし一カ月後の11月14日、ジャパロフは大統領選挙への出馬を正式表明し、大統領代行を辞任するとともに首相職からも退いた。憲法上の規定により、代行は大統領選挙に立候補することができないからである。候補者に公平な条件を保証するという憲法の趣旨に鑑みれば、ジャパロフの辞任・立候補はその精神に背くものだといわざるをえない。なお後任の大統領代行には、11月4日に国会議長に選ばれたばかりのタラント・マムトフが就任した。タシエフと並ぶジャパロフの盟友であるマムトフの国会議長への選出は、ジャパロフ出馬への地ならしとみることもできよう。

2021年1月10日に実施された大統領選挙には17人が立候補したが、最有力候補と目されていたジャパロフが79.2%の得票率で圧勝した(投票率は39.2%)。既成勢力に反旗を翻す存在として、少なからぬ人々がジャパロフに期待したのは確かだ。しかし、大統領代行の権限を用いて自らに近い人物を要職につけ、辞任後も事実上の現職として国家機関に影響力を行使しつつ、財政的・人的資源を動員して選挙戦を有利に進めたことが、ジャパロフの勝利に大きく貢献したことは間違いない。

1月10日には、執政制度に関する国民投票(大統領制、議院内閣制、いずれにも反対、の三択)も同時に行われ、大統領制が81.3%の支持を得た。一方、本来ならば2020年12月20日に実施されるはずであった国会選挙は、憲法改正後、2021年6月1日までに行うこととされている。なお選挙不正に悪用された「第二様式」は、選挙法の改正により、国外に居住する有権者に限って利用できることとなった10

腐敗の象徴としてのマトライモフ

今回の抗議行動を引き起こした直接のきっかけは選挙不正疑惑である。しかしその背景には、元税関幹部ライムベク・マトライモフとその一族への反発、さらにはマトライモフに象徴される腐敗したエリートに対する不満がある。新型コロナウイルスの感染拡大に対する政府の不十分な対応に加え、コロナ禍によってもともと脆弱な経済が深刻な打撃を受けたことも、そうした不満に拍車をかけることとなった。

2019年11月、組織犯罪腐敗報道プロジェクト(Organized Crime and Corruption Reporting Project:OCCRP)、自由欧州放送(RFE/RL)、およびビシュケクに拠点を置くインターネット情報サイトKloopが共同で実施した調査報道の結果が公表された(OCCRP 2019-2020)。ジャーナリストたちが暴いたのは、マトライモフとその取り巻きが数十億ドル規模の密輸を黙認することと引き換えに、巨額の賄賂を得ていたという事実である。

この調査報道の主な情報源は、アイエルケン・サイマイティという中国国籍のウイグル人だ。彼は、同じく中国出身のウイグル人である貿易商ハビブラ・アブドゥカディル(国籍はカザフスタン)の片腕として資金洗浄を手掛け、2011~2016年に7億ドル以上をキルギス共和国から持ち出したと証言した(10月政変後に経済犯罪撲滅庁が行った取り調べでは、その金額は9.3億ドルに上った11)。サイマイティは、こうしたカネの流れを部分的に裏付ける送金や不動産の取得などに関する書類を提示し、証拠はほかにもあると話していたが、2019年11月、イスタンブルにある高級ホテルのカフェで殺害された12

2020年3月にトルコ警察が発表した捜査結果によれば、容疑者はイスラム過激派4名(うち2名はキルギス共和国国籍)で、犯行は「不信者」を狙い撃ちにしたものであった。しかしその後、宗教的理由による犯行という説の信憑性を疑わせる情報が流出している13。また、アブドゥカディルはトルコ政府とも太いパイプを持っており、それが捜査に影響を与えた可能性も指摘されている14

サイマイティの死後まもなく公開されたOCCRPのリポ―トは大きな反響を呼び、首都では抗議行動も発生した15。キルギス共和国は旧ソ連圏最貧国の一つで、2019年のGDPは85億ドルである。これほど大規模な脱税と贈収賄が市民の怒りをかうのも当然であろう。しかしジェーンベコフ政権の反応は鈍く、マトライモフの関与に関する捜査はうやむやになった。2020年10月の抗議行動は、こうした政権の無策に対する不満が選挙不正をきっかけに再燃したのだともいえる。

では、サイマイティの告発によって明るみに出たマトライモフとアブドゥカディルの関係とは、いかなるものだったのだろうか。

中国と国境を接するキルギス共和国では、中継貿易が重要な収入源となっている。国際輸送会社を経営するアブドゥカディル一族は、中国から輸入した商品を国内で売りさばくだけでなく、ほかの中央アジア諸国やロシアに再輸出し、莫大な利益を上げることに成功した。税関への申告を行わない密輸入や現金の違法な持ち込みのほか、品目を偽装し税率を安く抑える手口も使われた。さらに、ユーラシア経済同盟(キルギス共和国のほか、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンおよびアルメニアが参加)の加盟国に再輸出する際には、中国製品を国産と偽り、域外からの輸入品に課される関税を逃れた。

こうした地下ビジネスに庇護を与えたのが、国家関税庁副長官(2015~2017年)を務めたマトライモフである。持ち込む商品の金額に応じたキックバックと引き換えに、密輸や脱税を見逃すという行為は、個人の担ぎ屋や中小企業に対してもしばしば行われている。しかし、これほど大規模な違法取引は、税関トップの積極的な関与なくしては不可能である。またアブドゥカディル一族の関連会社は、税関と「特別な関係」を築くことで、通関手続きをスムーズに行うことができた。それとは逆に、彼らと競合する企業は税関職員からさまざまな妨害を受けたという。

このようにして得られた巨額のカネは、英国、ドイツ、アラブ首長国連邦、米国などの銀行に送金されたり、不動産投資に使われたりした。トルコなど海外に現金を持ち出すため、運び屋が雇われることもあった。送金先にはアブドゥカディルが経営する複数の会社だけでなく、マトライモフ家の慈善団体も含まれていた。アブドゥカディル一族とマトライモフの妻は、ドバイにある不動産プロジェクトの共同出資者でもある。

ライムベク・マトライモフは、その金満ぶりから「ライム・ミリオン」というあだ名で呼ばれている。一家は国内に多数の不動産を所有するほか、ロンドンやドバイにも高級マンションを持っている。妻は国内のリゾート地や海外を豪遊し、その様子をSNSで自慢する。キャリアのすべてを税務職員として過ごしたマトライモフが、公式収入だけでこうした暮らしをすることができないのは明らかだ。

大統領代行に就任したジャパロフは汚職との闘いを真っ先に掲げたが、それがパフォーマンスに過ぎないことはマトライモフへの処遇にも表れている。2020年10月20日、汚職容疑で逮捕されたマトライモフは、わずか数時間拘束されただけで保釈された。その際、20億ソム(2360万ドル)を国庫に返金するという条件が課されたが、その法的根拠は不明である。ジャパロフはテレビ番組のインタビューで、マトライモフを服役させても国庫には一銭も入らない、だから政治的判断で補償金を払わせることにしたのだとしつつ、彼が所有する違法な資産についてはこれから捜査を始めると弁明している16

12月下旬、タシエフ国家保安委員会議長は、マトライモフが約束した金額をすべて国庫に収めたと発表した。ただしそのうち現金は14億ソムで、残りは不動産であった17。なお国会では12月23日、汚職や経済犯罪を行った人物を補償と引き換えに赦免する経済恩赦法が採択されたが、この経済恩赦はもともとジャパロフがマトライモフ逮捕の翌日に提案していたものだった18。ジャパロフは選挙戦で、ほかの候補を圧倒する潤沢な資金を投入したが、恩赦で「返金」されたカネを選挙運動に流用したのではないか、と疑う見方もある。

このように国内では事実上、自由の身となったマトライモフだが、12月9日、米財務省は彼とその家族に対しグローバル・マグニツキー法を適用すると発表した19。同法は重大な人権侵害を行った人物への制裁で知られるが、腐敗に関与した人物もその対象となる。この措置により、一族が所有する米国の資産は凍結され、彼らの米国入国も禁止された。

政治制度と腐敗

税関をはじめとする国家機関の汚職やマフィアと政治家の癒着、票の買収などの選挙不正は、ジェーンベコフ政権になってはじめて顕在化したわけではない。腐敗の拡大とその制度化・規範化は、当初は中央アジアでもっとも民主的な指導者と目されていたアカエフ大統領の時代からすでに始まっていた。それに続くバキエフ政権下では、大統領の親族の要職への登用と利権独占がさらに顕著になった。いずれの政権においても、腐敗構造の中心にいたのは、度重なる憲法改正によって強大な権限を手にした大統領とその親族であった。

バキエフを退陣に追い込んだ「4月革命」後、国会と首相の権限を強化し大統領への権力集中に歯止めをかけるべく、2010年憲法が採択された20。これによって、大統領が任命する閣僚は防衛と安全保障分野に限定され、首相を含むそれ以外の閣僚は国会が指名することとなった。また大統領の任期は5年(2期まで)から、1期限りの6年に変更された。国会選挙は2007年以降、完全比例代表制に移行していたが、定数を90名から120名に増員する一方で、一つの政党が保有できる議席を65議席までに制限した。この憲法の下、2011年12月に就任したアルマズベク・アタムバエフ大統領は6年の任期を務めたのち、2017年10月の大統領選挙に勝利したジェーンベコフにその座を引き継いだ21

では、こうした政治改革は腐敗削減につながったのだろうか。キルギス共和国の腐敗を公職売買の観点から分析した『投資市場としての国家』(Engvall 2016)の著者ヨハン・エングヴァルは、この点について否定的だ。エングヴァルによれば、行政の分権化と政党の役割強化はレントをめぐる競争をむしろ激化させた。それまでは利権の分配は大統領の一元的な管理下に置かれていたが、2010年以降、連立政権を組む政党が「旨味のある」ポストを分け合うようになったためである(Engvall 2018)。

10月政変で権力を掌握したジャパロフは、憲法改正への道筋をつけたのちに大統領選挙に出馬した。その狙いは強力な大統領制の確立にある。2020年11月17日に公表された新憲法草案は「コンスティトゥーツィヤ(憲法)」ではなく「ハンスティトゥーツィヤ」(「ハン」は君主の意)だと揶揄されたが、手続き的には延長の措置がとられているものの任期切れの国会によって提案されたという点において、違憲の疑いも濃厚であった22。さまざまな改正点のうち、もっとも大きな変化は大統領権限の(再)強化および「人民クルルタイ」の創設である。

草案では大統領と首相による行政権の分担は廃止され、首相を含む全閣僚の任命権は大統領に移された。大統領の任期は5年2期で、最長10年まで務めることが可能となった23。一方、国会の定数は120名から90名に縮小された。これらの点は2010年以前の制度への回帰ともいえる。ただし国会の選出方法については「法で定める」とあるのみで、比例代表制への言及は削除されたが、小選挙区制の再導入は明記されていない。

「人民権力の最高諮問調整機関」とされる人民クルルタイは、地域代表や職業・民族・社会団体等の代表からなり、国家と社会の発展に関する重要問題について国家機関に勧告を行うほか、閣僚の解任などについて大統領に提案を行う。これは「人民」の声を政治に反映させるというのが建前だが、政権が都合よく利用できる翼賛機関に過ぎないとの批判もある。

暫定政権は当初、この草案の採択の是非を国民投票にかけようとしていた。しかし、草案の公表からわずか一週間後の11月24日、ジャパロフは憲法そのものではなく、大統領制と議院内閣制のいずれを選択するかを問う内容への変更を提案した。これを受けて国会で審議が行われ、12月11日、執政制度を決定する国民投票の実施に関する法律が採択された24。2021年1月10日の国民投票の結果、大統領制が選択されたことは上述のとおりである。

このような制度変更はジャパロフ政権の盤石化をもたらすのだろうか。上述のエングヴァルは10月政変を引き起こした要因として、レントをめぐる勢力バランスの崩壊をあげている。「4月革命」後に権限を強化された国会は腐敗収入を分配する機能を果たしていたが、ジェーンベコフ派とマトライモフ派の選挙での圧勝は、彼らによる富の独占に道を開くものであった(Engvall 2020)。すなわち政権崩壊の背景には派閥間の抗争があったというのである。この見方に立てば、大統領への権力集中は、将来的にはむしろ政治の不安定化を招くことになろう。

権威主義化のリスクおよび独裁志向に加え、新政権にみられる懸念材料として、組織犯罪集団との癒着があげられる。キルギス共和国では、これまでも政治家がマフィアを利用して政敵に暴力的な脅しをかけたり、犯罪分子が政界に進出したりするなど、反社会勢力と政治との密接な関わりが指摘されてきた(Marat 2020)。ジャパロフも例外ではない。直前まで刑事施設に収容されていた彼が短期間に権力を掌握することができたのは、その背後に有力者がいるからだとの見方があるが、具体的にはバキエフ元大統領のほか、マトライモフの名前もあがっている。

10月政変の際、ジャパロフの支持者たちは、彼の首相就任に反対する集会を組織した政治家やそこに集まった人たちを武器や石、瓶などで襲撃した25。また首相指名の際に、複数の議員がジャパロフを支持するよう脅されたと証言している。こうした暴力行為や脅迫の背後には、悪名高いカムチュベク・コルバエフの存在も指摘されている。コルバエフは麻薬や武器の密売買、誘拐や恐喝などの前科があり、米国政府から中央アジアにおける犯罪シンジケートのボスとして名指しされている人物である26。また大統領選挙の過程で、ジャパロフ派がほかの候補者の選挙運動を妨害したり、ジャーナリストを脅迫したりしたという報告もある。


2021年1月の大統領選挙は、政変後に続いた混乱に一つの区切りをつけることとなった。しかし、深刻な腐敗と組織犯罪集団による政治への密接な関与は、かつて「民主主義の島」と評された中央アジアの小国の行く末に暗い影を投げかけている。

写真の出典
  • 写真1 Press Service of the President of Russia, Kremlin.ru, President of the Kyrgyz Republic Sooronbay Jeenbekov at the Supreme Eurasian Economic Council meeting in expanded format.(CC BY 4.0)
  • 写真2 kabar.kg, Photo Japarova.(CC BY-SA 4.0)
参考文献
著者プロフィール

岡奈津子(おかなつこ) アジア経済研究所新領域研究センター・ガバナンス研究グループ長。PhD in Politics and International Studies. 近著に『<賄賂>のある暮らし――市場経済化後のカザフスタン』白水社(2019年)、"Changing Perceptions of Informal Payments under Privatization of Health Care: The Case of Kazakhstan," Central Asian Affairs 6(1): 1-20, 2019など。


  1. 日本では「キルギス」と表記されることが多いが、英語の正式名称はThe Kyrgyz RepublicもしくはKyrgyzstanである。本稿では「キルギス共和国」と表記するが、政党名は現地語の発音により忠実な「クルグズスタン」を使用する。
  2. 独立後のキルギス共和国における政治変動については、宇山(2018)参照。
  3. 抗議行動から政権崩壊までの過程については宇山(2020)、Furstenberg and Botoeva (2020)のほか、おもに"Kak smenilas’ vlast' v Kyrgyzstane. Khronologiia sobytii," Sputnik, 2020/10/21を参照した。
  4. Kamila Baimuratova, "Forma No.2 i podkup izbiratelei. Rasskazyvaem, na chto idut partii, chtoby proiti v parlament," Kloop, 2020/9/3; Bruce Pannier, "Reports Of Vote-Buying And Criminal Finances Cast Ominous Shadow Over Kyrgyz Elections," RFE/RL, 2020/9/3.
  5. K. Baimuratova, "Forma No.2 i podkup izbiratelei."
  6. キルギス共和国経済は出稼ぎ労働への依存度が高く、2019年には外国からの個人送金がGDPの3割を占めた。服部倫卓「底辺で喘ぐ旧ソ連の出稼ぎ労働者 安住の地はロシアか?EUか?」『朝日新聞GLOBE+』2020年6月23日。
  7. これらの企業が地元住民を積極的に雇用しないことや環境問題への懸念から、鉱業開発への反対運動は過去にも頻発していた。"Zakhvacheny zolotorudnye mestorozhdeniia Kyrgyzstana, gde byli inostrannye investory (spisok)," Kaktusmedia, 2020/10/6; Peter Leonard and Ayzirek Imanaliyeva, "Kyrgyzstan: Economy and healthcare shattering under weight of crisis," Eurasianet, 2020/10/08.
  8. ジャパロフは2021年1月初旬、大統領選挙の投票日前に正式に無罪となった。Ernist Nurmatov, "Kak sudy Kyrgyzstana speshno opravdyvali chetyrekh politikov," RFE/RL, 2020/10/21; Elena Korotkova, "GKNB zakryl delo Zhaparova o zakhvate zalozhnikov – s politika sniata sudimost’," Kloop, 2021/1/5.
  9. 10月16日、ジャパロフは刑事責任の免除など、ジェーンベコフに元大統領としての特権を付与する大統領令に署名した。宇山(2020)は、ジェーンベコフが国内に残り、身の安全を保証されていることから、両者のあいだに何らかの取引がなされた可能性を指摘する。
  10. "Vybory bez formy No.2. I kak teper' golosovat'?" Kaktusmedia, 2020/11/21.
  11. Aidai Irgebaeva, "Finpol: Saimaiti nezakonno vyvez iz Kyrgyzstana bolee 932 millionov dollarov," Kloop, 2019/11/26.
  12. アブドゥカディルと対立し身の危険を感じたサイマイティは2017年、トルコに移住した。サイマイティの指示により、ビシュケクからイスタンブルへの現金持ち出しを請け負っていた運転手は、2019年10月下旬に殺害されている。
  13. 捜査結果発表から数カ月後に流出した容疑者およびサイマイティの妻の供述調書によると、サイマイティを狙撃した人物はカネで雇われただけで、彼とは面識がなかった。また妻によれば、彼は、自分がもし死ぬようなことがあれば、マトライモフとアブドゥカディルの仕業だと話していたという。
  14. 捜査結果の発表後まもなく、アブドゥカディルは自身の会社を通じてトルコの慈善事業に17万ドルを寄付している。この事業は、エルドアン大統領がコロナ禍で困窮した人々を支援するために行ったもので、同社は最大のスポンサーの一つとなった。
  15. Nurjamal Djanibekova, "Kyrgyzstan: Impromptu rally signals new way of opposing corruption," Eurasianet, 2019/11/25.
  16. "Zhaparov: Matraimov do kontsa noiabria zaplatit 2 mlrd somov," Kaktusmedia, 2020/11/04.
  17. "Prokhodiashchii po delu o korruptsii eks-zamglavy tamozhni Kyrgyzstana polnost’iu vozmestil ushcherb v $23,6 mln," Nastoiashchee Vremia, 2020/12/24.
  18. Bakyt Toregel’di uulu, "'Raiskii god dlia…’. Zhogorku Kenesh speshno prinial zakonoproekt ob ekonomicheskoi amnistii," RFE/RL, 2020/12/24.
  19. "Treasury Sanctions Corrupt Actors in Africa and Asia," U.S. Department of the Treasury, 2020/12/9.
  20. 2003年の憲法改正後の政治機構は宇山(2004:61)、2010年憲法採択後の政治機構は東島(2018:35)を参照。
  21. アタムバエフは2019年8月に汚職や職権乱用などの罪で逮捕され、懲役11年余の刑に処された。2020年10月6日に支持者らによって解放され、ジャパロフの首相就任反対を訴えたが、10月10日に再逮捕された。
  22. 新憲法草案はキルギス共和国国会ウェブサイトに掲載されたロシア語版を参照した。
  23. キルギス語の草案では、同一人物は2回、大統領に選出されてはならないとあり、2期を超えて再任することを禁じているロシア語版とは相違がある(第57条)。本来なら国家語であるキルギス語の内容が優先されるはずだが、大統領権力を強化するという趣旨からして、草案の起草者が意図したのは「2期まで」であろう。また2021年1月選出の大統領の任期(6年)を1期目としてカウントするとわざわざ述べられていることも、2期目の出馬が可能であることを示唆している。このように重要な項目の内容が言語によって異なることは、草案の準備が拙速であったことをうかがわせる。
  24. "I.o. prezidenta podpisal zakon o naznachenii referenduma po vyboru formy pravleniia," RFE/RL, 2020/12/12.
  25. Ayzirek Imanaliyeva, "Kyrgyzstan: Former convict appointed prime minister," Eurasianet, 2020/10/10; Peter Leonard, "Kyrgyzstan: Politician’s mob rampage draws army onto the streets," Eurasianet, 2020/10/9.
  26. コルバエフはマトライモフ逮捕の二日後に逮捕されたが、その後流出した映像には、彼が数十人の男たちとともに刑務所のなかで豪華な食事を楽しんでいる様子が映し出されていたという。"The Kolbaev Connection," RFE/RL, 2020/12/14.
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