IDEスクエア
海外研究員レポート
オーストラリア高等教育機関の研究評価
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050429
岡田 雅浩
2018年6月
イギリスは世界に先駆けて約30年前から6回にわたり研究評価プログラムを積極的に実施してきた(今の名称はREF [Research Excellence Framework])。一部の研究予算の配分に直接関係する場合とそうでない場合もあるものの、ヨーロッパ各国、スカンジナビア諸国、オーストラリア、ニュージーランドでも国レベルで試行錯誤を重ねながら同様のプログラムを実施している。
以前、『アジ研ワールド・トレンド』(2017年5月号)でも報告したが、イギリスでは、評価基準は引用分析等のメトリクスに全面的に依拠するのではなく、それらも参考にしつつも、ピアレビューを主な評価基準として実施してきた。その他の国でも、メトリクスの重視の仕方に違いはあるものの、全面的にメトリクスに基づいた評価は実施していない。 直近にイギリスで実施されたREF2014では、これまでの研究成果の質や研究環境(博士号の授与数や研究収入)の評価に加え、はじめての試みとして、研究がもたらしたインパクトの提示(学術界以外への社会的・経済的影響)も求められた。そして、他の国でも同様にこの学術界以外への貢献も重視するようになってきた(例えば、全米科学財団、EUの研究プログラム [Horizon2020], ドイツ、オランダ、オーストラリア)1。
オーストラリアでは、研究評価プログラムERA (Excellence in Research for Australia)が2010年、2012年、2015年と実施されてきており、2018年にも実施される予定である。それに加え、今回から新たな試みとして、イギリスのインパクト評価部分に対応したEI2018 (Engagement and Impact)プログラムを同時並行的に実施することになった。ERAが基礎研究も重視する学術的評価(引用分析等のメトリクスやピアレビューを利用)なのに対し、EIは学界以外のエンドユーザーとの関わり(engagement)や学界以外の経済的、社会的、文化的に与えた影響(impact, 定性的なもの)を評価するというものである。このエンゲージメントとインパクトはイギリスのREF2021でもキーワードとして重視される予定である2。
研究予算配分や研究評価を取り仕切るオーストラリア・リサーチ・カウンシルが提供するガイドラインによると、ERAは予算配分の根拠にしたいという理由もあるものの、それよりも、各大学のどの学術分野が優れているのか、どの学術分野が今後有望なのか、世界標準をベンチマークにした場合に各大学はどの立ち位置にあるのか等を政府、産業界、NGOおよび一般に公開することが目的であると謳われている。
それに対し、EIは大学への研究資金投入が学界を越えてどのように目に見える形の便益に転換されているのか、どんなプロセス(経路)・インフラがそれを可能にするのか、といった情報を政府や一般社会に対して明らかにすること、また研究成果がオーストラリア国内の組織間でうまく変換されるよう積極的に支援する、というのが目的である。
ERA2018が対象とする成果は2011年から2016年の6年間に発表された研究成果、2014年から2016年の3年間に獲得した研究資金や特許等である。各大学はこれらのデータや説明を2018年3月19日から4月17日までの約1カ月の間に提出しなければならない。これらに基づいた研究の質(citation analysis, peer review)、研究活動(research output, research income)、研究の有用性(research commercialization income, patents, etc.)といった3つの指標を基に、オーストラリア内外の専門家からなる研究評価委員会が評価分野ごとに5段階評価を行う。そしてその評価結果は一般公開される。
EI2018が対象とする成果は2014年から2016年の3年間に実現した研究と学界以外との結びつき(エンゲージメント――叙述的説明、獲得資金、商業化による収入など)、2011年から2016年の6年間に実現した学界以外への経済的、社会的、環境、文化的な貢献(インパクト――叙述的説明)等である。各大学はこれらのデータや説明を2018年5月17日から7月18日までの約2カ月の間に提出しなければならない。これらに基づいたエンゲージメント、インパクト、インパクトへのアプローチ、という3点について、学界とエンドユーザーからなる評価パネルが評価分野ごとに3段階評価を行う。そしてその評価結果は基本的に一般公開される。
以上で述べたように、オーストラリアとイギリスでは研究成果を学界への貢献と学界以外への貢献の両側面から評価し、それらを公開し、さらなる研究の発展、国の発展につなげるという明確な意思表示がなされており、こういったイニシアチブにおいて両国は世界をリードしている3。評価される大学にとっては、事務作業もさることながら、数値では表せないものをうまく叙述しなければならないのでかなりの負担になり、賛否両論があるが、意義のあることではあると思う。これが説明責任を明確にする文化(audit culture)というものなのだろうか4。あるいは、高等教育が大きな産業になっているのも大きな要因だろうか(オーストラリアでは大学学生数約125万人のうち約30万人[約24%]が留学生5で3番目に大きい輸出産業といわれている。ちなみに、イギリスは約230万人のうち約44万人[約19%]が留学生6)。
脚注
- Mark S. Reed, The Research Impact Handbook, Huntly: Fast Track Impact, 2016, p. 9.
- LSE Impact Blog, February 6, 2018.
- LSE Impact Blog, March 19, 2018.また、両国には教育面を評価するプログラムもある。
- Russel Craig, Joel Amernic, and Dennis Tourish, "Perverse Audit Culture and Accountability of the Modern Public University," Financial Accountability & Management, 30(1), February 2014.
- 2016年の数値。
- 2015/16年の数値。