比較的落ち着いた低空飛行

ブラジル経済動向レポート(2012年7月)

地域研究センター 近田 亮平

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貿易収支: 7月の貿易収支は、輸出額がUS$210.05億(前月比+8.5%、前年同月比▲5.6%)、輸入額がUS$181.26億(同▲2.3%、同▲5.2%)で、輸出額の伸びが輸入額のそれを上回ったため、貿易黒字額はUS$28.76億(同+257.2%、同▲8.3%)と前月に比べ大幅に増加した。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,382.19億(前年同期比▲1.7%)、輸入額がUS$1,282.70億(同+3.1%)で、貿易黒字額はUS$99.49億(同▲38.2%)となり、前年同期比のマイナス幅が前月(▲45.4%)より縮小した。

輸出に関しては、一次産品がUS$99.94億(1日平均額の前月比▲3.0%)、半製品がUS$30.44億(同+13.4%)、完成品がUS$75.41億(同▲3.3%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$39.50億、同▲9.0%)、2位が米国(US$23.95億、同+8.4%)、3位がアルゼンチン(US$14.91億、同+3.4%)、4位がオランダ(US$13.15億)、5位がドイツ(US$6.36億)であった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率ではトウモロコシ(同+398.5%、US$4.23億)と航空機(同+279.4%、US$3.04億)が3ケタの伸び率を記録した。また減少率では、精糖(同▲57.0%、US$2.32億)、酸化・水酸化アルミニウム(同▲55.0%、US$1.48億)、アルミニウム(同▲54.9%、US$0.69億)などが顕著であった。さらに輸出額では、鉄鉱石(US$28.43億、同▲27.5%)、大豆(US$22.49億、同+16.6%)、原油(US$13.48億、同▲36.4%)の一次産品3品目に加え、半製品に分類される粗糖(US$10.75億、同▲19.3%)がUS$10億を超える取引額を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$38.73億(1日平均額の前月比▲7.9%)、原料・中間財がUS$83.01億(同▲6.6%)、非耐久消費財がUS$11.58億(同▲14.6%)、耐久消費財がUS$19.74億(同+11.3%)、原油・燃料がUS$28.20億(同▲32.4%)であった。主要輸入元は、1位が中国(US$28.76億、同▲1.3%)、2位が米国(US$26.25億、同▲12.7%)、3位がアルゼンチン(US$13.34億、同+15.6%)、4位がドイツ(US$10.35億)、5位が韓国(US$7.73億)であった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では原油(+48.0%、US$12.33億)や輸送用機器(+28.4%、US$5.51億)、減少率では薬品(同▲31.4%、US$2.92億)や鉱物品(同▲29.8%、US$13.61億)などの増減が顕著だった。また輸入額では、前述の鉱物品に加え、化学薬品(US$22.89億、同▲4.5%)や輸送機器付属品(US$12.31億、同▲4.0%)などの原料・中間財、資本財である工業機械(US$11.74億、同▲10.8%)、その他の燃料(US$15.87億、同▲22.1%)と前述の原油などがUS$10億を超える取引高となった。

物価: 発表された6月のIPCA(広範囲消費者物価指数:月率)は0.08%(前月比▲0.28%p、前年同月比▲0.07%p)と、2010年8月(0.04%)に次ぐ低い数値となった。食料品価格が0.68%(同▲0.05%p、+0.94%p)、非食料品価格が0.10%(同▲0.15%p、▲0.18%p)と、両者とも前月より伸び率が低下した(グラフ1)。また、2012年の上半期の数値となる年初来累計は2.32%(前年同期比▲1.55%p)、過去12カ月(年率)は昨年10月から9ヶ月連続の低下となる4.92%(前月同期比▲0.07%p)となった。この物価の比較的落ち着いた低空飛行は、政策金利Selicの引き下げ余地を広げることとなったが、今後は食料品を中心に物価は上昇に転ずると見られている。

食料品に関しては、ジャガイモ(4月+0.44%→5月+17.67%)とトマト(同+14.10%→同+11.45%)が10%を超えるなど、一部の品目は大きく値上がりした。しかし一方で、消費量の多いフェイジョン豆全体(同+9.10%→同▲1.63%)の価格がマイナスに転じたことや、魚類(同▲1.19%→同▲3.03%)がデフレを記録するなど、いくつかの品目が値下がりしたことで全体の価格上昇は抑えられることとなった。また非食料品では、政府の景気対策により5月21日から工業製品税(IPI)が引き下げられた影響から、自動車の新車価格が▲5.48%、中古車価格が▲4.12%下落し、バスなどの公共交通運賃が値上げされたにも関わらず運輸交通分野(同▲0.58%→▲1.18%)がデフレとなり、家庭用品分野(同+0.17%→▲0.03%)もマイナスに転じた。その他にも、通信分野(同▲0.19%→▲0.01%)が引き続きマイナスを記録し、また、価格上昇が最も大きかった個人消費分野(同+0.60%→+0.47%)でも伸び率は縮小するなど、全ての分野において物価は安定した数値となった。

金利: 政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は11日、市場関係者の予想通り、Selicを年率8.50%から8.00%へ0.50%p引き下げることを全会一致で決定した(グラフ1)。Selicの引き下げは昨年9月から8回連続で、8.00%という数値は今年5月に記録した過去最低レベルをさらに更新するものであり、最近のSelicやそれに連動する市中銀行の金利水準はブラジルの歴史の中で最も低空な飛行状態となっている。ただし今年の下半期において、今までの金利引き下げにも関わらず比較的落ち着いていた物価が市場関係者の予測通りに上昇したり、中央銀行のTombini総裁が示した楽観的な見方のように景気が回復へと向かったりした場合、Selic引き下げというこれまでの金融方針にも変化が見られてくると考えられる。

グラフ1 物価(IPCA)と政策金利(Selic)の推移:2010年以降

グラフ1 物価(IPCA)と政策金利(Selic)の推移:2010年以降

(出所)IPCAはIBGE、Selicは中央銀行。
(注)左軸はIPCA、右軸はSelic。

為替市場: 7月のドル・レアル為替相場は、欧州不安の一時的な後退や中央銀行のドル売り介入により、5月29日以来にUS$1=R$2を切るドル安レアル高水準で取引が始まり、3日にはUS$1=R$1.9882(買値)の月内ドル最安値を記録した。しかしその後、国内外の諸要因によりUS$1=R$2を回復すると、月末に付けたUS$1=R$2.0499(売値)を月内のドル最高値とし、比較的落ち着いた小幅な値動きに終始した。

レアル安に振れた国内的な要因としては、ブラジルの鉱工業生産指数が低下を示したことに加え、中央銀行理事の「1ドルが2レアルを下回るレアル高レベルは輸出向けの製造業などにとって良くない」との発言や、Mantega蔵相の「レアル高を容認しない」といった政府の口先介入が挙げられる。また、ドル高に振れた要因としては、イタリアも金融支援が必要になると同国首相が表明したこと、欧州内の優等生とされるドイツやオランダの格付けも引き下げ傾向となったこと、スペインをはじめとする欧州諸国の債務問題が再び悪化したことなどから、ユーロが売られる一方でドルが選好して買われたことが挙げられる。そして月末にかけ、警戒されていた中央銀行の介入もなかったことから、月末の終値は前月末比+1.41%のドル高レアル安レベルとなった。

株式市場: 7月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、EU首脳会議で欧州危機対策に関して合意に至ったことや、中国や欧州が金利を引き下げたことに加え、イラン情勢が緊迫化し原油高に振れたため、6月後半に大きく値を下げたPetrobras株やOGX(ブラジルの富豪Eike Batistaが経営する石油ガス会社)が買われたことから、値上がりして取引が始まった。しかし、米国の弱い雇用統計に続き、中国の貿易縮小が発表されたこともあり、コモディティ輸出の割合の高いブラジル株は売られる展開となった。また、Selicの引き下げが予想通りだった一方、発表された5月の小売販売指数が前月比▲0.8%と、今まで好調だった国内の消費傾向の転換兆候を示すものだったことや、ブラジルのIBC-Br(中央銀行算出による月間GDP)や中国の上半期GDPが低い数値となったことから、世界経済を牽引してきた新興諸国でも景気後退が鮮明化しているとの見方が強まった。さらに、中央銀行の管理下に置かれた中規模銀行Cruzeiro do Sulの損失額が、予想を上回る巨額なものであることが判明したことも株価にはマイナス材料となった。

しかし、政府がPetrobrasにガソリン価格の引き上げを許可したことに加え、「内外の燃料価格に依然ギャップがある」と鉱山エネルギー大臣が発言したことから、更なる燃料価格の調整とPetrobrasの収益改善への期待感が高まり、同社やその関連株が買われた。そしてこのことが株価下落の下支え要因ともなり、月の半ばの株価は55,000p前後のレベルでの比較的落ち着いた低空飛行となった。

しかし月の後半に、スペインが国内の金融機関だけでなく政府も金融支援を必要とするのではとの憶測から同国の国債利回りが急上昇するなど、欧州債務危機の深刻化を嫌気して大きく値を下げ、25日には52,608pと今年2番目の安値を記録した。その後、欧州中央銀行が危機対策として国債購入を再開するとの期待感から世界の主要株価が上昇すると、Bovespa指数も月内最高値となる30日の57,241pまで一気に値を上げた。そして月末は、欧米の金融当局の会合を前に慎重な見方が強まったこともあり若干値を下げたが、前月末比で5ヶ月ぶりのプラスとなる+3.21%の上昇で取引を終えた。

ブラジル経済に関しては、欧州に端を発する経済危機に対し、政府が金利引き下げ、減税、融資拡大などの景気対策を矢継ぎ早に打ち出したことから、それらを好感した金融市場や、それらに下支えされた景気は、低空飛行ながら比較的落ち着いて推移している。ただし、これらの景気対策は政府の歳入出を悪化させる要因ともなっており、2008年のリーマン・ショック時ほどではないが、6月の連邦政府のプライマリー・サープラス(利払い費を除く財政収支黒字)は大きく減少した(グラフ2)。また最近は、鉱工業生産指数に見られるように(グラフ3)、自動車産業などの製造業をはじめとする工業部門の伸び悩みが懸念視されるとともに、増加する個人負債や上昇する一部の不動産価格がバブル状態にあるとIMFなどが指摘している。ブラジル経済は、現状では比較的落ち着いているが低空飛行となっており、今年のGDP成長率が昨年の2.7%を下回ることがほぼ確実視されている。その今後については、短期的にはオリンピックにより一時的に存在感が薄れている欧州債務問題などの外的要素、および8月から始まるLula政権での一大汚職事件の裁判や10月の全国市長・市議会議員選挙の影響、そして中長期的にはより実体経済をめぐる国内要素への対処などが、ポイントになってくるといえよう。

グラフ2 連邦政府の歳入出の推移:2008年以降

グラフ2 連邦政府の歳入出の推移:2008年以降

(出所)中央銀行
グラフ3 鉱工業生産指数の推移:2010年以降

グラフ3 鉱工業生産指数の推移:2010年以降

(出所)IBGE
【追記】


7月28日(ブラジル現地時間)、ブラジリアの日本大使館に今年4月から公使として赴任されていた西島章次先生(神戸大学経済経営研究所教授)が、交通事故により逝去されました。今回の不慮の事故に際し、西島先生をはじめ亡くなられた方々のご冥福、および、負傷された方々のご快復を心よりお祈り申し上げます。合掌。