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アジ研図書館とわたし

経済制裁下の資料収集

2026年8月

法令集と統計コレクション

私は学生時代からペルシア語を学んでいたため、アジア経済研究所(以下、アジ研)入所後はそのままイランを研究対象国として担当した。アジ研図書館にイラン関連のペルシア語蔵書を増やすことは、私の業務上の大きなミッションの一つでもある。

イランに限らず、どの国・地域の、どのような分野に関心があったとしても、研究者が必ず参照する基本的な資料は法律と統計である。したがって私は資料収集の中心に、それぞれ毎年、イランの官報出版局が刊行する「法令集」とイラン統計センターが刊行する「全国統計年鑑」とを据えてきた。法令集は、1906/07年から1978/79年まで(つまり議会の創設からイラン革命直前まで)と、2001/02年から2023/24年までのすべての制定法・規則を収めたものが揃っている1。また全国統計年鑑に関しては、私が入所した時点ですでに旧アジ研統計部などが収集したコレクション2があったため、私は途中からそれを引き継いだ。

イランの場合、数的データの公表が十分ではない反面、法律・法学関連資料は比較的豊富でかつ自由に入手できる。歴史や政治といった研究分野でも、これらの資料を利用した多面的なアプローチが可能なのではないかと考えている。この他にも「最高裁判所評議会議事録・見解集」3や、著名なシーア派イスラーム法学者の著作などを継続して収集している(これらは現在アジ研内の私の研究室にあるが、ゆくゆくはアジ研図書館に寄贈予定)。

写真1:アジ研図書館所蔵の法令集。最近は1年分が1冊に収まらず、2巻本として刊行されることが多い。

写真1:アジ研図書館所蔵の法令集。最近は1年分が1冊に収まらず、2巻本として刊行されることが多い。
支払いはひと苦労

ところで、イランでのこうした資料収集にはおそらく他の国・地域にはない(あるいは少ない)苦労がついてまわる。それは、「現地に行かないと絶対に本が買えない」ことである。これは「本は現物を手に取って見ないと買うに値するかどうか判断できないよね」といった高尚な意味ではない。

何よりもまず、現地でないと代金が払えない。欧米が主導する経済制裁下で国際的な金融ネットワークから排除されてきたイランには、日本から銀行システムを通じて送金することができない。公金によって運営されているアジ研図書館は、怪しげな海外の送金業者を利用することも許されない。したがって、たとえネット上に「今年の法令集」の書影が出ていたとしても、かならず現地まで出向いてその場で代金を支払わねばならないのである。

支払いに関する頭痛の種は他にもある。現在イラン国内はほとんどの支払いが、イラン国内の銀行と紐づいたデビット・カードによって行われるようになっている。イランに銀行口座を持たない外国人(口座開設のハードルは高い)は、無理やり相手に現金を押し付けるか、はたまた現地の知人に立て替えてもらってあとで精算するしかない。「カード社会」でありながら、そのカードを取得するのが至難の業である国で本を買うのは、それだけでたいへんな労力を要するのである。

写真2:テヘラン大学前の書店街。法律関連の書籍が並ぶ。イランの書籍流通に関しては岩﨑(2017)を参照されたい。

写真2:テヘラン大学前の書店街。法律関連の書籍が並ぶ。イランの書籍流通に関しては岩﨑(2017)を参照されたい。
友人なくして収集なし

問題は他にもある。最新の法令集は官報出版局が認めた専任販売所(同じ建物内にある)に行けば容易に手に入るのだが、諸物価高騰による紙・インク不足のあおりをうけて発行部数が限られているため、刊行されるやあっという間に店頭から無くなってしまいがちだ。毎年、自分が現地調査のためにイラン入りする時期が遅れたり(あるいは早すぎたり)すれば最新版を逃してしまう。

このため私は、官報出版局のそばを通って通勤しているイラン人の友人に、その年の法令集が刊行されたかどうかをチェックし、刊行されていれば買い置いてもらうように依頼している。この友人には毎年の出張時に「来年の法令集」用の代金を多めに預けておくのだが、インフレの進行が甚だしいと足りなくなって迷惑をかけることになる。

全国統計年鑑も、似たような状況にある。かつては統計センターの売店で冊子化された統計資料が何種類も販売されており、その場で中身を確認したうえで現金で購入できた。しかしデジタル化の波にのって統計センターはここ十数年、紙媒体の書籍をほとんど刷らなくなっている。センターのウェブサイトにいけば同じ情報が見られますから、そちらをご利用くださいというわけだ。

しかしながらネット上のデジタルデータは、アジ研図書館のような継続的・体系的な資料収集には不向きである。政変や戦争、災害など不測の事態が起これば過去のデータもろとも吹き飛んでしまうこともある(!)。さらに現在のイランのような状態では、ネットそのものが遮断されてサイトにアクセスできない事態にも陥ってしまう。統計センターはある時期から全国統計年鑑のCD-ROMも出しているが、コンピューターのOSがアップデートされれば早晩読み込めなくなる可能性が高い。

「だから絶対紙で欲しい!」のだが、もはや統計センターは内部配布用にしか紙の本を発行していない。そこでやむなく、私は統計センターに勤務する友人に依頼して、特別にアジ研図書館用に紙の全国統計年鑑を回してもらっている。友人はこれまでのところ快くこの役割を引き受けてくれているが、この方も引退の時期を迎えているため今後の入手ルートに関しては不透明である。

法令集にしても全国統計年鑑にしても、協力してくださる方々(学術研究活動に理解のある知識人で、かつ私の長年の友人でもある)の厚意によってかろうじて収集が続けられている。つまり資料収集活動の成否は、きわめて属人的な要素が強い。

日本に送るまで

こうした「人頼み」は、本を買ったあとも続く。イランの書籍はむやみに大きくて重いので、一回の出張で数十冊を買うと持っては帰れない。そこで郵便局から郵送するのだが、ここでも現地在住のイラン人の保証人(?)が必要で、例によってカード払いだ。またぞろ別の友人に付き合ってもらい、彼の身分証明書やら銀行カードやらのお世話になる。ただし、毎回利用する郵便局のコンピューターにはすでにアジ研図書館の住所が登録済みなので、何も言わずとも送り状が印刷されて出てくる。馴染みの担当者から「今年は(冊数が)少ないな」「この薄いパンフは手で持って帰れ。そうすれば安く済むぞ」などと親身なアドバイスももらえる。

ここまでの関係を構築するのに長い時間がかかったが、時勢に翻弄され何が起こるか分からないイランでは、結局、こういう属人的な仕事の進め方こそが王道なのである。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

参考文献
  • 岩﨑葉子 2017「『取次』のいない市場―イランの書籍流通」『アジ研ワールド・トレンド』256(2): 61-67. https://doi.org/10.20561/00048572(最終閲覧日2026年7月2日).
写真の出典
  • 写真1:筆者撮影。
  • 写真2:筆者撮影。
著者プロフィール

岩﨑葉子(いわさきようこ) アジア経済研究所新領域研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門はイランの産業組織や経済制度。著作に『テヘラン商売往来―イラン商人の世界』(アジア経済研究所 2004)、『「個人主義」大国イラン―群れない社会の社交的なひとびと』(平凡社 2015)、『サルゴフリー 店は誰のものか―イランの商慣行と法の近代化』(平凡社 2018)、Industrial Organization in Iran: The Weakly Organized System of the Iranian Apparel Industry (Springer 2017)など。

  1. その間の時期については少しずつバックナンバーを買い集めている最中である。
  2. 最古のものは1967/68年版。1970年代の5年分が欠けているが1980/81年以降は揃っている。
  3. 最高裁長官などの要請に基づいて招集され、最高裁判事の4分の3以上が出席して開かれる会議。類似の事案について国内の諸裁判所が異なる見解を示すなどした場合、これを調査し見解の統一を図る。