IDEスクエア

世界を見る眼

ベトナム政治に何が起こっているのか――相次ぐ共産党最高幹部の辞任をめぐって

What’s up in Vietnam’s political arena? On the recent spell of senior leaders’ resignations

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001028

2024年6月

(5,754字)

政治局員の3分の1が辞任

東南アジア諸国のなかでも長らく政治的安定を誇ってきたベトナムが、今、揺れている。2021年の党大会で選ばれた任期5年の第13期政治局は、当初18人の委員で構成されていたが、2024年5月までに6人が辞任した。そのうち3人は政治局員のなかでも最高指導部に当たるトップ4、いわゆる「四柱」(党書記長、国家主席、政府首相、国会議長)の構成員であり、もう1人は「四柱」に次ぐナンバー5の職位とされる書記局常任であった。

「衝撃」の中身

この指導部の大変動は、さまざまな意味において衝撃的であった。

第1に、トップリーダーの辞任が相次ぐこと自体が異例である。「四柱」の地位にある人物の任期途中での辞任は、1945年以来のベトナムの歴史において、現行の第13期政治局以前には1度しか例がない。2021年11月に幹部の辞任に関する党の規定ができた(「ベトナム国家主席辞任劇にみる反汚職闘争の論理」IDEスクエア、2023年2月)という制度的な理由もあるとはいえ、昨年1月から今年5月までの間に国家主席2人、国会議長1人が辞任するというのは異例としか言いようのない出来事である。

第2に、後述するように、一連の辞任劇は、党指導部が10年来推進してきた反汚職闘争が、2026年初頭に開催予定の次回党大会に向けた党内の人事抗争の手段として使われるようになってきたことを強く示唆している。これまでも党大会前には、次期幹部候補の過去の行跡や素行に関する噂が流布したり告発が行われたりすることはあった。しかし、今回のように何人ものトップリーダーが辞任という形で党大会前に政治生命を絶たれたのは、人事抗争の形態としてもベトナム共産党指導部ではあまり例のない熾烈さであったといえる。

第3に、特に今年辞任したヴォー・ヴァン・トゥオン国家主席とヴオン・ディン・フエ国会議長は、一般にクリーンな人物とみられ、グエン・フー・チョン書記長の有力な後継候補と目されていた。その2人がそれぞれ重大な汚職事件に関与していた疑惑が急浮上したことは、権力者のスキャンダルに慣れているベトナム国民にとっても改めて愕然とさせられる出来事であったと思われる。

第4に、上記の結果として、次回党大会を前に、チョン書記長の後継問題の行方が再び混沌としてきた。チョン書記長は、今年80歳の高齢で、健康不安も抱えているが、2021年の前回党大会では本来党規では認められていない3選を果たしている。その主な理由は、後継の書記長候補について指導部内で合意ができなかったことだと推測される。そのような経験を踏まえ、今期のチョン書記長は、意中の人物へ権力を禅譲するための準備を進めてきたが、2人の失脚によりこの問題がまた振出しに戻ってしまったと解されるのである。

もとより人事に関する情報は公表されない部分も多い。政治局員の辞任は中央委員会による承認という手続きを経るが、中央委員会の発表で辞任の原因となった「違反や過失」の内容に言及されていたのは6人中2人についてのみであった1。ましてやその背後でどのような動きがあったのかは藪の中であるが、以下ではこれまでに判明している事実関係と識者の分析2などを手掛かりに、筆者なりに整理を試みる。

トゥオン国家主席とフエ国会議長の辞任の経緯

まず、今年3月から4月にかけてトゥオン国家主席とフエ国会議長が相次いで辞任に追い込まれた経緯を確認しておこう。2人の辞任はそれぞれフックソンとトゥアンアンという不動産開発やインフラ建設を行う新興企業グループ絡みの汚職事件に関連しているとみられる。

フックソングループの会長ら幹部が会計規則違反などの容疑で逮捕されたのは今年2月末頃のことであった。それから約2週間後の3月8日にはこの事案に関連して3つの省の地方幹部が一斉に逮捕されている。そのなかには、トゥオン氏が2011~2014年にクアンガイ省党委員会(党委)書記を務めていた当時の省幹部や、トゥオン氏の出身地であるヴィンロン省マンティト県の元党委事務局長という人物も含まれていた。前者は収賄容疑、後者は「利得のために職務・権限を利用して他者に影響力を行使した」3容疑であった。そして同月20日には中央委員会の臨時総会が開催され、翌21日には臨時国会が召集されて、トゥオン氏の辞任が承認された。事件が明るみに出てからわずか一月足らずの急展開であった。

フエ氏に関してはさらに急転直下の展開となった。フエ氏は4月7日から6日間、ハイレベルの大規模ミッションを率いて北京を訪問した。この訪問は、トゥオン氏の失脚を受けて共産党指導部の安定性に注目が集まるなか、フエ氏が依然として次期書記長候補であることを、中国のみならず、広く内外にアピールするものと受け止められていた。

しかし、4月15日、公安省は、トゥアンアングループの会長ら幹部と地方公務員数名を入札に関する規定違反と贈収賄の容疑で逮捕したと発表した。その1週間後の同月22日には、同事件に関連して、20年来フエ氏の補佐官を務めてきた人物が逮捕されたことが公表された。後者の逮捕は「利得のために職務・権限を利用して他者に影響力を行使した」容疑によるものであった。そのわずか4日後の同月26日には中央委員会臨時総会、そして5月2日には臨時国会が開かれ、フエ氏の辞任が承認されている。

2人を辞任に追い込んだのは誰か

このように短期間にトップリーダー2人が辞任に追い込まれたのは、公安省が水面下で周到に捜査を進め、関係者の前に有無を言わさぬ形で証拠を突き付けたためであったと思われる。それではなぜこのタイミングで公安省がこのような動きをみせたのか。多くの識者は、トー・ラム前公安相がそのカギを握っているとみる。

国家主席に就任したトー・ラム前公安相(2022年10月)

国家主席に就任したトー・ラム前公安相(2022年10月)

トー・ラム氏は、2016年に公安相に就任して以来、チョン書記長の反汚職闘争の実働部隊として剛腕を発揮し、体制の守護者としての公安部門の存在感を高めてきた。公安相在任中の有名な逸話のひとつにチン・スアン・タイン「拉致」事件がある。チン・スアン・タインはペトロベトナム建設の会長を務めていた人物で、2016年に経済管理に関する規定違反の容疑で立件され国外へ逃亡した。翌年、公安省は、タイン元会長が帰国し当局に出頭したと発表した。しかし実際には、タイン元会長は亡命申請を行っていたドイツで、白昼、公園にいるところをベトナムの工作員に拉致されたものとみられる。タイン元会長は、その後、陸路スロバキアへ移送され、当時スロバキアを訪問中だった公安相一行の専用機に乗せられて帰国したとされる。この一件はドイツ、スロバキア両国とベトナムの間の外交問題に発展したが、国内ではチョン書記長の反汚職闘争の厳格さを印象づけることにもなった。

ラム氏は今年67歳であり、党の人事規則や慣行に照らすと、今期の間に「四柱」に入らなければ、今期限りで引退となる可能性が高いとみられていた4

「四柱」(および書記局常任)に就任するためには、原則として「政治局員を丸1期以上務めている」ことが条件となっている。第13期当初の政治局員でこの条件を満たすのは現職の「四柱」やラム氏を含め8人であり、そのうち2人が2023年1月までに辞任していた。今年に入ってトゥオン、フエ両氏が辞任し、さらに書記局常任であったチュオン・ティ・マイ氏も5月半ばに開催された中央委員会第9回総会で辞任した5ことで、ラム氏が「四柱」入りすることは半ば自然の成り行きとなった。事実、ラム氏は同総会で国家主席候補として推薦されることが決定し、次いで5月20日に開会した第15期第7回国会で正式に国家主席に就任したのである。

現状の評価と今後の見通し

この一連の人事変動のなかで、識者の見方が分かれる点のひとつが、チョン書記長の立ち位置についてである。チョン書記長が次回党大会での4選を目指し、ラム氏を動かして粛清を行ったという見方もあるが、これはあまり現実的とは思えない。チョン氏は2019年に脳梗塞を発症して以来、精神面では依然として明晰である一方、体力面では衰えが目立っている。昨年末から今年初めにかけては約3週間にわたり公の場に姿を現さず、その所在に関心が集まった。公にされてはいないが、噂によればチョン氏は体調を崩して入院し、一時はかなり深刻な状態であった模様である。その後、チョン氏は1月半ばから公務に復帰しているが、その動静が伝えられるのはごく重要性の高いイベントの折に限られている。

チョン氏は、2011年に初めて書記長に就任して以来、党内浄化と党員・幹部の団結強化を通じて国民の党に対する信頼を回復し、その支配体制を安定させることを目指してきた。だからこそ、次回党大会まであと2年足らずというこの時期になって、自らの禅譲計画が頓挫したばかりか、指導部内の分裂が露呈して外部からも先行きが不安視される事態となっていることは、チョン氏にとっては不本意な出来事であったと推測される。

他方、トー・ラム氏の立場からは現状はどう評されるのであろうか。大方の見方ではラム氏は次期書記長の座を目指しているとされる。そうだとすると、衆目の一致する書記長後継候補だったトゥオン氏とフエ氏を辞任に追い込み、国家主席に就任したところまでは概ねラム氏の筋書きどおりに進んでいるようにみえる。ただし、その先についてはまだ不確定要素が少なくない。党内最高位の座につくためには、政治局内および中央委員会内で多数の支持を得る必要がある。しかも、人事に関する党内規則や慣行などは、必ずしもラム氏に有利なものばかりではない。

特に大きな問題のひとつは、ラム氏の後継の公安相の椅子に誰が座るかであった。公安相は強い権限を伴うポストであり、もしラム氏の競争相手の誰かがその後に座ることになれば、ラム氏は人事抗争における強力な手段を失うばかりか、場合によっては自分の方が標的にされることになりかねない。

中央委員会第9回総会では、任期当初から6人も減ってしまった政治局員の補充も行われ、4人が新たに政治局入りした。公安相は通例として政治局員が就任するポストとなっているが、4人の新政治局員のなかにはラム氏に近い公安関係者は含まれていなかった。これはラム氏にとっては不安要素であると考えられた。

しかし、ラム氏はこの関門もクリアしたようである。5月19日、国会事務局は、中央委員会第9回総会で後任の公安相について決定が行われなかったことから、第15期第7回国会では新公安相人事の審議を行わないと発表していた。ところが6月6日、国会は、急遽人事に関する審議を行い、ルオン・タム・クアン公安省次官を公安相に任命する首相の提案を承認した。クアン新公安相は、ラム氏と同じフンイエン省出身で、その腹心であるとみられている6。ラム氏は引き続き公安省に対する影響力を保持することになりそうである。

以上のような理解を前提とすれば、これまでのところ情勢はラム氏有利に進んでいるようである。しかし、次回党大会まではまだ1年半あり、今後も曲折がある可能性は小さくない。その意味では、今後しばらくは不安定な状態が続くことが予想される。

人事抗争の影響

最後に、このような人事抗争が経済社会や外交に与えうる影響について検討してみたい。
現在のベトナム政治の状況をみて、ビジネスなどでベトナムと関係がある人やベトナムに関心をもっている人は大きく2つの懸念を抱くと予想される。

ひとつは、この政治変動自体の影響に関する懸念、もうひとつは、一連の変動の結果として立ち現れてくる新しい党指導部の性格に関する懸念である。

前者は既に現実のものとなっているといってよい。幹部の突然の交代や反汚職闘争による公務員の萎縮7がひき起こす行政事務の停滞や混乱は深刻化するばかりである。外交面でも、3月のオランダ国王夫妻の国賓訪問延期に続き、5月に予定されていたEUの制裁特使の来訪も延期された。党指導部もこの問題が国民生活や外国投資などに与える負の影響を認識はしているが、その原因である人事の不安定性は解消に向かう兆しがなく、有効な手が打てていない状況である。

後者についても、中央委員会第9回総会を経て、既に指導部の顔ぶれには変化が表れている。ひとつ特徴的なことは、政治局に占める軍・公安部門の比重の増大である。実数としては軍出身者がひとり加わったにとどまるが、第13期の初めと比べて政治局員の総数が減っているため、現在、総勢16人中8人が軍・公安部門の出身となっている。序列上位をみても、「四柱」のうち2人が公安部門出身であり、書記局常任は軍出身である。その他の政治局員には党官僚や地方政治家出身が多く、テクノクラートと呼びうるのは2人にとどまる。

このような新布陣から、ベトナムの経済政策や外交政策は今後保守化に向かうのではないか、あるいはベトナムの国家体制そのものが一種の「警察国家」化し、経済発展よりも治安維持が優先されるようになるのではないかなどと警戒する論調もある。

確かに軍・公安は党内で基本的に保守的な勢力に位置づけられる。しかしながら、軍や公安の幹部も皆共産党員であり、そもそも大きな路線の違いがあるわけではない。軍・公安の代表はこれまでも指導部の一角を担ってきたし、今後も指導部内で他の諸勢力と共存する必要があることに変わりはない。また、軍と公安の間でも利害が必ずしも一致するわけではなく、むしろ両者は牽制しあう関係でもある。

さらに、ベトナム共産党では、200人の委員からなる中央委員会も政策決定に一定程度実質的な役割を果たしているが、中央委員会では地方代表や国家機関代表の比重が高く、より広範な利益が反映されるようになっている8

このような諸点からみて、政治局内の勢力バランスが若干変化しても、急激な政策路線の変更が起こる可能性はあまり高くないと思われる。

とはいうものの、指導部の顔ぶれや構成がベトナムの将来にとって重要でないわけでは全くない。今後の反汚職闘争の展開や、次期中央委員候補者の名簿案作成など党大会に向けた動きを注視したい。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Sydney Phoenix, U.S. Department of Homeland Security(Public Domain)
著者プロフィール

石塚二葉(いしづかふたば) アジア経済研究所新領域研究センター・ガバナンス研究グループ。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。おもな著作に、『ベトナムの「第2のドイモイ」──第12回共産党大会の結果と展望──』(編著)アジア経済研究所(2017年)など。


  1. 2023年1月に辞任したグエン・スアン・フック国家主席と2024年1月に辞任したチャン・トゥアン・アイン中央経済委員会委員長については、それぞれ2016~2021年当時の監督下組織における不祥事が理由とされている。
  2. 以下の報道などを参照。“Analysts: Resignation of Vietnam’s President Shows Party Infighting,” VOA News, March 24, 2024; Zachary Abuza, “Ouster of Parliament Chief Bares Vietnam Corruption, Power Struggle,” Radio Free Asia, April 26, 2024; David Brown, “Viet Communist Party Eats its Own,” Asia Sentinel, May 4, 2024; Bill Hayton, “Vietnam’s Political Turmoil Reveals a Turn towards China – and away from the West,” Chatham House, May 9, 2024; Khanh Vu and Francesco Guarascio, “Vietnam Appoints Top Policeman as Country's New President,” Japan Times, May 22, 2024; “Vietnam’s Top Security Official To Lam Confirmed as President,” Asahi Shimbun(Associated Press), May 22, 2024.
  3. 刑法の条文によれば、自己の職務や権限を利用して、職務・権限を持つ者に対して、その責任に属する仕事を為すように若しくは為さないように、または許可されていないことを為すように促すことによって利益を得ることとされる。
  4. 党の規則では、新任の政治局員の場合には就任時60歳以下、再任の場合には同じく65歳以下であることが原則(中央委員会が決定すれば例外もありうる)となっている。
  5. マイ氏の辞任の理由も明示されていない。現在捜査中の事件に関与したという噂もあったが、近い関係者の逮捕などの事実はないようである。
  6. 1965年生まれのクアン氏は、2021年に中央委員になったばかりであり、党の人事規則や慣行に照らせば、公安相に就任することは変則的であるといえる。
  7. 党は、2013年以来、10年間で16万8000人近い党員に懲戒処分を行うなど精力的に反汚職闘争を進めてきたが、その副作用として、多くの公務員が責任を問われることを恐れて職務上の決定を行うことを回避するという現象が広まっている。
  8. ベトナム共産党における中央委員会の重要性については、Nguyen Khac Giang and Nguyen Quang Thai “From Periphery to Centre: The Self-evolution of the Vietnamese Communist Party’s Central Committee”に詳しい。
この著者の記事