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海外研究員レポート
アラブ首長国連邦(UAE)金融機関によるガバナンス強化の取組み:取締役会の構成の観点からの整理
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049843
2015年4月
1.はじめに:UAE金融機関に関わるガバナンス規制
株式企業において、経営陣の行動を監督し、株主をはじめとする利害関係者の利益を保護する役割を果たすのが取締役会である。株式企業における取締役(director)は、原則的には株主総会において選出され、企業の経営を監督する。経営陣の決定が、株式会社に著しい損失を及ぼす可能性がある場合、株主に対して報告義務をもつ。適切なコーポレート・ガバナンスと取締役会による経営の監督は、企業の成長にとって重要な課題である。
アラブ首長国連邦(以下、UAE)におけるコーポレート・ガバナンスの取り組みは、近年始まったばかりである。特に金融機関に対するガバナンス強化は、重要性が指摘されながらも今なお発展途上にある。UAEでは、コーポレート・ガバナンスに関する法律・規則は複数存在し、産業と首長国、フリーゾーンによって重層的かつ部分的にカバーしている(表1)。包括的な規則として経済省の2009年の省令518号「ガバナンス規則と企業規律基準」(Ministerial Resolution No. (518) of 2009 Concerning Governance Rules and Corporate Discipline Standards)があり、取締役会の構成や取締役会会長職(Chairman)の権限について比較的厳格に規定しているが、この省令の適用範囲は国内の証券取引所に上場している民間の非金融企業であり、政府系企業や中央銀行の監督下にある金融機関、そして外資系の上場企業についてはこの省令は対象外である。
出所:筆者作成
国内金融機関に対するコーポレート・ガバナンスは、中央銀行の2000年の通知23号「銀行の管理構造についての要件」(Central Bank Circular : 23 /2000 on Required Administrative Structure in Bank)によって必ずしも拘束力のあるものではないものの、取締役会と経営陣の条件に関して指導を行っている。しかし、その指導は「取締役会会長の経営責任者職(CEO, Managing Director, General Manager)への就任の禁止」など部分的なものに留まる。
以下では、こうしたガバナンスに関わる法律的枠組みの中で、UAE金融機関がどのように対応しているかについて取締役会の構成の観点から整理する。
2. UAE金融機関の取締役会の構成
首長国家と有力財閥ファミリーは、UAE銀行を株式所有の面でしばしば大口株主として大きな役割を果たす(齋藤[2015]1)。そして、大口株主である彼らは金融機関の取締役に選任されることも多い。表2は2012年末におけるUAEの資産額上位10銀行について、取締役会の構成を示したものである。最大手のエミレーツNBD(Emirates NBD)とアブダビ国立銀行(National Bank of Abu Dhabi)は、それぞれ首長国家であるマクトゥーム家とナヒヤーン家から取締役を選出しており、Emirates NBDについてはマクトゥーム家の一員(H.H. Sheikh Ahmed bin Saeed Al Maktoum)が取締役会長に就いている。このような首長国家の一族が金融機関の取締役会会長に就任するケースは、UAEでは資産規模上位行に限らず中規模・小規模金融機関でもしばしば観察される2。
注:本表の財閥ファミリーはAlmezaini [2013]に記載されているものを利用した。
出所:各金融機関の年次報告書より筆者作成。
首長国家メンバーと同様に取締役会で大きなシェアを占めているのが、財閥ファミリーである。金融機関の大口株主である財閥ファミリーが取締役会に人員を送り込み、金融機関の運営に積極的に関与している。ただし、特定の財閥ファミリーが取締役会の大部分を占有し、経営陣に対して強力な発言権を持つということは、UAEの場合あまり観察されない。なぜなら、UAE金融機関の取締役会は、主に首長国家、複数の財閥ファミリーから構成されており、マシュレク銀行(Mashreq Bank)を除き3、単一のファミリーで占有されることは少ないからである。たとえば、アブダビ商業銀行(Abu Dhabi Commercial Bank)では、取締役11人のうち5人が財閥ファミリー出身者であるが、Al Khouri家、Al Dhaheri家、Al Khoory家、Al Suwaidi家といった4つの家族の出身者から構成される。
金融機関経営の監督と執行の分離についても、包括的なコーポレート・ガバナンスの取り組みの一環として進みつつある。金融機関の株式を保有しない独立取締役(independent director)を設置し、積極的に年次報告書やホームページなどに明記する金融機関が増えている。エミレーツNBDやアブダビ商業銀行のように上位銀行でも独立取締役を未設置(あるいは設置していても明記せず)であるケースは依然として多いが、ユニオン国民銀行(Union National Bank)やアブダビ・イスラム銀行(Abu Dhabi Islamic Bank)など、積極的に独立取締役を採用する銀行も増えている。また、経営に参画しない社外取締役(Non-Executive director)についても近年、増加傾向にある。
3. おわりに:金融機関の課題
本報告書では、UAE金融機関の取締役会の構成について、各金融機関の年次報告書やコーポレート・ガバナンス報告書からの情報をもとに整理した。その結果、限られたサンプルながらも、首長国家や有力財閥ファミリーが取締役として名を連ね、経営部門を監督していることが分かった。また、経営陣と直接的な関係を持たない社外取締役や、金融機関の株式持ち分を保有しない独立取締役も少数ながら選出されていることが明らかになった。
金融機関に対するガバナンス強化のためには、証券取引所に上場している非金融機関向けに課されているような、より厳密なガバナンス規制を金融機関にまで拡大する必要がある。しかし、UAEのような発展途上国では、経営知識や金融知識が豊富な人材は限られており、厳格な経営と監督の分離や取締役の権限の限定を行うために十分な人員を確保することが難しいことが考えられる。金融機関に対する画一的な監督強化が、ステイクホルダーの利得を確保と金融システムの強化を同時に増進することができるかどうかについて、引き続き調査と分析が必要である。
脚注
- 齋藤純[2015] 「アラブ首長国連邦金融機関におけるコーポレート・ガバナンスの現状」 海外研究員レポート。
- 表2に掲載した金融機関以外にも、ドバイ首長国マクトゥーム家(Noor Islamic Bank)、シャルジャ首長国カースィミー家(United Arab Bank)、フジャイラ首長国シャルキー家(National Bank of Fujairah)、アジュマーン首長国ヌアイミー家(Ajman Bank)が地元基盤の銀行の会長に就任している。
- アル・グレア・グループ傘下のマシュレク銀行では、会長Abdullah Bin Ahmed Al Ghurairの息子Abdul Aziz Abdulla al GhurairがCEO、もう一人の息子Sultan Abdulla Ahmed Al Ghurairと二人の甥Rashid Saif Al Ghurair、Abdul Rahman Saif Ahmad Al Ghurairが取締役に就いており、複数のファミリーによる取締役会の分散化が特徴の他のUAE金融機関とは異なる。