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モザンビーク2024年総選挙にみる有権者からのシグナル
Voter Signals in Mozambique’s 2024 General Elections
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001126
2024年10月
(5,702字)
保守化する既存政党
モザンビークでは、ポルトガルからの独立解放闘争を率いたモザンビーク解放戦線(FRELIMO)が、1975年の独立以降、今日に至るまで政権与党の座にある。現在の野党第一党は、独立後まもなく反政府組織として結成され、FRELIMO政府との内戦(1977~1992年)の当事者であったモザンビーク民族抵抗(RENAMO)である。RENAMOの政党化と複数政党制の導入は和平合意の条件であり、1994年の総選挙以来、競争的選挙を実施してきた。しかし、独立からほぼ半世紀、内戦終結後の民主化から30年を経て、解放政党というFRELIMOの正統性は薄れ、同党の一党優位に挑戦するというRENAMOの正当性もまた過去のものとなりつつある。今や、同国の二大政党は既得権益層と見られ、FRELIMOとRENAMOの党名を文字って「FRENAMO」と揶揄されている。
そのモザンビークで、2024年10月9日に大統領選挙・国民議会選挙・州議会議員選挙(以下、総選挙)が実施される。同国では、2000年代後半に天然ガスの埋蔵量が世界有数であることが明らかになって以来、経済の外部依存性が高まっており、外部からもたらされる資源・機会をどのように社会に還元するかが問題となっている。既得権益層が分配の過程に介入する一方で、若年層は党派性が顕著な分配の在り様に不満を募らせている。それと同時に、外部主導の経済開発の進捗が国内的要素によって大きく影響を受けるという双方向性が深化してきた。
これまでの選挙を振り返ると、1994年以降2009年選挙まで、FRELIMO政権が公的資金や公職のポストを全国的に分配することで、地方農村部を中心とするRENAMOの支持基盤を突き崩してきた(図参照)。そして2009年には、RENAMOから分裂して第二野党モザンビーク民主運動(MDM)が誕生したことによってRENAMOはさらに弱体化し、国民議会での議席を大幅に失った。その状況で2011年にFRELIMOは、支持者への利益誘導を促す法案を国民議会で通過させた(網中2017)。これに反発したRENAMOの武装組織と国軍の衝突の末、2018年の特別地方自治体選挙(以下、地方選挙)に向けて地方分権化を推進することが確認された。2018年の地方選挙ではFRELIMOが一枚岩ではないことが露呈する一方、RENAMOが巻き返すも、2019年の総選挙ではFRELIMO党首で現職大統領のニュシを支持する勢力による不正と暴力的介入によりFRELIMOが圧勝した(網中2024)。さらに、RENAMOでは2016年、MDMでは2021年に設立以来の党首が急逝し、党首交代を機に派閥対立が顕在化した。近年の両党には政治を刷新する力はなく、それぞれ「野党第一党」「野党第二党」の座を維持することに汲々としている。その結果、これらの既存政党のいずれもが若年有権者の目には既得権益層として映っている。
図 国民議会議席配分率(1994-2019年)
言論空間への圧力、選挙不正に対する不満
権威主義化するニュシ政権に対しては市民からの批判が高まっている。その契機となったのは、2023年3月、政治批判で人気を博していた同国のヒップホップ・シンガー、アザガイア(Azagaia)の急逝に際して、同月18日に首都で実施された追悼デモに対する政府の対応であった。政府は、デモが直接的な政権批判に発展することを警戒し、機動隊を配備して道路封鎖を行った。アザガイアの代表曲「力は民衆にあり(Povo no Poder)」を合唱して進む市民に対し、機動隊は催涙弾・ゴム弾を発砲して重傷を負わせ、多数を逮捕した。
アザガイアの代表曲が初代大統領の故サモラ・マシェル(Samora Machel)のスピーチに着想を得たものであることは、市民の間では広く知られている。デモの4日前、サモラ・マシェルの伴侶であったグラッサ・マシェル(Graça Machel)が、委縮することのないよう市民に呼びかけるとともに、政府の強権的姿勢を批判した(VOA 2023)。グラッサ・マシェルは、FRELIMO創設以来のメンバーで、サモラ・マシェル、のちにはネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)の伴侶となった人物であり、独立に至る解放闘争を率いた党のイメージを彷彿とさせる象徴的存在である。ここで市民を後押しするサモラ派と権威主義化するニュシ派という構図が顕在化した。
FRELIMO派閥間の軋轢は、2024年の総選挙の前哨戦と位置づけられた2023年10月の地方選挙でも顕在化した。この地方選挙では、RENAMOの勝利が見込まれていた自治体でもFRELIMOの勝利と発表され、不正を訴える野党とその支持者によって各地で抗議が行われた。選挙結果に疑義を唱える声は与党側からも出た。民主的社会を取り戻すため、また党の本来の役割を果たすために党改革が必要だとグラッサ・マシェルが公言したのである(Carta de Moçambique 2023)。その発言に後押しされたかのように、翌週には市民によるデモが行われた。デモの主催団体は同年3月のそれとは異なるが、このときもやはり「力は民衆にあり」というフレーズがスローガンとして用いられた。言論空間に対する圧力や選挙不正を機に、FRELIMOに対する非難の構図はもはやFRELIMO対野党ではなく、ニュシ派対市民という構図へと置き換わっている(CDD 2023)。
注目の大統領候補
2024年の総選挙には、泡沫政党まで含むと36政党が参加し、大統領選には11名の候補者が擁立されている(STAE 2024)。大統領の任期は2期までに制限されているため、現職のニュシは出馬できない。しかし、今回も選挙管理委員会を悪用した妨害工作が行われる可能性が高く、ニュシ派候補の「勝利」が演出されるのは確実と見られている。そうではあっても、以下に挙げる主要政党候補者4名のうち、大統領選挙に向けてRENAMOを離脱したヴェナンシオ・モンドラーネ(Venâncio Mondlane)が、どこまで票を伸ばすかは注目に値する。大統領選挙には、FRELIMOのダニエル・シャポ(Daniel Chapo)候補、最大野党RENAMO党首のオスフォ・モマデ(Ossufo Momade)候補、議会勢力第3位のMDM党首のルテロ・シマンゴ(Lutero Simango)候補、そして市民社会組織PODEMOSの支持を受けた独立候補ヴェナンシオ・モンドラーネが立候補している。ここでは有力候補2名の略歴についてみる。
FRELIMO候補のシャポは1977年生まれで現在47歳。今回大統領に選出された場合には、就任時42歳であった初代大統領に次いで年少の大統領となる。シャポは、1995年から翌年にかけて中部ソファラ州で郡レベルの党青年部書記長を務め、その後、首都マプト市の党青年部の役職に就いている。2008年地方選挙ではRENAMOの支持基盤であったナンプラ州の特別地方自治体ナカラ・ポルト市で選挙活動の指揮をとり、RENAMOから市政権を奪還した功績が認められて翌2009年にナカラ・ヴェリャ郡長に任命された。2015年には同じく北部で天然ガス開発対象地域であるカボ・デルガド州パルマ郡長に就任し、翌年には、ニュシ大統領によって直接南部イニャンバネ州知事に任命された。党内では2017年に中央委員会委員に選出され、2022年にも再選出されている(Revista Biografia 2024)。このように、シャポは党青年部での活動を認められて地方政府の首長に抜擢され、キャリアを積んだ人物である。歴代大統領が閣僚経験者であったのに対して、シャポには閣僚経験がない。こうした人物をFRELIMOが大統領候補に選んだ背景には、まず、独立後に生まれた党内の若手を意識し、彼らにキャリアパスを示すことで党組織を安定させようという狙いがあると考えられる。それとともに、目立った実績のない人物を大統領候補とすることによって影響力を確保しようという党内各派の思惑が窺える。
これに対して、モンドラーネ(1974年生まれ)は、後述する紆余曲折を経て、モザンビークの発展のための楽観的民衆党(Partido Povo Optimista para o Desenvolvimento de Moçambique:PODEMOS)の支援を得て大統領選挙に立候補した。モンドラーネは、野党第一党のRENAMOがボイコットした2013年の地方選において、マプト市議会選挙に野党第二党のMDMから立候補し、市長候補である自身は選挙区の39.97%、党としては全体の40.53%の票を獲得して存在感を示した(CIP 2013)。2014年から2015年にかけてはマプト市議会においてMDM議員団長を務めたが、2019年にRENAMOに移籍してRENAMO党首私設補佐官となり、翌年国民議会選挙に出馬し、当選した(Sitoe 2023)。さらに2023年にはマプト市議会選挙にRENAMOの筆頭候補者として出馬し、市長の座こそ逃したものの、定数71のうち30議席を獲得する躍進を党にもたらした。そして2024年総選挙に際しては、モンドラーネ自身はRENAMO候補として大統領選に出馬する意欲を見せていた。しかし、RENAMOが党首モマデを擁立したことを受け、モンドラーネは民主同盟連合(Coligação Aliança Democrática: CAD)の支持を受けて立候補するも、CADの登録が7月18日になって選挙管理委員会による候補者登録の段階での「手続き的問題」により取り消された。これを引き受ける形でPODEMOSがモンドラーネの支持を表明し、大統領選挙への出馬の道筋を辛うじて繋いだ。
市民による既存政党に対する懲罰的投票
選挙管理委員会によってCAD推薦による立候補が拒否された背景には、選挙管理委員会自体が政治性を帯びた組織だという事情がある(DW 2024a)。選挙管理委員会の委員は17人だが、国民議会の議席配分に応じてFRELIMO代表5人、RENAMO代表4人、MDM代表1人、「市民社会組織」代表の7人で構成されている。ここで枠が設けられている「市民社会組織」も事実上、主要政党の意向に沿って選出されているために中立性は担保されてはいない。選挙管理委員会内部で二大政党が共闘すれば、脅威となる政党・候補者を排除することが可能である。今回、選挙管理委員会の決定に対してCADは憲法裁判所に提訴したが、憲法裁判所は選挙管理委員会の決定を支持した(DW 2024b)。
モンドラーネならびにCADが選挙戦から排除されたことを受け、既存の政党に対抗しようとする勢力PODEMOSがCADと新たな共闘関係を結んだ(DW 2024c)。PODEMOS は2019年の総選挙から選挙戦に加わっているが、その前身は、2018年地方選に向けて結成されたモザンビーク発展のための青年協会(Associação Juvenil para Desenvolvimento de Moçambique: AJUDEM)である。AJUDEMは、2018年の地方選において初代大統領の子息であるサモラ・マシェル・ジュニオール(Samora Machel Junior)をFRELIMO党籍を維持したまま筆頭候補としてマプト市議会選挙に参戦することを試みた。しかし、それによって同党の参加が選挙管理委員会によって阻まれ、サモラ・マシェル・ジュニオールの立候補も実現しなかった。この一件は、有権者に対してはFRELIMO内の派閥対立の溝の深さを露呈させ、党内では政治委員会でサモラ・マシェル・ジュニオールに対する処罰が検討されるといった波紋を呼んだ(Issufo 2019)。
AJUDEMは1990年代の戦後復興期に組織されたコミュニティレベルの社会開発のためのキリスト教会系の非政府組織を母体とし、市民社会組織との繋がりが強いFRELIMOサモラ派支持者が設立した政党であった。市民運動に与する組織的性格はPODEMOSに引き継がれている。ただし、2018年にAJUDEMが擁立しようとしたのはニュシ派に対抗する象徴であるFRELIMO内のサモラ派であったのに対して、2024年にPODEMOSが擁立するのは野党系候補者である。AJUDEMは当初FRELIMO寄りであると目されてきたが、今回PODEMOSとしての動向には党派性を越えるというアピールが見て取れる。それが従来のFRELIMO一辺倒の公的資金や公的ポストの配分のみならず、同様に民間にも蔓延る縁故主義に不満を持つ若年有権者の支持獲得に繋がると予測される。他方、主要野党であるRENAMOとMDMは、新勢力が台頭するなか、保身のためには与党との共闘も厭わない既得権益層と見なされている。こうした不満の受け皿としての役割をPODEMOSやモンドラーネに期待する若年層の投票行動は、既存政党に対する懲罰的投票として理解できるだろう。
モザンビークでは2010年代から権威主義化が進んできたが、権威主義体制の下でも複数政党制による選挙を繰り返し実施している。それは民主的な装いを醸し出すだけでなく、権威主義体制を強化し、維持しようとする為政者にとって利点があるからである。選挙を実施することで党員の忠誠心を試し、不正な操作によって選挙で圧勝することで体制の強さを内外にアピールできる。こうした点において権威主義体制下の競争的選挙は、為政者が支持者に対してシグナルを発する機会として捉えられる。しかしその一方で、有権者も為政者に対して不満を伝えるシグナルを発するのである。この流れのなかで、FRELIMOの演出する「勝利」に対して市民の抗議運動が起きることは容易に予測できる。これをめぐって、とりわけニュシ政権、ならびにFRELIMO内の他の派閥がどのように対応するのか、注視する必要がある。
写真の出典
- 本文写真 Chico Carneiro氏提供
- インデックス写真 AfloIvan氏提供(右は与党FRELIMOの大統領候補ダニエル・シャポ、左は対抗するPODEMOSの大統領候補ヴェナンシオ・モンドラーネ)
参考文献
- 網中昭世 2024.「支配深化のための州議会選挙──モザンビークにおける与野党対立と独裁者のジレンマ──」山田紀彦編『権威主義体制にとって選挙とは何か──独裁者のジレンマと試行錯誤──』ミネルヴァ書房、179~209ページ.
- 網中昭世 2017.「モザンビークにおける政治暴力発生のメカニズム──除隊兵士と野党の役割──」『アフリカレポート』 (55) 62~73ページ.
- Carta de Moçambique 2023.“Graça Machel quebra o silêncio, diz que a Frelimo está capturada e propõe uma reunião nacional de quadros com carácter de urgência.” Carta de Moçambique, 7 de Novembro.
- CDD (Centro para Democracia e Direitos Humanos) 2023. “Crise Pós-Eleitoral: Um mês e meio depois da votação. Já não é uma luta da oposição contra a Frelimo. É uma luta do povo perante a desvirtuação da sua vontade expressa nas urnas.” Política Moçambicana, 19 de Novembro.
- CIP 2013. “Mozambique Bulletin 54 part 2 of 2 Results Local Elections 2013.” Centro de Integridade Pública.
- Conselho Constitutional 2019. “Acórdão n.º 25/CC/2019.” de 23 de Dezembro de 2019.
- Conselho Constitutional 2014. “Acórdão n.º 21/CC/2014.” de 29 de Dezembro de 2014.
- DW 2024a. “CNE rejeita razões políticas na exclusão da CAD.” Deutsche Welle, 18 de Julho.
- DW 2024b. “Moçambique: Constitucional exclui coligação CAD das eleições.” Deutsche Welle, 1 de Agosto.
- DW 2024c.“Partido dissidente da FRELIMO anuncia apoio a Mondlane.” Deutsche Welle, 22 de agosto.
- Issufo, Nádia 2019. “Moçambique: Samito distancia-se do partido PODEMOS.” Deutsche Welle,19 de Maio.
- Revista Biografia 2024. “Biographia de Daniel Chapo.” Biografia. Maio 11.
- Sitoe, Dalton 2023. “Notas biográfricas de Venâncio Mondlane.” Biografia. Outubro 17.
- STAE 2024. “Concorrentes recebem financiamento para campanha política.” Secretariado Técnico da Administração Eleitoral, 23 de Agosto.
- VOA 2023. “Graça Machel apela aos moçambicanos a livrarem-se do medo.” 14 de April, Voice of America.
著者プロフィール
網中昭世(あみなかあきよ) アジア経済研究所地域研究センターアフリカ研究グループ主任研究員。博士(国際関係論)。おもな著作に、「支配深化のための州議会選挙──モザンビークにおける与野党対立と独裁者のジレンマ──」山田紀彦編『権威主義体制にとって選挙とは何か』ミネルヴァ書房(2024年)、『植民地支配と開発──モザンビークと南アフリカ金鉱業』山川出版社(2014年)、 “Politics of Land Resource Management in Mozambique.” In Takeuchi S. ed. 2022. African Land Reform Under Economic Liberalisation. Singapore: Springer, 111-135.など。
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