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5年間で6人目の大統領──政治混乱が続くペルー

Sixth presidents in five years: Political disorder in Peru

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053567

清水 達也
Tatsuya Shimizu

2023年1月

(4,280字)

2022年12月7日正午前、ペドロ・カスティジョ大統領は国民向けテレビ演説で、国会の解散と臨時政府の樹立を宣言した。午後には国会で同大統領に対する罷免決議案の採決が予定されており、カスティジョ大統領はこれを阻止するために先手を打とうとした。これに対しマスメディアは、大統領が自主クーデター(autogolpe)を試みたと報道した。また、ディナ・ボルアルテ副大統領が国会解散を否定したほか、首相をはじめとする主要閣僚や大統領の顧問弁護士もすぐに辞任を発表した。軍や警察も憲法の秩序を守るとして、カスティジョ大統領を支持しないことを発表した。

国会は午後3時から予定されていた開会を前倒しして大統領罷免決議案の採決に入り、道徳的不適格を理由に、罷免に必要な87票を大きく上回る賛成102票、反対6票、棄権10票でカスティジョ大統領の罷免を可決した。憲法の規定に従い、ボルアルテ副大統領が大統領に就任した(写真1)。カスティジョ大統領は亡命のためにメキシコ大使館に向かう途中で警察に拘束され、反逆を企てた疑いで取り調べを受けている。今のところ18カ月の拘束が決まっている。

写真1 ディナ・ボルアルテ新大統領(2022年12月7日)

写真1 ディナ・ボルアルテ新大統領(2022年12月7日)
不規則な大統領の交代

ペルーでは大統領の任期は5年間である。にもかかわらず、ボルアルテ大統領は2016年から数えて6人目の大統領となる(表1)。最近ほかのラテンアメリカ諸国では大規模な抗議活動が目立っているものの、不規則な大統領の交代は少ない。それに対してペルーでは、2016年7月に就任したクチンスキ大統領以降、辞任や罷免による大統領の交代が相次いでいる(清水2020)。なぜ頻繁に大統領が交代するのか。その理由を、シンプルな罷免手続きと政党の断片化というペルー政治の構造的な要因と、与党分裂や汚職捜査の進展というカスティジョ政権に特有な要因に分けてみてみよう。

表1 最近のペルーの政治情勢(大統領ごとに色を変えた)

(出所)新聞報道などをもとに筆者作成
シンプルな罷免手続き

現行憲法(1993年憲法)の下では、ペルーの国会は一院制で、130人の議員のうち3分の2(87人)以上が賛成すれば大統領を罷免できる。これまでにも国会は大統領の罷免決議案を9回審議し、うち2回はこれを可決した。1回目は2000年11月のフジモリ大統領で、汚職発覚後に国際会議出席を理由に出国し、滞在中の日本から国会に辞表を提出したが国会はこれを受理せず罷免した。2回目はビスカラ大統領で、2020年11月に国会が本会議で罷免決議案について議論した際に、逆にビスカラ大統領が国会議員の汚職を非難したために議員が反発して罷免を決議した(磯田2021)。国会への罷免決議案の提出から本会議での採決までにはいくつかの段階があるが、いずれにしても87人以上の議員が賛成すれば大統領を罷免できる。

一方で憲法は、国会を解散する権限を大統領に与えている。大統領が任命した首相は、内閣に対する信任決議案を国会に提出するが、これを国会が二度否決した場合には大統領は国会を解散できると定めている。最近では2019年9月にビスカラ大統領が国会を解散して、4カ月後に臨時の国会議員選挙が行われた(中沢2020)。2021年7月に政権についたカスティジョ大統領はこの権限を利用しようとした。しかし国会は、憲法修正は国会の専権事項だとして、これにかかわる信任決議案の提出を制限する法律を制定した。これにより大統領は国会を解散できなかった。

政党の断片化

大統領が国会議員の3分の1以上(44人)の支持を取り付ければ、罷免決議案を阻止できる。しかしペルーでは政党の断片化によってそれが難しくなっている。

断片化を示すのが総選挙における各党の得票の割合である。図に2001年から21年までの5回の総選挙における大統領選挙1次投票の主要候補の得票率(図1)と、国会議員選挙における政党別の議席配分(図2)を示した。2016年までと比べると2021年選挙では、断片化が著しいことがよくわかる。大統領選挙では5%以上を獲得した候補が前回までの4~5人から2021年には9人に増えた。同時に、決選投票に進む上位2名の得票率の合計は50~60%から32%へ下がった。国会で議席を獲得した政党の数は、前回の6党に対して今回は10党まで増えている(村上2023)。与党の自由ペルー党(Perú Libre)は37議席しか獲得できず、単独では罷免決議案を阻止できないため、ほかの政党と連立や協力をすることで政権基盤の安定を図った。

図1 大統領選1次投票
5%以上を獲得した候補の得票率

図1 大統領選1次投票5%以上を獲得した候補の得票率

(出所)選挙管理委員会(ONPE)ウェブサイトなどの情報から筆者作成

図2 国会の議席配分

図2 国会の議席配分

(出所)選挙管理委員会(ONPE)ウェブサイトなどの情報から筆者作成
与党分裂

政党の断片化が進んでいるにもかかわらず、カスティジョ政権は他党との連立や協力によって約16カ月間続いた。それが2022年12月に崩壊した要因となったのが、与党である自由ペルー党の分裂と汚職捜査の進展である。

自由ペルー党はペルー中部フニン州の州知事だったブラディミル・セロンが設立し、党首を務める左派政党である。セロン党首は2021年総選挙で自身が大統領候補になるつもりだったが、知事時代の汚職事件で有罪となったために立候補できなかった。そこで教員組合の活動家として2017年に全国規模のストライキを率いて注目を集めたカスティジョを招いて同党の大統領候補にすえた。カスティジョが大統領に当選すると、セロンは与党党首として政権に対して強い影響力を持った。閣僚人事など主要ポストの任命には彼の意向が強く反映された。同党は新自由主義を批判し、政府の役割を拡大する新憲法の制定を目標として掲げ、これに賛同するほかの左派政党からも協力を取り付けた。

しかしカスティジョ大統領と与党の関係はしだいに悪化した。カスティジョの当選後、検察はセロン党首に対して、新たな汚職疑惑の捜査を本格化した。州知事時代に不正に集めた資金を大統領選挙の活動資金とした疑いである。カスティジョ大統領はセロン党首から距離を置くことで、自身のイメージダウンを避けるとともに、セロン党首からの影響力を弱めようとした。

さらに党内派閥の対立が進んだ。自由ペルー党には、もともとの党員を中心としたセロン派のほか、カスティジョと同じ教員出身で教育行政に強い関心を持つ教員派や、ほかの党から合流した議員が混在していた。カスティジョ大統領がセロン党首から距離を置いたこともあり、派閥によって国会での投票が分かれたほか、首相、大臣、国会の委員会の議長などのポストの配分をめぐって党内で対立が生じた。そして2022年5月には教員派の議員10人が離党した。これにより自由ペルー党の議員は22人に減り、野党第1党を下回った。さらに6月にはセロン党首が方針の相違を理由にカスティジョ大統領に離党を求めると、大統領はこれに応じた。ただしこの段階では、自由ペルー党や離党した議員、そのほかの左派政党も、カスティジョ政権の継続では利害が一致していた。

汚職捜査の進展

党の分裂に加えて汚職捜査の進展により、カスティジョ政権はさらに弱体化した。政権開始から数カ月後には関係者による汚職疑惑が次々と出てきた。なかでも目立ったのが公共事業に関わる汚職疑惑である。大統領選でカスティジョを支援した企業や大統領の親族が関係する企業が受注できるように政府高官が便宜を図ったり、大統領に近い軍人の昇進を拒否した軍幹部や汚職捜査を強化しようとした内務大臣が罷免されたりした、とマスメディアが報じた1

これらの疑惑に対して検察が捜査を進めていくと、大統領補佐官やロビイストが司法取引に応じて捜査に協力したこともあり、事件の詳細が次第に明らかになった。それによると、大統領補佐官、運輸通信省や住宅省の大臣、石油公社の総裁、ロビイスト、企業関係者のほか、大統領夫人をはじめとする親族も関わっていたことが明らかになった。ペルー憲法は、反逆、選挙妨害、違法な国会の解散以外の理由では、現職の大統領を訴追できないとしている。そのためこれまで検察は、汚職の疑いについては現職大統領を積極的に捜査しなかった。しかし2022年6月就任したベナビデス検事総長は、政府関係者に対する汚職疑惑の捜査のなかで大統領の関与が明らかになったとして、2022年10月に国会に対して大統領を告発し、本格的な捜査ができるように準備を進めていた2

自主クーデター

汚職捜査の進展に加えて、2022年11月末に野党議員が3度目の大統領罷免決議案を国会へ提出したことで、カスティジョ大統領は追い詰められていく。1度目の罷免決議案は2021年12月に反対多数で否決された。2度目の罷免決議案は賛成が反対を上回ったものの、可決に必要な3分の2以上(87票)に届かなかった。しかしそのあと、政府機関のポストや公共事業と引き換えに罷免決議案に賛成しないという約束を、中道政党の国会議員6名が大統領と交わしていたという疑惑が浮上した3。そのためカスティジョ大統領はこれらの議員からの支持をあてにできなくなった。

このような状況下で国会が、3度目の大統領罷免決議案の審議と採決を12月7日の午後に実施することを決めた。そこでカスティジョ大統領は、本会議が始まる数時間前に国民向けのテレビ演説で国会の解散を宣言し、自身の罷免を阻止しようとしたのである。憲法から逸脱した大統領の行動に対して、野党議員はもちろんのこと、与党自由ペルー党やカスティジョ大統領に近い教員派議員の一部も罷免決議案に賛成票を投じた。

抗議活動の高まり

ボルアルテ新大統領は就任後、2026年4月に予定されていた総選挙を2024年4月に前倒しして実施することを発表した。しかしこれに対して、彼女の辞任とすみやかな総選挙の実施を求めて、首都リマや各地で抗議活動が強まっている。特に2021年の総選挙でカスティジョ大統領への投票率が高かった南部諸州では、反対派が空港を占拠し、幹線道路を封鎖して警察と衝突し、これまでに全国で50人以上の死者が出ている(写真2)。

抗議活動に参加する市民からみれば、地方の教師だったカスティジョ大統領は自分たちの代表である。地方や農村部の自分たちが貧しいままなのは、リマのエリートたちが政治を独占し、地方のことを顧みなかったからである。彼らはカスティジョ大統領こそが自分たちの生活を改善してくれると期待していた。その大統領を罷免した国会や後任となったボルアルテ大統領は信用していない。

カスティジョ大統領がどこまで人々の期待に応えようとしていたかは定かではない。しかし、地方や農村部の人々の生活が厳しいままなのは事実で、この状況が改善されなければ、リマのエリートを中心とした政治への不信は続く。

写真2 警察との衝突による犠牲者を悼み、「ボルアルテ大統領は腐敗して人殺し」と 訴える抗議行動(2022年12月24日、リマ市マンコカパック広場)

写真2 警察との衝突による犠牲者を悼み、「ボルアルテ大統領は腐敗して人殺し」と
訴える抗議行動(2022年12月24日、リマ市マンコカパック広場)
※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
参考文献
写真の出典
  • 写真1 Presidencia de la República del Perú, Screenshot from YouTube.(CC BY 3.0
  • 写真2 Mayimbú, Own work.(CC BY-SA 4.0
著者プロフィール

清水達也(しみずたつや) アジア経済研究所地域研究センター長。博士(農学)。ラテンアメリカの経済開発、農業開発のほか、ペルーの政治経済の動向を研究。おもな著作に、『ラテンアメリカの農業・食料部門の発展──バリューチェーンの統合』アジア経済研究所(2017年)、『次世代の食料供給の担い手──ラテンアメリカの農業経営体』(編著)アジア経済研究所(2021年)など。

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