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海外研究員レポート

家から半径2kmのSDGs――コロナ禍のスイスで見つけた身近な取組み

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052096

佐々木 晶子

2021年3月

(7,265字)

スイスはアルプスの山々に囲まれた、美しく自然豊かな国というイメージを持つ人は多いだろう。筆者が赴任したジュネーブ州もレマン湖やジュラ山脈など素晴らしい自然に恵まれており、そうした環境の保全を目指し、化石燃料を使わない公共交通機関の整備、再生可能エネルギーの普及など先進的な環境政策も進められている。だがその一方で、宅地開発による緑地の消失やコロナ危機で露呈した経済格差や貧困など課題も少なくない。今回は、ジュネーブ州の持続可能なまちづくりに向けた取組みや課題について、生活者の視点から紹介したい。
自宅から半径2km圏内で過ごしたスイス生活

ジュネーブ州に赴任して1年と3カ月が過ぎた。筆者が海外研究員の制度を活用し、スイスに到着したのは2019年11月下旬。それから3カ月も経たないうちに欧州でも新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、職場は閉鎖された。2020年3月から現在に至るまで、数回の例外を除いて筆者は在宅勤務を続けている。パンデミックの終わりが見えないなか、残念ながら一度も出張に出かけることもないままスイス滞在は終わりを迎えようとしている。数回の近郊旅行を除き、筆者は息子が通う保育園、スーパーや公園がある自宅から半径およそ2km圏内で生活を送ってきた。だが、そんなコロナ禍にあっても、様々な場面でジュネーブ州の温暖化や環境保全の対策など、持続可能な開発目標(SDGs)の実践に触れることができた。

電気で動くバス・トラムと整備された自転車道

筆者が暮らすランシー市は、ジュネーブ州1の南西に位置する人口3万人ほどの町である。筆者は、毎朝2歳の息子を連れてバスに乗り、保育園へ向かう。乗車するバスは100%電気で動く。ジュネーブ州では、2018年からトロリーバス充電最適化システム(TOSA)を採用した電動バスを20台ほど運行している2。充電設備はいくつかのバス停に備えられている。バスは停車すると充電設備に接続し、15秒で急速充電を行い、何事もなかったかのように発車する。ジュネーブ州政府によると、TOSAバスは100%水力で発電された電力を利用しており、TOSAバスが走る路線では、年間1000トン以上の二酸化炭素排出を抑制できるという。現在運行しているバスやトラムの約半数が100%再生可能エネルギーを利用する電動車であり、ジュネーブ公共交通(TPG)は2030年までにすべての路線で電化を目指している。

自転車道も整備が進んでいる。スイスはオランダやドイツほどの自転車大国ではないが、自転車道は市中に整備されており、電気自転車の購入には各自治体が助成金を整備している。筆者も自転車を購入したが、残念ながら数回乗った後に盗まれてしまった。

写真1 高速で充電を行う電動バス。バスから充電部分が伸びてきてバス停にある充電施設と連結する。

写真1 高速で充電を行う電動バス。バスから充電部分が伸びてきてバス停にある充電施設と連結する。
ごみ処理と発電

息子が登園した後は、育児休暇を取得中の夫が掃除や洗濯、ごみ捨てなどの家事を行う。ごみ捨ては家の前にごみ取集ステーションがあり、曜日や時間を気にせずいつでもごみが捨てられる3。可燃ごみ、有機物(生ごみ)、ペットボトル、瓶、缶など、分別するごみの種類ごとに巨大な収集箱が地中に埋められており、定期的に巨大な収集車がごみ箱ごとクレーンで吊り上げて中身を回収する。チャリティー団体による古着の寄付を目的とした専用ボックスも置かれている。

スイスはごみのリサイクルが盛んである。リサイクル事業や一般廃棄物の焼却はそれぞれの州政府が行っている。廃棄プラスチックについてはリサイクルまたは焼却によるエネルギー回収(ごみ発電)が行われている。ジュネーブ州で電力や水道事業、廃棄物処理を手掛けるジュネーブ産業公社(SIG)の廃棄物処理施設では、リサイクル対象外の一般廃棄物をのぞいて一般廃棄物は900度の高温で焼却され、熱および電気が回収される。同施設ではおよそ25万メガワットの電力がつくられ、ジュネーブ州のエネルギー消費のおよそ6%を支えている。

写真2 ごみ収集の様子。

写真2 ごみ収集の様子。
再生された小川と緑地

午後、天気が好ければ、夫は保育園から帰った息子とともに公園や近くの牧場などに散歩へ出かける。近所にあるいくつかの散歩道や公園は、小川に沿って整備されている。そのうちの一つであるドリーズ川は、ジュネーブ州に隣接するフランスのサレーヴ山麓から流れ込んでいる。ジュネーブ州の土地管理局(Département du territoire)によると、ドリーズ川ではかつてはマスの漁なども行われていた。だが、宅地開発などによって水質が低下したことで、動植物が減少し、洪水も度々起こったという。1990年後半から2000年代初頭にかけて、洪水発生を抑制するとともに、川の水質を向上させ、自然な姿に戻すための再自然化事業が行われた4。川沿いには林で囲まれた散歩道が整備され、今では近隣の住民が多く訪れる人気のエリアとなっている。

ジュネーブ州でこうした河川の再自然化工事が施行されるようになってから20年が経つ。河川環境の悪化に対して地元の環境保護団体などが立ち上がった。1997年には州法が改正され、河川の再自然化の原則が明記された5。河川の再自然化工事は州内の100カ所以上で行われている。

こうした行政と市民の努力もあいまってか、ジュネーブ州は日本の都市に比べ、緑地や水辺が維持されていると感じる。しかしながら、人口増加にともなって都市化や宅地開発が進み、緑地の消失や生態系への影響が問題となっている。スイス全体を見ると、動植物の絶滅危惧種の種類は多く、およそ半数が絶滅の危機にさらされているという6。宅地開発のほか、アルプスなどの山岳リゾート開発、農地や水の過剰利用、昨今の異常気象、外来種の増加などが原因となっているという7

写真3 再自然化されたドリーズ川の遊歩道。

写真3 再自然化されたドリーズ川の遊歩道。
電気・エネルギー

夕方は夫が夕食の用意に忙しい時間帯だ。料理をするコンロもオーブンも電化されている。我が家の電気は水力発電と太陽光などの再生可能エネルギーによって賄われている。SIGによれば、ジュネーブ州内の電力は水力発電と(割合は少ないものの)太陽光、風力、ごみ発電などの再生可能エネルギーによって賄われている。どの電力を使うかは、100%水力発電、水力発電と太陽光などのミックスなど4種類のオプションから利用者が選択できるようになっており、100%水力発電が最も割安である。水力発電には域外から送電される電力も含まれるが、その他の再生可能エネルギーは域内で発電されている。域内で発電される再生可能エネルギーは規模が小さく、また電気料金には再生可能エネルギーの研究開発資金なども上乗せされるため、ミックスのオプションは割高となる。

寒い日でも家の中は常に暖かく、深夜、息子が寝ながら布団を蹴飛ばしても風邪を引く心配はない。各家庭で個別に暖房器具を使わず、地域内の建物全体に温水を循環させて部屋を暖める地域暖房(ディストリクト・ヒーティング)は欧州に限らず寒冷地では一般的であるが、筆者の住む地域でも行われている。そのため冬場でも室内は薄着で快適に過ごせる。ジュネーブ州ではSIGが電力のほか、こうした地域暖房を提供している。また、再生可能エネルギーの普及に熱心なSIGは、現在新たな温水暖房システムの設置も進めている。石油などの化石燃料の代わりに、地熱や廃棄物焼却、天然ガスによって温水を作り出し、各家庭の暖房として届ける仕組みだ。筆者の住むランシー市内でも工事が進められている。

スイスの電力は、水力発電が6割、原子力発電が3割を占め、残る1割が火力発電によって供給されている8。電力需要に応じ、フランス、イタリアなど隣接する国々との間での電力の融通も行われている。連邦政府は2050年までに温室効果ガスの排出ゼロの実現を目指す決議を採択し、再生可能エネルギーの普及や節電などによる化石燃料利用の抑制を行っている。同時に、2011年の東日本大震災による原発事故の影響で原子力発電に反対する世論が高まり、原子力発電からの撤退も決定された。スイスのエネルギー政策は大きな転換期を迎えている9

持続可能なまちづくり――ランシー市の場合

筆者の住むランシー市は、2000年代前半から環境問題に積極的に取り組んできた。同市は2020年にヨーロッパ・エネルギー・アワード10(Europe Energy Award)で金賞を獲得したり、議会が「気候変動非常事態宣言」を発出したりするなど、気候変動問題に対して先進的に取り組んできた。ランシー市は2015年、都市化、エネルギー、交通、地域経済、啓蒙・教育などの10のテーマについての目標を含む持続可能戦略を策定し、5年間かけて市全体で取組みを行ってきた。2020年に実施期間が終了したことを受けて、現在はどの程度戦略の内容が実践されてきたかなどの評価作業が行われている。市役所で市の持続可能戦略を担当するクラウディア・ボーゲンマン氏によると、多くのテーマで目標を達成できたものの、環境負荷の少ない物品購入など、組織内で部署をまたいだ協力が必要となる横断的なテーマでは思うように成果が出せず、課題が残ったという。

ジュネーブ州でも、2017年に持続可能な発展戦略コンセプトが策定された。環境、社会、経済の幅広い分野について、SDGsの17の目標と関連付けつつ2030年までの州の達成目標が掲げられている。ごみ排出量の削減や生態系保全も目標のなかに含まれる。

「環境も経済も」複雑化する課題

持続可能な発展に向けた取組みは、地域の経済支援、緑地保全、温暖化対策など多岐にわたる。それぞれの施策は独立しているようにみえるが、相互に関連している。

現在、ジュネーブ州では、新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的としたロックダウンによって、経済的に困窮する人々が増加している。店舗の閉鎖やイベント中止などの影響を受けた自営業者のほか、不法滞在者、外国人労働者などである。コロナ危機は、従来から不安定な経済状態にあった不法滞在者や外国人労働者の脆弱性を露呈させることとなった11。彼らの多くはスイス国籍者が行いたがらない重労働や清掃業、ベビーシッティングなどに従事してきた。こうした人々を定期的に支援するため、筆者の自宅の近所にあるサッカースタジアムでは度々食糧配給が行われ、スーパーでも買い物した商品をそのまま寄付するコーナーが定期的に設置されている。

気候変動対策は急を要するものの、現在のような危機的な状況の下では、人々の経済的な負担への配慮が必要である。前述のように、ジュネーブ州で進められている化石燃料を使わない温水暖房システムは、気候変動対策として評価を受ける。一方で、このシステムは暖房や温水利用にかかる料金の値上げをともなう。経済的に困窮する世帯への負担増加など、いわゆる「エネルギー貧困(energy poverty)」につながるリスクがあると、ランシー市のボーゲンマン氏は語る。

エネルギー貧困とは、電気代の上昇が貧困世帯の家計を圧迫したり、電気料金が支払えず、照明、電化製品や冷暖房の利用といった健康的な生活に支障をきたしたりする問題であり、途上国に限らず先進国でも生じている。欧州委員会によると、EU加盟国の5000 万世帯以上がエネルギー貧困を経験していると推定され、社会問題となっている。

緑地保全と宅地開発についても複雑な問題が存在する。宅地開発による緑地の消失、生態系の破壊は前述のとおりスイス全体の問題であり、ランシー市が抱える大きな課題のひとつでもある。しかしながら、スイスは全国的に持ち家率が低く、特にジュネーブ州内の持ち家率は2割を下回り、極端な需要過多の状態が続いている12。特に低所得層にとって手頃な価格の住宅を見つけることは容易ではなく、家賃の安いフランスに住居を見つけて、毎日国境を越えて通勤する人も多い。

タテ・ヨコの幅広い連携・協力が重要

エネルギー貧困や、緑地保全と住宅供給といった複合的な課題に対応するには、俯瞰的に問題をとらえることに加え、異なる組織間や部署間での連携や協力が必要となる。ランシー市は2021年からの新たな持続可能な発展戦略の策定を進めている。2015~2020年の戦略の実践経験からは、部署間の連携による横断型の施策には労力とコストがかかるが、こうした連携が重要であることが示された。単独の自治体で行えることは限られるため、連邦政府やジュネーブ州政府との縦の連携とともに、欧州レベルでの自治体間のネットワーク、SIGといった事業者、企業、市民団体などとの幅広い協力も必要だ。

自治体での事業推進には議会との協力関係も不可欠だ。ランシー市では2020年の市議会選挙にて環境政策を重視する左派、緑の党が議席を増やしたため、今後さらに持続可能なまちづくりへの関心が高まるだろうとボーゲンマン氏は語る。

気候変動やパンデミックという複数の危機に直面するなかで、ジュネーブ州および州内の自治体は環境、社会、経済に配慮した持続可能なまちをどのように目指していくのか。ジュネーブ州は、州内に立地する国連欧州本部や国際機関と多くの共同事業も行っており、同州の成功事例は他国の都市にも大きな示唆を与えうるであろう。その現場を去ることは名残惜しいが、今後も日本からジュネーブ州の取組みに注目していきたい。

写真の出典
  • すべて筆者撮影
インタビュー(オンライン)
  • ランシー市持続可能セクション クラウディア・ボーゲンマン氏 2021年2月15日実施。
著者プロフィール

佐々木晶子(ささきあきこ) アジア経済研究所海外派遣員(スイス・国連社会開発研究所)。2013年より研究マネジメント職として国際共同研究のコーディネートやアジ研の研究内容のアウトリーチなどに従事。2019年11月から2021年3月まで国連社会開発研究所(UNRISD)にて客員研究員として、脱炭素社会に向けたトランジッション(Just Transition)における社会的企業、協同組合などの役割について研究を行っている。


  1. ジュネーブ州はジュネーブ市およびランシー市など大小合わせて45の自治体から構成されており、およそ50万人が暮らしている。
  2. Luterbacher, C. (2018). "Why our cities aren’t as smart as they could be", Swissinfo. 2018/09/18.
  3. 粗大ごみなど特別な種類のごみをのぞく。年明けにはクリスマスツリーとして飾ったもみの木の生木を捨てる日も設定されている。
  4. Département du territoire (2020).20 ans de renaturation des cours d’eau à Genève.Département du territoire, Office cantonal de l’eau, Service du lac, de la renaturation des cours d’eau et de la pêche du canton de Genève.
  5. Département du territoire (2020). 20 ans de renaturation des cours d’eau à Genève. Département du territoire, Office cantonal de l’eau, Service du lac, de la renaturation des cours d’eau et de la pêche du canton de Genève.
  6. Federal Office for the Environment (FOEN) (pub.) (2017). Biodiversity in Switzerland: Status and Trends. Federal Office for the Environment, Bern. State of the environment no. 1630: 60 p.
  7. Federal Office for the Environment (FOEN) (pub.) (2017).Biodiversity in Switzerland: Status and Trends. Federal Office for the Environment, Bern. State of the environment no. 1630: 60 p.
  8. Confédération suisse (2019). Énergie – faits et chiffres.2019/11/27.
  9. Confédération suisse (2019). Énergie – faits et chiffres.2019/11/27.
  10. ヨーロッパ・エネルギー・アワードは、エネルギーの合理的な利用と再生可能エネルギーの利用を促進する政策を推進する地方自治体を支援する取組みであり、現在欧州内の1500以上の自治体が参加している。毎年優れた取組みを実施した自治体に賞が授与される。
  11. Turuban, P. (2020). "Who’s at risk of poverty in Switzerland?", Swissinfo. 2020/05/15.
  12. Bradley, S. (2018). "Geneva’s property shortage continues to fuel exodus", Swissinfo. 2018/09/05.
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