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海外研究員レポート

「脱石炭」がもたらすもの――地域社会・気候変動・雇用(後編)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051912

2020年12月

(9,546字)

現在、先進国を中心に2030年代の「脱石炭」を目指して炭鉱や石炭火力発電所の閉鎖が進められている。前編では石炭などの化石燃料利用からの脱却と、それによって影響を受ける産業、労働者や地域を支援しながら、公正な形での新しい社会への移行を目指すジャスト・トランジション(公正な移行)の概念を紹介した。

後編ではジャスト・トランジションを進める国や地域の事例を紹介する。国策として脱石炭を進めつつ、石炭関連産業が立地する地域の支援や労働者の補償、再生可能エネルギー事業などでの新たな雇用創出を模索する国々がある一方で、炭鉱閉鎖を受けて自発的に地域経済を立て直し、持続可能な地域を目指す取組みもある。私たちは脱石炭に向けて、どのような道を探るべきだろうか。

ドイツ――2038年までに石炭・褐炭による発電を廃止

ドイツでは、2020年7月に入り連邦議会が2038年までに石炭・褐炭による発電を廃止することを決定した1 。石炭はドイツの経済成長を長きにわたり支えてきた。特にルール工業地帯は旧西ドイツにおいて戦後復興の要となった。また産炭地では炭鉱労働によって文化や地域アイデンティティが育まれてきた。石炭炭鉱については2018年までの閉山が先駆けて決定しており、これまでに閉鎖された旧産炭地には政府による手厚い支援が行われた。

ドイツは褐炭の世界有数の採掘国でもある。低品質の石炭である褐炭は石炭に比べ採掘、発電のコストが低く、採掘場近くの地域では発電燃料として使用されてきた。産炭地は旧東ドイツに集中しており、約2万人弱が雇用されている(Appunn 2019)。今回の脱石炭政策は褐炭も対象として含まれており、これから閉山を迎える地域では閉山にともなう失業や人口流出などに不安を感じているという。

脱石炭に向け、政府の諮問委員会である通称「石炭委員会」では石炭産業事業者や労働組合、環境団体、州政府や自治体などのステークホルダーが協議(社会的対話)を行い、影響を受ける労働者や地域の声を取り入れた公正な形でのエネルギー転換を目指す提言をまとめた。こうした提言をもとに、ドイツ政府は特に石炭・褐炭産業への依存比率の高い州を中心に、褐炭の鉱山や石炭火力発電所の閉鎖にともなう約400億ユーロ(約4.8兆円)の補償金を準備している(Wettengel 2020)。

補償金は各自治体、労働者への補償、再就職などの支援に加えて当該地域での石炭・褐炭火力に代わる再生可能エネルギーの新しいインフラ開発など新たなプロジェクトへと充てられる(Wettengel 2020)。 政府は脱石炭と同時に、原子力発電からの撤退も決めており、ドイツはエネルギー転換の重要な時期を迎えている。ドイツでは、再生可能エネルギーが全電力の4割以上を占め規模を拡大させている一方で、現在でも石炭・褐炭がおよそ3割、原子力発電が1割強の電力をまかなっている(Fraunhofer Institute for Solar Energy Systems 2020)。エネルギー転換が進み始めた背景には、1986年のチェルノブイリ原発事故、さらに2011年の東日本大震災による福島の原発事故によって国民の間で原子力発電廃止の機運が高まったことや、気候変動問題によって石炭・褐炭からの脱却の必要性が広く認識されたという事情がある(Hake et al. 2015)。

いまだ東西の財政状況に差がある同国で、旧東ドイツに位置する産炭地でジャスト・トランジションは可能なのか。旧西ドイツの旧産炭地でも失業率は2018年時点で全国平均の2倍であり、地域住民の社会保障への依存の高さも問題となっている(Appunn 2018)。またドイツ国民は1990年に東西ドイツ統一という巨大な社会転換を経験しており、特に旧東ドイツの地域はこうした「転換」に対して懐疑的だという。統一によって旧東ドイツの社会主義経済が開放された結果、褐炭採掘などの石炭産業や重工業は競争力を失い廃業を余儀なくされ、多くの失業者を生んだ(Reitzenstein, Schluz & Heilmann 2020)。統一から30年経った今も東西ドイツの経済格差は存在し、東側の地域では人口流出や経済の衰退といった問題を抱える。

今後エネルギー転換が、特に産炭地を抱える旧東ドイツの地域の経済にどのような影響を与えるのか、2020年に入り新型コロナウイルスの影響も加わり、先行きは不透明だ。ただドイツはこれまでも社会的対話が産業や経済政策形成のうえで重要な役割を果たしてきた(Reitzenstein, Schluz & Heilmann 2020)。今後もステークホルダーとの対話を重ねながら、脱石炭の道を進んでいくと思われる。

写真:ノルトライン=ヴェストファーレン州のルール工業地帯にあったかつての石炭炭鉱跡地

ノルトライン=ヴェストファーレン州のルール工業地帯にあったかつての石炭炭鉱跡地(ヘルテン炭鉱の エヴァルト鉱山)。
こうした炭鉱跡地は産業遺産として保存され、観光地として生まれ変わっている。
南アフリカ――2030年までにエネルギー供給と温暖化ガス抑制の両立を目指す

ジャスト・トランジションの動きは欧米を中心に広がりを見せているが、現在南アフリカやフィリピンなど途上国にも同様の取組みが徐々に広がっている。南アフリカはパリ協定に沿って策定された国ごとの温暖化ガス排出削減の貢献約束(NDC)のなかで、ジャスト・トランジションを達成目標に掲げる唯一の国である。2012年の国家開発計画(NDP)にもジャスト・トランジションが盛り込まれており、2020年には大統領府が公正なエネルギー転換の明確化と実施を推進するため大統領府気候変動調整委員会(PCCCC)を設置している(Climate Investment Funds 2020)。

同国は国内の経済格差が激しく、貧困率や若年層の失業率が最も高い国のひとつである。またエネルギー供給も国中に行き届いておらず、エネルギー格差も深刻である。国の電力公社であるEskomは、経営危機と設備改修の遅れから断続的な計画停電を行っており、電力供給も不安定な状態にある(高橋 2019)。一方で石炭の産出量は世界有数であり、国内電力のおよそ7割を石炭発電に依存している。

政府は脱石炭による温暖化ガス排出削減、再生可能エネルギーの導入を通じたエネルギー格差の是正や貧困削減を目指しているが、その道のりは平坦ではない。特に発電所や炭鉱が立地する地域では、閉鎖による労働者の失業やそこで働く労働者の住居や食に関連した仕事が失われることへの不安が大きい。石炭燃焼による大気汚染や炭鉱開発による土地の汚染などから反石炭運動に参加する住民もいるものの、経済的な依存というジレンマも抱える(Cock 2019)。また国として再生可能エネルギー導入を進めても、産炭地や発電所立地地域が恩恵を受けられなければ地域経済へ深刻な影響を及ぼす(Burton, Caetano & McCall 2018)。NUMSA(南アフリカ全国金属労働組合)をはじめ、同国の労働組合はNDPが策定された2012年当初はジャスト・トランジションの理念を歓迎していたが、その後の政府の再生可能エネルギー事業計画が具体性に欠けるものだったため、失業への補償や職業訓練といった支援策に対する不信感からエネルギー転換へ反対の姿勢に転じているという(Aroun 2020)。政府が再生可能エネルギーの導入と格差是正のための電力の普及を同時に進めようとしていることもプロセスを複雑化させている(van Niekerk 2020)。

それでも石炭の国際的競争力の低下やコストの上昇、ならびに国としての温暖化ガス排出抑制目標達成のため、政府は再生可能エネルギー産業での雇用の創出、高効率の石炭火力発電施設の整備を中心に経済発展と貧困削減を行いながら、石炭採掘、石炭火力発電からの脱却を目指すとしている。

米国――地域発のジャスト・トランジション

米国の石炭産業は、低価格の天然ガスや再生可能エネルギーの台頭で他国同様に縮小傾向にあり、石炭火力発電所の閉鎖も相次いでいる。バイデン新政権のもと、気候変動政策は今後大きく転換されることが予想されるが、米国では昨今、州や自治体レベルでの脱石炭に向けた動きがみられる。

米国東部に位置するアパラチアはケンタッキー州、バージニア州、ウェストバージニア州などに広大な炭田を有する地方で、19世紀より多くの町が石炭採掘地として栄えた。その後石油や天然ガスなど新たな燃料源の登場で石炭産業は斜陽化し、また石炭火力発電所の閉鎖や海外での需要の減少などにより、多くの炭鉱が閉山、休止となり失業者が増加している。

アパラチアでは職を失った労働者を支援し、地域の再生と持続可能で公正な社会を構築するため、社会的企業や草の根の非営利団体がいくつも立ち上がっている。例えば、コールフィールド・デベロップメントは2010年にウェストバージニア州で設立された社会的企業で、失業者が職を求めて地域を離れなくてもよいように雇用の受け皿をつくったり、失業者に職業訓練を提供したりしている。同社では地元の失業者を雇用して、州内の使われなくなった建物を起業家用のオフィスなどに改修するほか、地産地消の農業、地元産の木材やリサイクル素材を利用した木工用品や洋服の製造・販売などの事業を展開している(Coalfield Development n.d.)。ケンタッキー州東部で非営利団体として活動するマウンテン・アソシエーションは、地域の小規模企業や社会的企業、非営利団体への融資やビジネス支援、省エネ対策支援などを行う(Mountain Association n.d.)。事業を通じて地域レベルでの温暖化ガス排出削減、環境改善と地域経済の活性化を両立させたジャスト・トランジションを目指している。

コロナ危機下のロックダウンによる電力需要の減少もあり、米国では全国的に石炭の消費量が減少している(弘中 2020)。石炭火力発電所のさらなる閉鎖も予定されており、石炭および周辺産業で景気悪化、失業者の増加が予想される。こうした状況を打開するため、アパラチアで活動する社会的企業や草の根団体は、これまでの石炭産業への依存、いわゆる「資源の呪い」から脱却して小規模でも複数の多様な企業が連携して地域を支える、新しい経済の形への転換を目指している(Jarvis 2012)。

エネルギー転換――日本の経験

日本でも2020年10月26日、菅首相が所信表明演説のなかで2050年までの脱石炭を宣言した。ジャスト・トランジションについては、パリ協定にもとづく長期戦略2 に明記されているものの、具体的な動きはまだ見られない。石炭火力発電所の閉鎖について代替電源や関連産業への影響など幅広く問題提起や検討が行われているものの、公正な移行の観点からの議論は限定的である。ただ、日本は石炭から石油への大規模なエネルギー転換を経験してきた国でもある。石炭はかつて国の重要なエネルギー源として全国各地で採掘が行われてきたが、2002年を最後に国内の炭鉱は閉鎖された。1955年の石炭産業合理化措置法制定以降、「スクラップ・アンド・ビルド」として採算の取れない炭鉱の閉鎖が始まり、その後炭鉱からの離職者は20万人を超えた。炭鉱離職者の失業や再雇用、貧困の問題は各企業や産炭地の問題ではなく国全体の課題とされ、臨時の応急的な処置から後に手厚い総合的な支援へと変わっていった(嶋﨑 2013)。石炭会社の労働組合が中心的な役割を担いながら、会社と自治体が連携して失業手当や再就職、職業訓練など各種の支援を行ったものの、多くの産炭地で閉鎖による地域経済や地域社会の衰退が起こった。

こうした日本の経験は、社会的、経済的背景は異なれども、今後エネルギー転換を目指す、特に途上国に対して多くの教訓を与えると思われる。

脱石炭と地域

衰退する地域をどう立て直すのか。炭鉱や石炭火力発電所の閉鎖後に、影響を受ける地域をどう支援しどのような雇用の受け皿をつくるのかは、各国でもいまだ模索段階にある。ドイツでは旧産炭地への再生可能エネルギー事業の研究開発拠点の誘致や政府機関の移転などを計画している。南アフリカの例で見たように、政府から具体的な策が提示されなければ、ジャスト・トランジションに対する労働組合や住民からの支持は得られない。EUのジャスト・トランジション基金では再生可能エネルギー事業への投資支援などを掲げるが、炭鉱や石炭火力発電所があった地域でそのまま再生可能エネルギー事業をスタートできるわけではない。太陽光や風力発電の設備が設置できる地理的条件の適合のほか、労働者の持つスキルと必要なスキルのギャップ、雇用のミスマッチも問題となる。一方で、米国・アパラチアでは小規模ながらも、地域主体型の取組みによって労働人口の流出や貧困層の増加、地域の荒廃を防ぎ、単一の産業に頼らないレジリアントな地域づくりを模索している。

炭鉱閉鎖に限らず、地方の都市や地域がこうした危機に直面することは新しい話ではない。伝統産業の衰退や工場の閉鎖などによる地域経済の衰退、人口流出はこれまで世界中の各地で起こってきたことである。持続可能な地域を実現するには、工場誘致など外部資本にばかり頼るのではなく、農産物や文化遺産など地域固有の資源を活用し、産業や雇用の創出、地域文化の保全などを地域が主体となって行うことが重要である。日本国内でも、これまで中山間地域を中心に、地域経済の縮小や都市への若年人口の流出などの課題に面しながらも、小規模でも雇用を生みながら、地域資源を活用しつつ地域の課題解決や住民のニーズに応える企業や協同組合などが活躍してきた。またここ数年、再生可能エネルギー分野での地域の雇用を創出しながら2050年までの脱炭素化を目指す「地域循環共生圏」や、環境・社会・経済の持続可能な発展と炭素ニュートラルな都市の構築を目的とする「SDGs未来都市」など都市や地域の取組みを支援する国の施策もスタートしている。

ジャスト・トランジションを進めるには、気候変動対策と地域社会や雇用の問題を同時に取り組むこうした施策と足並みをそろえて、トップダウン型の政策と地域発の主体的な取組みを両輪とする脱炭素化が重要である。

今後に向けて

気候変動問題が深刻化するなか、再生可能エネルギーの需要の高まりや世界的な価格の下落にも後押しされ、今後も石炭からの脱却は各国で進むだろう。今回紹介したドイツの他、カナダやスペインといった先進国ではジャスト・トランジションの理念のもと、政府主導の大規模なエネルギー転換政策が進められている。南アフリカのように、途上国でも同様の動きが少しずつ始まっている。ただ途上国では、エネルギーの安定供給やエネルギー格差の是正といった根本的なエネルギー問題とともに、インフォーマルセクターで働く人口が多く、政府、企業、労働組合および市民による対話を組織することが難しいなど克服すべき課題も多い。一方で、2019年にジャスト・トランジションの国別計画の策定を表明した46カ国のうち6割が途上国であり、今後の発展が期待される(ILO n.d.)。

気候変動対策は早急の課題だが、労働者や地域住民など影響を受ける関係者を広く含めた対話には時間がかかる。「環境vs仕事」の構図を乗り越えることは容易ではない。ドイツでは石炭関連の労働組合は労働者への補償や支援を訴えるが、間接的な影響を受ける地域内の飲食店や小売業、地域住民全体への配慮が少ないと批判されている。南アフリカでも、インフォーマルセクターで働き社会保障制度に守られていない多くの労働者が、炭鉱や火力発電所閉鎖の影響を最も受ける。ジャスト・トランジションは気候変動、労働、社会保障、社会正義、エネルギー、経済政策といった多くの課題を包括しているのである。政府や石炭関連事業者、労働組合、市民団体などの関係者が信頼関係を築きながら対話を重ね、一部の労働者だけでなく、移民やマイノリティ、高齢者や貧困世帯など住民全体に情報共有と参加の機会を与えて補償や支援の輪に組み入れることが公正性を高めるうえで重要である。

世界中で進むジャスト・トランジションの動きは、日本で現在進められている石炭火力発電所閉鎖と直接比較することはできないが、参考にすべき点もあるだろう。火力発電所閉鎖にあたって、エネルギーの安定供給や電気料金への影響などを議論することは重要である。ただ同時に、エネルギー問題という単独の視点ではなく、地域経済や自治体の税収減に伴う行政サービスへの影響など、関連する課題を同じテーブルに乗せて議論する必要がある。それは多様な課題の解決を目指すSDGsの目標達成への道程とも重なる。そのためには政府が今後火力発電所の閉鎖を進めるうえで、関連産業の労働組合、地方自治体、間接的な影響を受ける地域の様々な企業や市民団体、協議会など幅広いステークホルダーが検討プロセスに参加できるようにし、包括的な視点から「誰一人取り残さない」移行を実施すべきである。

写真の出典
  • Daniel Mennerich, Herten - Zeche Ewald - Doppelbock-Fördergerüst Schacht VII 02 (CC BY NC ND 2.0).
参考文献
著者プロフィール

佐々木晶子(ささきあきこ) アジア経済研究所海外派遣員(スイス・国連社会開発研究所)。2013年より研究マネジメント職として国際共同研究のコーディネートやアジ研の研究内容のアウトリーチなどに従事。2019年11月より国連社会開発研究所(UNRISD)にて客員研究員として、脱炭素社会に向けたトランジション(Just Transition)における社会的企業、協同組合などの役割について研究を行っている。


  1. 炭鉱の採掘が深掘りで高コストであることや国際的な競争力の低下などの理由から、ドイツの炭鉱は2007年に閉山が決定し、2018年に最後の炭鉱が閉山した(Reitzenstein, Schluz & Heilmann 2020)。しかし石炭火力発電所は依然として稼働しており、現在ロシア、米国、EU諸国などから石炭を輸入している(Verein der Kohlenimporteure 2020)。
  2. 環境省(2019)『パリ協定にもとづく成長戦略としての長期戦略』環境省。
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