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ベトナム共産党第13回党大会の結果(1)政治報告のポイント

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052123

2021年5月

(8,818字)

はじめに

2021年1月25日から2月1日にかけて、ベトナム共産党第13回全国代表者大会(党大会)が開催された。党大会は党の最高指導機関と位置づけられ、今後5年間の党の基本路線や政策を決定し、その実施を担う中央執行委員会(中央委員会)を選出するという重要な役割を果たす。党大会はまた、前期指導部による新指導部への政策課題の引継ぎと権力の移譲に向けた準備の最終局面であるともいえる。党大会開催に先立ち、前期執行部は、2年余りの時間をかけて党内および国民の意見を聴取し、調整を重ねて、党大会に提出する文献草案および人事案を準備してきた。

本稿では、第13回党大会の結果について紹介する第1弾として、党大会文献のなかでも最も基幹的な文書である政治報告の主な内容や特徴についてみていくこととする。

写真:第13回党大会決議の展開を呼びかける看板

第13回党大会決議の展開を呼びかける看板
政治報告の表題と構成――2045年までの発展目標を打ち出す
政治報告とは、過去5年間における前回党大会決議の実施状況を評価し、内外の客観的情勢を踏まえて、今後5年間の政治・経済・外交の基本方針を示す文書である。第13回党大会政治報告の表題と構成は表1のとおりである。

表1 政治報告の表題および構成

表1 政治報告の表題および構成

(出所)筆者作成

政治報告の表題は回を重ねるごとに長くなる傾向にあり、今大会の表題も前回以上に長くなっている。主な変更点は、(1)冒頭、第12回党大会政治報告では「清廉で強靭な党建設」であったところが「清廉で強靭な党と政治システムの建設・整頓」に改められたこと、(2)「国の発展への渇望を喚起」するという一節が新たに加わったこと、(3)「全民族の大団結の力」に「時代の力と結合させる」という部分が付け加えられたこと、そして(4)「21世紀半ばに社会主義指向の先進国になる」という新たな長期目標が掲げられたことである。「政治システム」には党、国家、および大衆組織が含まれ、ここでは党を含む政治システム全体が「建設・整頓」1の対象となることとされている。「時代の力」という用語は過去の政治報告のなかでも用いられており、主として「国内の力」に対する「外的な力」、すなわち国際環境や国際統合から得られる利益や機会を意味するものと解される。

今回の政治報告で特徴的な新しい用語が「発展への渇望」である。総括目標などのなかではさらに「繫栄した幸福な国の発展への渇望」という表現が繰り返されているが、この「繁栄した幸福な国」というフレーズも、政治報告では初めて用いられたものであると思われる。これは、表題の最後の部分に示されている長期目標とともに、ベトナムの今後の経済社会発展のビジョンを表すスローガンとなっている。すなわち、ベトナムは、21世紀半ばに繁栄した幸福な高所得の先進国になることを目指し、国民が一丸となり、内外の力を結集してその目標実現に取り組んでいくという姿勢や決意を示したものであると解される。なお、発展の長期目標は、それぞれ南北統一50周年、結党100周年、建国100周年を区切りとする3つの段階に分けて提示されている(表2「具体的な目標」参照)。この長期目標の意義や評価については、経済発展の方向性の分析を行う第3回で詳しく取り上げる。

表2 総括目標および具体的な目標

表2 総括目標および具体的な目標

(出所)筆者作成

章構成に関しては、第12回党大会政治報告で「XII. 全民族の大団結の力の発揮」と「XIII. 社会主義民主の発揮、人民の主人となる権利の実現の確保」という2つの章に分けられた内容が再びひとつの章(第XII章)にまとめられたこと、および、報告末尾の大会任期における重点任務等に関する記述の部分を新たにひとつの章(第XV章)としたことを除き、目立った変化はない。分量的にみて、「党建設」の章(第XIV章)が各論全体の約4分の1と大きな比重を占めているところも前回の政治報告と同様である。

重点任務としては、これも第12回党大会政治報告同様、6つの項目が掲げられているが、各項目にはより具体的な記述が盛り込まれ、内容的にも新しい点がみられる(表3参照)。具体的な目標や任務への言及としては、知的所有権および民事紛争の解決に関する法律の完成(第2項目)、2030年までの軍の近代化(第3項目)、少数民族の文化を発展させる具体的な政策や国民の「幸福度指数」の向上(第4項目)、幹部・党員等の模範としての役割の強調(第5項目)などがある。そして第6項目では、新たに資源・環境・気候変動問題への取り組みが重点任務として取り上げられている。

表3 6つの重点任務

表3 6つの重点任務

(注)*「自演変」「自転化」とは、党員の社会主義思想からの逸脱、およびその結果としての政治的変質を指している。
(出所)筆者作成

前回の党大会政治報告に引き続き、表題でも総括目標、重点任務でも筆頭に挙げられているのが党建設である。党建設の課題とは、党員の思想的・道徳的規律の強化や組織の合理化、幹部工作や大衆工作の刷新などを通じて党の指導力を高め、汚職・濫費を撲滅して、国民の党に対する信頼を高めることであると要約しうる(石塚 2017)。党建設に関する第XIV章の構成をみると、これも前回政治報告とほぼ変わらず、「政治」「思想」「道徳」「組織」「基礎組織と党員」「幹部」「検査・監察」「大衆工作」「汚職・濫費防止」「領導方式の刷新」の各面についてそれぞれ任務を列挙する形をとっている。前回と異なる点をひとつ挙げるならば、総括目標において、「党の領導能力、政権担当能力および闘争力の向上」が「清廉で強靭な党と政治システムの建設」よりも先に掲げられていることが指摘できる。このことは、「建設・整頓」の対象に政治システム全体が含まれたことと相まって、第13期指導部のもとでは、党・国家・大衆組織の組織や活動の改革が汚職撲滅とならぶ優先事項となったことを示唆しているのかもしれない。

「社会主義」概念の刷新?

今大会政治報告では、党指導部が時代や政治・経済状況に即して「社会主義」概念の再定義を模索している様子もうかがえる。2019年5月に開催された第12期中央委員会第10回総会の開幕演説で、グエン・フー・チョン書記長は、第13回党大会は結党100周年、建国100周年を視野に入れた戦略的ビジョンを持たなければならないと述べ、そのためには党大会文献の準備にあたっても重要で複雑な問題を検討する必要があるとして、聴衆にさまざまな問いを投げかけた。そのなかには、「政治の刷新とは政治制度の刷新なのか?」「我々は市場経済と社会主義指向と言っているが、市場経済の発展は社会主義指向を伴ったものになっているか?」「国家経済は最近大きな損失を出しているが、だからといってすべてを民間に転換することは正しいか?」など、体制の根幹にも関わりうる論点が含まれていた。党書記長がこのような諸問題に公の場で言及すること自体異例であり、党指導部の意図はどこにあるのか、このような議論が党大会文献にどのように反映されるのかが、党大会のひとつの注目点として関心を引いた。

予想されたことではあるが、第13回党大会政治報告は、社会主義路線や政治制度自体を否定したわけではなかった。しかし、同報告の各章の記述には、党指導部が「社会主義」概念の再検討を行ったと考えられる微妙な変化がみられる。まず、前節でも触れた「繁栄した幸福な国」というような、イデオロギー色の薄い平明な表現が随所に用いられている。特にこの「幸福」という言葉は今回の政治報告のひとつのキーワードである2。第I章の「第12回党大会決議を実施した5年間から得られた教訓」の第2点目では「(党は)人民の幸福と衣食が足りることを努力目標とする」ことが掲げられている。また、先に触れたように、6つの重点任務の第4項目のなかには、「ベトナム人の生活の質と幸福度指数3を向上させる」という一節が含まれている。

国家や政治システムの役割についても、より直截的ないし機能的な記述が目立つ。以前から議論のある「国家経済部門の主導的な役割」という表現は、今回の政治報告でも維持されている。しかしながら、今回はそれに続いて「国家経済は、国家がマクロ経済を安定させ、経済社会発展を指導、規制、促進し、市場制度の欠陥を克服するための重要なツールである」と、その役割がこれまでになく明確に述べられている。そのほか、例えば第XII章冒頭では「政治システム、幹部、党員、公務員のすべての活動は人民の利益に奉仕しなければならない」ことが宣言され、第XIII章のなかでは「司法の活動は、正義を守り、人権・公民権を守り、社会主義制度を守り、国家の利益、組織・個人の合法・正当な権利と利益を守るという重責を負わなければならない」と明言されている。いずれも近代法治国家ないし資本主義国家の基本的な仕組みについて述べたような文であり、旧来のイデオロギー的な色彩はほとんど感じられない。他方、今回の政治報告では、「労働者階級と農民階級、および知識人層の連合体に基礎をおく全人民」といった常套句が姿を消した。

これらの変化はそれ自体、党が時代の変化に合わせてその自己規定や国民へのアピールの刷新を試みていることを示している。それは、国内の経済社会発展や国際関係における新たな展開など、客観的情勢の変化への対応であるばかりではない。党が近年、国家・社会への指導力をいっそう高め、より直接的に国民の生活に責任を負うと同時にその支持を獲得しようとする姿勢を反映している面もあるだろう4

党内の「団結」の強調

もうひとつ、今大会政治報告から読み取れる点として、党内の「団結」が強調されていることが挙げられる。各回党大会政治報告の前半部分では、前回党大会決議の実施結果の評価として、過去5年間の成果を列挙し、不十分であった点を指摘するとともに、そこから得られた教訓を示すという共通した構成がとられる。成果を列挙した後には、そのような成果を上げることができた原因について言及されるのが通常であり、過去の例をみると、その第一に、中央委員会、政治局、書記局、各級党委員会など党指導部の「正しい指導」が挙げられていることが多い。

この部分も第13回党大会政治報告では若干異なっている。同報告では、過去5年間の成果について、まず、それは全党、全人民、および全軍の多くの任期にわたる連続的で粘り強い努力の結果であり、創造力の結晶であると述べた後、最も包括的で重要な原因は党指導部の「団結、統一、正しく効果的で時宜を得た指導」であると続けている。従来、政治報告で「団結」という言葉が用いられてきたのは国民、民族の「大団結」について述べる場合がほとんどであり、党内の「団結」について言及するときは「団結が失われている」「団結を損なう行為」といった否定形で用いられることが多かった。これに対し、今回の政治報告は、過去5年間の「思想面における党建設」、特に政治理論の研究および教育が、党内の団結、一致や社会におけるコンセンサスを生み出すことに貢献したと肯定的に述べている。そして、党内の団結や一致が過去5年間の成果の最大の原因であるとしているのである。

党内の意見が「高度に一致している」ことは、第12期中央委員会の各総会の閉幕演説でも繰り返し強調されてきた。特に第11期において顕在化した党指導部内の分裂(石塚 2017)が党の威信の低下をもたらしたという認識から、第12期党指導部は党内の「団結」を最大限に重視してきた。実際、「政治理論の研究および教育」に加え、第12期党指導部の看板となった反汚職闘争、党内綱紀粛正も、指導部による党内の統制強化に少なからず貢献してきたと考えられる。同指導部が定めた党高級幹部の評価のための基準などで幹部の「模範としての役割」が強調されてきたことも、指導部の求心力を高める狙いがあろう。

もっとも、党内の「団結」や「高度な一致」に言及される際には、現実の存在というよりもむしろ当為を語っているとみるべき場合も少なくない。このことは、第13期最高指導部人事をめぐる議論がなかなか収束せず、党大会直前まで続けられたことからもうかがわれる。また、第13回党大会における演説のなかで、トー・ラム公安相は、現在ベトナムは党の生命や体制の存続を危うくしかねない3つの脅威に直面していると述べ、その最大のものは党内の「自演変」「自転化」、すなわち党員の政治思想的転向であると断定して、異論の表出を牽制した。党内の「団結」は、このような指導部による不断の引締め努力によってその外形が保たれている部分もあるものと推測される。

結語

2018年、第13回党大会準備のために中央委員会により設置された5つの小委員会のうち、チョン書記長は、文献小委員会と人事小委員会という最も重要な2つの委員長に就任している。チョン書記長はイデオロギー部門の出身で、政治思想的には保守派といわれるが、これまでの書記長在任期間を通じて示されてきたのは、同氏が社会主義に対する強い信念をもつ一方、決して単なる守旧派ではなく、ベトナムにおける社会主義体制の存続のためには党の組織や活動の大胆な変革や外部環境への積極的な働きかけをも辞さない、ダイナミックで戦略的なマインドをもつ保守派のリーダーであるということである。以上でみてきたような政治報告における変化には、そのようなチョン書記長のリーダーシップの特徴がよく表れているように思われる。次稿ではそのチョン書記長が第3期目の任期を務めることになった背景やその含意を含め、第13回党大会とそれに続く第14期第11回国会で行われた党・国家主要幹部人事の刷新について紹介する。

写真の出典
  • Nguyen Khac Hung氏撮影(2021年4月)。
参考文献
著者プロフィール

石塚二葉(いしづかふたば) アジア経済研究所新領域研究センター・ガバナンス研究グループ。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。おもな著作に、『ベトナムの「第2のドイモイ」――第12回共産党大会の結果と展望――』(編著)アジア経済研究所(2017年)など。


  1. 「党建設」は「党づくり」、「整頓」は改め整えるという意味と解される。
  2. もっとも「幸福」という言葉が伝統的に社会主義的言説と無縁であるわけではない。ベトナムでは建国以来、「独立—自由—幸福」が国の標語として用いられ、公的文書に国名とともに記載されている。
  3. 一般に「幸福度指数」(chỉ số hạnh phúc)といわれるものには、ブータン政府が考案した「国民総幸福度指数」(Gross National Happiness Index)、イギリスのニュー・エコノミクス財団による「地球幸福度指数」(Happy Planet Index)、国連の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)の「世界幸福度調査」(World Happiness Report)などがある。ベトナム国内でも各研究機関などによってベトナム独自の幸福度指数の研究が進められているが、公式に認められた幸福度指数というものはまだ確立していないようである。
  4. このような姿勢が端的に表れているのが「党建設」の章(第XIV章)である。同章のなかの「党と人民の密接な関係をいっそう緊密にし、人民に依拠して党建設を行う」と題された項では、政治システムの組織機構や幹部・党員の質を評価するにあたっては人々の満足度や信任を重要な基準とすることが謳われている。また、第13回党大会政治報告では、従来から用いられている「人民が知り、人民が議論し、人民が行い、人民が検査する」というスローガンに「人民が監察し、人民が享受する」という2つの内容が加えられた(石塚 2021)。
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