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ベトナム共産党第13回党大会の結果(2) 党・国家主要幹部人事のポイント

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052126

2021年5月

(12,919字)

はじめに

共産党一党独裁体制をとるベトナムでは、国の主な指導者たちは5年に1度の共産党全国代表者大会(党大会)で選ばれる。誰が、どのようなプロセスで、新しいリーダーに選ばれるのか。そこから党の内情や将来的な方向性について何が読み取れるのか。当事者・観察者を問わず、多くの人にとって党大会における最大の関心事は指導部人事である。

ベトナム共産党第13回党大会(2021年1月25日~2月1日開催)の結果を紹介する第2回目となる本稿では、党・国家主要幹部人事を取り上げる。まず、党大会前後を含む主要幹部の選出プロセスを概観し、次に新しい政治局、書記局、政府の顔ぶれやその構成の特徴を確認する。最後に、従来の慣行や規則に照らして異例な点が多かった今回の最高指導部人事を振り返り、特に注目されたグエン・フー・チョン書記長続投の経緯やその含意について若干の考察を行う。

写真:2015年訪米時にバイデン副大統領(当時)と握手するチョン書記長

2015年訪米時にバイデン副大統領(当時)と握手するチョン書記長
党・国家主要幹部選出プロセス

党の主要機関には、中央執行委員会(以下、中央委員会)、政治局、書記局がある。中央委員会は党大会で選出され、次の党大会までの間、通常年2回開催される総会を通じて党の活動を指導する。政治局および書記局は、中央委員会により選出される。政治局は、党大会や中央委員会の決議の実現を指導・監督し、政策・組織・幹部に関する決定を行う。書記局は、党の日常的な活動を指導し、その管轄の範囲で組織・幹部などに関する決定を行う。

党・国家主要幹部の選出プロセスは、前期の中央委員会が党大会に提出する新中央委員会委員候補の名簿案を審議する頃から本格化する。2020年10月に開かれた第12期中央委員会第13回総会では、再任・新任の第13期中央委員会正規委員・予備委員1候補の名簿案が投票により承認された。12月の第14回総会では、再任・新任の政治局員・書記局員候補案について討議されたが、最終的な結論は年明けの第15回総会に持ち越された。「四柱」と呼ばれる最も重要な4つのポスト(党書記長、国家主席、政府首相、国会議長)の候補が、この時点では確定していなかったのである。

第15回総会は、当初2021年1月15日から3日間の開催予定であったが、実際には16日午前に開幕、翌17日午前に閉幕という短い会議となった。総会の閉幕演説でチョン書記長は、「四柱」候補を含む人事案は、民主的で率直な、責任ある討論を経て、非常に高い賛成率で承認されたと述べたが、その内容は公式には明らかにされなかった。

第15回総会で確定した「四柱」候補案について、最も早く信頼性の高い情報を提供したのは、シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所のレ・ホン・ヒエップであった。ヒエップが1月17日に公開した記事(Lê Hồng Hiệp 2021)は、非公式だが信頼できる情報に基づくとして、グエン・フー・チョン書記長兼国家主席が次期書記長、グエン・スアン・フック首相が同国家主席、ファム・ミン・チン組織委員会委員長が同政府首相、ヴオン・ディン・フエ・ハノイ市党委員会(党委)書記が同国会議長の候補にそれぞれ確定したことを明らかにした。

後述するように、この「四柱」人事案は、ベトナム共産党の過去の人事慣行や規則に照らして異例ずくめとみられるものであった。ヒエップは、多くの慣行や規則が破られたことによる将来的な不確実性の増大を懸念する一方、この人事案が党大会によって部分的にでも覆される可能性は非常に低いが、皆無であるとはいえないと慎重に留保を置いていた。党大会における不確定要素のひとつは、大会参加者が中央委員候補を追加的に推薦し、または自薦により候補となることが認められていることである。前期中央委員会の案に対して異論がある者は、十分な票を動員することができれば、事前の調整で候補者リストから外れた者を議場で復活させることも不可能ではない2

しかし、第12期指導部は、こうした不測の事態の発生を回避することに成功したものとみえる。1月30日、大会は第13期中央委員候補者の最終リストを承認した。最終リストは第12期中央委員会が作成した候補者名簿案とほぼ同一(正規委員候補ひとりが辞退したのみ)であったという。報道によれば、議場からの自薦はなく、推薦も総数10人足らずであり、その全員が候補となることを辞退する旨の申請を行ってそれが承認されたとのことである。これは、第12回党大会で総勢62人の追加候補の推薦があり、その一部は正式な候補者リストに掲載されたことと対照的であった3

30日には、続いて第13期中央委員会を選出する投票が行われ、同日中に開票結果が発表された。第13期中央委員会は翌31日、第1回総会を開催し、政治局、書記長、書記局、検査委員会、検査委員会委員長を選出した。政治局員には、上述の4人を含む18人が選出された。書記長には、これも事前の情報どおり、チョン第12期書記長兼国家主席が再選された。こうして「異例」の人事案はほぼ無風で大会を通過したのである。

主要党機関の構成員の顔ぶれは党大会期間中に概ね確定するが、各委員の新しい職務分掌はこの時点では一部を除き決まっていない。特に国家機関の主要幹部ポストへの就任は、国会による選出・承認を経る必要がある。党大会後、新指導部は、中央委員に選出されなかった国家幹部がいることを理由に、5月23日の国会議員選挙によって選出される第15期国会の招集を待たずに、第14期国会の最後の会期で主要国家幹部を刷新することとした4。3月24日から4月8日にかけて開催された第14期第11回国会は、12日間の審議日程のうち7日間を人事にあて、国会議長および3人の副議長、国家主席および副主席、政府首相、2人の副首相、12人の政府閣僚など25人の主要国家幹部を新たに選出・承認した。

第13期政治局・書記局の構成
次に、以上のようなプロセスで行われた党・国家主要幹部人事の主な結果をみていくこととする。まず、第13期政治局・書記局の構成は表1・表2のとおりである。

表1  第13期政治局

表1  第13期政治局

(注)記載順は党大会ウェブサイトにもとづく。*は再任。**は前期書記局員。地域はそれぞれ(北)=北部、(中)=中部、(南)=南部。
(出所)党大会ウェブサイトにもとづき筆者作成。

表2  第13期書記局

表2  第13期書記局

(注)記載順は党大会ウェブサイトにもとづく。*は政治局員による兼務。地域はそれぞれ(北)=北部、(中)=中部、(南)=南部。
(出所)党大会ウェブサイトにもとづき筆者作成。

政治局員は前期の発足時よりも1人少ない18人、書記局員(政治局員の兼務を除く。本稿において以下同様)は前期の発足時より2人多い5人である。政治局員18人の内訳は再任が8人、新任が10人で、後者のうち7人は前期の書記局員、2人は同政府閣僚である。第12期指導部の任期中に書記局員は当初の3人から7人にまで増えたが、その全員が政治局入りしたことになる。これに対し、政府閣僚からの新規政治局入りは、前期の4人から半減した。書記局員はすべて新任である。

役職からみた政治局員の構成の変化をみると、副首相が1人と第12期より2人減り、宣教委員会委員長、大衆工作委員会委員長、祖国戦線議長が含まれていない(この3者は書記局員に含まれている)。他方、第12期政治局では含まれていなかった役職として、内政委員会委員長、最高人民裁判所長官、ホーチミン国家政治学院院長、人民軍政治総局局長が加わっている5。そのほか、第12期ではファム・ビン・ミンが副首相と外務相を兼務していたが、第13期ではその肩書が副首相のみとなり、政治局員に外務相が含まれなくなった。

政治局員の最年長はチョン書記長の77歳、最年少はトゥオン書記局常任の51歳である6。女性は前期の3人から1人のみとなった。出身地は、北部6、中部9、南部3と中部に偏っている7。出身部門では、第12期は政治局、書記局における公安部門出身者がそれぞれ19人中4人と3人中2人を占めていたが、第13期は政治局では18人中5人8と多いものの、書記局では現在のところ5人中ゼロである。また、ドイモイ期には、軍関係者は政治局と書記局に1人ずつ、政治局に国防相、書記局に人民軍政治総局局長が参加するのが通例であったが、第13期政治局には国防相と人民軍政治総局局長の2人が含まれている。一方、書記局員で軍出身のグエン・チョン・ギアは、宣教委員会委員長に就任した。

第14期第11回国会後の政府の構成

第14期第11回国会における閣僚交代後の政府の構成は表3のとおりである。

表3  第14期政府(第14期第11回国会後)

(注)記載順は政府ウェブサイトにもとづく。*は留任。地域はそれぞれ(北)=北部、(中)=中部、(南)=南部。
(出所)政府ウェブサイトにもとづき筆者作成。

第14期政府では、第12期党指導部の反汚職闘争やそれに関連した玉突き人事の影響で、任期初めから第10回国会までの間に6人の閣僚が入れ替わっている。そのためもあって、今回は同一ポストに留任した閣僚が13人(副首相3人を含む)と比較的多かった。閣内で昇格したのは政府監査院院長から副首相になったレ・ミン・カイのみである。ミン副首相が外務相を兼任しないこととなったため、首相以下の政府構成員の総数はこれまでの27人から1人増えて28人になった。

基本的に、60歳(政治局員の場合は65歳)を超えた第14期政府閣僚は第13期中央委員に選ばれておらず9、第11回国会で解任された。例外として、1960年生れのグエン・チ・ズンは、年齢制限を超えた「特別な場合」のひとりとして党大会で中央委員に再選されており、計画投資相に留任した。反対に、1963年生れのフン・スアン・ニャは、党大会で中央委員選挙に落選しており、60歳以下ではあったが教育訓練相を解任された。また、今回、唯一第13期中央委員になっていないにもかかわらず留任したのが副首相のチュオン・ホア・ビンである。留任の理由は明らかではないが、第11回国会後の4月13日に66歳となったビンは、5月23日の選挙で選ばれる新国会の第1会期で引退となる可能性はある。

政府構成員の最年長はビン副首相の66歳、最年少はグエン・タイン・ギ建設相の45歳である。ギはグエン・タン・ズン元首相の長男であり、2020年10月、キエンザン省党委書記から建設省次官に任命されたことが関心を集めていた10

「四柱」人事の異例性

先に述べたように、第13回党大会における「四柱」人事は、多くの点において慣例に反する、あるいは前例がないものであった。特にチョンの書記長就任は第11期以来3期連続であり、書記長の在任を連続2期までとする党条例の規定に明確に違反していた。この点については、3期目就任が確定した以上、党条例の方が改正されるかどうか、されるとしたらどのような改正になるかが次の焦点となったが、大会最終日に採択された決議は、大会が党条例を改正しないことで合意したと簡潔に述べていた。任期制限の例外を制度化することをせず、今回の扱いを完全な「例外中の例外」とするという趣旨であるのか、あるいはどのように改正するかについて議論がまとまらなかったのか、その理由は明らかではない。しかし、規定と事実の乖離が埋められずに放置されるならば、規定の空文化が進む恐れもある11

その他、明らかな規定違反ではないが、異例であった点は概ね以下のとおりである。まず書記長についてみると、満年齢76歳での就任は、大会で承認されているので規則違反ではないが、政治局員再任のための原則的な年齢制限(65歳)を大幅に上回っており、自身3度目の例外扱いとなった。また、対象者が「健康であること」は高級幹部任命の際の条件のひとつであるが、チョンは2019年に体調を崩して以来健康不安を抱えており、党・国家の重要イベントを欠席することも多くなっている。

国家主席については、前期の首相が国家主席に就任するのは初めてである12。また、フックは満年齢66歳で国家主席に就任しており、チョンと共に年齢制限の例外扱いとなったが、2001年の幹部の年齢制限導入以来、これまで国家主席がその例外扱いの対象となったことはない。「四柱」のうち2人が同時に年齢制限の例外となったのも前例がない。

首相については、1991年に就任したヴォー・ヴァン・キエト以来4人の首相は、いずれも就任前期に筆頭(常任)副首相を務めている。これに対し、今回首相に就任したチンは、これまで副首相を務めていないばかりか、政府閣僚の経験もない。他方、ドイモイ開始前後を通じて、チンの前職である組織委員会委員長から首相になった前例はない13

以上に加えて、「四柱」における出身地域のバランスの問題がある。1991年以来、中部出身者を欠いていた2006~2011年を除き、「四柱」には常に北部、中部、南部の三地域の出身者が含まれていた。しかしながら、第13期「四柱」の出身地による構成は北部1、中部3であり、南部出身者が含まれていない14。政治局全体でも南部出身者の数は減少している。

書記長人事の背景と含意

このような異例の人事がなされたからには、それだけの理由があったものと推測される。ベトナム研究の大家であるカール・セイヤーは、第12期政治局員のうち5人までが健康問題や懲戒処分などにより留任できず、「四柱」候補となりうる人物が限られていたことや、党内の2大勢力である「党派閥」と「政府派閥」の間で妥協が図られたことなどを第13期「四柱」人事の全体的な背景として指摘している(Thayer 2021)。以下では、最も変則的であったチョンの書記長再選に焦点を当てて、その背景や含意について考えてみたい。

2020年12月の第12期中央委員会第14回総会の時点まで、チョンは、自らの後任としてチャン・クォク・ヴオン書記局常任を推していたと伝えられる。ヴオンは党官僚出身であり、第12期指導部発足後まもなく加速したチョンの反汚職闘争において、検査委員会委員長としてその右腕となって働いた。2018年、第12期の当初の書記局常任であったディン・テ・フインが健康問題により職務を遂行できなくなると、ヴオンは正式にその後任となった。チョンは、自らの党建設路線を引き継ぐにはヴオンが最適任であると考えたのであろう。しかし、ヴオンは中央委員会で繰り返し行われた参考投票で他の政治局員らと比べて低い支持しか得られなかったといわれる。第14回総会後、チョンはヴオンを推すことを断念したようだ。

中央委員会での参考投票で最も高い支持を得ていたのはフックであったという。フックは首相として一般に高い評価を得ていた。その任期中を通じてベトナムは高い経済成長率を達成し、2020年には新型コロナウイルス対策にも世界有数の成功を収めた。また、フックは、しばしば新聞の見出しになるような印象的なフレーズを用いたり、ソーシャルメディア上の世論の動向に積極的に応答したりする(Dien Nguyen An Luong 2020)など、国民の目線を意識したリーダーというイメージもある。第14回総会まで、書記長ポストについては実質的にヴオンとフックの争いであるとみられていた。しかし、チョンの目から見ると、フックは書記長の後任としては不適格であったようである15。ヴオンが脱落した段階でチョンに残された選択肢が自らの続投だったのではないだろうか16

チョンはこれまでの書記長在任期間を通じて、「保守派」のレッテルからは予想のつかない柔軟で戦略的なリーダーシップを発揮してきた。それは、例えばその2015年のアメリカ公式訪問によく表れている。この訪問は、2014年に南シナ海の係争海域に中国がオイルリグを設置したことに端を発した両国間の緊張の高まりを背景として行われた。この党書記長による初めての訪米を通じて、ベトナムは、自らアメリカに接近するばかりでなく、アメリカをベトナムに歩み寄らせることにも成功した(Thayer 2015)。オバマ大統領は、通常国家元首のみを招じ入れるホワイトハウスの執務室でチョンと会談し17、ベトナムの政治体制やそのなかでの党の役割を尊重する姿勢を明確にしたのである18

この訪問の前後から、越米関係は安全保障やエネルギー開発を含む幅広い分野で一段と深化してきた。そのことは、ベトナムの対中国政策にもより多くの選択肢を与えることになり、結果として2014年に中国への対応をめぐって生じた指導部内の分裂の危機を回避することにも貢献したと推測される。党内でチョンの威信が高いのは、このような実績もあってのことであろう。加えて、第12期における反汚職闘争は、国民の間でも幅広い支持を受けてきた(石塚 2021)。国民や党員のなかにチョンの続投を望む声があることは、折に触れて国営メディアを通じて示唆されていた。

チョンの再任に当たって最大の懸念は(規定違反であることを除けば)その高齢と健康問題であった。しかし、テレビで生中継された党大会の開会式で、チョンは歩行にこそ困難さを感じさせたが、ひとたび演壇に立つと、手元の原稿をアドリブを交えて1時間15分にわたりよどみなく読み上げ、貫禄を示した。他方、大会後の記者会見で、チョンは自らについて、あまり健康ではなく、高齢でもあり、引退を申し出たのだが、選ばれたからには党員として義務を果たさなければならないと述べている。今回の指導部人事でも、権力継承の局面において党内の党派的な動きが活発になる様子が改めて示された。今期、チョンにとっての最重要課題のひとつは、党内意見の「高度な一致」が得られる後継者を育成することである。

結語

党大会が終わって3カ月がたち、政治局員の新しい職掌も決まり、政府閣僚の刷新も行われて、新体制の全容がみえてきた。その間、南部ヴィンロン省出身のヴォー・ヴァン・トゥオンが「四柱」に次ぐ書記局常任に、同アンザン省出身のヴォー・ティ・アイン・スアンが国家副主席に任命されるなど、幹部人事における地域間バランスを改善するような動きもあった。

党が積み上げてきた人事慣行と多くの点で異なる人事が行われたことの将来的な影響に対する不安は残る。今期の人事については、それが慣行よりも適材適所を優先した結果であるとしたら、その判断の正しさは今後各リーダーが職務を遂行するなかで証明していくことになる。第13期指導部は、コロナ禍を乗り切り、今回の党大会文献で打ち出された長期目標に向けて好スタートを切ることができるだろうか。次回掲載の第3回では、党大会文献で示された経済発展の新しい方向性について分析を行う。

写真の出典
  • U.S. Department of State, Vice President Biden Shakes Hands With General Secretary Nguyen Phu Trong at the U.S. Department of State in Washington, D.C. on July 7, 2015(Public Domain).
参考文献
著者プロフィール

石塚二葉(いしづかふたば) アジア経済研究所新領域研究センター・ガバナンス研究グループ。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。おもな著作に、『ベトナムの「第2のドイモイ」――第12回共産党大会の結果と展望――』(編著)アジア経済研究所(2017年)など。


  1. 予備委員(ủy viên dự khuyết)は、会議における投票権がないことや、政治局員・書記局員などの候補者になれないこと以外は正規委員と同様の権限を有し、正規委員に欠員が生じた際の補充要員となる。
  2. 第12回党大会では、第11期中央委員会が第12期中央委員候補者のリストに含めなかったグエン・タン・ズン首相(当時)が、大会に出席した代表団から推薦を受けて、中央委員候補となる寸前までいった(石塚 2017)。
  3. このことについて、大会参加者は、第12期中央委員会による候補者の選考が非常に周到に行われて完成度が高かったと話しているが、より直接的に影響したと思われるのは選挙規定の変更である。今大会の選挙規定では、追加の候補を推薦する場合、推薦者は被推薦者が必要な基準や条件を満たしていることに関し責任をもつことや、被推薦者が就くべきポストを提案することが求められるようになった。
  4. 党大会後、新国会の招集を待たずに国家幹部の入替を行うようになったのは、前回の党大会(2016年)以来である。2016年には、党大会の結果、現役国家主席や政府首相、国会議長がすべて政治局員でなくなったことから、党大会決議の速やかな実施のために人事の刷新が必要であるというのが公式の理由であった。今回も同様の扱いが繰り返されたことは、憲法の規定にかかわらず、国家幹部人事が実質的に党によって決定されているという事実を改めて印象づけた。
  5. ただしこの構成は、5月の国会議員選挙後に開かれる新国会の第一会期の結果によっても若干変化する可能性がある。
  6. ここでの年齢は、月単位以下を考慮せず、年単位で計算している。
  7. 本稿では、ベトナム政府の現行の地域区分に基づいて北部・中部・南部を区別しているが、Lye Liang Fook and Ha Hoang Hop(2020, 11)によれば、党の人事・組織実務上の地域の定義は若干これと異なっており、通常の地域区分では、タインホア、ゲアン、ハティンの各省は中部に分類されるが、党の人事・組織実務上はこれらの省は北部に分類されるという。この分類法によれば、政治局員の地域別内訳は、北部11、中部4、南部3となる。
  8. 政治局員中の公安部門出身者は、ファム・ミン・チン首相、トー・ラム公安相、グエン・ヴァン・ネン・ホーチミン市党委書記、ファン・ディン・チャク内政委員会委員長、グエン・ホア・ビン最高人民裁判所長官である。
  9. 中央委員、政治局員、書記局員には就任時の年齢制限があり、中央委員は新任の場合で55歳、再任の場合で60歳まで、政治局員と書記局員はそれぞれ60歳、65歳までとされる(ただし、党大会で承認されれば例外が認められる)。
  10. ギは、ズンが首相を務めていた2011年にも弱冠35歳で建設省次官に任命されており、これが同ポストへの2度目の就任であった。
  11. 仮に、チョンは当面後継者が決まるまでの間続投するが、決まり次第、任期半ばで交代するという了解があるとすれば、党条例改正なしの3期目も可能という見方もある。
  12. これまで首相と国家主席の両ポストを務めたのはホー・チ・ミンのみである。ホーは当初、初代首相と初代国家主席を兼任し、首相職を離れた後も国家主席のポストにとどまった。
  13. 組織委員会委員長から「四柱」の職に就いた例としては、1996~2001年に同委員長を務めた後、国会議長に就任したグエン・ヴァン・アンがいる。
  14. ただし、Lye Liang Fook and Ha Hoang Hop(2020, 5)によれば、2006年の第10回党大会以来の規則では、書記長と首相が異なる地域の出身であればよいことになったという。そうであるとして、また注7の党実務上の地域区分を前提とすれば、第13期は書記長、首相がともに北部出身であることが問題であるということになる。しかし、第11、12期の「四柱」にも(少なくとも行政上の地域区分では)3地域の出身者が含まれていたことは、その後も事実上3地域間のバランスへの配慮が行われてきたことをうかがわせる。
  15. デイヴィッド・ブラウンは、フックが汚職や体制批判、「自演変」「自転化」などに対してソフトすぎるとみられたと推測している(Brown 2021)。前任のズンの場合と同様、政府首相が地方の指導者層などの間で広い支持基盤を築きやすい立場にあることに対する警戒心もあったかもしれない。
  16. ただし、チョンが続投への意欲をもっているという観測はそれ以前から存在した。
  17. チョンの当時の肩書は、党書記長のみであった。
  18. "Remarks by President Obama and General Secretary Nguyen Phu Trong of Vietnam." (2021年5月10日閲覧)
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