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論考

イラン企業の実像――「非発展型」ファミリービジネスへのアプローチ

 
Business Strategy of Iranian Family Firms

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052191

岩﨑 葉子

Yoko Iwasaki

ファラーナック・ジャヴァーヘルダシュティー1

Farānak Javāherdashtī 

2021年7月

(15,916字)

古今東西の多くの企業がその創業者を中心とするファミリーを基盤として事業を興し、それがある程度成功裡に継続した後は、創業者は一線を退いて経営に関わる権利や資産を次世代へ譲ることで事業自体を維持・存続させてきた。この事業継承のプロセスを、企業のライフサイクルの問題として捉えるとき、その先行研究にはいくつかの異なるアプローチがある。

ひとつは、欧米の「近代産業企業」の制度的発展パターンにかんする一連の研究が挙げられる。たとえばChandler(1990)は主として欧米の19世紀から20世紀にかけての夥しい事例研究に拠りながら、個人所有の企業が株式会社化して経営者支配へと発展する、近代企業の発展モデルを論じた2。そこでは、企業は最初こそファミリービジネスとして出発するものの、次々に市場に参入してくる後続企業と競争して勝ち抜くためには階層組織的な経営が不可欠であり、したがって成功企業の所有と経営とはいずれ分離されざるを得ないという見方が示される3

いまひとつのアプローチとして、よりミクロな視点から、個々のファミリー企業がいかに各ステージの課題を乗り切って成長するかを論じる「経営戦略研究」がある。代表的な研究の一つであるGersick et al.(1997)の「スリー・サークル・モデル」では、「企業のオーナーシップ」4「家族の成員のライフステージ」「ビジネスそのものの発展」という三つのサブシステムを想定し、それぞれが特有の発展段階をもっており、それを三次元的に捉えることで個々の企業が持つその時点の特性を分析することができるとされている。

いずれのアプローチもその底流には「ひとつの企業が創業すれば必然的に、事業の維持と拡大、継承といったコースをたどるものであり、かつそうあるべき」という、いわば企業発展史観ともいえる立場が貫いている。人はどうしても勝ち残る企業に着目しがちなため、そうした視点から行われる研究が趨勢となるのは自然といえる5

しかしこのような先行研究の議論における前提は、現代のイラン企業のライフサイクルを検討する際にはいささか的外れであるという印象を免れない。というのも、イランの民間企業は多くの分野において中小・零細企業が圧倒的多数を占め6、しかも個々の経営者は継続的な事業遂行や経営拡大への指向が弱い。また、企業どうしの連携が希薄で、とりわけ生産から流通へ至る垂直的・水平的な統合がほとんど見られないという、産業組織上の大きな特徴を持っている。すなわち、先行研究で前提とされているような「発展拡大」型の企業ではないからである。

「低組織化」されたイラン企業の姿

筆者(岩﨑)の25年来の調査対象であるアパレル製造業はその良き具体例である。アパレル企業の場合、2016/17年時点では就労者数10人以上の企業全体の89%が就労者数10~49人の企業であり(Markaz-e Āmār-e Īrān [以下、MAI]2019,316)、おおむね小さな事業所ばかりだ。現地の感覚から言えば就労者数10人以上の企業は決して小さくないものの、日本の製造業の「中小企業」は従業員数300人以下(小規模は20人以下)を指すことを思えば、文字どおり桁が違う。

しかも、こうした中小・零細企業群がそれぞれ独立した経営体であり、垂直にも水平にもほとんど統合されていないという点は注目に値する。たとえば大半の企業は、廉価な粗悪品を国内市場向けに小ロットで生産しており、かつての日本の岐阜のように、大手アパレルの下請け企業が集積・系列化されて一大産地を形成するような事例はない。縫製などの工程の一部を隣近所の同規模企業と多少分業するなどしているものの、企業間関係は流動的で組む相手は固定していない(Iwasaki 2017)。

また他国のアパレル産業とは異なり、イラン企業は生産開始前に流通業者から製品のデザインや規格について指定を受けて作ることをせず、もっぱら独自の市況判断に基づいた見込み生産を行っている。完成品の固定した流通ルートは構築されておらず、個々の企業が多数の取引先を持つことで、販路を確保しているのである。規模の大小にかかわらず、独立した個別の企業が、製品の企画、製造、販売までを自力でやっている。これは世界的に見てもかなり特殊な状況といえる。

ただもちろん、数人しかいない企業で社長本人がすべてをやっているわけではない。こうした独立系の企業の助っ人として、原材料の輸入業務の代行、お雇い御用聞きなどの多様な外部機能がしばしば活用されている。しかし興味深いのはこの外部業者と企業との関係もすべて「一対一」である点だ。特定の企業が統括する、複数の企業がまとまって契約するといったことをしない。無数の独立資本企業群と、無数の外部業者(こちらも零細業者である)とが、それぞれ一対一の契約関係を取り結んでいるのである。けっして企業が組織化されることがなく、企業同士の関係は希薄である。筆者(岩﨑)はこれを「低組織化」システムと呼んでいる。

こうした「低組織化」状態はアパレル産業に限らない。農産物流通、出版、技能サービス系などの分野でも同様の状況が見られ、イランの国内産業全般に共通する特質である可能性がある。

写真1 テヘラン市内のアパレル企業。ビルの一室に工場がある(1998年11月)。

写真1 テヘラン市内のアパレル企業。ビルの一室に工場がある(1998年11月)。
事業継承に消極的

ところでフィールドワークの過程で様々な企業経営者から話を聞くと、彼らは自身の子どもを事業の後継者として育てることに熱心でない場合が少なくない。前述のアパレル製造企業でも、父祖の代から事業を継続している、または子どもにその事業を継がせようと考えている経営者は(たとえ比較的成功した企業であっても)きわめて限られている。創業者が高齢に達すると、商標を含め事業そのものを売却してしまう事例が目につく7

筆者(岩﨑)が2019年にアパレルの中小企業を対象に行ったアンケート調査では、事業を誰かに継承させるつもりがあるかという問いに「はい」と答えた企業は15%にすぎなかった。一方で「事業を売却する可能性」を明確に否定しなかったグループは40%ほどあり、事業を自分の代で終わらせる、もしくは売却するという選択肢はきわめて現実的であることが窺える。

いくつかの具体例を見ていこう。第1のケースは、ヤズド(イラン中部)で設立された婦人服の製造販売企業N社である8。創業者のN氏は大学の繊維学部卒である。妻の資金援助を受けて自身の兄弟から(遺産として相続された)不動産を買い取り、1983年にそれを基盤にして妻と共同で有限責任会社(sherkat bā mas’ūlīyat-e mahdūd)をスタートさせた。

高級婦人服の輸入事業9も手がけるN社は、2000年くらいまで概ね順調に売り上げを伸ばし複数の店舗を展開していたが、2014年にN氏は会社を「非公開株式会社(sherkat-e sahāmī-ye khās)」とし、株式を自身、妻、息子の間で均等に分割して所有した(娘はすでに婚出)。

国内のMBAをもつ息子が事業に参画することになったが、彼は両親の昔ながらの経営方針に不満があり、地方に限定した販路開拓ではなくテヘランや近隣諸国への進出を模索している。またN社の従来の高級品路線を改めて中級品を扱うべきだと考えている。

N社は輸入事業が大きな売り上げシェアを占めていたが、イランの貿易環境はきわめて流動的であるため、N氏は事業を長期にわたって継続させていくための積極的な後継者教育はしておらず、事業継承の断固たる意志は窺えない。息子との株式のシェアはむしろN社の財産分与の意味合いを持ち、複数ある店舗をそれぞれの拠点とし父子が袂を分かつ可能性も大きい。各自が自身の経営方針を採りやすくしたというわけである。またN社の場合、妻の経営参画は形式的なもので、ガーシックのモデルになぞらえて言えば実態は限りなく「単独オーナー」に近かったと言えよう。

共同事業の困難

第2のケースであるZ社も典型的な「単独オーナー」の事例だ10。同社はヤースージ(イラン南西部)で1994年に設立されたイラン産のハーブを原料とする薬品・化粧品の製造販売会社である。創業者G氏は、自身の父がテヘラン近郊に所有した果樹園用の土地を薬草園として利用しながら、家族を成員とした「協同事業組合(sherkat-e ta‘āvonī-ye toulīd va masraf)」(この組織については後述)として事業を始めた。より薬草に適した土地を求めて会社を移転する資金繰りのために、1999年にいったん会社を非公開の株式会社化したうえで、関連事業に従事するふたつの外部企業(うちひとつは投資会社)に株式を売却し共同事業とした。

しかしこの体制は上手く機能せず、Z社が共同事業を行っていた二社から株式を買い戻すことになった(その際にはG氏の妻が化粧品分野で興していた別会社のブランドを売却して資金を捻出した)。

Z社は結局、家族のメンバー(G氏、妻、息子)が株主となり、目下ふたつの子会社の理事会にそれぞれG氏がポストを持っている。 Z社は実家の土地で事業を始めたため、形式的に家族を巻き込んではいたものの実質的には「単独オーナー」企業であった。しかし外部資金調達の必要に迫られて、既存の企業に自社株の一部を買ってもらうことでオーナーシップが一時分散し、現在では再び「単独オーナー」に近い形になっている。

G氏は二社と組んだ7年間を振り返り、家族以外とビジネスをシェアすることは「非常に困難」であり「仕事が進捗しなかった」と嘆いている。すでに息子の一人が経営に参画し始めているが、今後の展開は不透明だ。

企業形態に見るファミリービジネスの実態

上のZ社の事例は、イランにおける創業時の企業形態にかんする最も一般的な選択肢のひとつである協同事業組合からスタートアップしたという点で、わかりやすい典型例でもある。

ここでイランの法人企業の形態について見ておこう。現在イランでは商法(qānūn-e tejārat)第20条に基づき、「株式会社」「有限責任会社」「協同事業組合」を含む7種類の企業形態が規定されている。

これらの企業形態ごとの企業数を示すデータはないが、イラン産業経営機構(Sāzmān-e Modīrīyat-e San‘atī)の試算によれば、法人企業全体の中では有限責任会社が大部分を占める(このうち7割近くが流通・サービス業)。いまひとつのポピュラーな形態として協同事業組合(主として農村部における生産事業)が挙げられている。

この二者はそれぞれ2名、7名の出資者から始めることができ、法人登録のための手続きが多少あるものの、ひな型にのっとれば設立は比較的容易である。協同事業組合はきわめて少額の出資者も参加することができ(商法第190~194条)、イラン政府の旗振りによって全国9万社近くが作られている(MAI 2019, 258,337)。協同事業組合はそもそも通常の営利企業とは異なり、農村部などで地縁・血縁を有する関係者集団によって結成されることが想定されており、いわば地産地消的な経済活動と地域の雇用創出に貢献している。

これら二形態に加えて、3名から始められる非公開株式会社も少なくないが、法律事務所を経営するG氏の事例が、その実態を窺わせる11。G氏は弁護士であるとともに弟の設立した水道設備会社の役員でもある。同社は非公開株式会社でG氏も形式上は株式を持っているものの、事実上は弟が一人で切り盛りしているビジネスである。G氏は名義を貸しているのみで会社を訪れたこともない。

すなわち目下のイランでは、数人単位で設立される有限責任会社や協同事業組合、非公開株式会社という企業形態が選好されている12。またそれら中小企業の多くは、一見してファミリービジネスのかたちをとりながら、実質的な経営はほとんど単独のメンバーによって担われ、家族の関与は形式的であることが少なくない。

写真2 雑貨店の店先で。商売も子どもが継ぐことは珍しい(2013年11月)。

写真2 雑貨店の店先で。商売も子どもが継ぐことは珍しい(2013年11月)。
企業の資金調達

また、そもそも最初から事業を「大きくしない」「続けない」ことを前提としたような経営者のスタンスは、「可能な限り外部資金を利用しない」という企業の資金調達スキームにもよく表れている。

イラン中小零細企業全体から見ると、金融機関から融資を受けて事業を維持している企業は4分の1に過ぎない13。有限責任会社や非公開株式会社では、当初の出資者(これも実際には一人だけが出資していることが多い)だけで小さく事業を始めている。筆者(ジャヴァーヘルダシュティー)の調査対象のうち、製造業系の有限責任会社は、工場の建設などで初期投資に外部資金を利用する場合があるものの、その際は審査プロセスが長く煩雑な銀行などを避け、個人のスポンサー(ビジネス・エンジェル)を見つけ出して出資させている例が散見される。ここにも前述の一対一関係が垣間見られる。

もっとも協同事業組合の場合は、一般の企業とは異なり、協同事業組合省(vezārat-e ta‘āvon)という官庁や政府系金融機関から優先的に低利融資が受けられるため、しばしばそれらが利用されてきた。前述のZ社も当初は低利融資があるために協同事業組合として起業していたことを想起されたい。

ちなみに、筆者(岩﨑)のフィールドワークの過程でしばしば看取されるイランの企業経営者のいまひとつの傾向として、特定の事業に固執せず、むしろ多角的な事業展開、資産運用がより望ましいと考えられていることを指摘できる。少なくない企業主はそれぞれ副業を持っており、しかも主副の別も判然としない。そのような事例では、一つの事業からの収益を同時に遂行している異なる事業の運転資金へ振り向けている場合もある14

副業の持ち方にも特徴があり、関連業種ではなく、「製造業と不動産」「専門職と客商売」といったように、かなり方向性の異なる分野の事業と組み合わせている点が興味深い15

これらはいわばポートフォリオ型の事業経営と呼んでもよい。一人の人間がいくつもの事業を抱えるというパターンの他にも、家族の成員に「親とは違う職業やビジネスをあえて選ばせる」パターンもある。前述のように立ち上げる企業はそれぞれ少人数の閉じたタイプの企業形態で、資金調達も事業整理もうちうちでやりやすいように形式的な同族経営がよしとされている。ファミリーのメンバー全員を実質的に巻き込んだ「家業」としてのビジネスはむしろリスクを孕んでいると認知されている、そんな傾向が見て取れよう。

なぜこうなのか

このように、ファミリービジネスを含むイラン企業は相対的に事業規模が小さく、事実上の単独オーナー、事業の不継承、ポートフォリオ型の事業経営といった傾向が顕著であるということが指摘できる。こうしたイラン企業の特徴を生み出す背景について、いくつかの視点から検討してみたい。

イランを含む中東諸国では、宗教的マイノリティを除き大企業が育ちにくい、事業継承がなされにくいことの背景として、イスラーム法の相続制度が影響している可能性がしばしば指摘される。実際にこの地域では、日本のような長子相続が一般的でなく、かつ「家督」といった制度概念もない。

しかし筆者らのこれまでの調査に鑑みて、これが原因である可能性は低い。というのも、現行のイラン民法・商法の下では事業の当事者が亡くなった時点で発生する「遺産分割」を回避することは充分に可能だからだ。

法人企業の企業形態について前述したとおり、事実上の「単独オーナー」企業が法人化する最大の理由は、オーナーの死亡時の即座の相続発生を防ぎ、家計をともにしている家族が資産を継承できるようにしているためだと考えられる16。有限責任会社や非公開株式会社の場合メンバーの一人が死亡すれば、相続人の持ち分を他メンバーが買い取って事業を継続する、事業そのものを第三者に売却する、事業を止め資産整理する、などの選択肢がある。多くの場合理事会は家族や親族などで構成され、出資も形式的であるため、その後の方針を巡って紛糾することは稀である17

協同事業組合もそもそも大規模な資本投下がなされないため、参加者の合意形成による解散が容易である18。前述のとおり協同事業組合は営利企業ではなくいわば国の雇用創出政策の一環でもあるため、事業が不振でも慌てて整理を迫られることがないという事情もある19

すなわち、企業はいざという時の事業維持もしくは撤退の方策についても構想を持っており、迂闊にもイスラーム法的相続問題を考慮していなかったために事業を継承できなかった、といったパターンは想定しにくいのである。

次に、ビジネス環境の不安定性を考えてみよう。イランの産業政策、とりわけ第二次世界大戦後のそれは首尾一貫していたとは到底言えず、その時々の政府の財政事情や流動的な国際関係に左右されて、「統制」と「自由化」とを繰り返したという経緯がある(岩﨑 2000)。イラン革命やイラクとの戦争、米国との対立など不安定要素は枚挙にいとまがなく、そのなかで企業は必然的にリスク回避的にならざるを得ない。イラン企業が現在のような「低組織化」されたポートフォリオ型の経営をよしとする背景として、こうした中東特有の不安定なビジネス環境の影響がしばしば指摘されてきた。

これは確かに一つの大きな要因と考えられる。しかし同時期の隣国のトルコ共和国では、頻繁な政権交代、軍事クーデター、南東部での長期にわたる紛争など、つねに内政の不安定さが際立ったにも拘らず複数の財閥企業が存在し、それらが経済成長を牽引してきた。すなわち「ビジネス環境が不安定」であることそのものがイラン企業の特徴を生み出しているという説明はいささか決め手を欠いている。

これとは別に、より広範なシステムに関わるビジネス環境の不安定性、すなわち「財産権を保護する公的な制度の欠如」という指摘もある。Coville(2020)はイラン革命後の民間企業の接収が企業経営者の心理に与えた負の影響がその後の実業界の不振と縮小を招いていると強調している。確かに財産権保護に関するイランのシステムが企業経営者にとって大きな障壁であることは、筆者のこれまでのフィールドワークの過程でも看取された。しかしそれは、Covilleが指摘するような革命政府の強権に起因するばかりでなく、むしろ中央政府による行政コントロールが脆弱であることによって生じる事態と捉えることが可能だ。たとえば徴税、民事訴訟、事業者管理といった分野で、公的システムの果たす役割が小さく、現場の恣意的な判断がおうおうにしてまかりとおるためである。

こうした状況は、イランのような中所得国で、かつ国民の教育水準も低くない国では比較的珍しい。イランの場合、ビジネス環境の不安定性に加え、中央政府のコントロールが弱い状態が近代化期以降も長期間継続したために、それを前提とする経済システムが「体質化」している可能性が否めない。

出入り自由なビジネス・サークル

このように現在のイラン企業の特徴が形成された歴史的プロセスには、多様なファクターが複合的に影響を及ぼしてきたと考えられる。しかし本稿で注目したいのはむしろ、単独オーナー、事業の不継承、ポートフォリオ型の事業経営といった近代企業らしからぬ経営体が多数を占めるイランの経済システムが、れっきとして機能しているその「様態そのもの」である。独立経営の中小零細企業群が一見すると非効率な市場で組織化されないまま稼働する状況が長期間にわたって維持されているわけだが、その特異な経済システムの本質は、じつは次のような点にある。

イラン企業が事業規模を抑えながら多角化を追求することを可能にしている最大の要因の一つはその参入障壁の低さである。市場支配力のある大企業がなく、また相対的に規模の大きい企業があっても前述のとおり企業間の垂直的な統合が行われないため市場にはつねにいくばくかの空隙が存在している。

また企業間の縦横の関係が希薄であることの結果として、各業界とも事業者の出入りに関する規制がゆるく、特別なメンバーシップを求められることがない。たとえば次のような具合だ。イランで何か事業を始めようとする場合には、同業種の業者たちの監督を委任されている管轄の「アスナ―フ(asnāf)」と呼ばれる同業者組合に届け出をし、営業許可証を取得する必要がある。アスナ―フには個人事業主を含め、国内の商工業者が「規模を問わず」すべからく網羅されることになっており20、形式上、事業者はこの同業者組合に加盟しない限り営業を許可されない。ところが実際には、資格の認定などアスナーフによる選別的なふるい落としはほとんどなく、届け出はあくまでも行政的管理の一環として行われている。すなわちアスナ―フは職種による排他的な利害共有集団ではなく政府の事業者監理の窓口に過ぎないのである。

それぞれの業界はまさしく「来る者は拒まず去る者は追わず」といった体をなしており、個々の企業にとって新規事業へ参入障壁がきわめて低い。そのためくだんの「多角的」事業展開も容易だが、その弊害として事業者の技術水準やサービスの質もまた玉石混交であって、平準化しないことは言うまでもない21

市場の自由性と開放性

その結果、商品・製品の流通市場もこのような事業者の参入・退出が頻繁に行われることを前提として、そのニーズに応える構造になっている。

先述したアパレル産業の事例にも見られるように、独立型の企業はそれぞれ原材料や機械部品の調達などをすべて自力で行っており、例えば日本のアパレル製造卸のように統括的役割を果たす業者が一括して原材料調達を行うのではない。買い手の企業はいずれも独立した事業体でそれらを束ねるような組織が基本的にないため、企業はそれぞれが個別に市場にアクセスしているのである(Iwasaki 2017, 59-70)。企業同士が共有する物資の供給ネットワークが構築されにくく、したがってサプライヤーから個別の企業への供給ルートはいずれも細く不安定なものにならざるを得ない。

興味深いことに、こうした状況下では、企業は生産継続のため特定の企業から供給される原材料だけに依存する事を避け、つねに同業種の類似製品サプライヤーにも目を配るようになる。このような需要のあり方に応える物資調達のためのファシリティが、たとえばイラン国内の物資流通の要であるテヘランの大バーザールのような大規模な卸売市場・集散市場である。そこへ企業主自らが出向き、多様な価格帯・多様な品揃えや品質のなかから、その時点でもっともニーズに合ったモノを選び出すことができなければならないからだ。このような機能を備える「場所」には、イラン内外を物色してきたやはり独立系のバイヤーによって、多様・多品種の新製品(最終消費財、中間財を含む)が持ち込まれ、それらが大バーザールを通じて迅速に流通し、需要が満たされるまではひとしきりそれが入荷され続ける22

写真3 あらゆる品物が世界中から持ち込まれるテヘランの大バーザール(2013年10月)。

写真3 あらゆる品物が世界中から持ち込まれるテヘランの大バーザール(2013年10月)。

生産から販売までのあらゆるプロセスにおいて企業が組織化されていないため、逆に財・サービスの市場に空隙と自由性が生まれ、独立・多角経営の無数の新規参入・中堅企業が製造品や輸入最終消費財を国内既存の流通機構をつうじて販売することができる。企業にとってはいわばマルチ・チャネルが用意されており、極端に流動的な外的条件にも一定程度対応できるようになっているわけだ。

さらに、各分野の事業に参入と退出がさかんに行われ得るため、多くの場合事業者は技術的熟練や業界メンバーシップの維持にほとんど投資しない。産業そのものの発展や高度化にはマイナス要素であるこの傾向も、個々の企業の立場からはサンク・コストが抑えられ、短期的に激変することを前提としたビジネス環境にあって一定程度の合理性があると言わざるを得ない。取引相手との複雑な契約履行を前提としないイランのような産業組織ではむしろ、こうした開かれた市場における一回性のスポット取引の繰り返しがコストを下げる効果を生んでいる。特定のサプライヤーとの中長期的取引を通じた安定的な物資調達がコストを下げ、製造業の競争力を強化すると信じられている国とは対照的である。

言い換えれば、イラン企業の特徴を持続させている経済システムの本質は、その「市場の自由性・開放性」にあり、それこそが個々の企業のレジリエンスを高めているのである。

イラン企業の経営戦略

本稿で紹介したようにイランでは、零細な規模のファミリー企業(しかも事実上は「単独オーナー」であることも多い)が大多数を占め、加えて企業間関係が水平的にも垂直的にも希薄であるため、事業継承も起こりにくい。産業が高度化せず、労働生産性は低く、国際競争力にも乏しい。

一見するとこれは、かつての多くの途上国に見られたような、圧倒的貧困やそれに伴う人的資本の枯渇、公共インフラの欠如、政情不安などが背景となって、企業が成長していくための安定的な市場が整備されないために現出している状況であるかのようだ。しかしイランは、少なくとも標準的な開発指標から言えば十分に中所得国であり、かつ農業、製造業、サービス産業など概ねバランスの取れた産業構造を持つ。教育水準も高い。したがって、イランのこうした状態を教科書的な「低開発国における市場の未発達・未整備」の問題と同一視することはおそらく不適切である。むしろイランでは「発展型」でない個々の企業群が、上述したような状況下でよりリスクの少ない経営戦略をあえて選択し続けた結果、産業組織の「低組織化」状態がその集合的な解となっていると見るべきであろう。

同時に、そうした「低組織化」状態を前提として、自由性・開放性を旨とする市場が構築・維持されてきたからこそ、この経済システムは生き延びてきた。それは最初から「出口戦略」を持っているような中小零細企業にとって、十分な必然性を持つシステムである。企業の在り方はそれを包み囲むシステム全体の在り方と不可分であり、両者は鶏と卵のような関係にあると言えよう。

冒頭にも触れたように、企業がいかに成功裡にその企業としてのライフサイクルをまっとうできるか、という問いを考えることは社会全体の厚生という観点からも大きな意義がある。しかしイランのような事例について、先行研究に前提された「成長する企業」「市場で勝ち残る企業」のタイプの企業研究が妥当するとは考えられない。この意味で、イラン企業(およびそれを前提とする市場)の特徴の源泉を問うことはむしろ、従来の議論の前提、すなわち国民経済の枠組みにおける製造業の国際競争力を重視した20世紀型の企業発展モデルの妥当性を再考することにも繋がっているのではないだろうか。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • すべて筆者撮影
参考文献
  • 岩﨑葉子 2000「イラン『開発』史――石油国有化とパフラヴィー朝の開発戦略」『現代の中東』28。
  • ―――― 2015 『「個人主義」大国イラン――群れない社会の社交的なひとびと』平凡社。
  • ―――― 2019 「イランにおける同業者組合制度――競争制限的な事業者団体の不在と市場の公正性」『アジア経済』60(4)。
  • 末廣昭 2006 『ファミリービジネス論――後発工業化の担い手』名古屋大学出版会。
  • 星野妙子編 2004 『ファミリービジネスの経営と革新――アジアとラテンアメリカ』アジア経済研究所。
  • Azizi, M., M.S. Bidgoli and A.S. Bidgoli. 2017. "Trust in family business: a more comprehensive empirical review," Cogent Business & Management 4(1).
  • Chandler, A. D. Jr. 1990. Scale and Scope: The Dynamics of Industrial Capitalism, Cambridge, Mass. : Harvard University Press.
  • Coville, T. 2020. "The Family Business in Iran since the Islamic Revolution as a Mode of Coordination," Iranian Studies 53(5-6).
  • Gersick, K.E., J.A. Davis, M.M. Hampton and I. Lansberg. 1997. Generation to Generation; Life Cycles of the Family Business, Boston: Harvard Business School Press. (岡田康司監訳・犬飼みずほ訳『オーナー経営の存続と継承』流通科学大学出版、1999年)
  • Iwasaki, Y. 2017. Industrial Organization in Iran: The Weakly Organized System of the Iranian Apparel Industry, Springer.
  • Markaz-e Āmār-e Īrān, 2004, 2019. Sāl-nāme-ye Āmārī-ye Keshvar. Tehrān: Markaz-e Āmār-e Īrān.
  • Matherne, C.F., B.J. Debicki, F.W. Kellermanns and J.J. Chrisman. 2013. "Family Business Research in the new Millennium: An Assessment of Individual and Institutional Productivity, 2001-2009." in Handbook of Research on Family Business, Second Edition. eds. K.X. Smyrnios. P.Z. Poutziouris and S. Goel. Cheltenham, Northampton: Edward Elgar.
  • Mostafāyī, A. 2016. "Rāh-hāye Ta’mīn-e Mālī barāye Sarmāye-gozārī dar Sanāye‘ o Kasb o Kār-hāye Jadīd." Majalle-ye Kasb o Kār (10 Shahrīvar).
  • Zahrani, M.A., S. Nikmaram and M. Latifi. 2014. "Impact of family business characteristics on succession planning: a case study in Tehran industrial towns," Iranian Journal of Management Studies 7(2).
著者プロフィール

岩﨑葉子(いわさきようこ) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ長。博士(経済学)。専門はイランの産業組織や経済制度。著作に『サルゴフリー 店は誰のものか――イランの商慣行と法の近代化』(平凡社、2018年)、Industrial Organization in Iran: The Weakly Organized System of the Iranian Apparel Industry (Springer 2017)などがある。

書籍:サルゴフリー 店は誰のものか――イランの商慣行と法の近代化

書籍:Industrial Organization in Iran: The Weakly Organized System of the Iranian Apparel Industry

ファラーナック・ジャヴァーヘルダシュティー(Farānak Javāherdashtī) イラン産業経営機構経営コンサルタント。博士(経営学)。イラン全国の民間企業の経営相談に従事し、これまでに100社を超える企業のマーケティング戦略、人事政策、顧客サービスシステムの策定に関わってきた。

  1. 筆者の岩﨑およびジャヴァーヘルダシュティーは別々に調査活動を行っている。したがって各自が個別に入手した情報・知見についてはそれが分かるよう文中に明示した。また本稿全体の議論に文責を負うのは岩﨑である。
  2. チャンドラーの議論は必ずしも同族経営企業だけに焦点を絞ったものではないが、同書において彼がイギリスにおける「個人資本主義」的な企業経営を論じた部分には、俸給経営者に経営をゆだねることに積極的でなかったイギリスの同族経営企業が数多く登場する。チャンドラーは(いくつかの例外はありながらも)こうしたイギリス企業の性向が結果として国際的な市場における競争能力の創出の失敗につながったことを豊富な例証でもって論じている。
  3. 後続の研究のなかには、制度面でも実質面でも市場が未発達である後発工業化諸国の企業を取り上げたものも少なくなかった。タイ(末廣 2006)やメキシコ(星野 2004)やなどを事例として、企業が成長した後も同族支配が続く、経営と所有とを分離しないまま事業継承と規模の拡大を実現するなどのパターンが論じられた。
  4. 多くのファミリービジネスが一人ないしは夫婦によって所有される「単独オーナー」から出発し、この後に次世代が関与する「兄弟姉妹共同所有」があり、さらにその子弟たちによる「いとこ集団所有」が続く。この三つは必ずしも常に時系列状に並ぶわけではないが、創業者が子孫へビジネスを継承させようとする場合におおむねこうした段階を経ると想定されている。
  5. Matherne et.al.(2013)によれば、2000年代のファミリービジネス研究において、主要な学術誌上で最も頻繁に取り上げられたテーマは「コーポレート・ガヴァナンス」「経営主導権と所有権」「継承」など、上場企業として操業し続けるうえでの個々の企業の経営戦略に直結するものが多い。このなかでイラン企業を事例にしたファミリービジネス研究もいくつか現れているものの、いずれも上述のような個別のトピックにたいして定式化された方法論を用いて機械的にアプローチしているもので、残念ながらイランの文脈においてそれがいかなる意味を持つのかは明らかにされていない。たとえば「企業の事業継承問題」を取り上げたZahrani, Nikmaram and Latifi(2014)や「ファミリービジネスにおける信頼」にフォーカスしたAzizi, Bidgoli and Bidgoli(2017)など、大規模な工業団地でのアンケート調査などをもとに先行研究における知見を検証するというかたちをとったものである。
  6. 就労者数10人未満の企業に関するデータが最後に公開された2002/03年時点では、製造業全体に占めるその割合は86%であった(MAI 2004,259)。国内の諸機関による「中小企業」の定義は就労者数に拠るもので、企業規模基準にはばらつきがある。鉱工商業省は就労者数5人未満、イラン統計センターは10人未満、中央銀行は100人未満をそれぞれ「中小企業(bongāh-e kūchek)」としている。
  7. サービス業や流通業に比べ製造業では投資回収の目的で子弟への事業継承が起こりやすく、全国ブランドを持つ乳製品のMīhān社や、同じく乳製品・アイスクリーム・家庭用ソースなどの生産で知られるKāleh社など食品加工業の分野ではいくつかの著名な事例がある。
  8. 2019年11月、ジャヴァーヘルダシュティーによる聞き取り。
  9. この時期アパレルの最終製品輸入には厳しい規制があった。したがってN社がその分野で事業を維持するには、所轄官庁に何らかの縁故があった、もしくは特別の輸入ルートがあったことが推測される。
  10. 2019年11月、ジャヴァーヘルダシュティーによる聞き取り。
  11. G法律事務所にて岩﨑による聞き取り(2018年10月1日)。
  12. 両替商や貴金属商などのように事業の資金規模が大きく、かつ事業の継承が最初から確実である場合には、「合同会社(sherkat-e tazāmonī)」が作られることが多い。取り扱う商品が高額でリスクが大きいため父・息子や兄弟姉妹といった同族経営が主流で、全メンバーが会社全体に対して相互に責任を持ち合うという形をとる(G法律事務所にて岩﨑による聞き取り[2017年10月11日])。
  13. 25%の企業が、自身が必要とする資金の4割を地域の商業銀行から、またその1割あまりを商業信用から得ていると試算している。商業信用のなかには短期の借款に利用される約束手形や、サプライヤーが原材料や機械部品などを一定の利子をつけて月賦販売する形態のものが含まれている(Mostafāyī 2016)。
  14. 2019年に岩﨑が実施したアパレル企業向けのアンケート調査では、「アパレル事業の運転資金として社長がやっている他のビジネスの収益を回している」と答えた企業が15%ほどあった。
  15. アパレル事業とビルオーナー、法律事務所とバーザールでの店舗経営、カメラマンと飲食店経営などの事例がある。
  16. 現行の直接税法(qānūn-e māliyāt-hāye mostaqīm)によれば、協同事業組合にたいする一部減免措置を除いて、あらゆる法人の所得については一律の規定(直接税法第105~118条)が設けられている。税制において自然人と法人とは区別されているものの、日本のような詳細・厳格な確定申告制度はないため、いずれがより有利であるかを判断することは難しく、徴税時の運用実態を詳細に調査する必要がある。
  17. G法律事務所(2018年10月1日)にて岩﨑による聞き取り。
  18. 商法第193条は協同事業組合の設立(および解散)は株式会社にかんする規定に準ずるものと定めている。
  19. 2017/18年時点で設立登記済みの協同事業組合(農業系・製造業系)は全国に8万8000ほどあるが、実際に操業しているもの(手続き執行中を含む)は44%に過ぎず、残りの5万余りは休眠状態であった(MAI 2019, 258,337)。
  20. 捕捉されている企業数、事業者数は220万あり、この他にいわばインフォーマルセクターとして操業している事業者が75万ほどいると推定される(イラン事業会議所[Otāq-e Asnāf-e Īrān]にて岩﨑による聞き取り[2017年10月9日])。
  21. 同業者組合制度が導入された背景のひとつは、事業者の技術水準の向上やサービスの平準化にある。自由に参入、操業する事業者に対する苦情の受け皿となるべく組合の介入が想定されているもののその縛りは緩い(岩﨑 2019)。
  22. 古い商業地であっても、日本におけるようなある種の特別なメンバーシップを重視する志向が弱いため、テヘラン大バーザールをはじめとする伝統的市場にも商人の新規参入が比較的容易である。そのためしばしば、老練なベテラン商人とニューカマーとが軒を並べている(岩﨑 2015)。
岩﨑研究員の記事